実戦形式訓練
二人の少年が甲板上で自主練に励んだ翌日。
同じ甲板の上で、朝早いうちから訓練が行われていました。
訓練の内容は実戦形式の1対1の立ち会い。
線で囲われた戦場の中で真剣を使い、教導隊参加者同士で戦っていました。斬られ、重症を負う子もいましたが、治癒魔術で直ぐに無傷の状態に戻されています。
そんな中、ガラハッド君は羊系獣人の少女と打ち合っていました。
「はあッ!」
「ぐっ……!」
少年は攻撃を盾で受けようとして――受けきれずに後ずさり、続く連撃に対しては後方に大きく飛んで回避を選んでいました。
「ほらほら、あと一歩、外に出ると場外負けですのよ。まっ、痛い目を見たくなければそのまま逃げても構いませんけど~?」
「言ってろ……!」
少女の挑発に対し、顔を歪めたガラハッド君は前に出ました。
出て、剣を突き出しましたが、それは容易く弾かれる事になりました。
ガラハッド君と戦っている少女、アイアースちゃんが操る得物は大盾でした。
篭手に包まれた両手を顔の前で構え、二枚の大盾を持っています。小柄ゆえに盾を使ったピーカブースタイルで、身体の殆どを守れています。
武器強化魔術も得意なガラハッド君ですが、アイアースちゃんの方は盾に加えて防護魔術を使っているため、中々突き崩せずにいました。
回り込もうと飛んでも素早く動かれ、正面切って相対する状態を崩せません。
アイアースちゃんは硬い守りの代償に視界も限定されていますが、そこは索敵魔術で相手のおおよその位置と動きを把握し、対応しているようです。
「くそっ……!」
「無駄ッ!」
盾で殴打しても、ドッシリ構えた相手を後退させる事すら出来ません。
逆に盾を使って殴られる事さえありました。
技巧なく、単に盾を突き出してくるだけならガラハッド君でもまだ回避のしようがあるのですが、剣で攻撃を加えたところに合わせてカウンターで殴られると――剣を弾かれながら殴られる事となりました。
「フンッ……!」
「ごっ……!?」
がむしゃらに剣を突き出したガラハッド君に対し、アイアースちゃんは左手の大盾で受けつつ相手の腕ごと横に殴り飛ばしました。
その一撃は骨は折れず、打撲となる程度でしたが、続いて突き出された右手の盾は正拳突きのようにガラハッド君の胴体に炸裂しました。
少年は咄嗟に盾で身体を庇っていましたが、受け損ない、盾をつけた腕を折られ、胴体の骨もいくつかヒビを入れられていました。
そのまま1メートルほど飛ばされ、仰向けになって倒れていました。
それを見たアイアースちゃんは喜色満面の笑みを浮かべ、「身の程を知りなさい、貧乏冒険者2号!」と叫びながら殴りにいきました。
「ふぬっ……!」
「きゃっ……!?」
殴りにいって、ガラハッド君に足払いをされていました。
それは少年本人も苦し紛れに繰り出したものでしたが、足元がおろそかになっていた少女には効果覿面。そのまますっ転び、受け身を取り損ねて顔面を打ってしまいました。
さすがに、それでやられたりはしませんでしたが――。
「こ、このっ……雑魚のくせにっ! 貴いわたくしの顔を……!」
「ッ……! 御託はいい、来いッ!」
起き上がっていたガラハッド君は、剣を構え、剣先を揺らして次に備えました。盾は何とか保持していますが、折れた腕では防御の役目は果たせないでしょう。
それでもまだ戦える、とばかりに血痰を横に吐きました。
アイアースちゃんは大した傷を負っていませんが、転ばされた事に対する恥辱に怒り、震え、突っかかっていこうとしましたが――。
「そこまで」
「っ……」
「くっ……教導隊長!? 何で止めるんですの!」
ローブを目深に被ったエルスさんが割って入って来た事で、止められました。
アイアースちゃんは止められた事に食ってかかりましたが、ガラハッド君の方は大人しく剣を収め、やってきた治療師さんに「すみません」と頭を下げて治療を受け、直ぐに骨折と打撲を治してもらいました。
「その貧乏人を庇い立てするんですの?」
「アイアースさん、そういう物言いはギルドの考課にも響きますよ」
「ぐぬ……で、でもでも、だって、これ、実戦形式なのだから……もっとギリギリまで戦うべきで、止めるのは、おかしいですわ!」
「最悪、蘇生すればいい話ではありますけどね……」
エルスさんは困った様子で笑みを浮かべつつ、言葉を続けました。
「蘇生魔術もタダでは無いのですよ。皆さんが全員死ぬまでやってたら、蘇生魔術師の方々も魔力が空っぽ。あまり連戦出来なくなっちゃいますからね」
「でも」
「既に決着がついていた以上、蘇生まで使わないで済むよう、魔力を節約させてもらいます。あ、先ほどの立ち会いはアイアースさんの勝ちとします。最後はちょっと詰めが甘かったのですね。既に片腕は砕いていたので、ガラハッド君が盾を持つ方の手から回り込んだ方がよろしいかと」
「チッ……!」
「うん……若者は元気でいいですねー……」
エルスさんは胃が痛いとでも言いたげにお腹をさすりつつ、空を仰ぎ見ました。
それから他の立ち会いをしている人達を見回し、「二人とも、一休憩入れましょうか」と言い、立ち会いの場から下がるよう言いました。
「もちろん、お互いに礼をしてからですよ? 礼節は大事です」
「はい。……ありがとうございました」
「…………」
「アイアースさん」
「雑魚に対し、礼を尽くす必要性を感じません」
少女はツンとした様子で、不敵に去っていきました。
エルスさんは苦笑いを浮かべて、その背に言葉を投げかけました。
「あまりそういう事を言わない方がいいですよ。誰も彼も煽って、ツンツンしていると……自分が負けた時、言動の棘はより強い自傷に繋がりますからね」
「…………」
「今はわかっていただけずとも、いつかわかっていただけるよう、祈っています」
エルスさんは終始笑みを崩さず、見送りました。
見送った後、ガラハッド君に「水分補給でもしてきなさい」と促し、ローブの裾を海風ではためかせながら他の教導隊参加者の指導へと戻っていきました。
ガラハッド君は背筋伸ばしていましたが休憩に入っていく足取りは重く、思わず溜息をついていました。溜息の原因は先ほどの敗北だけではありませんでした。
「ガラハッド~」
「……マーリンか」
同じく休憩に入り、ガラハッド君達のやり取りを見守っていたマーリンちゃんがフワフワ浮きつつ、「大丈夫?」と言って近づいてきました。
少女が持ってきた飲料水を飲んだ少年は、しばし黙っていましたが、やがて弱気な様子で「大丈夫じゃないかもしれない」と漏らしました。
「実戦形式訓練、まったく勝ててない」
「うーん、仕方ないところはあるんだけどね。教導隊参加者の戦闘訓練受けた期間を考えると、ガラハッドが圧倒的に少ないだろうし」
「ぐぅ……」
教導遠征において、ガラハッド君の成績は振るわないものでした。
実戦形式訓練に限らず、ほぼ全ての訓練においてガラハッド君は最下位と言っても過言ではない成績を残している状態です。
戦闘に関しては多少、自信を持っていた少年も負け越すどころか全敗が続けば鼻が折れるどころか完全に気が滅入ってしまっているようです。
「マーリンは、実戦形式訓練でもそこそこ勝ってるな」
「フフフ。驚いた?」
「正直」
「まあ、正面切っての戦いは苦手なんだけど、多少はね? 対人戦闘は多少心得あるし……ボクも手管を駆使して戦ってるよ。といっても訓練進めば手の内がかなりバレちゃうから、ぼちぼち負け越していくんじゃないかな~?」
そう言いつつも、マーリンちゃんはあまり気にした様子はありませんでした。
戦闘訓練はさておき、他の訓練――特に索敵や観測訓練――では上位陣やトップの成績を余裕で維持しているからこその自信もあるのでしょう。
「でも、あのゴキブリ並みにムカつく羊系獣人の子には負ける気しないかな~」
「どれぐらい勝ち越してるんだ?」
「今のところ3戦3勝」
「おぉ……」
「あの子、正直弱いよ。大盾使って戦ってるんだけど視界は索敵魔術に頼り切りだから、ちょいと嘘情報を掴ませてあげれば簡単に転がせるもん」
「そういう事が出来るのか」
「魔術戦はそういう相手を騙す手管も重要だよ」
少年は「自分にはそういう事ができない」と少し落ち込み、俯きました。
猫系獣人の少女はそれを察し、「追々覚えていけばいいよ」と言いました。
「ボクがやってるのはあくまで無数にある勝ち筋の一つでしかない。勝つための道筋はいくらでもあるから、ガラハッドが得意な方法で相手を上回ればいいんだよ」
「……正直、自信が無くなってきた」
「ボクの見立てだと、あのウンコちゃんには余裕で勝ち越せるようになると思う。ガラハッドの身体強化魔術は教導隊参加者のうえでも余裕で上位にいるからね。あとはそれを上手く使うだけ」
「上手く、か……」
「ガラハッドが苦しみながらも、前を向いてたら遠い将来と言わず、教導隊が終わるまでには余裕で、あの子にも勝てるようになるよ」
「そうかな……」
「贔屓目なしにそうだと思うよ。まあ、相手が煽ってくるから余計に辛いと思うけど……頑張って。ボクもセタンタも、あとパリスも応援してるよ」
「……そうだな、頑張らないと」
ガラハッド君は「パンッ!」と頬を叩いて気合を入れ直しました。
そして、真剣な眼差しで他の教導隊参加者が戦っている様子を見つめました。
師に教えられた通り、よく見て、よく学ぼうとしていました。
周囲との力の差を身を持って味わい、父親の存在で心を焦がされつつも、しっかりと現状を見据えて歩もうとしていました。
幸い、周囲には参考になる動きをする参加者が沢山いました。
現状ではガラハッド君の方が格下ですが、教官達の中にいる強者達のように絶対に勝てない――というほどの力の差はありませんでした。
比較的近い強さを持つがゆえに、少年も誰が何を、どんな意図で身体を動かし、魔術を使っているかを学びやすい状態にありました。
一方、アイアースちゃんはおしゃべりに夢中でした。
おしゃべりに付き合わされている子にも、程々にあしらわれ、他の教導隊参加者からは白い目を通り越し、どうでもよさそうに思われている事にも気づかず。
午前はこのように、実戦形式訓練で終わり、午後からは座学となりました。
昼食後に船内の教室に移り、教導隊長が教鞭を取り始めました。