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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
七章:海を征く教導隊
227/379

武靴



 各班が初めて課題に取り組んだ翌日。


 この日は一日、教導訓練は休みとなりました。


 休みといっても休暇を謳歌する教導隊参加者は少なく、いつもより少しだけ遅く起きた後、殆どの参加者が課題に向けた自主練に励んでいました。


 課題を初日でクリア出来たのは僅か1班のみ。


 期日まで何度か挑めるうえにクリアしないと罰則があるわけではないのですが――殆どの参加者が「ここで引き下がれるか」「このまま帰ったら士族の先輩方に申し訳たたない」「教導隊長ぶっ倒す」と殺る気に満ち溢れています。


 全体のうち半分の班が模擬戦課題であった事もあって、甲板上は戦闘訓練を行う子供達で溢れています。


 前日のうちにある程度の方針は決めたのか、それに沿った訓練や地力の強化を試みて剣や槍、弓や弩を振るって戦っていました。


 班によっては別の班と合同で訓練をしています。


 セタンタ君もアッキー君と合流後、ガラハッド君が所属しているメドラウト班と一緒に訓練をする事になったようです。メドラウト班には一人いませんでしたが。



 そうして皆が真面目に自主練に励んでいる甲板上。


 そこに水着を着た人影がありました。



「やっほ~~~~い!」


「オイーッス! お前ら元気かー!?」


「……お前らほどじゃねえよ」


 セタンタ君はティベリウスさんの大声に片耳を塞ぎつつ、「ねえねえ、似合う?」と水着を見せに来たマーリンちゃんを適当にあしらいました。


 マーリンちゃんは細く小さな身体を白ビキニとパレオで包み、頭は獣耳出し用の穴が空いている麦わら帽子を被り、ご機嫌そうにお休みを満喫しています。


 白くすべすべしたお腹には可愛らしいおへそが自己主張していました。


「お前ら自主練か、精が出るねぇ」


「精が出るねぇっ!」


「く、クソ……課題突破したからって見せつけに来やがって」


「え~~~~? そんなことないよ~~~~? ね~?」


 大げさに驚いたふりをして両手を軽く上げたマーリンちゃんが隣にボール・バック姿で立っていたティベリウスさんに同意を求め、ティベリウスさんも甘ったるい声色で「ね~?」と言いました。セタンタ君はさすがにイラッとしました。


 ティベリウス班は、教導隊で唯一、初日で課題をクリアした班です。


 そういう事情もあって、休暇を楽しんでいます。煽り混じりで。


「くそぅ、いいからとっとと泳いでこいよ。オラッ」


「あぁ~❤ やめて~❤ 甲板上から海に落ちるのは怖いよぉ~❤❤❤」


 マーリンちゃんはセタンタ君にお姫様抱っこされて嬉しげにした後、「ポイ」と海に向けて捨てられ「あ~!」と落ちていきました。


 落ちていきましたが直ぐに浮遊魔術でフワフワと浮き上がってきました。


 ティベリウスさんが「危ねえ!!」と後を追って落ちていったのとすれ違っていましたが、ティベリウスさんの行方を気にする人は誰もいませんでした。


「セタンタ達は何してんの?」


「お前には教えてやんね」


「けちっ!」


「メド~、言われたの持ってきましたよ~」


 マーリンちゃんがセタンタ君と「ぎゃあぎゃあ!」と掴み合いをしている横を通ったキウィログちゃんから箱を受け取ったメドさんが「悪いな」と言いつつ、開封して中身を取り出しました。


 取り出された中身に視線が集まる中、メドさんはそれをガラハッド君に渡し、使うように促しました。


 セタンタ君とマーリンちゃんは「わー、珍しいのが来たなぁ」と何を使っているのかわかったようでしたが、ガラハッド君とアッキー君は首を傾げました。


「何すか~それ? 武器?」


「お前には教えてやらねえ」


「えぇー!」


「ほう、武靴ぶかですか……中々に渋いものを持ち込んでますね」


 そう言い、少年少女達の集いに近寄ってきたのはエレインさんでした。


 教官ながらも休暇を満喫する気満々らしく、黒く大人っぽい色合いのハイレグの水着に身を包み、頭にはサングラスを引っ掛けています。


 上半身はそこまで大きな露出は無いものの、豊かな胸の形がピッチリとした水着の影響でよくわかり、下半身は脚の付け根がモロに見えているセクシーなデザインです。股間の生地は槍の穂先の如き二等辺三角形でした。


 セタンタ君は「少しズレるだけでヤバイな」と思いながらエレインさんの方に注目していると、「ムッ!」としたマーリンちゃんに後ろ髪を引っ張られました。


「教官、めっちゃスケベな身体してるっすね!!」


「アッキー君は正直ですね。ガラハッド君も、そんな視線をさまよわせずとも、ハッキリとガン見していいですよ? 正直、体つきには自信ありです。ウチの夫も大層褒めてくれます。えっへん」


「へぅっ……ああ、ええっと……ブカって何ですかぁ……?」


「要は武器として使える靴、あるいは靴の装飾品ですね」


 エレインさんは狼狽えている弟子にそう言葉返しつつ、メドさんに断ってメドさん所有の武靴を手に取り、それを例に説明し始めました。


 メドさん所有の武靴ものは帯のようなもので、それを縦に――膝下から足先まで身につけ、ベルトでしっかりと固定するもののようです。


 帯の部分には片手剣程度の厚みの刃で出来た斧がついています。足先に装着する部分に関しては馬上槍ランスの切っ先の如き突起がありました。


「このように、脚に斧と槍をつけておく事で蹴りを強化するのです」


「蹴りを……」


「扱い難しいので身につける事で困る事もあるにはありますが、上手く扱えばコレだけでもフツーの剣士を凌駕する使い手もいます」


「俺がたまに使ってるのは外付け型だ。状況に応じて外せるから、お前の甲冑でもつけれるだろ。試しに使ってみろ」


 メドさんがガラハッド君に対してそう言い、貸与しました。


 ガラハッド君は少し遠慮気味でしたが、メドさんは「戦力強化として必要な事だ。班長命令だぞ」と押し切りました。


「気に入ったら教導遠征終了まで貸してやってもいい」


「ありがとう。大事に使うよ」


「手入れしてくれるなら、粗末に使っても良い。武器にしろ防具にしろ、使ってるうちに摩耗するのが普通だ。壊れる時は壊れるんだからな」


 メドさんはそう言いつつ、エレインさんをチラリと見ながら「使用上の注意とか説明してやってくれますか?」と言いましたが、エレインさんは首を振りました。



「良い機会なので、メドちゃんが説明してあげてください」


「……その呼び方、やめてもらえねえっすかね」


「嫌です」


「じゃあせめて、俺の代わりに説明してやってくださいよ」


「教え導く事も自身の技術向上に役立ちますからね。私も一応は教官役として参加しているので、一時的とはいえ教え子の成長の機会を奪いたくないのです」


 皆が「教官として参加してるのに水着……」と思いましたが、エレインさんは向けられる視線をどこ吹く風といった様子で甲板の端に立ちました。


 そして、綺麗なフォームで静かに飛び込んで行ってしまいました。


「チッ……仕方ねえ、俺が説明してやる」


「よ、よろしく……」


「メド! 舌打ちはあかんよ?」


「わかった、気をつける。気をつけるから兜をコンコン叩くな、キウィ」


「ただでさえメドは言動キツくて誤解されやすいんやから、ウチ色々心配やわぁ……メドはちゃんとお嫁に行けるんやろうか」


 本当に心配そうに俯いたキウィログちゃんに対し、メドさんは兜の下でむっつりと顔を固め、「どうでもいいだろ」と言いかけました。


 ですが、普段から周りとの仲を取り持ってくれているキウィログちゃん相手だと、あまり強く出れないらしく、ボソリと「気をつけるって」と答えました。


「あと……俺、嫁に行くつもりねーから」


「あら、そうなん?」


「むしろ貰うわ、嫁を」


「あぁ~、それもええなぁ~」


 キウィログちゃんはニコニコとほころびました。


 バッカス王国は治癒魔術による整形を利用し、男性でも女性でも関係なく同性同士でも子供を作る事が可能となっています。法律上も問題がありません。


 中には性転換して結婚する人もいますが、同性カップルもそこまで珍しくはなく、年々広く受け入れられつつありました。


 ただ、美女や美少女同士のカップルを見た男性が「間に挟まりてえwwww」と言うのは厳しく弾圧されており、ところによってはそう口走った男性が地下に連れていかれ、アイアン・メイデン型の機器に投げ入れられて「女の子になぁれ!」と強制的に性転換される事件もあるほどです。



「ひょっとして、もう気になっとる子がおるん!?」


「……ひ、ひみつ」


「何で!? ウチとメドの仲やのに、いけずぅ……」


「うっせえ、知るか」


「メドが海を流されとったの、助けてあげたのに~」


「か、感謝してるよ……」


「ほなら教えて?」


「その……ちゃんと、いつか……言うからさ……」


「いつかっていつ?」


「そりゃ……あれだ……告白する勇気がわいたら、だよ」


「ほんまっ?」


「うん……」


「期待しとる! メドが選ぶ子ならええ子やろうけど、ウチにもいつか紹介してな? ウチもな、友達になりたいから~」


「ああ……うん……努力、するよ……」


 キウィログちゃんが無邪気に微笑む中、メドさんはぎくしゃくした様子で言葉を返しました。受け答えどころか動作すら硬いものになりました。


 二人の様子を見ていたマーリンちゃんは色々察してしまいましたが、キウィログちゃんとは別種の微笑みを浮かべつつ、とりあえずは黙って見守りました。



「あー……ええっと、武靴の説明に戻るぞ、ガラハッド」


「頼む」


「教官が説明した通り、武靴コイツは武器だ。ただ、重りにもなる」


「重り?」


「刃と切っ先の部分が金属製だからな、結構重いんだ。そんなもんを脚につける以上は上手く使えねえとただの重しになる」


 起伏激しい都市郊外の自然の中だと、さらに邪魔になります。


 膝下の斧はともかく、足先の突起が土に引っかかって転ぶ事もあるため悪路を進むには邪魔どころか命に関わる事もあります。


 そういう事情もあって武靴はそこまで普及していません。利用者人口が少ないからこそ、エレインさんが「渋いですね」と言ったわけです。


 メドさんは武靴を使いますが、邪魔になる時がある事からそこまで頻繁には使いません。愛好者というほどではないので、状況に応じて取り外しが簡単に出来る外付けタイプを使っています。


「課題は平な甲板上での戦いになるから、そこまで邪魔にはならねえはずだ」


「メドは森ん中で外すのめんどくさがって、木の根に先っぽ引っかかったの原因で盛大に転んだ事があったなぁ……あれは、痛そうやった……」


「言うな……」


「使う上でのコツとかあるだろうか? 蹴って攻撃に活用すればいいんだよな?」


「相手が眼の前にいるぐらい組み合ってる時に使えばいい。鍔迫り合うぐらい近くにいると、足元なんて死角になりやすいからな。軽く蹴って傷つけてやるだけでも、相手の機動力あしを殺す事が出来る」


 ただ、平な場所であってよく気をつけないといけない事がある、とメドさんは言い、キウィログちゃんに手伝ってもらいながら軽く実演してみせました。


「例えば、俺とキウィが至近距離で組み合ってる時、俺が蹴るとする」


「蹴られてまう~」


「気の抜ける声はやめろ……。で、俺は蹴る時、当然、片足立ちになる」


「上体を押されると簡単に転びそうだな」


「そう……そこを一番気をつけなくちゃならねえ。転ばされたらいいように料理されるからな。武靴で蹴る時は素早く、最小限の動作で。欲張って一気に切断するんじゃなくて軽く突くぐらいがいい」


「メドは――」


「余計なこと言うなよ、キウィ」


「はぁい。ふふっ……」


「ぬぅ…………あー、あと、人間相手なら別に蹴らなくても足元を意識させるだけで、気をそらす事が出来る。構造上、どうしても良い点と悪い点があるクセのある武器だから、合わねえようならやめろ」


 ガラハッド君はメドさんの言葉に頷きつつ、「試すだけ試してみよう」と武靴を貸してもらう事にしました。


 強くなるためには武器を試すのも一つの手段だろう、と思いながら。試行錯誤していけば上手く噛み合うものも出てくるかもしれないと考えながら。



「あ、一ついいか?」


 ガラハッド君とメドさんに対し、セタンタ君が口を挟んでいました。


「課題の相手に関しては、普通と死角が違うのは注意しておくべきだと思うぞ」


「ああ……そういやそうだったな。うっかりしてた」


 セタンタ君の言葉にメドさんは納得し、相槌を打っていましたが、ガラハッド君とアッキー君はわからず、首を捻りました。


 それを見たセタンタ君は課題攻略のための情報という事もあって、簡潔に説明し始めました。


「普通の魔物なり人間を相手にする時は、確かに足元が死角になるんだけど課題の相手は人が操作しているスライムだ。つまり主な視点は使役者になる」


「ほう? なるほど、そういうことっすかー!?」


「アキ、お前ぜったい何の事かわかってねーだろ」


「そなことないですぅ~!」


「ウゼえ……」


「相手に関しては、三人称視点だと考えるべきという事か?」


 ガラハッド君が首を傾げつつそう言うと、セタンタ君が頷きました。


「そういう事だ。つまりスライムの頭からは死角であっても、引いたところから見ている使役者……教導隊長の視界から見ると死角じゃ無かったりするんだ」


「何だそれずっこい」


「一長一短だよ。三人称視点過ぎて、自分と戦ってる相手の間に使役してるスライムやゴーレムが割って入ると相手の動きが見えねえ、ってなる事もある」


「つまり、課題では教導隊長の視線も意識して戦うといい、と?」


「そういう事だな」


 少年少女達は知りませんが、教導隊が旅立っている間にカンピドリオ士族の闘技場でレムスさんとフェルグスさんが立ち会った際、レムスさんがフェルグスさんに指摘された三人称視点の弱点と同じ話です。


「ただ、向こうもそんな事は承知のうえで戦ってるだろう。マーリン、教導隊長あのひとって視覚共有魔術とか使えるのか?」


「使えるよ~」


「やっぱりか。となると、スライムが見ている光景を自分で見る事も出来るな。だから課題の相手は三人称視点と一人称視点、両方持ってると思った方がいい」


「なおさらずっこい」


「……それはつまり、死角が無いという事では?」


 ガラハッド君が冷や汗流しそうになりつつ、疑問するとマーリンちゃんが「師匠の視覚も完璧じゃあないよ」と答えました。



「ボクが知る限り、師匠は使役しているスライムと有線か無線で視覚共有出来るんだけど、今回はあえて無線しか使ってないみたいだね。これは好機だよ」


「無線の方が精度が悪いのか?」


「うん。解呪ディスペル魔術とかで視覚共有を阻害していけば一人称視点は封じることも不可能じゃない。解呪使える人?」


「何すかそれ」


「無理だなー」


「俺も解呪は自信ねえわ」


「うん……セタンタ以外、使えないってことだね?」


 マーリンちゃんが肩をすくめ、セタンタ君を見ると頭を振られました。


「俺もマーリンほど得意じゃねえからなぁ、解呪」


「多少は使えるでしょ?」


「使えるけど、多分、使ったところであの人は対応してくるだろ」


「うん、師匠は熟練のスライム使いだから、スライムやゴーレムを人が使役するうえでの弱点はよく知ってるよ。だから、解呪も覿面には効かないだろうね」


「効くとしたら……要所で、不意打ちの一回分ぐらい、か?」


「セタンタの解呪だと、0.3秒ぐらいの視覚的な隙は作れると思う。あとはもう完全に対応されて0.1秒の隙すら作れないと思うよ」


「……0.3秒って長いんすか? 短いんすか?」


「我ながら短い、かな」


「いや、そんだけあれば接近戦では十分だろ。要所で使いさえすればな」


 解呪で作れる隙についてはセタンタ君とメドさんで意見の相違はあったものの、上手くやれば解呪魔術も効果的に機能します。


 魔術を使う相手――人間同士の魔術戦においては、相手の切った手札まじゅつを解呪で殺しながら戦うのも有効な手段となりえます。


 今回の課題は対魔物を想定したものですが、解呪魔術を使うことも可能です。




 そんな話をしつつ、少年少女は課題に向けて自主練に励みました。


 その様子を、羊系獣人の女の子がつまらなそうに見つめていました。


 時折、竜系獣人の女の子がその少女に近寄り、遠慮がちに自主練に加わるよう誘ったものの、少女は意固地になって参加を拒みました。



「アイアース様……もうそろそろ、素直にならんと……」


「ふん、素直? 素直になら、もうなってますわ」


「…………」


「素直に、あの貧乏冒険者2号が無様に負けるところを高みの見物してやる事に決めましたの。メドはちょっと可哀想だけど、いい薬になるでしょうね!」


「んー…………」



 羊系獣人の少女は、自信ありげに人の不幸を祈りました。


 竜系獣人の少女はその様子を心配そうに見つめつつ、そっと目を伏せました。


 そんなやりとりがあった翌日。


 教導隊参加者達は、再度課題に挑むチャンスを与えられる事となりました。



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