一人ではなく、三人でもなく二人で
セタンタ君がアッキー君と意見を交わしている頃。
食堂ではガラハッド君が班員の二人と反省会を行っていました。
ただ、雰囲気は大変よろしくない反省会であり、こっそり様子を見守っているマーリンちゃんとキウィログちゃんは心配そうに顔を見合わせていました。
「まったく! まったくもって!! あなたさえ邪魔しなければわたくしが華麗に勝利を飾って初回で課題を突破できていたというのに! だーからわたくしはあなたみたいな役立たず冒険者と組むのは反対だったんですわ! 身の程もわきまえず教導遠征に参加したツケを自分で払うのはどーーーーぞご自由にと言いたいところですが、それをわたくしたちに払わせるんじゃあなウゲッ!?」
「……真っ先にやられたお前が、ウダウダ言ってんじゃねえ」
ガラハッド君の顔にツバを撒き散らしそうな勢いでまくし立てていたアイアースちゃんが隣に座っていたメドさんに角を叩かれ、机に突っ伏しました。
ガラハッド君でも「大丈夫かな」と心配するほどでしたが、メドさんは構わず、キウィログちゃん達を手招きし、こちらに来るよう呼び寄せていました。
「キウィ、悪い。こいつちょっと便所に捨てといてくれ」
「う、うん、お部屋のベッドでええかなぁ……?」
「便所でいい。便器に顔突っ込ませて……いや、角が引っかかるか」
「そ、そういう問題や無いと思うけどなぁ……」
「いい加減、コイツを甘やかすのはどうかと思うぞ。キウィも、コイツ自身も」
「ん……」
キウィログちゃんは少し申し訳なさそうに頭を下げた後、ガラハッド君に会釈してアイアースちゃんを丁重に抱っこして食堂を出ていきました。
マーリンちゃんも、迷った様子でしたがガラハッド君に軽く手を振ってキウィログちゃんについていき、食堂には少年少女の二人だけとなりました。
班を組んでいるとはいえ、親しいわけでもない相手と二人きりになった事でガラハッド君は緊張しましたが、話題に迷っているうちに相手の方が口を開きました。
「すまん」
「え?」
「あの馬鹿を制御しきれなくて、悪かったって言ったんだよ」
「あ、ああ、いや……別に……」
少年は頭を掻きながらまどい、言葉を探しました。
「私と彼女の問題だ。……何をどう解決に導けばいいか、よくわからないが」
「お前、アイツのスカートめくったとか、そういう事をしたから嫌われてるってわけじゃあ、ないんだろ? 別に……」
「もちろん。……向こうが私のような市井の冒険者を嫌ってるんだろう」
「まあ、な。アイツはちょっとどころではなく、選民思想的な考えの持ち主だ。士族外の冒険者を全員が全員、嫌ってるわけじゃあないんだけどな」
メドさんは兜まで甲冑を身に着けたまま肩をすくめ、そう答えました。
ガラハッド君はその語り口に疑問を覚えずにはいられませんでした。
「キミはアイ……彼女と親しいのに、結構、批判的な事を言うんだな」
「俺の方は親しいつもりはねえよ。俺も一応はお前と同じく士族外……市井の冒険者だ。ただ、タルタロス士族に所属してるキウィの縁で知り合って、たまに仕方なくつるんでるうちに、自分の味方だとか、向こうが勝手に勘違いしてんだよ」
「そうなのか」
「そうなんだよ。クソめんどくせえヤツだ……哀れでもあるけどな、色々」
「色々……」
「ま、どうでもいい。……それより、課題の模擬戦なんだけどよ」
机に片腕を付きつつ、ややドスの効いた声で話しかけてきたメドさんに対し、ガラハッド君は身体をこわばらせずにはいられませんでした。
全身甲冑をつけたままながら、向けられている眼光はとても鋭いものに感じられた――という事情もありますが、少年には別の事を重く考えていました。
模擬戦にて、ろくに何も出来ずやられた事を気にしていました。
「役立たずで、すま……いや、ごめん……」
「あん? 何がだよ」
「今日の模擬戦、まったく何も役に立てなかった」
「ああ、別に期待してねえからいいよ」
「そ、そうか……」
ガラハッド君は低い自己評価に太鼓判を押された事で軽くしょげましたが、さすがにメドさんも「言い過ぎた」と兜の下にある顔を気まずげにしました。
気まずげにしつつも、慌てて言葉を探しました。
「ま、まあ、アレだ、連携乱して真っ先にやられたアイアースよりはマシだよ。お前がやられたのはそれから直ぐ後だったけど、元々、俺は一人で勝とうとしてたから別に気にしてねえよ。戦力として計算してねえから」
「そ、そっかぁ……」
ガラハッド君はちょっと涙目になりました。
メドさんはイライラしました。落ち込むガラハッド君ではなく、自分の口下手さに苛つき、ちょっと壁を殴りたくなりましたがガマンしました。
普段、キウィログちゃんとよく行動している彼女の言動は、物腰柔らかなキウィログちゃんがよくフォローしているのですが、その相方の存在はいまありません。
その事に寂しさと不安を感じつつ、自分に苛立つあまり癇癪起こしてその場を去ろうか迷ったものの、辛抱して、口を開きました。
自分が伝えたい事を、ゆっくり、考えつつ語りかけていきました。
「言い過ぎた、すまん」
「いや、事実だろう」
「それでも、言い過ぎた。悪い。戦うのは得意だけど、相手のことを気遣って喋るのは……苦手だ。自分でも結構乱暴なのは自覚してるつもり、なんだが……なんつーか、ちょっと、俺の話も聞いてくれ」
少女は甲冑をカチャカチャ鳴らしつつ、居住まい正して話しかけていきました。
「お前を戦力として勘定してなかったのは事実だ。アイアースも考えてなかった。俺は、ハッキリ言っちまうと、誰かと協調しあって戦うの苦手だ」
「キウィログさんとは上手くやってるじゃないか」
少年は、少女二人が甲板上で教官相手に――ランスロットさん相手に連携して戦っていた時の事を思い出していました。
協調しあって戦うのが苦手、と言うには息の合った動きでした。一歩間違えると仲間に怪我をさせかねないほどでしたが、そうしないだけの巧みさがありました。
だからこそ少年は少女が「誰かと協調しあって戦うの苦手」という事に対し、意外そうに声を漏らさずにはいられませんでした。
「キウィとの連携は、キウィの方が上手く合わせてくれるんだよ。俺が勝手に暴れてるだけでいい。……いや、よかった。だが、お前ら相手にそれやる自信はねえ。ぶっちゃけ、さっさとやられてくれた方が気遣わずに戦えるとか、そんな事を考えてたぐらいだ」
「合わせてもらってるだけとは思えないぐらい、見事な連携だったが」
「気心がしれてる相手でもないお前相手にズケズケと話す気の利かないヤツだぞ、俺は。キウィにも、もう少し優しくしないとダメ、とかよく叱られてる」
「ああ……言われてそうだなぁ……」
「ア゛ァ゛?」
「そ、そっちが言われてるって言ったんだろぉ」
「チッ……!」
少女は少年を真っ直ぐ見据えたまま、兜の中で舌打ちを反響させました。
「ま、ともかく、アレだ。俺は強えけど人と仲良しこよしするの苦手なんだよ」
「言い切るなぁ」
「少なくとも正面から立ち会って、俺が勝てねえ相手は教導隊の生徒だといねえ。……いねえは言い過ぎか、まあキウィログとかアキは負けるかもしれねえ」
「アキ?」
ガラハッド君は「そんな名前の参加者いたか?」と首を捻りました。
それを見たメドさんは事もなげに補足しました。
「あの、ぺちゃくちゃうるさい男だよ。俺らと一緒に教導隊に遅刻してきた」
「ああ、アッキーか……。縮めてアキか」
「縮めてるけど、縮めてんのはそっちじゃねえ」
「ん……?」
「まあ、んなことはどうでもいい。ああ、あとはお前がよくつるんでるミスリル製の槍を持ってるヤツとか、苦手な立ち回りしてる。狭い部屋で立ち会うなら負ける気しねえけど、広い都市郊外でやり合う事になったら勝てねえかもな、って腕してるよな……アイツ」
「セタンタの事か」
「ああ」
メドさんは再び舌打ちをしかけて、さすがに堪えました。
自分が半ば負けを認めつつ、相手を評価する言葉を吐いてしまった事に少し苛ついてしまったためです。少女は男勝りで、負けん気の強い子でした。
「まー、ともかく俺は強え。強えつもりだが、今回の課題はちと厳しい」
「勝てそうにないか」
「一人じゃな。……教導隊長の操るスライムは、強え。バッカス建国初期から冒険者続けてきたうえに、曲者だとは聞いてたけど……あそこまで強いとは」
メドさんは顔をしかめつつ、課題の相手について考えました。
メドラウト班が戦う事になったのはセタンタ班が戦ったスライムと、ほぼ同じ体格のものでした。少なくとも大きさと二足歩行という事に関しては同じでした。
違うところは「腕」と「立ち回り」の二点。
メドラウト班が戦った人型スライムはセタンタ班のスライムより細い腕の持ち主でした。細いといっても一般的な成人男性よりは太いものです。
その腕は両方それぞれに棍棒を持ちそれを振るって戦うというもの。棍棒の大きさは1メートルほどで、間合いに関して言えばセタンタ班のスライムよりもさらに広いものを持ち合わせています。
ただ、立ち回りはセタンタ班よりは、少しだけゆっくりとしたものでした。
遅いのではなく、ドッシリと構えて慎重に距離を詰めてきたうえで棍棒による攻撃なり迎撃を行うという戦闘方法を行う相手だったのです。
「スライムのくせに、人間より器用に棍棒振るってやがった。……お前、三発ほど殴られてたけど、どうだった? 最後に頭に貰ってたが」
「結構痛かったかな……」
「傷の具合とか、受けれそうかについて教えてくれ」
「あ、ええっと、甲冑を着てたおかげで何とか。当たりどころが良かったのか、骨折はしてなかったみたいだ、さすがにヒビは入ってたみたいだけど――」
「アレ受けてヒビだけか。防護の魔術は使えるんだな?」
「多少は……。でも、頭は痛い以前に、意識飛ばされてしまった」
「まあ、頭はな。弱え場所だから仕方ねえ。……ちなみに防護魔術は甲冑にかけてただけか? それ以外には使ってねえのかよ」
「あとは盾ぐらいかな」
それ以外に使うものないだろ、と少年は疑問しました。
するとメドさんは首を振って簡単に説明してくれました。
自身が身につけている甲冑のガントレットを外しつつ――。
「防護魔術は自分の身体にも使える。試しに俺の手を握ってみろ」
「手、私より小さいんだなぁ……」
「テメエの顔面ぶん殴ってたたら、腫れてデカくなるかもしれねえな?」
「こわい」
軽く引きつつ、少年は恐る恐る少女の手を触りました。
「……かなり硬いな。目をつむって触ると甲冑と勘違いしそうだ」
「いま、肌と肉を防護魔術で硬化させてる。身体強化魔術の応用でこういう事も出来る。多分、お前も出来るだろうからやってみりゃいい」
「なるほど。試してみる」
少年はさっそく魔術行使を試してみつつ、話を聞いていきました。
「一つ、気をつけるべきなのはこうして自分の身体を硬くしてると走ったり、手を振ったりの動きまで硬くなる事だ。相手の攻撃をどうしても避けれねえ時に硬くするのが無難だ。逆に柔らかくするって使い方もある」
「衝撃を受け流す、と?」
「そうだ。俺はそっち苦手だけどな。そもそも、正面切って戦うより遠くから一方的に戦う方が得意――いや、これは言い訳だな」
少女は頭振った後、自分の兜を軽く叩きました。
「防護魔術の対象に出来るのは甲冑や肉に限らず、骨も含まれる。防護魔術使いの間では頭蓋骨は第二の兜って言われるぐらい、使いようがある。お前は前線でバチバチやり合うんだから覚えてて損はねえ、と思う」
「そうか。……その、なんというか、ありがとう」
「何がだ」
「模擬戦で役に立てなかったのに、指導してもらって」
「チッ……さっきも言っただろうが」
メドさんは、少し悔しげな声色をしていました。
「俺一人じゃ、今回の相手には勝てねえ。将来的には余裕で勝てるぐらい強くなってみせるつもりだが、2、3日でどうにかなる相手じゃない」
「…………」
「だから、協力しろ。……いや、してくれ。お前を戦力として勘定に入れて、なおかつあのスライムに勝てるよう強くする。そのために口出ししてもいいか?」
「頼む。私も、強くなりたい」
「とりあえず、俺とお前の二人で勝つ方向性で作戦を考えたり、お互いに地力強化していこう。出来るだけニワカ連携を脱せるように、な」
「彼女は、勘定に入れないのか?」
「アイアースの事か」
ガラハッド君の言葉に対し、メドさんは少し迷う素振りを見せました。
ですが、少し考えただけで言い切りました。
「今のアイツはダメだ。お前と喧嘩する」
「それはそうかもしれないが、上手く噛み合えば三人の方が二人よりも……」
「噛み合えばな。けど、アイツは……駄目だ、頭が俺以上に凝り固まってる」
少女は深く深く、嘆息しつつ言葉を続けました。
「お前にガマンさせたところで絡み続けて、お前が班が出ようが教導遠征から離脱しようが、その後もネチネチと文句言い続けるような面倒くさいヤツなんだよ」
「……逆に私を外して、二人で挑んだ方がいいんじゃないのか? 勝率的に」
「それはあるかもしれねえ。けど、良い機会だ、アイツが見下しているお前が成果を残す事で……少しはアイツも、いまの考え方を改めるかもしれない」
改めない可能性が高いだろう、と少女は思っていました。
それでもやらずにグチグチと考えを巡らせているよりは、ずっとマシだと考えました。上手くいけばアイアースちゃん本人のためにもなると信じて。
「……まだ、言葉で説得を試みるべきなんじゃないのか?」
ガラハッド君は同調しませんでした。
少年は自分にちょっかいを出してくる羊系獣人の事を鬱陶しく思っていました。
ただ、ああも協調しない頑なな様には少し前の自分の事を重ねずにはいられませんでした。自分もひょっとしたら、ああなっていたかもしれないと思いました。
だからこそ、仮に自分が嫌な想いをしようが膝突き合わせ、教導隊に参加した以上は私情は脇に置き、利害の一致を優先すべきだと説く道を勧めました。
メドさんは黙ってそれを聞いた後、頭を振ってこう答えました。
「俺だって、前から人を見下す言動控えろって言ってきたさ。自分の物言いは棚にあげてだが……アイツは、誰にでも優しいキウィログに同じ事を言われても、ふんぞり返って聞く様子がないんだよ」
「…………」
「お前が思いつく事は、前から知り合いだった俺らだって思いついてるんだ。ここは、悪いけど、俺の方法を通させてくれ」
「……何で彼女は、あんな振る舞いをしてるんだ?」
「ん…………ま、別に、言っちまってもいいか」
少女は自分の友達の事を語り始めました。
相手の家庭事情と、今回の遠征に参加した事情も絡めながら。




