そして次の冒険へ
雷の主との戦闘を終え、一団は山頂へと辿り着きました。
雲の上にある場所なので、雨は降っていません。
手の届きそうな深い青の空の下、彼らはやり遂げた達成感に身を浸し、互いの健闘をたたえつつ笑い合いました。帰り道はまた土砂降りの雨の下ではありますが、まあそれを言うのは野暮というものかもしれません。
少なくとも今夜は綺麗な星空と雲海を鑑賞する事が出来ますしね。
「あっ、ボクは雲の上を飛んで帰るよ」
ふふん、と言ったマーリンちゃんに疲労困憊のセタンタ君が「飛竜に食われちまえ」と言いました。もちろんお互いに冗談で、翌日、マーリンちゃんの先導で全員が無事に帰路につく事になります。
「しかしセタンタ、ボロボロだねぇ」
「めっちゃ身体痛い……欠損は無いけど、早く完治させてくれー」
「む……いま組み伏せれば、寝技に持ち込めるのカナ?」
「お前を絞め殺すぐらいの気力はあるぞ!」
何だかんだでちゃんと傷を癒やしてくれるマーリンちゃんに任せつつ、セタンタ君はあぐらを組んで腰掛け、雲海の果てに沈んでいく夕日を見つめました。
夕日はただ一人赤色に輝いているだけではなく、その輝きを絨毯のように広がる雲達にまでその光を分け与えています。
その赤から目を離し、天空を見上げると星混じりの深い藍色の宇宙が広がっています。セタンタ君はそれを見ながら、ホッと溜息をつきつつ呟きました。
「綺麗だな」
「えっ、ボクが!?」
「こういう、都市の中じゃ見る事が出来ない光景を見ると、大雨降ったり魔物襲ってきたり、虫がたかってくる郊外も悪くねえな、って思う時がある」
「ガン無視だった。……ま、これに美味しいご飯がつくと言う事ないね」
「だな」
腐肉漁りの面々はドサクサに紛れて治癒の魔術が施されました。全員が全員、助かったわけではありませんが、それでも全滅はしませんでした。
円卓会の監視下に置かれてはいますが、まあ、大人しくしておけば生き残りは全員、街に帰る事が出来るでしょう。
猫背のエルフさんは山頂から追い出されましたが……なんだかんだで生きて帰って、セタンタ君の冒険を邪魔してきたりとかあるかもですね。麓にたどり着く前にサクッと死ぬ可能性も高いですが。
腐肉漁りの面々は監視下では好き勝手に出来ず、生き残った事にホッとしている人もいれば、しくじった事にふてぶてしく顔をしかめている者もいます。
パリス少年の姿もありました。
不服そうな顔でフェルグスさんの奥さんに手当されつつ、何やらフェルグスさんに話しかけられてもいます。どうも、人夫仕事に誘われてるようですね。
セタンタ君はそれを見て、「話に乗っといた方がいい」と思いました。フェルグスさんは時に苛烈で容赦ないヤリチンですが、家族や商会員や仲間の事は大事にしてくれます。
雇用条件は遊んで暮らせる好条件にまではならないでしょうが、腐肉漁りのように蔑まれ、いたずらに命を賭けるような事にはならない筈です。
「とりあえず荷運びしながら、先を見据えて落ち着いて訓練をするといい」
フェルグスさんはそう言い、パリス少年にとって「相応」の幅を広げていく事も提案していきました。彼が真面目に真っ当に頑張れば、いつの日かセタンタ君達と轡を並べるような日も来るかもしれません。
それこそ、人夫ではなく一端の冒険者として。
フェルグスさんに誘われているパリス少年を、ちょっと羨ましそうに見ている腐肉漁りの面々も一部いて、それを見たフェルグスさんは肩をすくめつつ、「お前たちも来るか?」と言いました。
「はい治った!」
「痛え! 叩くなよ!」
「うん、壊死してたとこだけど、ちゃーんと治ったみたいだね」
そう言ったマーリンちゃんはチェシャ猫のようにニシシ、と笑いました。
「ったく……ありがとよ」
「ういうい。今回みたいな無茶は控えるよーに」
「まー、状況によりけりだろ」
「でも、あんま無茶すると孤児院長が泣くよー」
「泣くようなタマじゃねえっつーの……」
セタンタ君はそっぽを向き、マーリンちゃんはその横顔をちょっと不満げに頬を膨らませ、見つめました。
ママが悲しむような事をしちゃダメだよ、と怒ったりしつつ、「まさか毎回こんな感じなの?」とセタンタ君の冒険者生活を案じました。
「ここまでじゃねえよ」
「一人で郊外ウロウロしてるとも聞いたよー。いつか痛い目見て死ぬよー」
「まあ、その辺は上手くやるよ」
「信用できなーい」
「なら、一緒に来るか?」
「へ?」
「俺と組むか、って話だ」
セタンタ君は半分ぐらいは冗談で誘いました。
マーリンちゃんの事は股間的な意味では近づきたくないですが、腕の方は確かです。優れた魔術師の索敵手がいれば郊外活動がかなり楽になります。
そして何より、孤児院時代の幼馴染の中でも結構気心が知れた相手でもありました。股間はともかく、なんだかんだで息を合わせてやっていける……そんな気がしたからこそ、半分は本気で誘いました。
マーリンちゃんは不意を突かれ、ポカンとしていました。
けど、やがてちょっとうれしそうに相好崩して「まことに~?」と返しました。
「いいよ! ボクは全然オッケー!」
「じゃあ、組むか。お互いに気分が乗ったり、お互いに暇な時にでもな」
「えー、どうせなら常に相棒でいようよぅ」
「それはそれで面倒くさい!」
「ちぇっ。まー、いっか。そうだ、フェルグスのオジ様も誘っちゃう?」
「オッサンは商会の仕事とか色々あるっぽいからなぁ……そっちも機会があれば、って感じだな。あ、お前の股間怖いから貞操帯はつけてこいよ」
「えぇっ♡ やだぁ~♡ セタンタそういうプレイが好きなのぅ♡」
「うぜえ……!」
にへへ、と嬉しそうに笑うマーリンちゃんがセタンタ君に襲いかかり、二人はしばしギャーギャーと揉み合いました。
それを見た円卓会の独り身冒険者達は「けっ! イチャイチャしやがって!」と殺気立った視線で見つめていました。
クアルンゲ商会に雇われている冒険者さん達はちょっとだけ複雑そうな表情をしています。マーリンちゃん、外見は美少女ですからね。立ちション出来ますが。
「コラコラ、二人共、イチャつくならもっとネットリとやりなさい」
「しねーよ!」
「していいの!?」
ギャアギャアと猫の喧嘩のような事をしていた少年少女をフェルグスさんがつまみ上げ、宙ぶらりんになった二人はしばし暴れていましたがやがて大人しくなり、地面に下ろされました。
「オジ様、セタンタ、ボクと組みたいんだってー」
「ちげーよ! 仕方なく組んでやるんだよ、暇な時に」
「ぶぅ! そんなツレナイ事を言ってると、危ない時に助けたげないんだからね」
「いらねー! そうポンポンとヤバイ目に合うわけないだろ」
「コラコラ、ヒュドラ毒でも飲ませてやろうか?」
「「…………」」
「よろしい、大人しくなったな。ではセタンタに臨時報酬だ」
フェルグスさんが笑みを浮かべつつ、セタンタ君に何かを投げて寄越しました。
セタンタ君は毅然とした態度でそれをキャッチ――しそこね、ちょっとお手玉しかけましたが何とか山からすってんころりんさせず、手中に納めました。
「なんだコレ。骨?」
「お前が仕留めたエルンブ・ヴァルフィッシュの持っていた骨だ」
「ゲエーッ、人骨かよ」
「違う違う、魔物の骨だ」
エルンブ・ヴァルフィッシュは人の人骨を素体に形成される事が多いですが、魔物ですら構わず襲って骨を奪っていくため、持っているのは人骨に限りません。
セタンタ君が受け取ったのはその中の一つで、大きさはナイフ程度のもの。フェルグスさんが円卓会に掛け合って一番良いとこをぶんどってきたようです。
「ほんの一欠片だが、とある魔物の一部だ」
「へぇー……どんなヤツ?」
「おそらく、大海に生息する大海獣のものだ」
「アイツ、泳いで殺しに行ったのか……」
「さすがに浜辺に流れ着いたものでも拾ったんだろう。いくら何でもアレをそこらのアンデッドが殺し切るのは厳しいからな。あるいは……人為的に、どこぞの死霊術師が強化のために埋め込んだのかもしれん」
「ふーん……」
「スカサハ殿が使う槍と同じ素材だ。それだけではさすがに穂先程度しか作れんが、煎じ薬の材料として高値で売る事も出来るぞ」
セタンタ君はちょっと使いみちに迷いましたが、判断は保留にして懐に納めました。そう直ぐに決めるべきではないでしょう。
「かの御仁と同じものが欲しいなら、いつか取りに行ってみるか?」
「んー……ま、俺にはこの槍があるしなぁ……」
「いやセタンタ、予備の槍ぐらい持っときなよ。孤児院長が贈ってくれた槍も、良い物とはいえ、いつまでもは保たないんだからさ」
「そんなことねえよ、ちゃんと手入れしたら俺が死ぬまで持つんだよ」
「いやいや、そんな無茶な……誰かに折られても知らないよー」
「大丈夫だっつーの」
三人はしばらく茜色の染まる雲海、沈みゆく夕日、満天の星空をそっちのけで語り合っていました。
欲しいもの、やりたい事、見たい景色。そんな事に思い馳せつつ冒険計画を語り合い、夕飯を食べながらも語り続けました。
「そういや、海の遠征は行った事ねえなぁ」
「まあ、海での戦闘は中々難しいものがあるからな」
「うーん……そのうち、ちょっくら行ってみるかな」
「海に?」
「おう。さっきの大海獣を狩りにな。槍はこのままで」
「おおぅ、いいねー! どうせなら美味しいお魚も取りに行こう」
「海の遠征はかなり綿密に計画を立てねばならんぞ。……そうだな、良い機会だから、セタンタが遠征隊長となり、遠征部隊を取り仕切ってみるといい」
「俺がぁ? えぇー、柄じゃねえよ」
「大海獣狩りは専門家の力借りないといけないとはいえ、陸での遠征を率いるのはいずれ挑戦してみるといい。情報を集め、計画を立て、仲間を集めるのだ」
「仲間……仲間か」
「冒険者は魔物との戦闘が全てではない。セタンタにしろマーリンにしろ、二人共まだ若いが……これからも冒険者を続けるなら、いずれ、他の冒険者をまとめあげて遠征部隊を率いるなり、クランを率いるのも良い経験になる筈だ」
「あ、ボクそういうのめんどっちいから、セタンタの補佐でもするよ」
「それでもいい。どうせ冒険者稼業するなら楽しい経験を積んでいくといい」
「ふーむ……」
セタンタ君、自分で仲間を率いる事に少し興味を抱いた様子。
実際にやると面倒くさそうとも思いつつ、自分が目指す目標であるフェルグスさんは、そういった事も当たり前のようにこなしていますからね。
隊長とか総長とかへの興味がゼロというわけではありません。
リーダーとかカッコ良さそうです。
一人の男の子として、そういったものへの浪漫をムクムク抱きました。
直ぐにそういう事はしないにしても、遠征やクラン設立に関して三人で話をしていると、やがて興味を示した他の冒険者達も集まってきて、皆で遅くまで話をする事になりました。
次の冒険にも思いを馳せつつ、少年少女だけではなく、大の大人達も童心にかえってワクワクとした様子で語り合っていました。
これにて少年冒険者の生活・第一章は終了です。第二章もまとめて投稿予定ですが、世界観的には本編にあたる異世界職業図鑑の方を優先的に書いて終わらせないといけないので、第二章はいつ出来るか未定です。
異世界職業図鑑の方で中々書けない冒険者稼業の設定をガッツリ書くための息抜きとして書いたものなので、また息抜きに1~3ヶ月中? ぐらいにまとめて投稿出来たらと思います。
第二章は今のところ「魔術のある国の子どもたちの遊び」「アニマルトラッキング」「狼達と行く砂漠地帯の遠征」などなどになると思います。




