Vs:メドラウト班 前編
「メドラウト班、前へ」
「はい!」
「よし……」
甲板上に設けられた戦場にガラハッド君とメドさんが進み出ていきました。
第二回とある課題模擬戦。メドラウト班は三番手としての出場となりました。
一番手と二番手の班は第一回よりは健闘したものの、あと少しのところで仕損じ、逆襲されて惜敗する結果に終わっていました。
担架で運ばれながら悔しげにしている二番手の班とすれ違いつつ、メドさんはガラハッド君の肩を――手作り甲冑に包まれた肩をコツン、と叩きました。
「打ち合わせ通りだ。緊張すんな」
「あ、ああ……! わかってる」
「……まあ、緊張してんの緊張すんなって言われても、困るか。アレだ、何か……笑えるような事でも思い出しとけ」
「急にそう言われても困る」
「確かに」
メドさんは兜の中の表情を面白げに歪めつつ、模擬戦に向けて意識を切り替えながらガラハッド君と最後の打ち合わせを始めていきました。
「手はずの最終確認しとくか」
「基本はメドが前に出て対応する」
「そう」
「私はとにかくやられないように逃げ回りつつ、キミとは逆か90度辺りの位置を維持。可能であれば挟み撃ちにする姿勢を示しつつ、無理はしない」
「そうだ。……大鎚で殴って確認した事は、最後の最後の切り札にとっとけ」
「わかった」
「あのクソスライムが少しでもお前を攻める素振りを見せたら、俺がガンガン攻める。お前は防御に専念しろ。生きて立ってくれてるだけでも相手の意識を割かせる事が出来る。攻撃は俺に任せろ」
「ああ……!」
「よし、じゃあ、行くか」
少年は頷き、少女と共に前に出ました。
少女は一歩踏みしめた後、キウィログちゃんの隣に立ってジッ……と睨んで来ているアイアースちゃんに対し、睨み返すような視線を送りました。
よく見ていろ、と心中で呟きました。
そうして歩み出てきた二人に対し、離れた場所から教導隊長が話しかけました。
「それではお二方、準備はよろしいですか?」
「はい!」
「うっす」
「それでは……参ります」
声かけつつ、教導隊長が手をかざしました。
すると対峙する両者の間の甲板にドロリと広がっていた真黒の水たまりのようなもの――黒いスライムが人型の姿を形作り、起立していきました。
そのスライムは模擬戦を見守っていた教官が投げた二本の棍棒を受け取ると、手中でくるりと回して見せて、メドラウト班に向き直りました。
「どうぞ、かかってきてください」
「じゃあ遠慮なく――ッ!」
轟、と音立ちそうな勢いで少女が突撃していました。
突撃するための姿勢から一気に距離を詰めていきます。
その左手に握られているのは1メートルほどの両刃剣。
右手には彼女の上半身ぐらいはスッポリと覆ってしまえそうなほど大きい円盾ほ保持。守りも重視した武器防具を選んできたようです。
遅れてガラハッド君が動き始めた時にはもう、少女は敵の間合いに入ろうとしているところで――突撃を読んでいた教導隊長に対応されました。
教導隊長がスッと腕を動かすと人型スライムは右手の棍棒を突き出しました。
刃がついていないとはいえ、突撃に合わせて振るわれた一撃は少女を勢いよく倒すのに十分な威力がありました。
当たりさえすれば、十分な威力がありました。
「見え見えなんだよ……!」
少女は、対応に対して対応を返していました。
円盾を頭上に構え、棍棒に当てて逸しつつさらに前進。
そこで決着を急がず、相手の右腕側に――既に振り切っている右腕側に逃れつつ、すれ違いざまに斬りつけていきました。
「チッ……!」
その斬撃は人型スライムの腹部を薄皮一枚程度割くに留まりました。
少女としては3分の1程度はパックリと割くつもりでしたが、剣が振り抜かれ始めた時点で教導隊長がスライムを横っ飛びで回避させたのです。
多くの観戦者が「上手く受け流して綺麗に決めた」「あれは決まった」と少女の斬撃を評価していただけに、教導隊長の対応はそれ以上に驚かれました。
横っ飛びで避けたスライムは足を大きく――大股で大胆に動きつつ、少女が盾を持つ方……左側を常にキープしながら盾の上から乱打を開始していきました。
「クソが……!」
少女は攻撃を受けきれています。
受けきれていますが、完全には受け流せず、身体を大きく揺らされていました。絶え間なく打ち付けられる棍棒の威力に、徐々に足を止めていきました。
初回の課題模擬戦の時も、この流れで負けました。
乱打を次第に受けきれなくなり、無防備な肩を思い切り殴られ、剣を落としてそのまま負けていきました。
初回では、そんな流れで負けました。
ただ、初回とは違う事がありました。
「――――ッ!」
「おっと……」
ガラハッド君が駆けつけ、参戦してきたのです。
無言で駆け寄り、渾身の突きを人型スライムの背後から見舞ったものの、余裕を持って躱される事になりました。ですが、救援の役目は十分果たせました。
「ごめん、遅れた」
「すまん、助かった」
甲冑姿の少年少女は短く言葉を交わし、両側から挟み込むように振るわれてきた棍棒をそれぞれの盾で受けました。
少年は受けて倒れないようにするので精一杯でしたが、少女は受けながらも剣を振るって相手を後退させつつ相方に向けて話しかけました。
「いいぞ、その調子だ。とにかくやられんな」
「でもさっきは出遅れた」
「次はついてくりゃいいんだよ。位置取りは慎重に。あとお前の方を狙ってくる場面がかならず来る。必死で凌げよ」
「やってみる」
「よっしゃ――じゃあ着いて来いッ!」
少年は言われた通り、動こうとしました。
同年代ながらも自分より優れた使い手を追い、激しく敵と打ち合っている姿を見ながら側面、あるいは背後を取る立ち位置をキープしました。
時折、行けそうだと考えた時には斬りつけにいきました。
それは人型スライムが生やした尻尾に容易くあしらわれる攻撃でしたが――少女にとってはそれは期待通りの援護となりました。
「…………!」
ただ、少年は自分の動きに不満を抱いていました。
大事な友達に見送られ、参加した教導隊で活躍出来ずにいる自分を恥じていました。周囲との力の差に対していまなお打ちのめされずにはいられませんでした。
彼が教導隊で成績を残せていないのは、それだけ優秀な人材が集っている事もありますが、大半の者達は少年よりもずっと幼い頃から訓練を積んできた者達。積み重ねの差から出遅れるのはごく当たり前の事でした。
それでも、結果を残したい。
自在に敵と渡り合っている少女が羨ましい。
悔しくて悔しくてたまりませんでしたが――それでも焦る事は自重しました。
それが敗北に繋がりかねないという事は、自分の頭で理解に至っていました。
息を吐きつつ、しっかりと戦場を見つめました。
「工夫だ……さらに、工夫を重ねるしかない……!」
少年は言われた通り、やられない立ち回りを意識しました。
ちょろちょろとうろついて、時折、手を出して少しでも存在感を示す。
それを続ける。続ける事で少しずつ敵の動きが理解出来てくる。理解はさらに打ち込む機会を増やす。少年はそう信じてよく、視ました。
それを続けるだけの時間をくれる少女に――班長に感謝しました。
間近で視れば視るほど自分と彼女の力の差を思い知る事になりましたが、少女の勇姿は少年に立ち向かう勇気と熱意を伝えてくれました。
「凄いな、キミは」
少年は感嘆しました。
自分なら鎧袖一触でやられかねない強敵と渡り合う心強い仲間に。
「強いな、キミは」
少年は憧れました。
時折楽しげな笑い声を漏らしつつも目まぐるしく立ち回る先達に。
「本当に私と同じ人間か、と言いたくなるな」
少年は必死に追いすがりました。
同種の戦い方をしているからこそ、セタンタ君よりも間近に見える相手に。
「同じ人間という事は――私にも、同じ事が出来る可能性があるわけだ」
少年はそうなんだろうと納得しました。
相手のやっている事がまったく理解出来ないわけじゃない。
全く理解の外にある魔術を使っているわけではないと思いました。
追いすがるのは不可能ではない――と、一つの答えに至りました。
「こう――――か?」
少年は一歩、踏み出しました。
先征く者の勇姿をなぞり、模倣していきました。
それが強くなるための一つの手段であると、無意識に理解しながら。