罠に嵌められた男
「今更だけどさ、助けにいく必要あんの? 義理はそんな無いでしょ」
「そりゃ、ねえけどよ……!」
「セタンタ君達なんか、あのオッサンに殺されかけたって聞いたわ」
「そりゃ俺も聞いてるけどよ」
レムスさんとアタランテさんは雨の中、走っていました。
向かうは集合野営地・シュセイ。ザイデンシュトラーセン士族は魔物討伐は終わっていたため、討伐の報酬は確約しつつ二人を送り出してくれていました。
本当はレムスさんが――あくまで推測の上に至った事であるため――単独で野営地まで戻り、探す予定だったもののアタランテさんはその後を追っていました。
害されようとしているかもしれないのは腐肉漁りの冒険者。
政府に捕まらない程度に灰色の境界線上を歩き続け、足を踏み外そうとしているものの義理も無く、他の冒険者に恨まれている相手を助ける意義を問いました。
レムスさんは意義は無いと答えつつ、「でも意味はある」と短く言いながら走り続け、アタランテさんも変わらぬペースでそれに追随しました。
「でも、バーネットさんはガチで復讐のために何かするかもしれねえ。もしもそれに誰かが巻き込まれでもしたら事だ。その巻き込まれる誰かが誰であっても、巻き込まれる事で復讐が連鎖してくかもしれねえ。止めといた方がいい」
「…………」
「……ああ、クソッ! そんな目で見んなよ! そうだよ! 単なるお節介だよ! あのオッサンの事をちぃと不憫だと思っちまったんだよ! そんで、バーネットさんが――バーネットって名乗ってるオッサンの娘かもしれねえ人が、取り返しのつかねえ事をするのを止めてやりたくなったんだよ!」
「…………」
「家族同士で恨み合って、殺し合うとか、最悪だろ……!」
「ま、好きにすればいいわ。私も好きにするから」
「好きにっつーか手伝ってくれ。頼む」
「わかった。とりあえず私が集合野営地に先行してあのオッサンとバーネットさんを探すわ。アンタは私が野営地内探してるうちに、別行動って事で」
「野営地から出てるかもしれないのを、俺が探しにいくんだな」
「そういう事。でも、仮に野営地出発してたとしてアテがある?」
「わからん。ひとまずフランチャコルタへの帰り道の方に向かってみる。バーネットさんはシュセイ到着時点で護衛の冒険者と別れたが、オッサン以外にも引き続き雇ってるヤツらもいた。アイツらと帰りしなに何かするかもしれねえ」
「討伐隊が魔物倒していってるとこかもしれないわ、流れ矢に気をつけて」
「わかってる。シュセイいなかった場合はそのまま野営地で待機しててくれ」
「馬鹿、いたかいないか知らせないとアンタ走り回り続けるでしょ。走って後から追いついて、いつもの方法で連絡するから、空を見るのも忘れないでね」
「ああ、気ぃつけてな。怪我すんなよ。危ないことすんなよ」
「アンタが言うな」
アタランテさんはフッと微笑みつつ、走る速度を一気に上げました。
その速さはレムスさんの全力疾走を凌ぐもので、追いすがれる魔物は一匹たりともいませんでした。狙撃は下手な獅子系獣人ですが、走るのは大得意なのです。
その速さで先行した彼女が野営地内でラカムさんとバーネットさんの所在についての聞き込みをする中、レムスさんは一人、走り進んでいきました。
途中で魔物が出て来る事はありましたが戦闘によって時間を潰す事を嫌い、無視して走り、どうしても避けようがない位置にいる場合は踏み砕き殺しました。
助けようとしている相手は、確かに助けるほどの義理はありません。
一人は腐肉漁りのエルフ。グレーゾーンで生きてきたとはいえ、それだけでも十分に人を恨まれる事をしており、その精算を迫られている自業自得の相手。
もう一人はバーネットと名乗る行商人。商人としての欲は大して無く、商人としての目利きも乏しく、単に復讐のために商人を装っているのだとしても、レムスさんは「まだ引き返せる」と思っていました。
まだ魔術で身体を整形し、嘘をついているだけで本当の犯罪に至っているわけではない。それならまだ引き返せる、と青年は思っていました。
娘が父親を汚点として拒絶し、父親がその復讐のために悪行を積み立ててきたというある種救いようがない関係であっても、それでも「まだ救いはある」「父娘で憎み合っても、誰も得しねえ」と青年は走りました。
降り続く雨の中、青年の上方でパンッ、と何かが弾けました。
それは遠方から放った魔矢でした。
それは攻撃目的ではなく、照明弾として放つ事で明滅させ、光信号でレムスさんに情報を知らせるものでした。青年はそれをしばし、仰ぎ見ました。
「アタランテか……! 野営地にはいなかったんだな……」
短く知らされた連絡は、野営地にはどちらの姿もなく、既にシュセイから出発して最寄りの都市に向けて帰り始めるところが目撃されたというものでした。
バーネットさんがシュセイから旅立つ前、持ち込んでいた数少ない商品のうち売れ残りはタダで現地の商人に渡していた事もアタランテさんは聞き込みから知り、相方の推測が正しいものだという確信を得始めていました。
もう手遅れかもしれないとは思いつつ、それでも知らせてきました。
レムスさんは再び走り始めました。
「まだ間に合う……!」
そう呟きながら走り、雨に濡れた大地に足跡を見つけました。
ぬかるんだ地面に数人の足跡を見つけたのです。
幸運にもそれはラカムさん達が残していたものでした。
青年は一人、その足跡を頼りに走り――やがて辿り着きました。
そこには、一人のエルフが佇んでいました。
返り血は既に雨で洗い流されつつありましたが、その足元は未だ赤い液体が雨に洗い流され続けており、青年はそれが探し人の倒れた姿だと気づきました。
倒れているのは隊商の主であった人物でした。
まだ動いていました。
四肢を切り落とされているとはいえ、まだ動こうとしていました。
それはもう、魔物でした。
バーネットと名乗っていた人物は、既に殺されていました。