解体屋
ある日のこと。
レムスさんはカンピドリオ士族が自治するとある都市を訪れていました。
先ほど、都市近郊まで攻め込んできた魔物の群れを撃滅し、都市内まで死臭が漂ってきている都市の中、青年は戦士団の面々に挨拶し外に向かって歩きました。
そして市壁上に辿り着くと都市外の戦場跡の様子を眺めていました。
眺めていましたが、都市の外に目当ての人物を見つけると市壁上から飛び降り、手を振りながら歩み寄っていきました。
「おーい、ラカムのオッサン」
「あ? あぁ……若殿ですかい。戦後の巡察か何かですか」
「オッサンが真面目に働いてるか見に来たんだよ」
「へっ! こうして世間話してたら、真面目に進む作業も進まねえでしょうが」
「へへ、違いねえ」
腐肉漁りの――もとい、元・腐肉漁りのエルフは口は動かしながらも手元は盛んに手際よく動かし続けていました。
ラカムさんが行っているのは魔物の解体です。
都市防衛戦で倒された魔物の死体を捌き、使える部位を抜き取って都市内に運び込ませる解体作業を行っているところでした。
腕っ節は大して良くないラカムさんですが、解体の手際は子供の頃から戦士としての修行を積み、解体作業も教え込まれていたレムスさんが瞠目するものでした。
「早えし正確だな。アンタ、魔物解体の技術は一流だぜ」
「そりゃね? あたしゃねえ? アンタが生まれてくるよりずっと前――それこそ何十年、何百年も前から腐肉漁り稼業やってきたんだ。その過程で魔物の解体なんて百や千どこじゃなくて、万単位でやってきたんですよぉ」
ゆえに解体作業はお手の物です。
腕っ節が無いからこそ、素早く解体を済ませる必要がありました直ぐに解体しないと他の魔物に狙われる事になるため、その手つきは極めて迅速なものです。
こなしてきた数も万単位というのはまったく誇張ではなく、解体作業の正確さと早さは灰色の領域を歩き続けてきた男が誇れる数少ない技術でした。
「しかし、さすがは武闘派のカンピドリオ士族。よくもまあ連日のようにこうガンガン魔物殺してくるもんだ。手を休める暇もねえ」
「はは、そいつが俺らの取り柄だ。ちゃんと休み貰えてるか?」
「週休2日で貰えてますよ。ま、1日は休日手当目当てで出てますがね」
「熱心だねぇ」
「そりゃ、ま……もう一回、やり直していく事に決めたんで」
ラカムさんはレムスさんに聞こえないよう、静かに呟きました。
彼は鷹馬の魔物が出た日、レムスさんに言われた場所に留まりませんでした。
ただ、逃げたわけではなく――討伐隊の救援を手伝っていたのです。
後からレムスさんを追っていき、腰を抜かしてへたり込んでいる若者を安全圏に引っ張っていき、恐怖で顔をひきつらせながらも何度も何度も戦場を往復し、自分がその場で出来る事を必死に模索しました。
助けるために追おうとした人に追いつけなくとも。
かくありたいという気持ちだけ頼りに、出来る限りの事をしようとしました。
結果、青年と約束した場所に戻る暇もなく「やべーよ……ぜったい後で殺されるよ……」と思いながらも助けた討伐隊の人に感謝されつつ、レムスさんとすれ違い続け、討伐隊の方々と遅れて帰ってきたのです。
「貰った住所頼りにアンタの事務所行った時は、酷い目にあった……」
「そっちが紛らわしい事したんじゃん! 書き置きぐらい置いてけよー!」
「全治2週間ぐらいにはなったなぁ」
「うそつけ、治癒魔術使えば一瞬だよ、一瞬」
ともあれ、ラカムさんは出頭する事になったのです。
レムスさんに付き添われ――監獄行きも覚悟で――出頭していったのです。
ただ、事件は二人が思いもよらなかった方向へと転ぶ事になりました。
解体現場には、その転ぶ事になった原因がいました。
その原因を――人物を、見つめていたラカムさんが「あ」と言いつつ、「そうじゃねえ」と言いながら歩み寄っていきました。
「おい、膀胱捨てるな、そいつも売り物になるんだよ」
「はあ? こんなもん、ションベン入ってるだけでしょ?」
「いや、ションベンも魔物によっては使いみちあるんだよ。繁殖期とかに同種の魔物を誘き寄せる道具として使えたりするからな」
「うっさい、私に指示するな、死ね、クソ親父」
「はいはい」
悪態をついた人物は頭の横をいじろうとして――そこにエルフの長耳が無かったために空振り、何もない空間を触れるという癖の持ち主でした。
バーネットと名乗っていたラカムさんの娘です。
彼女――外見上は彼――もまた、生きていました。
本人が「保険かけてない」と言いつつも実は保険をかけており、首都で蘇生された後にまた元の女性の姿に戻り、ラカムさんが「バーネットと名乗る人物を殺した」という事実だけ残して自分は普通に生きて行こうとしていたのです。
ただ、ラカムさんが出頭した事もあり、企みがバレた事で――紆余曲折あった後、ラカムさん側が訴えを起こさなかった事もあり、手打ちとなりました。
お互いまったく罪に問われなかったわけではありません。
娘さんお方は身分偽造、ラカムさんの方は今までの仕事で積み上げてきた負債が確かに存在しており――執行猶予付きで監獄から出て同じ職場で働いています。
娘さんの方は噛みつきそうな勢いですが、ラカムさんの方は「はいはい」と言いながら暖簾に腕押しの反応を返しています。
「……いつかブッ殺してやる……」
「いいぞ。いいけど、もうちょい待て」
「命乞いするってえの?」
「お前に借りた400万、まだ返せてねえ。その返済終わってから……まあ、アレだ……決闘の申請とかして、お前に殺人罪とかつかねえ形で、終わらせようや」
「……保険代も上乗せよ」
「はいはい。利子つけてお返ししますよ、お姫様」
「チッ……」
「…………」
「…………」
「…………色々と、ごめんな」
「…………」
背中にかけられた言葉を、彼女は無視しました。
無視して解体作業を進めていましたが、表情は少し複雑なものでした。
レムスさんは二人の様子を見守り、少し雑談した後、帰る事にしました。
その区切りをつけたのはラカムさんが他の解体作業員に頼られ、難しい解体箇所を代わりにやって教えてもらえるよう、請うてきた時の事でした。
元・腐肉漁りのエルフは悪態もつかず、短く、「わかった、ちょっと待っててくれ」と言って向かって行こうとして、レムスさんに向き直っていました。
「若殿」
「おう?」
「……約束、守ってくれて、ありがとうございやした」
「気にすんな。腕のいい解体屋の仕事はゴロゴロあるしな」
「娘の方も、ありがとうございます」
頭を下げて見送ってきたエルフに対し、青年は手を上げ、去っていきました。
向かう先は首都サングリア。
そこで少年に稽古をつける約束をしており、それが済んだらいつものように夕食を食べ、お風呂に入り、寝て起きたらいつもの冒険者稼業へと戻っていくのです。
それが今の青年の日常でした。
やがてバッカス王国騎士団の一員として働き始めるカンピドリオ士族の若き戦士は、今は気ままな独身冒険者の暮らしを送っていました。
七章はできれば3月中に……