表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
間章:星狩と家畜エルフ
200/379

雨中の野戦



「こりゃ、一雨来そうだな……」


「え、そう?」


 レムスさんの言葉に対し、アタランテさんは空を見上げて首を傾げました。


 そこには雨雲と言えそうなほど鈍い色合いの雲はありませんでした。蒼天の下、白い雲がまばらにゆっくりと泳いでいるだけです。


 白狼会の二人はシュセイでの一夜を過ごした翌朝、ザイデンシュトラーセン士族の戦士団と隕石地帯へと足を踏み入れていました。


 魔物討伐の小休止中にレムスさんが漏らした言葉に対し、アタランテさんは首をひねったものの鼻で笑いはしませんでした。


「雨の匂い、する?」


「する。するけどコレ、そこらの雨じゃねえ気がするな……。誰か観測魔術で確認出来ねえ? ナス士族の雨乞いと似た感じの空気が、なんとなーくするんだけど」


 ザイデンシュトラーセン士族の方々もレムスさんに言われ、空を魔術で確認してみたものの異常は確認出来ませんでした。


 レムスさんもハッキリした事はわからない――殆どただの感のようなものなので――首を捻りつつも「俺の思い過ごしかも、ごめん」と言いました。


「いや、レムスの感はそこそこ当たるし、気をつけた方がいいと思う」


「殆ど雲なく晴れてるのに雨が降ると?」


「レムスも言ったけど、世の中には雨乞いの儀式魔術も一応はあるからこんだけ晴れてても降らせられない事はないでしょ? 降らせる意味わかんないけど」


「シュセイの水不足に救いの手を差し伸べてくれてるのかも!」


「うーん、どうだろ」


「まあ、都市郊外の出来事だ、警戒しすぎてやりすぎる事はない」


 部隊の長であるダークエルフの男性が「天候の変化に関しても気をつけておけ」と観測と索敵を担当する方々に指示を飛ばしました。


「シュセイにとっては恵みの雨になるかもしれんが、我々は下手したら死ぬぞ」


「雨音で魔物の足音聴き逃して後ろからバックリ、って事っすかー?」


「洪水に気をつけろって話だろ」


 レムスさんが年若い戦士の子にそう言いました。


 シュセイ周辺及びシュセイ東の隕石地帯は乾燥した地域です。


 一年を通して降るのは隕石ぐらいで、雨が降る事は殆どない荒れ地です。


 降り注いだ隕石が大地を抉り飛ばし、草木は押しつぶされ、隕石激突の衝撃で隆起した荒れた大地が広がっており――アラク砂漠ほどではないにしろ――年間の降雨量が少ない殆ど砂漠に近い地域なのです。


 しかし、自然の雨が降る事もあります。


 その際、気をつけないといけないのが洪水です。


 乾いた大地はスポンジの如く水を吸いそうに見えて、その実、容易には水が吸い込まれていきません。乾ききっている事で隙間なく固まっているためです。


 水捌けの悪さから地表に降り立った雨は大地に染み込まず低地に向かって流れ、流れ続けて小さな雨粒がやがて大きな水の奔流となっていきます。


 そうして起こるのが砂漠などの乾燥地帯における洪水です。あまりにも大地の水捌けが悪い事から降雨開始から短い時間で洪水が発生し、使者も出るほど。


 腕のいい冒険者でも不意に大水に飲まれて混乱し、魔術で対応する意識も持てないうちに溺死する者もいるほどです。魔術で口内に空気を生成し、溺死は避けても魔物と共に流されて魔物に殺されるというケースも存在しています。


 対策として、レムスさん達は雨雲が出てきたら低地を出来るだけ歩かないようにしつつ、隕石でボコボコになった荒れ地を行軍していきました。


 実際に雨が降り始めたのは魔物の縄張りに入り始めた時の事でした。


 急速に空を覆い尽くしていった鈍色の雲の群れから全員がびしょ濡れとなるほどの大雨が降り始めたのです。一時撤退の案も出ましたが、作戦決行となりました。


 レムスさんは四足歩行の狼となり、アタランテさんを背に乗せてザイデンシュトラーセン士族戦士団より先行していくつもの丘や崖がある地帯を走り始めました。



「マジで降るとは! うひょー! 身体がキレイになっちまう」


「これ絶対、雨の後で生乾きになった人狼レムスの毛皮が臭くなるやつだわ」


「そんなことないですぅ! たまに手入れしてるもんっ!」


「はいはい、左に進んで。来たわ、来たわよ、激突注意!」


「あいよッ!」


 横合いから出てきた四足歩行の魔物の群れに対し、レムスさんは左に進路を取りつつ数匹を跳ね飛ばし、アタランテさんは激突にこらえつつ至近距離から魔矢の束を散弾として飛ばしました。


 かくして、大雨の中で戦いの火蓋が切って落とされたのです。


「今ので全部かねー?」


「まさか、さっきの中にも生き残りいるだろうしザイデンの情報じゃまだい――って、あ、来たわ。いまの爆音におびき寄せられて殺到中」


「うし、落とされねえよう、しっかり乗ってろよ」


「はいはい、よろしくね、お馬さん」


 アタランテさんは相方の言葉に微笑しつつ、天に向かって矢を放ちました。

 

 それは雨雲を狙ったものではありません。


 かといって魔物を狙ったものでも、「呪われてるんじゃないか?」というぐらい下手くそな狙撃の腕前の成果というわけでもありませんでした。


 雨天の中、空を翔けた魔矢は平時よりも殊更強く――照明弾の如く――光を放ち、後方で待機中であった戦士団に接敵と位置情報を知らせたものでした。


 戦士団の方もアタランテさんが放った魔矢が大地と魔物を抉り飛ばす爆音を聞いた時点で動き出していましたが、矢による合図で迷いなく動いていきました。


 先行した白狼会の二人が――そのうち弓使いの方が周囲を取り囲みつつある魔物の群れの上空に向けて合図の矢を放ち、位置情報をさらに知らせてくるのを受け、動き始めました。


「でもアタランテさんって狙撃ド下手くそじゃないっすか!?」


「そうだね!!」


「魔物の位置を知らせる矢も、メチャクチャずれたとこに飛ばしてるんでは!?」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「……た、多分、大丈夫だ。上がり始めの軌道見れば、多少はわかる」


 迷いなく、動き出し始めました。


 アタランテさんは野生の勘で「私の事をけなしてるヤツがいる……!」と察して眉間にシワを寄せたものの、ガマンして作戦を進めていきました。


 白狼会とザイデンシュトラーセン士族戦士団の作戦行動。


 それはシンプルに言えば「白狼会が囮となり、戦士団が魔物を叩いていく」というものでした。白狼会を追い回し始めた魔物に対し、戦士団が隠密行動で群れの後方や横合いから不意打ちを仕掛け、数を減らしていくという作戦です。


 主攻は士族戦士団が務めるという取り決めだったのですが――。


「おいおいおい、あの二人、囮役のくせにガンガン倒していってないか……!?」


「そりゃ、武闘派士族カンピドリオの超有望株だからな」


「次期士族長や現カンピドリオ最強の奥様には劣るとはいえ、二人も魔人の類よ」


 人狼の疾駆は魔物を跳ね飛ばし、土石流のように押し寄せてきた魔物の群れを軽々と飛び越え、傷を受けても直ぐに再生して歩みを止めませんでした。


 また、追いすがってくる魔物に対しては――体毛をはらりと落とし、そこから発生した魔刃により魔物達を下から斬り殺していきました。


 さらに、人狼を馬としてこき使いながら魔矢を振るう射手の騎射は一人で数十の戦士が放つ矢群並みの密度で魔物達を向かい、狙撃の腕など関係ない物量物量まものをバタバタと殺していきました。


 ザイデンシュトラーセン士族戦士団は二人の活躍に舌を巻きつつ、単に暴れているわけではなく、誘導と位置情報を知らせてくる白狼会を援護する形でヒット&アウェイで魔物の数を次々と減らしていきました。


 そして、戦闘開始から15分ほどで500体以上の魔物が息絶え、流れ出た魔物の血が河を作るほどの惨状が築かれる事となったのです。


 残敵が掃討されたのはそこから5分にも満たない間の事でした。


 白狼会の二人は事前に期待された以上の活躍を難なくこなし、ザイデンシュトラーセン士族の面々に諸手を挙げて――大雨の中――合流していきました。



 そして、幸か不幸か気づく事となったのです。


 大雨の影響で、白狼会の総長がある事に気づいたのです。


 それはシュセイに来る途上で出会った隊商の主についての事でした。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ