負荷強化訓練
「おーら! おーーーーら……! 押し返してみやがれぇッ!!」
「ふ、むッ……! グッ……!!」
夕暮れ時。教導訓練が終わった後、ガラハッド君は他の教導隊参加者達と共に甲板上で昼間の訓練の復習と、追加の自主練を行っていました。
いまは人狼と化したカンピドリオ士族のティベリウス君と手のひらと手のひらを組み、武器は用いず単純な力比べをやっていました。
もちろん、自主練の一貫として。
単に押し合っているだけではなく、円で描かれたリングから相手を押し出すか、力で押し込んで膝をつかせたら勝ちという勝負形式でやっています。
相手の手のひらしか触ってはいけない相撲……あるいは変則的な腕相撲です。武闘派士族の間では競技としても訓練としても有名なものです。
「おし、オレは少し力を緩めてやろう」
「く、そォ……! な、舐めてる、なァ……!」
「おう、オレの方が力は強えからな。今のうちに頑張って押し返してみろや!」
「くそぉぉぉぉぉぉ……!」
ティベリウス君の軽い挑発に対し、ガラハッド君は力で応えました。
応えようとしましたが、上方から軽く押し込まれる姿勢を維持され、膝が曲がるまで押し込まれた状態から再起する事が出来ませんでした。
「ガラハッド、お前は身体強化魔術は悪くねえ。そいつはもう一線級だ。だが、身体強化だけ切り取ってもお前より強いヤツは何百人もいる」
「ッ……!」
「けど、現段階でお前の身体強化魔術と装甲術が一般的水準の上を行ってるのは確かだ。地力を磨くため、限界を更新しろ」
「ツ゛、オ、オ゛ォ゛……!」
「負荷強化訓練だ! 魔術は限界まで行使し、限界を超えれば超えるほど、強化されていく。実際やると結構キツイ作業だが、これをキッチリやっていけば少なくとも地力はちゃんと強化されていくぞ!!」
「な゛ら……! 手を抜くな! 全力で私を押しつぶしてみろ!!」
「ハハッ……! おお、任せとけや……人狼の力、骨肉に染み渡るほど味あわせてやるからよォォォ……!」
「ぬおおおおお……!?」
人狼状態のティベリウス君の身体が、一回り近く膨れ上がりました。
再生能力に長けたカンピドリオの人狼は肉体変化関係の魔術にも長けており、戦闘中に筋肉を一時的に――無理やり――増やす事すら可能とします。
それに加え、元々ガラハッド君より優れている身体強化魔術により、ティベリウス君はグイグイとガラハッド君を押していきました。
リングアウト狙いではなく――屈服させるように膝をつかせにかかりました。
「ッッッッッ……!」
少年剣士は一気に下へ、下へと押し込まれていきました。
押し込まれていきましたが――。
「おっ……粘るねぇ……!」
「…………!」
歯を食いしばり、血走りそうな目つきのまま、指一本分の隙間を残して何とか踏ん張りました。もう押し込まれてもおかしくない姿勢で粘りました。
少年剣士は押し込まれつつも、手をじっくりと動かし……ティベリウス君に気づかれないよう、体勢を変えていきました。
身体がばらついていては力が入り切らない。
そう考え、身体の中心に一本の棒を通す感覚で頭から尻、そして脚を出来る限り直線に揃えていき、最後の最後で踏ん張りました。
そのまま押し返そうとしましたが――。
「そら、よっ」
「う゛ッ……!」
ティベリウス君は途中でガラハッド君の姿勢移動を見抜き、それが完遂出来るまで見送りながらも最後は相手の軸をずらす形で動いて膝をつかせました。
ガラハッド君の膝がみしり、と軋みましたが、彼は自分で治癒魔術をかけて肉体疲労と骨のヒビを取ってティベリウス君に向かって叫びました。
「もう一本!」
「よしよし、次は最初から全力だぜ」
「当たり前だ!! 来いッ!!」
少年は汗を滴らせ、敗北を重ね続けながらも訓練を続けました。
そして、本人が自覚しないうちに少しずつ強さも積み重ねていきました。
それを見守りつつ、アッキー君と軽く模擬戦をしていたセタンタ君は他の教導隊参加者に声をかけられ、「訓練に混じっていいか」と聞かれました。
「俺はいいけど、どうしたんだ」
「そちらに影響された。特に、先ほどから叫んでる剣士君にな」
「お前の本気はそんなものかあああああ! ティベリウスゥゥゥゥッッ!!」
「お、おまっ……押されてる側が言うセリフじゃねーぞ?!」
ガラハッド君が負けながらも叫んでいる光景を見て、教導隊参加者の子らは苦笑しつつも「油断していたらあっという間に追い抜かれる」と言いました。
「実際、今日の模擬戦では彼に一敗した」
「私も。なんか、ぐんぐん伸びてきてない……?」
「戦闘訓練以外なら圧勝する余裕あるけど、アイツ、戦闘訓練だけ凄いな」
「それだけ頑張ってるんだよ」
「なるほど」
「混ざってもらってもいいよな、ガラハッドー?」
「ふぎッぎぎぎぎぎッッッ……!」
「いいってよ」
「あれはこっちの話を聞いてる余裕、なさそうだけど……?」
「大丈夫大丈夫。私は一向に構わん、とか言う男だよ」
「「「そっか」」」
一日、また一日と日にちと訓練を重ねる日々。
そんな中で少しずつ、ガラハッド君の周囲が賑やかになっていきました。
単に訓練に励むだけではなく、「あーでもない、こーでもない」と自分達の戦闘方法や魔術に駄目だしと改善案を提案しあう議論の輪が広がっていきました。
その輪の中では子供っぽい、大きな笑い声が響く事が多々ありました。
それ以上に真面目に、真摯に、己と相手に向き合う顔つきと言葉がありました。
「…………苛つく、貧乏冒険者2号」
その光景を面白くなさそうにみる羊系獣人の姿もありました。
ありましたが、大きな悪影響を与えるほどのものではありませんでした。
ガラハッド君達はそんなものより別のものに向け、ひた走っていました。