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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
七章:海を征く教導隊
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勝ち筋と定石と定跡



「さて、皆さんあまり好きではなさそうですが、座学と行きましょう」


「ウェーイ!」


「アッキー君、掛け声はいりません」


「スマセーン」


 教壇にて、教導隊参加者の視線を一身に受けるエルスさんは少し緊張した様子でした。手指を擦り合わせつつ、教鞭を振るい始めました。


「座学ですが、やるのは知識のお勉強ではありません。そういった覚える作業に関しては皆さん、各々でやってください。質問があれば受け付けますが」


「遠征計画の立て方とかでもやるんですか?」


「いえ、今日は勝ち筋と負け筋について、皆さんに考えて貰います」


「……改めてやるような話ですか?」


 教導隊参加者の一人が挙手をし、そう問いました。


「木っ端の冒険者ならともかく、ここに集ってるのはその辺は自発的に、あるいは師に教えられて重々(じゅうじゅう)、身に染みてると思いますが……」


「基礎的な事ですからね。改めて見つめなおして深化させましょう。さて、では眠そうにしている方に質問しつつ、進めていきましょうか……メドさん」


「…………」


 甲冑の兜を被り、顔を隠していたメドさんが呻きつつ、教導隊長を見ました。


「勝ち筋と負け筋とは、何の事だと捉えていますか?」


「勝ち筋が勝利に至る道筋。どういう手段を使って、どういう結果で相手を仕留めるかの一連の流れ。負け筋はその敗北版」


「その通りです。別の言い方をすると、定石とも言いますね」


 エルスさんは受け答えに満足げに微笑みました。


「セタンタ君、将棋はご存知ですか?」


「は? えっと……異世界から伝わってきた盤上遊戯だっけ……でしたっけ?」


「その通りです。将棋などの盤上遊戯にも定跡が存在します。この定跡は戦闘を行う以前に、よく研究されています。勝利あるいは敗北に至る道を思考し、研究する量は勝敗に重く響いてきます。……これは殺し合いにおいても同じです」


 そこで一度言葉を止めたエルスさんは教壇をゆっくり歩きつつ、「さて……」と呟きながら教室内を見回しました。


「我々、冒険者は日々殺しの技術を磨いています。主な相手は魔物です。では、殺し合いにおいて勝ち筋を事前検討するには、どんな事をすればいいでしょう?」


「…………」


 出方を伺うように黙っている教導隊の面々の中、一人が挙手をしました。


 エルスさんはその行動の嬉しそうに笑みを浮かべつつ、手で指し示しました


「ではガラハッド君、いくつでもいいので事前検討の手法を挙げてください」


「戦う事になる相手が、どんな存在かよく調べる」


「正解です。が、もう少し突っ込んだ答えをお聞きしてよろしいでしょうか?」


「例えば……魔物相手ならどんな戦い方をする魔物か、特異な能力を持っているか否か、走行速度、どこを攻撃したら仕留めやすいかを調べる、とか」


「そうですね。では、相手のこと以外には調べる事といえば?」


「戦闘になる場所の、地勢について調べるとか……」


「その通り。他には?」


「……自分に何が出来るか?」


「そう。得意とする魔術、戦術・戦法、持ち合わせている道具などについて使っている本人がよく理解しなければいけません」


 それらの事前研究と努力をすり合わせて、実戦に挑むよう説きました。


 自身の力を鑑みて、勝てない相手であれば素直に逃げましょうとも説きました。


 相手によって戦い方を変え、自分が振るう事が出来る戦法や武器に関してもさらに強く磨くなり、戦いの幅を広げるために増やすよう、教導隊長は告げました。


「戦いながらアドリブで考えるのは非効率的です。もちろん、そうせざるを得ない時はありますけどね、遭遇戦や未知の相手とやり合う時とか……」


 それでもなお、事前研究をしておく事には意味がある。


 用意しておいたものが全て活用できるわけではなくとも、別の相手のために用意した戦い方でも転用は十分可能で、積み上げてきたものは反射的に活かせる。


 積み重ねの重要性を説き、「さてここからが本番です」と教導隊参加者に対して殆ど白紙のプリントを配り始めました。



「皆さんには改めて、自分の勝ち筋と負け筋を文章化してもらいます」


「げー……文章にしないとダメなんすか……」


「口頭じゃ駄目なんですか?」


「駄目です。あやふやなものではなく、しっかり順序立てた文章として起こす事で理解を深めていきましょう。過去の勝敗経験を参考に書いてみてください」


 書いたものは教官や他の教導隊参加者と検討する。


 自分の認識だけではなく、他者の知識も動員して勝ち筋をさらに磨き、あるいは負け筋となる苦手分野を潰していきましょうと話しました。


 自分の手の内を晒したくないと言う人に対しては「伏せたい事は伏せてもいいですよ」と言いつつも「でも一般的なものに関しては書いてくださいね」と告げ、課題に取り掛かる事を求めました。


「作文とか嫌だ……嫌だ……」


「そんなに嫌か、セタンタ……」


「座学とか嫌いな実戦野郎なんだよ、俺は……」


 少しゲッソリした様子のセタンタ君でしたが、頭掻きつつも紙上には次々と自身の勝ち筋や負け筋に関して記していっています。


 ガラハッド君も筆を執りました。


 書き始めて、迷いながらも書き終えました。



「…………」


 少年剣士が書き終えた時、それより早く書き終えた人の姿もありました。


 ですが、大多数が未だ書き続けており、プリントの裏表を使ってもなお埋めれず、エルスさんが書けそうな人にはニッコリ笑って次の紙を押し付けていました。


 ガラハッド君は自分が書いたものを見つめました。


 そこに記された勝ち筋は少なく、負け筋の方が格段に多く記されていました。


 どちらも他の大多数の教導隊参加者よりも少ないものでした。


 少年は勝ち筋はともかく、負け筋まで他より少ない事に関しては「自分は強い」とは楽観せず、「自分は自分の負け筋すらよく理解出来ていない」と悟りました。


 そして、少し落ち込みながら一度置いた筆を再び手に取りました。


 今一度、自分が出来る事と出来ない事に向き合い、考え始めました。



 自分は弱い。


 弱いからこそ勝ち筋を増やすなり、より強いものに磨いていく必要がある。


 そう思いながら卓上における思考の戦いを始めていきました。




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