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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
七章:海を征く教導隊
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ビリ漁と水上歩行訓練


 最初の寄港地で積荷を下ろした翌日。


 セタンタ君は水上を歩いていました。


 ルーン文字を刻んだ靴を媒介に水上歩行の魔術を使い、沈まず、パチャパチャと海水鳴らして歩き、大波が来た時は慌てて逃げています。


 そうしているセタンタ君の上方にはプカプカと浮いているマーリンちゃんの姿がありました。浮遊魔術で浮きつつ、索敵魔術で辺りを探っているようです。


「あ、いたいた、結構な大物」


「魔物かー?」


「いやー、非魔物水棲生物ー」


「よっしゃ、じゃあ獲るわ、場所教えてくれ」


「ういういー」


 セタンタ君は指示を受けた場所の近くまで移動。


 そこでそっと重り付きの糸を海中へと垂らしていきました。糸には針がついておらず、唯一ついている重りにルーン文字が刻まれているだけです。


 ただ、それは魚を獲るのに十分な役目を果たしました。


「ほれ」


 少年が掛け声しつつ、魔術を使うと海中が一瞬ピカッと光り、そこにいた魚群が一気にプカプカと浮いてきました。


 魔術を使った電気ショック漁――ビリ漁です。


 針で魚を釣る以前に、まとめて電気で痺れさせる乱暴な漁法ですがバッカス王国では特に禁止されていません。


 まとめて魚を獲る乱暴な方法としては爆発ダイナマイト漁法や毒流し漁もありますが、バッカスの漁業関係者の間で一番よく使われているのはビリ漁です。


 魔術の電撃は普通の魚であれば簡単に仕留める事が可能で、なおかつ爆発漁法や毒流し漁よりも財布に優しいというのが使われる理由の一つ。


 もう一つは爆発漁法は轟音を立て過ぎて水棲の魔物を誘き寄せやすいという危険があり、毒流し漁は毒流し漁で人体に有害ではないものを使っても消費者視点で受け入れ辛いため控えられている、という理由もあります。


 爆発漁法で海底に穴が空き、サンゴ礁などが破壊されて魚が住む場所が減り、漁獲量に響いて来る――ということも多少は考えられていますが、それはあくまで頻繁に漁をしている都市周辺だけのこと。


 魔物がいる影響で時に深い森よりも危険な海では、自然保護より安全確実な方法に重きが置かれています。幸い、魔物を創造している神様が自然保護にはうるさいため、取り返しのつかないような自然破壊はあまり起こっていません。


 起こっても神様が発狂しながら大地を再生しているため、起こってません。


「わーい、大漁大漁」


「これで十分かな、俺らは」


 少年少女は自然保護など露知らず、無邪気に浮かんできた魚を獲りました。


 彼らは孤児院時代、海での戦い方と漁に関しても学んでいたため直ぐに漁を終えましたが、教導隊参加者の中で海での活動に慣れていない人達の中には右往左往して魚を探している人達もいるようです。


 セタンタ君のように水上歩行魔術使うなり、泳いでいるようですが――。


「陸地では手練でも、海は慣れてないやつって結構いるんだな」


「だねぇ。まあボクらよりもサクッと魚獲って帰った子もいるけどね。ブロセリアンド士族からの参加者とか、他にもタルタロスの――」


 マーリンちゃんはチラリ、と氷船の方を見つめました。


 白く微かな霧に包まれた船の上方には飛竜のような影が飛んでおり、その竜は大量に魚の入った網を二つも吊るして船に戻っていっています。


「やっぱり、魔物相手にドンパチ戦ってきた子が多いから、海の中をスイスイ逃げちゃう魚相手だと苦戦しちゃう子もいるんでしょ」


「水棲の魔物に襲われなきゃいいんだけど」


「大丈夫大丈夫、ブロセリアンド士族の人達がボクらが魚獲ってるまわりに散開して魔物やっつけてるだろうから、そうそう襲われる事なんてな――」


「ギャア! アバーーーーッ!」


「ティベリウスが食われた!!」


「でかぁ!! 30メートル級の大魚――魔物じゃなかったか!?」


「教導隊、ひとまず退避~」


「大丈夫じゃねえ! マーリン逃げっ――」


 セタンタ君は冷や汗流しつつ、巨大な魚型の魔物が暴れ、ブロセリアンド士族の戦士の方々が戦っているのを見つめました。


 そしてマーリンちゃんに「逃げるぞ」と言おうとしましたが、その時にはもうマーリンちゃんはビュン! と飛んで船の方に逃げていっていました。


「あぁっ!? てめっ! この、俺を置き去りに……!」


「早い者勝ちだよ~!」


 教導隊の面々はマーリンちゃんを先頭に逃げていきましたが、中にはブロセリアンド士族の海での戦闘を興味深そうに近くで観察している人の姿もありました。


 魔物に噛み砕かれ、ぷかぁ……と頭だけ浮いてきたかと思えば、その頭から身体が生えてきて「痛えな畜生!」と戦闘に乱入する人狼の姿もありました。


 セタンタ君も船に辿り着き、甲板上に向かうリフトから戦闘の様子を見守ろうとしましたが、その時にはもう決着がついたらしく、魔物の巨体がプカプカと海上に浮き、赤い血が辺りを汚していました。


 上昇していくリフトの上方からマーリンちゃんがふよふよと浮いて近づいてきて、「もう一回獲りにいく?」と聞きましたが、少年は首を振りました。


「漁獲量で一番トップ取れないけど、いいだろ。というか勝てねえわ、一番獲ってる奴らが強すぎる」


「だね。報酬のステーキは少し惜しいけど――」


 二人が言葉交わした上方を、竜の影が通り過ぎていきました。


 それは教導隊参加者のキウィログという女の子が竜に変化して飛んでいる姿でした。竜の背には甲冑姿の女の子の姿もあり、二人でまた獲りに行くようです。


 二人はその姿に感嘆の声を漏らし、見送りました。



「ああやって飛んでるのカッコイイな。竜騎兵ドラグーンってヤツか」


「だねぇ。さすがメリサンド士族――いや、メリサンド武会か」


 キウィログちゃんはタルタロス士族の一員です。


 ですが、同時にメリサンド武会という集団の一員でもありました。


 メリサンド武会は元々、メリサンド士族という一士族であり、キウィログちゃんと同じく竜系獣人で構成されている集団でした。


 現在はタルタロス士族に吸収され、士族というくくりから「士族内の一集団」になりましたが、確かな実力と実績がある事からタルタロス士族の武を担う一翼として士族内でも上位に位置する地位にあります。


「メリサンドの竜人お得意の竜化能力かぁ……カンピドリオ士族の人狼化とは別の意味で強えな。空を飛ぶ竜になれるとか、カッコいいし」


「メリサンドでも全員が全員、飛べるわけじゃないみたいだよ?」


「そうなのか?」


「うん。メリサンドの竜系獣人は大体、竜化能力持ってるけど、変生出来る竜は色々違うんだって。下手な鎧より格段に硬い鱗に覆われたり、手足のない蛇みたいな竜になれる人もいるらしいよ」


 マーリンちゃんは「ボクもあんまり交流ないから詳しくは知らないけどね」と言い、竜が海面に向かって降下していく光景を見つめました。


「ボクも竜系獣人になってたら、セタンタ乗せて飛んだり出来たのかなぁ」


「おぉ、それいいな」


「空高くを気ままにぷかぷか飛んでさ。旅とか出ちゃうの」


「俺はお前の背中で朝飯を作ってやろう」


「火を使うのはやめてね。あ、ごはんくずこぼすのも無し」


「注文の多い貧にゅ……まな板だ」


「なんだとぉ!」


「でも、猫耳が生えてる竜かぁ……」


「いや、そこは猫耳は外そうよ。絵面が間抜け過ぎる」


 二人は他愛のない話をしつつ、移動しました。


 自室に戻って休むのではなく、甲板をまたいで逆側の海を覗き込みました。


 そこには一人の少年剣士の姿がありました。


 ガラハッド君です。数人の教導隊参加者と共に訓練をしています。


 セタンタ君のように水上歩行の心得があるもの、もしくは泳ぎながらでも多少は戦える参加者は漁に出ていたのですが、中にはそれも厳しい参加者もいました。


 ガラハッド君を含め、そういう心得がない参加者達は船の傍に居残り、水上歩行の補助道具などを使い、練習中です。


 ただ、どうもガラハッド君は練習でも苦戦してるようでした。



「泳いでる……っぽく見えるけど、あれ殆ど溺れてるよね」


「鎧を着込んでるの想定した重り付きだからなぁ、アイツは……」


 他の参加者はおっかなびっくりの子もいながらも、上達していっていますがガラハッド君は「がはっ! ごぼっ! がはっ!」と元気に溺れていました。


 水上歩行訓練をしていた羊系獣人の女の子にも笑われています。


「ふんっ! だから言ったのです、この出来損ない冒険者! あなたのような貧乏なうえに才能も持たない一般人が参加していい場じゃなガバ、ごぼぼぼぼぼっ!」


「何だぁ、アイツ……」


「煽りにきたと思ったら自分も沈んだね……。まあ、近づいてきた時点から生まれたての子鹿のように足ぷるっぷるして、頑張って浮いてるだけだったけどさ……」


 二人は海中に没していった羊系獣人アイアースちゃんから目を逸し、浮きにしがみついて「ぜぇぜぇ」と息を吐いている少年剣士を心配そうに見つめました。


「ガラハッド、教導隊参加決まってから急いで水上歩行の練習してたんだよな?」


「うん。……水桶の上では、結構なんとかなってたんだけどね」


 マーリンちゃんは悩ましげに小首を傾げ、「海の波にまだ慣れてないってこともあるだろうけど――」と言いつつ言葉を付け加えました。


「あれは、ちょっと、前より下手になってるかも」


「マジか。原因は……気の持ちようかな?」


「だろうね。魔術は心の状態にも影響受けやすいから――」


 実際、ガラハッド君は心乱されている状況にありました。


 悔しげに浮きに捕まりつつ、手だけ出していた羊系獣人の女の子のところに別の浮きを追いやりながら彼は視線を上げました。


「…………」


「…………」


 ずぶ濡れの少年の視線の先には無表情に佇む一人の冒険者の姿がありました。


 名は、ランスロット。


 円卓会所属の冒険者であり、今回の教導隊では教官役を務めていました。


 その存在が――血縁上の父の存在が――少年の心を乱していました。




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