バッカス最高齢の胡散臭い中間管理職
「てな感じで、励んでますよー」
「ふむ……」
ガラハッド君達が負荷強化訓練に励んだ日の夜。
船内の一室に教導隊長であるエルスさんと、その弟子であるマーリンちゃんの姿がありました。マーリンちゃんは参加者の自主練の様子を報告していました。
魔術で昼間の光景を記憶し――エルスさんの力を借りて――水桶に張った水を操り、人型にし、それで説明をしています。
水人形の形は主にガラハッド君のものでしたが、他の面々も入り混じって投映されており、エルスさんともう一人同席している教官がそれを眺めていました。
「ガラハッド君を中心に、良き流れが出来ているようですね」
「そうかも。みんな熱血だねぇ」
「そう言うマーリンも参加しているでしょう?」
「ボクは手伝ってるだけ。ガラハッド達と直接手合わせとかせず、観測魔術で見た事を伝えてるだけ。手札は隠す派だし」
マーリンちゃんは最後の言葉は無表情にポツリとこぼし、直ぐにいたずらっぽい顔を浮かべて師の一人であるエルスさんを見ました。
「それに、こうして師匠に報告する事も兼ねてるしね」
「助かっていますよ。今後もお願いします。今より少し、本気を出して訓練に参加してもらえるとなおのこと良いのですけどね」
「嫌でーす。そんじゃ、ボクはこの辺で退散しまーす」
「はい、おやすみなさい」
マーリンちゃんは同席しているもう一人の教官を少し気にしていましたが、問いかけはせずにそのまま退席していきました。
エルスさんはその様子を微笑んで見送り――魔力の流れを見切り――部屋に残されていた盗聴用の仕掛けを壊し、猫系獣人の少女に「ちぇっ」と悔しがらせて完全に退散して貰いました。
「息子さんは大いに頑張っています。父親として誇らしいですか?」
「……父親と言えるような立場ではありません」
微笑みと共に訪ねたエルスさんに対し、同席していた教官は――ランスロットさんは朴訥とした表情のまま答えました。
その表情にはガラハッド君によく似ていましたが、エルスさんはそれ以上はちゃかしたりせず、物言いたげにしているランスロットさんの言葉を待ちました。
「改めて聞きますが、アハスエルス卿は……何を企んでいるのですか?」
「前途有望な若者達に成長してほしいと思っているだけですよ。人材は力です」
「まさか……あの御方が、調係長が関わっているのではないでしょうね」
「ええ、それは違います。今回の件……ガラハッド君を直前になってねじ込んだのは私の独断です。教導隊長としての権限を乱用した形ですね」
エルスさんは肩をすくめ、そう告げました。
ガラハッド君は本当に直前になってきまった参加者であり、教官内だけではなく他の関係者の間でも「なぜこの子が?」と疑問視される相手でした。
彼とランスロットさんの関係性を知る者が殆どいない事もあったものの、バッカス建国初期から政府中枢に関わっている便利屋であるエルスさんが教導隊長を務めている事もあり、教官内では強く抗議する人は殆どいませんでしたが。
「ここだけの話にしておいて欲しいのですが、ガラハッド君をねじ込むためにマーリンとセタンタ君も教導隊にねじ込んだのですよ」
「彼らは誘われるだけの実力があるので、わかります」
「そうですね。しかし二人とも気ままで面倒くさがりなので……友人を一人で参加させたら危ないかな、なんて考えないと参加拒絶してくるような子達なんですよね。才能があるのに、困ったものです」
「あの二人を誘うために、彼を参加させたと……?」
「そういうところもあります。この機会に同じぐらい才能のある子達ともっと触れ合わせて、今後も付き合いを続け、世界と国のために協調していってほしいです」
「…………」
「もちろん、ガラハッド君も抱き合わせ販売目的だけではなく……彼の才能を買っています。事実、彼はいま非常に伸びています。伸び盛りです」
エルスさんの本心に対し、ランスロットさんは迷った様子で首を横に振り、それだけではなく否定の言葉も重ねていきました。
「素人なだけです。何もしてこなかったから伸びしろがあるだけです」
「そうでしょうか? 父親が500年近く魔術適正目的の政略結婚を続けてきた家系の優良児ですからね。将来性は十分すぎるほどあるかと」
「…………」
「ランスロット君も、彼を教え導いてあげてください。私の知る限り、彼の師として最も適しているのは貴方なのですから――」
そう言って微笑んだエルスさんの背後の壁に穴が空きました。
そこから伸びてきた双剣が危ういところでエルスさんを引っ掻くところでしたが、脂汗を流したエルスさんがぎこちない笑みで隣室に向かって叫びました。
「もちろんエレインさんも師として適していると思いますよ! ええっ! で、でも魔術適正的にですね? ランスロット君は良い教師になると思うのは、私だけではなく貴女もそうでしょう? ね? そうですよね?」
「…………」
双剣がススス……と隣室に戻っていきました。
エルスさんは脂汗をペタペタと壁の穴に塗り、汗を媒介に魔術を行使して無理やり壁を補修していきました。内心、船長にバレないか涙目で。
「何で私は教導隊長なのに、こんなに胃が痛くなる出来事が起きるんだろう……」
「中間管理職だからでは」
「そうかも……」
「それと、怪しげな謀をしているからです。……仮に、彼に対して良からぬ事を考えているのなら、私も壁ぐらいは突き貫きます」
「信用がないですね」
エルスさんは困り顔で小首をかしげました。
顔は美女ですが、声はしわがれた老爺の如きものという事もあり、冷たく言い放ったランスロットさんの眉はピクリとも動きませんでした。
「ガラハッド君は抱き合わせのために誘った、という事情もありますが……安心してください、別に彼を何かの犠牲にしようとは思っていませんよ。ええ」
「だといいのですが……。貴方と良い、調係は曲者ぞろい過ぎる」
「私を他の方々と一緒にされると困りますね……。まあ、他といっても最古参の二人が特に頭おかしいなぁ、という感じですし……ええ……」
「そんな疲れた顔をしながら仰られなくとも」
「だって私、中間管理職の身ですし……ええ……」
エルスさんは本当に疲れ切った顔で呻きつつ、直ぐに笑みを浮かべました。
ぎこちない笑みではありましたが、教導隊長としての仕事に戻っていきました。
「まあ、教官として参加した以上はガラハッド君にもよく教えてあげてください」
「彼が嫌がるでしょう……」
「教官とは生徒に嫌われるものです」
「そういう次元の話ではありません。……最初から彼が参加すると教えておいてくれればいいのに……仕事をねじこんで私を港ではなく、途中乗船させるし……」
「何の話ですか? 私は全然知りませんねぇ」
教導隊長は大げさに肩をすくめつつ、白々しくそう言いました。
「まあ、もう教官として参加してしまった以上、よろしくお願いしますね。ガラハッド君はランスロット君の魔術適正を考えれば、伸びる可能性が高い人材ですからね。私と違い、ちゃんとした才能を持ち合わせています」
「教導隊長が適正の話を言うのは、嫌味に聞こえますね」
「そんな事ありませんよ……。私は非才の身です。少しばかり人より長く生きているだけ。魔術も一つことに特化しただけの男ですからね」
そう言いつつ、エルスさんは別の話題へと移っていきました。
連絡員を通し、超長距離交信魔術で届いた伝達事項を特定の士族に深く関係していないランスロットさんに相談を持ちかけました。
「話は変わりますが、首都から少し面倒な指示が届きました」
「教導内容の変更ですか?」
「それに近いです。エレインさんには先ほど話したのですが……実は、タルタロス士族が士族内の政争に絡んでねじ込んできた厄介事がありまして……」