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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
七章:海を征く教導隊
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贋作光明神



「課題合格おめでとう」


「やるな、お前」


「生きてんのか、今ので……」


「よく受けきって、よく即応出来たもんだ」


 無事、人型スライムを倒したメドさんとガラハッド君は教導隊参加者と教官勢の拍手に迎えられ、模擬戦の舞台から外へと出ました。


 メドさんの方は既に自分の負傷を自力で治していましたが、ガラハッド君の方は満身創痍。メドさんに肩を借りていないと歩くのもままならない状態でした。


 兜を脱いで青ざめた表情で脂汗を流しつつ、椅子を借りて座らせて貰いつつ――治療にやってきた治療師さんに声をかけていました。


「すみません……最低限の治療だけで、お願いします。あと、自分でやるんで」


 身体はボロボロですが、心はまだまだ戦えそうです。


 その様子を見たメドさんは兜の下で笑みを浮かべ、二人分の飲み物を持ってきてくれたキウィログさんからそれを受け取りつつ、兜を脱ぎました。


 そうして、メドラウト班が休んでいるところにセタンタ君がやってきました。


「ガラハッド」


「…………」


「やったな」


「ん……」


 ガラハッド君は返答する元気は無かったものの、頷き、軽く拳を突き出しました。セタンタ君はそれに軽く拳を当て、模擬戦の舞台へと登っていきました。


 自らも課題に挑むために登っていきました。



「では、セタンタ君、アッキー君、準備は――」


「あっ! エルスさんにお願いあるんすけどー!」


 教導隊長がセタンタ班と対峙しようとしたところ、アッキー君が叫びました。


 叫び、要求していました。


「自分らが戦うスライム、予定より2、3段階ぐらい強くして貰えねっすか?」


「はい?」


「おいっ……!?」


「いま自分、結構負ける気しねーんすわ! なので前より強いヤツくださ~い」


 教導隊長はアッキー君のセリフに「また突拍子のない事を」と思いつつ、セタンタ君も全く予定に無かった発言に焦りました。


 焦り、アッキー君の肩を揺らして必死で止めました。


「な、何言ってんだテメエ。自分で課題の難易度上げてどーすんだよ!?」


「上げちゃうでしょコレは」


「何でだよ!?」


たぎってんですよ、ガッチャンの勇姿を見て!」


「ガッチャン……ガラハッドの事か」


 セタンタ君はどこぞの狼系獣人の幼女みたいな呼び方を、と思いつつアッキー君に対して首を傾げました。


 アッキー君はどこかもどかしそうにしていました。何でわかってもらえないんだろうと言いたげに、目を輝かせながら想いを言葉にしていきました。


「メドも凄かったっすけど、ガッチャンの奮闘も超良かったじゃねえっすか! 自分、ああいうの憧れるっす! 何かこう……ウチの家、わりとフツーなんで! フツーじゃないギラギラした感じに憧れるんすよ! いや、実家は実家でマジ大好きなんで、いまもかーちゃんのメシ食いてえっすけど!」


「…………」


班長はんちょは、さっきの戦い見て滾らなかったんすか!?」


「…………」


「滾んなきゃウソっすよ! チンコついてる甲斐がねーっす!」


 セタンタ君は真っ直ぐ見つめてくるアッキー君を、真っ直ぐ見つめ返しました。その後ろの方でマーリンちゃんが自分の股間を見ましたが、一同の視線は叫ぶタルタロス士族の少年エルフに注がれていました。


「……つまり、滾ったからあえて難易度上げたいって事か?」


「そっす。いま自分、滾ってんでマジ強えっす。今より強くなる好機っすわ!」


「感情論だな」


「ダメっすか……?」


 少年エルフは、しょんぼりした様子で耳を垂らしました。


 対峙する槍使いの仕方なさそうに笑みを浮かべ、話しかけました。


「ぶっちゃけ、お前みてえな熱血野郎苦手だわ」


「マジっすか」


「でも、うん……そうだな、俺も滾ってる」


「じゃあ――」


「教導隊長が認めてくれるなら、やろうぜ」


 子供のようにパッと表情をほころばせた少年エルフは勢いよく教導隊長に視線を送り、「お二人が良いのでしたら、やりましょう」という答えを返されました。


 セタンタ君は嘆息しつつ、損得勘定をしていました。


 課題合格は必須ではない。


 仮にここでまったく勝てないところで、自分は全く困らない。


 教導隊での成績は今後の栄達――冒険者や士族戦士としての出世に響いてくるとはいえ、少なくとも自分はそういった欲はないから、まあいいかと思いました。


 同時に、アッキー君の述べた感情論は腑に落ちていました。


 ああ、確かに滾った。最後の方は思わず手に汗握って見守ってしまった。多分それは友達ガラハッドの奮戦だったという事もあるんだろう――と分析しつつ、「滾ったのは確かだ」と思いながら笑みを浮かべていました。


 自分もああなれたら、強くなれるんだろうか。


 強くなって、自分を拾ったオークに勝てるようになるんだろうか――と思いました。その答えは今はわからずとも、挑む事を決めました。



 無邪気に喜ぶエルフの少年。


 静かに燃える槍使いの少年。


 二人を見た美女の顔をした老爺は、少し、眩しそうな表情をしていました。


 眩しそうにしつつも、告げておくべき事を口にしました。



「セタンタ君はわかっているでしょうけど、アッキー君に言っておきましょう」


「なんすか!?」


「キミの要望通り、課題の難易度を上げるという事は、キミ達が負ける可能性も増すという事です。当然の事ですが、ちゃんと理解してますね?」


「マジすか!? 言われてみりゃ確かに~」


 教導隊長は何と言ったらいいか迷い、とりあえずこめかみを揉んで俯きました。


「まあ、その辺は負けてから考えるっす」


「何というか、キミは……うん……あとで教室に来なさい。指導します」


「何でっすか!?」


「とりあえず今は模擬戦をしましょう。……模擬戦の相手を変えます」


 教導隊長が軽く腕を上げると、模擬戦用のスライムがその足元へと戻っていきました。甲板上を這い、犬のように主人の傍へと控えました。


 同時に教導隊長の背後に立ち上がってくるものがありました。


 巨大な水柱です。


 物理法則を無視し、数十メートルの高さに海水が起立してきたのです。


 その様はまるで巨大な水竜が鎌首をもたげたような光景で、教導隊長がそれをしている事を察し――なおかつ教導隊長の実力を知らなかった人達が――度肝を抜かれ、ポカンと大口を開けてその光景を見守りました。


 セタンタ君とアッキー君ですら、大口を開けて水柱を見上げました。


 特に表情動かさず、見据えているのは教官ではエレインさんとランスロットさん。そして生徒の中ではマーリンちゃんぐらいでした。


 一同が表情を変えている中、教導隊長は淡々と告げていきました。


「二人とも、よく聞いておいてください。これよりこの海水に私の使役スライムを混ぜ、疑似魔物を生成します。単騎での強さはキミ達が挑む予定だったものより弱いものです。弱点は人間と同じもの……という事で」


「何でっすか! 自分、強いのがいいっす!!」


「よく聞いておいてください。……単騎での強さの話です」


 水柱の中に黒スライムが溶け込んでいき――墨のように水柱全体をドス黒く染め、色合い以外にも変化をもたらしていきました。


 水柱から弾け飛んだ巨大な黒水玉が甲板上に降り立ったのです。


 黒水玉それは複数、甲板上で蠢き始めました。


「まずは10体から行きましょう。……これを30秒ごとに1体増やします。つまりチンタラやってると増え続けるので気をつけてくださいね」


「えっと、あの、増え続けたらどうなるんですか?」


「キミ達が死にます。程々に圧殺しにいきます」


「「…………」」


 少年二人は察しました。


 この人、本気ガチじゃないけどガチで殺しにくるな……と。


 少年達がそう思っている間に教導隊長は10体の黒い塊を人型にしていきました。見えない手で粘土をこねるように二足歩行の化け物にしていきました。


 それはどれもコピーして作られたように同じ姿形をしている身の丈3メートルの異形。個性を削ぎ落とされた代わりに、群体という特性を持つ化け物でした。


 人間のなり損ない。


 あるいは、人間の慣れ果てのような化け物でした。


「そちらが死ぬか、私が操るスライム達が全滅に追い込まれるまで模擬戦を続けます。ああ、さすがに後ろの水柱ほんたいまでは片付けなくて良いですよ」


「わあ、嬉しいなぁ」


「滾ってきたーーーー!」


「俺は逃げたくなってきたよ」


「逃しません。参ります――――御覚悟を」


 教導隊長が両の手のひらを重ね、打ち鳴らしました。


 柏手かしわでの如き所作と共に、彼は言葉を紡ぎました。




「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため、三つ積んでは友のため。


 汚れし我が身、銭と変え、三途を渡す案内あないとならん――」



 命吹き込む祝詞えいしょうを口にしました。


 少年達を殺すために――同時に、教え導き活かすために。



再出リブート――贋作デミ光明神アポルローン




 その言葉を皮切りに、異形達が一斉に少年達に牙を剥きました。


 少年達は自分達が対峙している者が何なのか、正確には理解せず――そもそも本質を理解する必要性を持たず――血気盛んに挑んでいきました。




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