評論戦
「ガラハッド、ちょっと調子戻ってきたっぽいね」
「そうだろうか」
「ボクはそう思うよ~」
「俺もそう思うけど、ガラハッド本人はまだ本調子じゃなさそうだな」
「うむ……自分ではそう思う。ままならないことだらけだ」
三人は食堂で顔つき合わせつつ、夕食をとっていました。
ガラハッド君はランスロットさんが来た当初よりはサッパリした表情でしたが、まだまだ心のつかえが取れていないらしく、悩ましげです。
「大それた話だというのは、理解してるんだが……」
「「うん?」」
「その……せっかくあの男が教官として参加しているわけだし? 出来れば、この教導遠征が終わるまでに、一勝ぐらいはもぎ取ってやりたいなぁ、と思ってる」
「おぉ! 言うねぇ!」
「まあ、確かに直に手合わせする良い機会ではあるよなぁ」
「手合わせだけは、出来ない事はないからな……勝てるかはともかく……」
ガラハッド君は先程、甲板で訓練していた時の事を思い出しました。
ランスロットさん一人に対し、メドさんとキウィログちゃんが戦っている光景は彼自身もよく見ていて、それだけの力の差は理解しているつもりでした。
片や教導隊参加生徒のトップツー。
そんな二人が二人がかりでもなお、あしらってみせたランスロットさん相手に一勝もぎ取るのは馬鹿にされてもおかしくない大言壮語――とガラハッド君自身は考えつつも、勝利を欲していました。
勝ちさえすれば、少しは見返す事が出来ると信じて。
自分達家族を捨てた父親に勝ちさえすれば、母も喜んでくれるかもしれないと、期待混じりの決意を秘め、勝利を求めていました。
「まあ、現状、色んな訓練で最下位の私だけどな……ハァ……」
「あ、一気に悲観的になった」
「悲観的にもなるさ……正直、他の教導隊参加者も、教官の人達も私みたいなのが紛れ込んでいる事にガッカリしてるんじゃないか」
「聞きましたわよ! 雑魚冒険者の分際でランスロット教官に土をつけようなどと、ちゃんちゃら可笑しいですわ! 身の程を知りなさい、身の程を!」
「「「…………」」」
ガラハッド君は急に横槍を入れにやってきた羊系獣人の少女を視線で示しつつ「ほら」と言いたげに肩をすくめました。
セタンタ君はアイアースちゃんをどうでも良さそうに見つつ、ガラハッド君の肩を叩いて「ほっとけ」と言って少女から顔を逸らさせました。
マーリンちゃんは人差し指を指揮棒のように振るって消音魔術を使い、ギャアギャアと騒いでいるアイアースちゃんの声が自分達に届かないよう阻みました。
結果、食卓の隣で口パクでわめき、腰に手を当ててふんぞり返っている少女の姿が出来上がりました。まるでパントマイムでもしているようです。
「教導隊長にも、せっかく誘ってもらったのに申し訳ない」
「いや、師匠はその辺、ちゃんと見極めて誘ったと思うよ。ずっこい手を使う人だけど、その辺の勘定はしっかりやってるから……ガラハッドに対してガッカリしてるとかは無いと思う。これはボクが保証するよ」
「そうかな」
「そうだよ。まあ、どっちにしろ最下位の成績残してるのは変わらないけどね」
「ぐぅ……」
「そこは改善していくしかねえだろ」
セタンタ君は食事を終え、トントンと食卓を指で突きながら喋り始めました。
「問題を整理しとこう。ガラハッドは、ランスロット教官に勝ちたいんだな?」
「ああ」
「勝つためには現状より強くなるなり、勝ち筋を見つけなきゃいけない」
「それが一つ目の問題だね~」
「だな。んで、そこに至る以前に目先の問題として、訓練で結果残せてねえって事がある。これが二つ目の問題。これを解決していく事はガラハッドの気を晴らしつつ、一つ目の問題を解決に導く下積みになるわけだ」
「……とりあえずは目先の問題を解決、という事か」
「じゃねえかな?」
「いや、それで正しいと思う。……強くなりたい」
ガラハッド君は後ろでピョンピョン跳ねている羊系獣人の少女には気づかず、右手の拳を卓上で握りしめ、想い噛みしめるように頷きました。
「セタンタ、自主練に付き合ってもらってもいいか」
「いいぜ、いくらでも付き合ってやる。具体的に何するか決めてるか?」
「動きの確認をしたい。教導隊長の授業を聞いて、改めて勝ちと負けの筋道について考えていたんだが、今日は勝ちに至る動き……相手を倒すための動きについて、実際にやりながら現実と空論のすり合わせをしたい」
「俺も口出していいのか? ここはこうした方がいいとか……」
「むしろ、それをお願いしたい。私は素人だ、練達者の意見が聞きたい」
「となると評論戦だな」
「評論戦?」
「お前がやろうとしてる事だよ。一つ一つの動きの確認しつつ、指摘しあって最適化していくんだ。高速で打ち合うだけじゃなくて、時にゆっくり動いたりな」
「ゆっくり動いて、いまからオレはお前に突きを入れるぞ~って片方が言ったら、もう片方が理論立てて、いやその突きは防げるし、むしろこっちが有効打を入れるいい機会になるぞ? って指摘するのを繰り返すの」
「言ったもん勝ちにならないよう、理屈でやってくんだ。時にゆっくり動かず、その場面だけ実戦の速度で動いて証明してみせたりな」
身体で覚えるだけではなく、一つ一つ理屈として覚える形です。
自主練にはガラハッド君とセタンタ君だけではなく、マーリンちゃんも観測魔術を使って参加する事になりました。
「ふふ……」
「何だマーリン。急に笑って」
「いや、評論戦とか懐かしいなぁと思って」
マーリンちゃんは手指をすり合わせ、懐かしそうに言いました。
「赤蜜園いる時、皆とよくやったでしょ?」
「やったなぁ……最近はフェルグスのオッサンとやるぐらいだわ。あ、ガラハッドも俺の立ち回りで気になる事あったら言ってくれよ。俺の訓練にもなる」
「私がわざわざ言う事は無い気がするが……」
「どういう意図で動いてるか知れば、俺相手の戦闘が楽になるぞ」
「それは聞いていいのか……? 手の内を明かす事だろう?」
「隠す相手には隠してるさ。フェルグスのオッサンとかな」
「ふむ。……つまり私は隠す必要性がない程度の相手という事か」
「ご想像にお任せしとく」
「悔しいな、これは存外……。良し、とりあえず自主練に――」
「おーい、お前らなんか、面白げな話をしてるなぁ」
「ウェーイ!」
三人が話をしていると、笑みを浮かべた男の子二人が近づいてきました。
近づいてきて「仲間入れてくれ」と話しかけてきました。