決戦の日に向けて
「千載一遇の好機だ。私は当然、あの教官に挑む」
昼食時、中途御前試合の話題を振られたガラハッド君は「当たり前だろう」と鼻息荒く、資料に掲載されたランスロットさんの項を指さしました。
セタンタ君とマーリンちゃんはサンドイッチをかじりつつ、その項を見ました。
「ふーん……制限は一撃入れたら勝ち、教官は……魔術無し?」
「うわ、そりゃずいぶんな制限だね。武器も刃引きされた剣だけかぁ」
「こっちは魔術使っていいなら、結構何とかなる……のか?」
「時間制限付きとはいえ、気絶するまで挑んでいいなら勝機はある、かな?」
「制限無しで挑むつもりだ。制限いらん」
「はあ? 制限もらわないと勝てるわけねえだろ」
「ガラハッド、現実を見た方がいいよ」
「そこまで言わなくてもいいだろう……」
ガラハッド君は少しむくれ、「100回に1回ぐらいなら奇跡が起こるかもしれない」と言いましたがマーリンちゃんに強く否定されました。
「素直に制限付きにしなって。寄港地には……ヴィンヤーズにはお母さんも来るんでしょう? 出発の日はあんま会えてなかったみたいだけど」
「まったく会えてないわけではない。仕事が忙しくてな。まあ、ヴィンヤーズの方では休みが取れて来れるようになったそうだから……だからこそ母さんに見せたい。私があの男に勝つところを」
「おふくろさんはお前が無茶するとこ、見たくはないだろ」
焦る気持ちも一応わかるが堅実に勝ちにいけよ――とセタンタ君は言葉を添えました。そう言いつつ、空いたグラスに冷水を注いであげました。
頭を冷やす事を期待して。
「だがセタンタ、いくら何でも魔術無しの相手など……勝てて当たり前だろ」
「うーん……」
「相手が強いのはわかっている。だが、あくまで魔術ありきの強さだろう」
「まあ……うーん……」
「勝てて当たり前の人間に挑むなど、勝負として成立すらしていない」
「…………」
「私の方は魔術が使えるんだ。この制限で私が負ける姿が想像出来るか?」
「まあ……100%とは言わねえけど……コレなら勝ち目もあると思う……」
「さあ、それはどうかな?」
半ば言いくるめられ、迷いながらも口を開いたセタンタ君に対し、マーリンちゃんは意味深な表情を見せました。
「相手は、バッカス指折りの剣士だよ。魔術無し、体術のみでも十分戦えるだけの訓練は積んでるはず。わざわざこの条件を提示してきたって事は、向こうも勝つ気はあると思うけどなー。覇気……というか元気のない人だけど」
「だけど、なあ? 俺はガラハッドの言う事も一理ある気はする」
「セタンタ、魔術無しのフェルグスのオジ様に圧勝出来る?」
「…………圧勝は厳しいかな。下手したら負ける」
セタンタ君が唸りつつ、そう告げると頭に血が登りかけていたガラハッド君も瞠目しました。それほどのものか、と。
「けど、今回の試合、制限はまだあるぞ。胴体か頭に一撃入れれば挑戦者の勝ち。これも忘れてはいけない。つまり完全に倒す必要すらないんだ」
「あー、うーん。まあ、当てるぐらいならいけそう……な気もするけどさ」
「だろ? まあ、結構苦労するかもだが……俺は魔術無し、一発いれるだけで勝ちって決まりならガラハッドにも勝利の目はあると思うぜ」
「うーむ……」
「だが、制限無しじゃ絶対に勝てない、のは確かだろ」
ガラハッド君はセタンタ君の言葉にムッとした表情を見せたものの――先日の模擬戦を思い出し――渋々といった様子でうなずきました。
「勝率を上げる方向で対策とか練っていこうぜ。基本、小細工なしの勝負にはなるだろーけどな。制限有りの方向で行こうぜ? なっ?」
「むぅ……」
ガラハッド君は少し不満げに「せっかく母さんが見に来てくれるのに……」と言いましたが、無茶はしない方向で行く事にしました。
「パリスも来てくれればいいんだが」
「仕事あるかもしれねえから、どうかなぁ? それにヴィンヤーズの港まで来るのは少し大変だからな。人によっては数日がかりだ」
「ゲートがあるんじゃないのか?」
「ヴィンヤーズは今の所、首都みたいに都市内転移ゲートが無いんだよ。そのうえ広さはサングリアに次ぐほどデカイ……島一つが街になってるからな。ゲートのある中心部から島の端に向かって歩いたら……少なくとも1日じゃ歩ききれねえな」
「それは……遠いな」
「あ、今回はそんな事ないはずだよ」
二人の会話にマーリンちゃんが口を挟みました。
「今回は政府主導の事だから、親御さんとかが会いに来やすいように魔王様が臨時で島中央から港まで転移させてくれるんだってさ」
「おっ、そうなのか。なら楽だな」
「同じバッカス領どころか、都市内での移動だからね、一応は。神様もさすがに邪魔しないだろーし、パリスも1日ぐらいなら来てくれるかも?」
「なおのこと負けられないな!」
ガラハッド君が鼻息荒く意気込むのを少年少女が「どうどう」となだめ、冷静になってもらった後、今度はガラハッド君の方が問いかけていきました。
「二人は誰に挑むんだ?」
「ボクは師匠かなー。勝てないけど師匠は別に痛めつけてこないし。一番いいのは誰にも挑まずに済む事だねぇ」
マーリンちゃんは栄達という事に対して興味が無いので、試合で無残にさっくり負けようが対して気にしないらしく肩をすくめています。
セタンタ君の方は「まだ考え中」と答えました。
「良い機会だから俺は制限無しで挑もうかなぁ」
「お、お前……私に制限アリで挑めと言っていたのに……」
「俺は別にお前ほど気負ってないからいいんだよ。まあ、それに……」
「うん?」
「…………いや、何でも無い」
「何だ、なぜそんな半端なところで口をつぐむ」
「何か恥ずかしいことを言おうとしたんだよ」
「ちげーよ」
セタンタ君もマーリンちゃんと同じように「楽したい」とは思ったものの、脳裏にフェルグスさんやパリス少年の事が過り、「せっかくだから……」と思い直したようです。
当然、二人だけではなく、ガラハッド君やアッキー君達にも影響されながら、「たとえ負けたとしても本気で挑むのもいいな」と思っていました。
恥ずかしいので、口にする事まではしませんでした。
ただ、口をつぐみながらも感謝はしていました。
「セタンタが制限無しで挑むなら、私も――」
「「ダメダメ。絶対ダメ」」
「ふ、二人で声を揃えてまで言わなくていいだろう。仲いいな!」
「駄目どころか不可能。不遜にもほどがありましてよ、この貧乏冒険者2号」
ガラハッド君に対し、心のない罵倒を浴びせたのはセタンタ君達ではなく、昼食を食べ終えて近づいてきた羊系獣人の少女でした。
タルタロス士族に所属しているアイアースちゃんでした。
彼女は自分に対し、歓迎とは程遠い3つの視線が飛んできたのは歯牙にもかけず、笑みを浮かべながら上から目線で語りかけてきました。
「ランスロット教官はバッカスでも指折りの実力者でしてよ? そんな御方相手に制限無し? それはいくらなんでも胸を借りる、の次元を飛び越えた失礼極まりない傲慢な態度ですわ」
「キミも結構失礼だと思うんだが」
「最近、少し……すこ~~~~しばかり、調子が良いからって調子に乗っているようですね? 午後の模擬戦で、その傲慢な態度を叩きのめしてあげましょう」
「いいだろう。余計な言葉は不要だ。剣で語ろう」
「ふんっ……! 一端の戦士のような言葉を……」
毅然と言い返してきたガラハッド君にアイアースちゃんは少し鼻白みつつも、直ぐに元の態度に戻って「後で吠え面かくんじゃないですのよ」と言い、一人で……一人きりでその場から去っていきました。
ガラハッド君も手早く昼食を片付け、「準備してくる」と早めに昼休みを切り上げ、行ってしまいました。
マーリンちゃんは少し心配そうな表情でセタンタ君の服の裾を引っ張りました。
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫だろ。いまのガラハッドなら、余裕だ」
「そうかなぁ」
「今まで見せてない、切り札とかでも使われなければな」