セタンタ班、ティベリウス班結成
「いや、いくら何でもあの班分けはねーだろ」
「な~んであの二人はあそこまで揉めてんだ?」
離れた場所から友達の方を見つめ、心配していたセタンタ君に対し、狼系獣人のティベリウスさんが首を捻りながら近づいてきました。
近づいてきて、ハッとした様子で口元を押さえて「元カレ元カノの関係か!」と見当違いの事を言ってセタンタ君とマーリンちゃんに呆れられました。
「単純にガラハッドが気に入らないんだろ。ほら、武闘派士族って市井の冒険者が自分達と同じように魔物と立ち向かうの、気に入らねえって人いるじゃん」
「なるほど。ウチの士族にもいる事にはいるぜ、そういう古臭い考え方の人」
「ティベリウスはそういうこと、思ったりしねーの?」
「ハハハ! 思ってたらお前らに話しかけてねーだろ? 身分は論外として、才能あろうが無かろうが、ある程度は魔術使えりゃ各々の持ち場がちゃーんとあるもんさ。人一人でやれる事には限界があるしな!」
ティベリウスさんは気っ風良さそうな顔で笑い飛ばしました。
その後、アゴ撫でながら「教官にも深い意図があるんだろうさ」と言いました。
「仲悪い二人をあえて組ませる事で、仲直りさせる目論見なのさ」
「いやー、さすがにアレは無理だろ」
「吊り橋効果って知ってるか? 恐怖心抱いてる時に出会った相手に恋しやすくなるって心理現象だ。冒険者稼業は死ぬ目に遭う事もあるから、訓練とかで死ぬ思いさせて、恋まではさておき仲直りさせる狙いだろ」
「へえ……何かそう言われてみると納得。頭良さそうな発言」
「へへ! オレ、女の子にモテることには必死なんだ……!!」
「頭悪そう」
「そもそも吊り橋効果ってのが眉唾な気が……生存本能症候群といい……」
デヘヘ、と笑うティベリウスさんをセタンタ君とマーリンちゃんが呆れた様子で見つめましたが、直ぐにガラハッド君の方に視線を戻しました。
未だアイアースちゃんがギャーギャーと騒ぎながらガラハッド君と班を組むのを拒否している様子です。ガラハッド君もうんざりした顔を見せています。
メドさんはむっつりと黙っていましたが――そんなメドさんに対して、セタンタ君達が友人を見つめているものと同種の視線を向けている人がいました。
タルタロス士族の竜系獣人の少女、キウィログちゃんです。
セタンタ君達よりもなお、心配そうにメドさんとアイアースちゃんを見つめ、オロオロした様子で近づいて話しかけるか、話しかけまいか迷っている様子です。
セタンタ君達にその様子を見られると、少し恥ずかしそうに畏まりました。
「あ、あの……なんかごめんなぁ? アイアース様がプンスコ怒っとって……メドも、ちょっと怒りそうで……あのガラハッド君? も、怒りそうかなぁ……?」
「どうだろ?」
「ボクは怒るを通り越して呆れるに一票」
「ほんま? なら良かったわぁ~」
「「「良いんだ」」」
キウィログちゃんはホッとした様子でほころび、トテトテと近づいてきました。
竜にならずとも身長2メートルの巨躯ながら、女の子らしい可愛らしい立ち振舞です。懸念が片付いたのかニコニコと笑顔を浮かべながら再び話かけてきました。
「改めましてっ。ウチ、キウィログ言います。戦闘中とか呼びにくい名前やから、テキトーにキウィとかキーとかデカトカゲとか呼んだってなぁ?」
「トカゲと言うか、竜なんじゃ」
「ウチなんてまだまだ。トカゲぐらいが丁度ええ雑魚やから」
「そう自分を卑下するもんじゃねえぜ、キウィ。楚々とした立ち振舞、折り目正しい女の子で体つきもたまんねえぜ。オレはティベリウス、ベッドでもよろしくな。ティーちゃんとか呼んでいいぜ!」
「あ、キモ……う、ううん、よ、よろしくなぁ、班長さん」
キウィログちゃんは引きつった笑みを浮かべてマーリンちゃんの後ろにそっと隠れました。身体が大きいだけに、隠れきれませんでしたが。
マーリンちゃんは快く衝立になりつつ、「班長はあっち行っててね!!」と叫び、両手を後ろに回し、キウィログちゃんのお尻を揉みました。
セタンタ君はそれに呆れつつも、ティベリウスさんの横腹を肘でつつきました。
「良かったな、班長さんよ。そっちは両手に花だぜ」
「ほんとそれな。いやー! 教導隊長には足向けて寝れねえぜ! ロムルス若と同じ船に乗れて遊んでもらえる上に、女の子と一緒に班になれるとか最高かよ~」
「キーちゃん、この班長は名実共に狼だから近づいちゃダメだよ!」
「う、うん」
「ボクが守ってあげるからねぇっ❤」
「う、うん……あ、あの、マーリンちゃん? お尻触るのやめて……なっ?」
「守ってあげるからねぇっ❤」
「オレも守ってあげるからねぇっ!」
「いやあああ……!」
「そっちは両手に痴漢だ……」
これはこれで教官達も無茶な分け方したな、とセタンタ君は思いました。
ティベリウス班はこの三人――ティベリウス班長、マーリンちゃん、キウィログちゃんと総合の高成績三人衆で揃い踏みとなりました。
しかし、セタンタ君は未だ一人でした。
あぶれたのではありません。
組む事になる相手が遅刻中なのです。
「なあ……俺の班、俺しか来てねえ気がするんだけど」
「あ? あー、確かセタンタのところは、アッキーと二人班だな?」
「そう、みたいなんだけど……アイツ、いねえんだけど……?」
「寝坊して遅刻していたので、連れてきましたよ」
エルスさんがニッコリ笑って、寝間着姿のアッキー君の足首握って引きずってきました。アッキー君は、豪胆な寝相で未だぐーすかと寝ています。
ティベリウスさんはその光景を見てゲラゲラ笑いましたが、セタンタ君は今後の事を危惧せずにはいられませんでした。
教導遠征初日から遅刻してきたうえに、いまも遅刻し、さらには独特のテンションでいるチャラチャラしたアッキー君と上手くやっていけるのか――と。
「セタンタはまた、音楽性の違いで解散しそうな班になっちゃったね」
「言うな。そうならないように祈っておいてくれ」
「いや、今回は個人感情で解散出来る状態じゃないでしょ。それが出来たらガラハッドの方も解散出来ちゃうよ。……あぁ、向こうはさらに白熱し始めたね」
「どの班も……あ、いや、なんでもない」
槍使いの少年は「どの班も問題があるっぽいな」と言いかけ、組む事になった相手が寝返りを打ったので口をつむぎました。
寝返りは打ったもののまだ寝ているのを見て溜息つきつつ、気を取り直して班分け後の行動に関してのしおりをマーリンちゃん達と見つめました。
「とにかく、この班でそれぞれ課題に取り組むんだな」
「通常の訓練と平行してやるっぽいけどね」
「は、班員の交換とか出来へんかなぁ……? メドとこっちの二人、交換とかしたら、いくらかは丸く収まる気がするんやけど……な? なっ?」
「「「出来ないっぽい」」」
「そ、そんなっ……!」
キウィログちゃんは青ざめた顔で半泣きになりました。
教導隊長に助けを求める視線を向けましたが、向けられた教導隊長はというと……生暖かな「ああ、貴女もそういう星の下に生まれたのですね」と言いたげな同類を見る視線でした。キウィログちゃんは軽く絶望しました。
「ふーむ……取り組む課題も各班で違うみたいだね」
「ホントだ。……俺やガラハッドの班なんかは、疑似魔物との模擬戦みたいだな」
疑似魔物とは魔物を模しつつも、魔物ではない存在の事です。
よく使われるのが人間が操るゴーレムで、対魔物戦闘を想定して個人あるいは集団で立ち向かう事はバッカスではそこまで珍しくない訓練方法です。
ゴーレム等を操るだけの魔術の技能は必要になり、強く優秀な疑似魔物を用意すると単に魔術が使えるだけではなく、使役者本人の腕も必要になります。
マーリンちゃんは小首かしげつつ、その事に関して触れました。
「多分、師匠が操る疑似魔物になると思うよ。9割方、基礎はスライム」
「スライムかぁ。何とか勝てるかな……」
「いや、師匠の使うスライムはかなりの難物だから、覚悟しといた方がいいよ~」
「マジか。まあ、訓練だから当たって砕けてみるわ。で、そっちは何やるんだ」
「ボクらは索敵訓練みたいだねー」
「オレ、魔物とやり合う方が好きなんだけどなー」
ティベリウスさんは少し口を尖らせましたが、マーリンちゃんは得意中の得意な課題だけに機嫌良さそうに「ボクはこれでいいや」と自信ありげに言いました。
ティベリウスさんはその様子を見て、「ま、愚痴ってても仕方ないか」と思い直し、自班のメンバーと膝突き合わせて作戦会議を始めていきました。
セタンタ君はようやく起きて寝ぼけ眼をこすっているアッキー君を、何とも言い難い様子で見つめた後、視線を再びガラハッド君の方に向けました。
「あそこが一番大変かもな……」
ガラハッド君はついに、未だ班解散を訴えているアイアースちゃん相手に怒り始め、二人は口論へと移っていきました。
やはりメドラウト班は模擬戦課題以外にも、課題を抱える事になりそうです。
向こうに比べると、こっちは気楽なもんだ。
セタンタ君はそう思っていました。