ミュルミドーン
「まったく、お前みたいにふわふわした立ち回りの相手はやり辛い」
「こっちにとっちゃ、お前みたいにガンガン来られる方がやり辛い」
メドさんとセタンタ君がそんな言葉を交わしつつ午後の模擬戦一戦目を終えたその時。ガラハッド君の「うぉわっ!?」という悲鳴が二人に届きました。
そこではガラハッド君とアイアースちゃんの模擬戦が始まったところで――ガラハッド君はふんぞり返っているアイアースちゃんに笑われつつ、金色の巨人に攻め立てられているところでした。
「何だあの巨人」
「いや、ゴーレムだ。……アイアースのヤツ、あれ持ってきてたのか」
「知ってるのか、メド」
「まあ一応な」
メドさんは自分の肩を剣でトントンと叩きつつ、口を開いていきました。
「アイツは一応、ゴーレム使いとしての才も持ち合わせていてな。いま操ってるのはミュルミドーンって名付けてるゴーレムで……種別としてはアイアンゴーレム。それも特注品。コアはベレトゥⅡを使ってるそうだ」
「俺はゴーレムはそんな詳しくねえが、あんまり聞かない型番のコアだな」
「一般にはあんまり出回ってねえヤツだからな。バッカス屈指の人形師と言われる魔女が作成した……本人曰く、失敗作だ」
「失敗作にしては……随分とよく動いてるが」
少年が感想をこぼした通り、ミュルミドーンは縦横無尽に動いていました。
人形と言うより人間そのもののようなスムーズな動作で、柔らかに動きながらも振るう槍は剛槍であるらしくガラハッド君は受け損なって弾き飛ばされる事すらありました。防戦を強いらせています。
「動きは滅茶苦茶いいんだ。達人の……アイアースの父親の動きをコアに事前学習させてるらしくてな。指示さえ飛ばせば一つ一つの動作は凄まじい。操者の腕が良ければ、限りなく本人に近づいていくほどにな」
「おお……確かに、ゴーレムにしては良い突きしてんなぁ。……アレは操ってる側で何とかやってるわけじゃなくて、コアの補助機能で何とかなってるのか?」
「そうだ。ハッキリ言ってアイアースはゴーレム使いとして下の中程度の部類だ。素人に毛が生えた程度だが……ベレトゥⅡは素人であっても達人に近づく動作が出来るよう、事前学習の補助機能があるから雑魚でもあれほどの動きになる」
メドさんは「アイアースの腕さえ良ければ、あのゴーレムは教導隊上位の教官並みに化けるとまで断言しました。
断言されたからこそ、セタンタ君は首をひねらずにはいられませんでした。
「その辺の話を聞くと、失敗作とは思えんな」
「まあな」
「つーことは、動き以外に問題があるのか」
「まず、作成価格が高い。今はあんまり関係ない話だけどな」
達人の動きのフィードバック、それを可能な限りタイムラグ無く動くように調整し、素人であっても高水準の動作を引き出す事がだけの性能。
それは演者と同じく人形師として達人の粋にある職人技があってこそ可能な事で、手間暇がかかる事と材料費まで上乗せされる事でコスト増せざるを得ないものとなりました。
もちろんフィードバック技術を深化させるための試作品としての側面もあるのでコスト増は仕方ない事なのですが、作成者である人形師は「素人でも強力なゴーレムが使えるものを目指している以上、価格はもっと安くしないと」という事で次回作に活かそうとしていました。
そのために一度調整したコアの内容を別のコアに複写し、複写を繰り返す事でコスト減などを狙っていたのですが――それはそれとして、他に明らかな「ゴーレムとしては失敗作」とされる部分もありました。
性能は良い。
けれども、実戦投入用としては問題を抱えていました。
「あと、精密機械過ぎるんだ。コアはともかく外装がミュリュミ……ミュルュミ……ミュルルミドーン用にあつらえたもんでな」
「言えてない……」
「一般的なゴーレムは外装の整備が必要ない事が多いが、アイツは戦闘能力引き出すための専用の外装をほぼ毎回整備しないといけないんだよ」
「言えてなかったぞ」
「うるせえ」
整備に手間がかかるのはゴーレムとしてあまりよろしくないため、そういう意味では失敗作――なのですが手間をかけるだけの性能は引き出せています。
事実、ゴーレム使いとしては大した事はないアイアースちゃんでもガラハッド君を仰け反らせ、後退させ、防戦一方にさせるだけのものになっています。
ゴーレムだけで、甲板の端に追いやりつつありました。
「このまま落としてやりますわ……!」
アイアースちゃんは嗜虐的な笑みを浮かべ――あえて一気に決着をつけず――ガラハッド君の行動を制限する形でゴーレムを戦わせました。
ガラハッド君が盾を構え、横に逃れようとすると球体関節を「ぐるり」と360度回転させながら大槍を振るって弾き、押し込む。
反撃はゴーレムに構えさせた大盾をジャブとして放ち、体格差で無理やり弾いて逆襲されないよういたぶっていきました。
「くそ……ガラハッド、結構押されてんな……」
「道具は優れてる。だが、本人はそうでもない。今のガラハッドなら落ち着いていけば勝機を見いだせるだろ」
「へえ……結構買ってくれてんだな」
「じゃねえと特訓にも付き合わねえよ」
メドさんは鼻を鳴らし、セタンタ君と共にじっとガラハッド君に戦いを見守っていきました。その戦いは防戦一方でしたが――。
「…………」
少年剣士の瞳には冷静さが戻りつつありました。
甲板端に追い込まれつつも、静かに勝機を探り続けていました。