フサルク
セタンタ君は骨鎧の背に素早く血文字を刻み、魔力を叩き込みました。
エルンブ・ヴァルフィッシュは突如、剣を振り下ろした先から消えたセタンタ君が背中側に現れた事に気づきました。ですが、再び攻撃を加えるよりも早く、セタンタ君の流し込んだ魔力が血文字を介して炸裂しました。
「ッ……!」
至近距離で自分が起こした爆発に肌を焼かれたセタンタ君でしたが、良い気付けになったと思いつつ、爆破でこじ開けた鎧の隙間から愛槍を取り返し、跳ねながら一時後退。仕切り直しを図ります。
「Tir」
セタンタ君は自分の血をたっぷりと手ですくい、詠唱と共に槍の穂先へと塗りつけました。勝負を決めにいくための槍に加護を付与したのです。
一方、少年冒険者と戦いを観覧していた円卓会の面々はどよめいていました。
地に倒れ伏しかけていたセタンタ君がどうやって回避したのか、わからなかったのです。円卓会の総長ですら、訳が分からず立ち上がるほどでした。
少し遅れてですが、セタンタ君が何をしたのか理解して声を出す冒険者の姿もありました。それはセタンタ君のすり足による立ち回りを「妙な歩法だ」と言った冒険者でした。
「ああ、わかった。鮭飛びか」
「なんだ、それは」
「敵と打ち合いつつ、足でルーン文字の法陣を地面に描き、移動の魔術を仕込むのだ。ガリアのスカサハ殿が使っているのを見た事があるが……」
「移動の魔術というと、速度を早めてるのか?」
「違う。空間転移魔術だ」
都市間転移ゲートに使われているのと同じ魔術です。
水面を飛び跳ね別の水面へと降り立つ魚の如く移動する魔術。セタンタ君にそれを教えた師が「鮭飛び」と名付けた戦いの業です。
非常に難易度の高い魔術で、マーリンちゃんが使う浮遊の魔術と同じく、自力でまともに使える者は限られているものです。セタンタ君はそれをバッカスの王のバックアップ無しで使用する事が出来ます。
ただ、気軽に使えるものではなく仕込みが必要となります。
転移出来るのは自身のルーン魔術によって支配した大地のみで、自力ではそう遠くまでは飛ぶ事が出来ません。準備をしていても、都市間転移ゲートほどの転移には使えません。
仕込みの手間はかかり、移動距離も限定的。
しかし、一度駆動し始めると地の利を一手に握る空間支配の呪法です。
セタンタ君が敵の攻撃を誘い、それに合わせて転移します。
転移先はまたしても討伐対象の背後。
飛べる距離はほんの少し先、稼げる時間はほんの一瞬。
されど、その一瞬が値千金の攻撃機会を作り、相手が体勢立て直して再度攻撃するより早く、背を斬りつけた少年は詠唱の言葉を漏らしました。
「eihwaz」
骨鎧に残されたのは槍で作られた引っかき傷。しかし、魔術と共につけられた傷は血を染み込ませ、骨の一部を赤く染めました。直ちに致命傷となるものではありませんが、これもまた魔物が敗北の階段を登る第一歩となるのです。
「jera」
魔物の一閃は少年の転移で虚しく空を切り、間髪入れず突き出された槍が今度は骨の足を斬りつけ、またもルーン文字を刻み込みました。
少年は何度も何度も刻みました。
両足、腹、胸、背中、頭にいくつものルーン文字を刻んでいきます。
骨鎧の反撃を短距離転移でするりと躱しつつ、何文字も刻みました。
「inguz」
骨の矢じりも当たりません。奮い立つ気力も無く、脱力している少年ではありますが集中だけは研ぎ澄まされており、顔面に当たる直前に転移し、魔物の頭上から斬りつけ刻み、魔術の燐光による残像を残しながらふわりと消えました。
降り立った先は魔物から離れたところにそびえる大岩の上。
槍の石突で岩を叩き、硬質な音を響かせながら最後の詠唱を紡ぎました。
「戦神よ、頭蓋の火打を弾き給え――hagall!」
エルンブ・ヴァルフィッシュは少年に駆け寄ろうとしましたが、それより早く起動した爆砕の術式が骨の鎧を内側からベコベコとへし折り、吹き飛ばしました。
魔物の内から生じた爆発は弾け飛んだ骨をクレイモア爆弾のように当たりに振りまきましたが、少年は岩の陰に隠れて防ぎました。
骨鎧の上半身はまるで大きなポップコーンの砕け、花開き、それでも何とかフラフラと立っていましたが、天空に飛ばされ落ちてきた本体の頭蓋を少年冒険者が横薙ぎに槍で一閃した事で力を失い、バラバラになって地面に散りました。
「て……手こずらせやがって……」
体面もあるので、槍を支えに凛と立とうとしましたが、もうそこまでの力は残ってなかったセタンタ君はぺたんと尻もちをつきました。
決着を見届けた円卓会の面々は幼い少年が一人で強敵を打ち倒した事を直ぐには受け止められませんでしたが、やがて万雷の拍手と共に防護結界を解きました。
セタンタ君はせめて手を挙げてそれに答えようとしましたが、傷が痛くて不敵に笑いきれず、痛みをこらえる半笑いでへろへろと手を振りました。
少し格好がつきませんが、それでも彼は生き残り、勝ちました。
拍手はいつまでも続くかと思われましたが、やがて、一筋の雷光がそれを止めました。山肌を打ち据えたそれは、皆の背筋を凍らすに十分なものでした。
雲の中を泳ぐ雷の主が近づいてきています! 皆さん、セタンタ君の奮戦に目を奪われ過ぎて警戒を怠りましたね! これはホントに全滅待った無し!
わぁ、と蜘蛛の子散らすように逃げる人々の姿もありました。
「あ、やべえ」
セタンタ君もヤバイです。
元々重傷負ってるのに何とか動いていたというのに、勝利の安堵から腰が抜けて立てません。この場にいれば雷によってトドメを刺される事になるでしょう。
実際、あと少しで死ぬところでした。
雲から出てきた雷の主と、まともに視線がかちあいました。
「あ、これは死んだわ……」
大剣を持ったオークと猫系獣人の少女が来なければ、ホントに死んでいました。
「ぎゃああああああ逃げたいいいいいい」
「間に合わん。一戦交えるぞ」
「ひぃーーーん、マジかーーー!」
マーリンちゃんがちょっと泣きべそかきつつ、フェルグスさんの大剣に一時的な誘雷の加護を付与。次いで咆哮をあげる魔物から雷撃の兆候を観測しました。
タイミング外すと三人まとめて死にます。マーリンちゃんは冷や汗をかきつつ、フェルグスさんの腕に手を添え、言葉と手で合図をしました。
「来たっ!」
「受けて滅せよ――溝式煌剣」
振り抜かれたフェルグスさんの大剣が、まばゆい光を放ちました。
正確には大剣ではなく、大剣に着弾した雷が光りました。合図を終えたマーリンちゃんがセタンタ君を庇うべく覆いかぶさる中、フェルグスさんは一瞬、雷光と鍔迫り合いました。
本来、三人はそこで即死していてもおかしくありませんでした。
しかし、詠唱と共に逆撃の魔術を起動したフェルグスさんが、雷で腕を焼きつつ雷撃の威力を増幅したうえで打ち返し、鼻先をやかれた魔物が悲鳴のような声を漏らしました。
「セタンタ、下がっていろ」
「オッサン……」
フェルグスさんは色々、説教したかったものの止めました。
それ以上に痛快だったために不敵に笑い、「よくやった。後はこちらで何とかするから一度退け」と言い、セタンタ君を送り出そうとしました。
「えっ、重傷過ぎて歩けねえんだけど」
「這って逃げろ」
「えぇー……!」
結局、セタンタ君はマーリンちゃんに応急手当してもらい、大型の魔物との戦闘の渦中に投げ込まれた山頂に向けて這って逃げました。
円卓会の総長が興奮して剣を突き上げ、そこに落雷が落ちるというトラブルもありましたが、何とか雷の主のうち一匹を討ち果たし、円卓会とクアルンゲ商会は全滅せず、勝利する事が出来ました。
セタンタ君はフェルグスさんが雷を何度も打ち返し、最後は斬り殺すという大立ち回りするのを遠目に見つつ、自分はまだ同じ域に達していないと思い、ちょっと溜息をつきました。
「クッソ強えなぁ……」
溜息はついたものの、その表情はちょっと笑っていました。
いつか追いついてみせるぞ、という意気込みが、本人にとっても無意識のうちに拳を堅く握り込ませました。
少年は失恋と共に目標を見失いましたが、完全に目指すところをなくしたわけでは無いようです。まだ若い彼には、長きに渡る冒険の旅が待っています。
それを当たり前のように駆け抜け、当たり前のように生きていくのです。




