達人Vs達人
それは些細な一言で始まった戦いでした。
始まりは些細な事でしたが、戦いそのものは激闘となりました。
「ふ――――ッ!」
「ハァ――――ッ!」
教導隊を乗せ、西方諸国近海を回る氷船・アワクム。
その甲板上にてぶつかり合う2つの影がありました。
一人は大ぶりの両手剣を布切れの如く振るヒューマン種の男性。
もう一人は双剣を握り、目にも留まらぬ連撃を繰り出すエルフ種の女性。
男性の名をランスロット。
女性の名をエレインと言いました。
2人共が教導隊に教官役として参加し、若き冒険者達に実演と模擬戦を交えて指導を行っていたのですが――今は教官同士で激しい戦闘を繰り広げていました。
この戦いが始まるきっかけを作ったのはマーリンちゃんでした。
『エレイン様とランスロットさんって、どっちが強いんですかー?』
などとも無邪気に聞いたマーリンちゃん。
その問いに対し、問われたエレインさんは当たり前のように即答しました。
『私です』
『…………』
『……ランスロット君、そこは自分の方が強い、というところですよ』
『はあ』
ランスロットさんは覇気のない返事をしつつ、黙ろうとしました。
これは面倒事になるな――と覚悟しつつ。
『私の言葉だけでは証明し辛いので、実演してみましょうか』
『……やっぱり言い出したな、この人』
『何か言いましたか? 言葉より、剣で語りましょう』
『…………』
血気盛んな黒髪エルフに対し、ランスロットさんは困り顔を見せていたものの、視線をさまよわせ、教導隊長に「止めてください」と言いたげにしました。
しましたが、教導隊長であるエルスさんは一瞬、なんと言うか迷いました。
エレインさんの鋭い眼光が飛んできているので、生徒達の後ろに移動しつつ、ランスロットさんの方からは目をそらして呟きました。
『……船を壊さない程度にお願いしますね』
『ええ、もちろん』
『はぁ……』
『何でお……私の時にこんな面倒が起こるんでしょうね』
『面倒だと思うなら止めてください』
『止めなくて結構』
エルスさんは死んだ魚のような目をしましたが――この教官同士の戦いは教導隊参加者のためになると思い直し――見守る事を決めました。
マーリンちゃんは自分の思い通りに事が進んだ事に、小さくガッツポーズ。
ガラハッド君が「父親を倒したい」と願っている事を知っている彼女はガラハッド君のために教官二人を煽り、「あわよくば模擬戦してくれないかな」と期待していたのです。
ランスロットさんが模擬戦に乗り気では無かったものの、エレインさんが上手くノッてくれた事でしめしめ、と思いながらニコニコ笑って見送りました。
その結果がいま、氷船甲板上に広がっていました。
「「――――」」
教官二人は戦闘開始から一気に動き出しました。
一度、戦いの火蓋が切られると両教官が――覇気の無かったランスロットさんまでもが――相手を殺すつもりで動き始めました。
両者ともが相手に向かって一直線に進み――半身になりながら刺突を放ち――体捌きで相手の剣を回避しつつ、すれ違い、瞬時に反転して再度斬りかかりました。
立ち上がりはまだ剣同士が激突する快音は響きませんでした。
両者ともに相手の実力は理解している中、ランスロットさんの方は「剣と剣をあわせて打ち合う」という動作を嫌いました。
片や両手剣1本、片や直剣2本の双剣戦型。
そんな中でランスロットさんが嫌ったのは「自分の一撃を相手の剣で鍔迫り合っているうちに、空いた剣で斬りつけられる事」でした。
ゆえに可能な限り打ち合わず、両手剣を最速最短の動きで振るいました。その剣の軌道は最短を描きすぎるがゆえに体表を這う蛇の如きものになりました。
一方、エレインさんは既に勝負を決めにいっていました。
生半可な相手では――彼女の魔術を知らない相手では、試合開始の合図と共に相手を斬り殺す業を使っていました。
首都地下迷宮でパリス少年を守るため、人狼の犯罪者を屠った時に使った業を使っていましたが手管を知っているランスロットさんはそれを防いでいました。
それでも使い続けました。
使い続ける事がランスロットさんに防御の負担を強いらせ、純粋な斬り合いに集中するための力を削いでいました。
同時に、双剣でも勝負を決めにいきました。
隙あらば片手で剣撃を受け、それと同時に手首をひねって相手の剣の軌道を変化させ、コンマ1秒以下の隙を生じさせて、残る剣で斬りつけにいきました。
速さでは双剣使い――エレインさんが勝りました。
速さで勝るがゆえに、ランスロットさんの衣服しか身に着けていけない身体は数度斬りつけられ、微かながらも血が飛び散りました。
鎧を身に着けていれば防げる程度の浅い斬撃。
しかし、ランスロットさんは全身鎧を身に着けずに戦いました。
今は、まだ。
「おぉぉ……! 円卓会の人より、エレインさんの方が優勢なんすかね?」
「今のとこはな」
手に汗握り、楽しげに観戦しているアッキー君――八代目アキレウスが隣にいる少年に声をかけたところ、少年はその言葉に頷きました。
頷いた少年――セタンタ君はさらに言葉を重ねました。
「装備の差もあるかもな」
「装備の差?」
「例えば、円卓会のランスロットさんはデケえ両手剣。対するエレインさんは双剣。武器として重いのはどっちだ?」
「そりゃ、両手剣の方? 大剣一歩手前の大きさだし?」
「そんな中、ランスロットさんは両手持ちと片手持ちを瞬時に転換して振るってるが、振るう速度はより軽量な剣を使うエレインさんの方が速い」
「ほー、それで手数の差が出来ると」
もちろん、熟練者同士では僅かな差。
瞬きに満たないほどの差。
しかし、それが明暗をわけかねない領域の戦いでもある――と言葉を添えたセタンタ君に対し、アッキー君は首を捻りました。
「なら、円卓会さんも同じ得物を使えばよくねえっすか?」
「武器も得意不得意があるだろ。刃渡り一つ違うだけで間合いが変わるしな。下手をしたら慣れた得物なら当たるはずが、空振る事もある」
「あ、なるほど」
「それにお互い、仮想敵が違うんだよ」
ランスロットさんは冒険者。仮想敵は魔物です。
対するエレインさんは剣闘士。
仮想敵に魔物は含まれるものの、冒険者より格段に対人戦闘を行うために「人間相手の戦い」にも重きを置いています。
「あのランスロットさんも両手剣だけしか使えねえって事は無いだろうけど、普段は魔物をぶった切って殺す事の方が多いだろうし――」
「魔物相手には両手剣でぶった斬る方が致命傷が与えられても、人相手に振るうとなると過剰って事? 当たったら死ぬけど!」
「だな。まあ、今はランスロットさんの方がやや押されてるけど――それでも致命傷は受けないよう、身体ひねって斬撃受ける部位は選んでるし、直ぐに治癒魔術を使ってる。本人も現状は想定内なんじゃねーかな……」
事実、ランスロットさんは押され気味でも冷静なままでした。
それどころか、突き出された剣の刺突を避けつつ――。
「む――――」
「失礼します」
避けた剣先を、左手の指で掴みました。
変型ながら白刃取り。
剣を引き、戻そうとしたエレインさんが――力負けして引ききれず、間合いを無理やり固定される事になりました。
ですが、片方が一方的有利な間合いではありません。
右の剣を半ば封じられたエレインさんは双剣使い。自由の効く剣はもう一本あり、大ぶりの両手剣相手ならその剣が先んずる。
そう思われた次の瞬間、双剣使いが負傷しました。
「ッ――! 手癖の、悪い……!」
「師匠に教わった殺法ですよ」
二人は二人の耳にしか届かないほど小声で言葉を交わしました。
その寸前に行われた一瞬の交差。
そこで、エレインさんは左目を潰されていました。
行われたのは刺突。しかしそれは両手剣によるものに非ず。
繰り出されたのは人差し指。
剣士は相手の剣を一本、押さえつつ――ほぼ同時に片手で持っていた両手剣を手放し、右手を真っ直ぐに突き出しました。
右手の人差し指にて――相手の左目を突き刺しました。
エレインさんは相手の思惑に気づき、下がろうとしましたがその時にはもう眼前に人差し指が迫り、指の第二関節近くまで埋まる指の刺突を受けました。
左目が取られました。
そこで言葉を交わしつつ、二人は次の動作へと移っていました。
ランスロットさんは手放した両手剣を足で跳ね上げ、再び手中に召喚。
エレインさんは掴まれている剣を素早く引く――フリをしつつ、逆に相手に押し込んでその指の股をざっくりと裂き、そこから後ろに飛びました。
傷を負った両者。
しかし、より軽傷だったランスロットさんは怪我の治療より追撃を選び、相手の剣を力押しで弾きつつ、「ぐるん」と回転しながら剣を縦に振り下ろしました。
その軌道は鋭く、一本背負いの如き重いもの。
それを振るわれるエレインさんは片目を潰され、視覚による距離感を乱されつつ――避けきれず――肩で両手剣を受けました。
大型の魔物すら、一撃で屠る大切断。
人相手では過剰攻撃――ですが、双剣使いは死なず。
「グ、ぬ……!」
「惜しい。上手く速くなりましたね」
縦に振るわれた剣は確かに、エレインさんの肩に届いていました。
その肉を裂きましたが――骨で止められていました。
行われたのは足による防御。
縦に鋭く振るわれた両手剣でしたが、その鋭さのままに勢いよく振り抜く筈が――エレインさんの肩に当たったところで無理やり止められました。
その起点にして補助に使われたのが足。
彼女は相手の斬撃に合わせ、相手の手を蹴り上げていました。
両手剣の柄を握るランスロットさんの手に、エレインさんの「蹴り」が激突。肩部に施した防護魔術との合わせ技で刃を止めてみせていました。
蹴られたランスロットさんの手は無事では済みませんでした。
自身の振り下ろしと相手の蹴り上げが衝突した事もあり、指の骨が砕けて危うく剣を取り落とすところでした。エレインさんは容赦なく反撃しました。
反撃の剣を避けつつ、ランスロットさんは勢いよく後退。
双剣の連撃は見事に避けました。
完全に避けつつ、後退して治癒魔術を使いました。
その瞬間――彼の全身に紅い華が咲きました。
「――――!!」
「切り、開かせて貰います」
瞬きに等しい刹那の後。
その華から血しぶきが吹き出ました。




