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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
間章:星狩と家畜エルフ
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腐肉漁りの過去



「娘がいたって事は、結婚してたのか?」


「ああ」


「へー……」


「何だその凄え意外って顔……!」


 ラカムさんはレムスさんを睨みつつ、「言っとくが今みたいに腐肉漁りになる前の話だぞ」と言い、不機嫌そうに鼻を鳴らして語り始めました。


「これでも、昔は真面目に商人やってたんだよ」


「ほう? そこまでバーネットさんの親父さんと境遇似てんのか」


「知るか。俺は俺だ。ともかく、あの頃は……普通の商人やってたよ」


 少し遠い目をしたラカムさんは岩に背を預けつつ、星空を見上げながらポツリポツリと語り続けました。流れ星が流れても、何の興味も示さずに。


 ラカムさんは長らく――50年以上、行商人をしていました。


 取引先に揉み手しながら訪れ、注文を受けた品を苦労して仕入れてきたら「それならもう別のとこで買った」と売買契約を破られてもメゲず、相場や商品の状態に気をもみ――商人時代は――真面目に働いていたそうです。


「とりあえず毎日を生きるのに必死で……一人きりで、ヘコヘコとムカつく客共に頭下げながら商売続けてたんだよ。ヤツらと来たら、こっちの苦労も知らずに平気で値切ってきて、それが受け入れられないとヘソ曲げたりしてな……」


「まあ……金払ってやってるんだから、と気が大きくなるヤツはいるよな。俺もそういう嫌な客になった事がある。兄者に頭ひっぱたかれて嗜められてたよ」


「ふん……。ま、50年ぐらいは大して儲からない行商人稼業だったよ」


 腐肉漁りは儲からなかった理由は、事細かに語りませんでした。


 彼は絶望していました。


 生きるためには、商売を繁盛させるには客の視点に立って客が喜ぶように奉仕しなければならないと肝に命じ――赤字を出しつつも、献身していたのです。


 それで喜んでもらえれば、お互いに良い関係が構築出来ると信じて。


 かつてはそうやって、客先に尽くしてきました。


 ただ、彼の苦労を汲んでくれる客は――ある意味では不幸にも――殆どおらず、何度も裏切られ、折れそうになり、それでも真面目に生きていく事が幸福に至る道だと信じ、客商売によって心を削られていきました。


 ですが、真面目だった頃のラカムさんの苦労を汲んでくれる人もいたのです。


「行商人続けてた最後の10年は、まあ中々に良いもんだった。バルト士族の偉いさんが贔屓にしてくれてよ。そんで、士族の末席にも加えてくれたんだ」


「バルト士族か……そりゃ良い話じゃねえか」


「カンピドリオ士族と同じ、有力士族の一角を担う士族だからかい?」


「ああ。ま、ちょっと過激なとこあるが、エルフのアンタには優しいとこだろ」


 バルト士族はバッカス王国が建国された頃に出来た士族です。


 現在はバッカス王国の傘下に入っているものの、とある事情から反バッカスの急先鋒を担う士族として存在していました。


 勢力的にはカンピドリオ士族にはやや劣るものの、規模はかなり大きな部類ですが――ラカムさんは自嘲気味に笑いました。


「エルフの俺に、優しい……ね」


「違ったのか……?」


「いや、まあ、俺はさておきエルフにはそこそこ優しい士族だわな。バルト士族は今でもヒューマン種に対して良い感情持ってねえけど、他の種族には優しいよ」


「実際にバルトにいたアンタから見て、どうだった? バルト士族はヒューマン種が他の種族を亜人として奴隷にしてた歴史を憎んでるだろ」


「ああ。いまじゃ数少なくなりつつある、ヒューマン種を憎む者達が最後に集まった砦みたいなもんだから、ちょっとした怨恨の坩堝だったよ」


 バッカス王国は人種差別がきっかけで出来た国家です。


 圧倒的な数によって優勢を握っていたヒューマン種が君臨する西方諸国は、自分達以外に奴隷として人間以下の扱いをしてきました。


 それに抵抗するために作られたバッカスは、現在は西方諸国も歯牙にかけないほどの大国家となり――ヒューマン種も受け入れた多種族国家にもなっています。


 しかし、奴隷扱いされた種族……ヒューマン種を恨んでいる者は現在も存在しており、バルト士族は士族内にヒューマン種の血を入れる事を士族の掟でいまもなお固く禁じています。


 そういう意味では苛烈です。


 ですが、勢力は確かに大きいので、末席といえども士族の仲間として召し上げてもらえる事での利点は沢山あります。


 例えば商売をするうえでバルト士族という後ろ盾を得る事で――無下に扱う客先も減る事になるでしょう。


 ラカムさんも一人きりでいた時より格段に扱いがよくなったそうです。


「実際、バルト士族の後ろ盾はスゲー助かったよ。ブロセリアンド士族から分かたれつつも反ヒューマン種の盟主として最後まで残り続け、今もその時に吸収した勢力の名残で武闘派士族の地位を守ってるわけだからねぇ。当時も恐れられてた」


「ふむ……」


「取引どころか、私生活も上手くいって……バルト士族の女を嫁に貰って……そんで、さっきも言った娘も生まれて、その頃は、何もかも、上手く行ってた」


「なら、バルトに入れて貰えて良かったんじゃねえのか……?」


「いや、アレこそが地獄の始まりだった」


 ラカムさんが語る中、バーネットさんは一言も喋らずに話を聞いていました。


 視線は真っ直ぐに、目の前のエルフを見据えていましたが……黙っていました。


「子供が生まれて、しばらく経つまでは全て上手くいってた。自分の店すら持てたよ。嫁さんとも……上手くいってたと言っていいんじゃないかね……その頃はな」


「…………」


「最終的に……察しつくでしょうがね……俺はバルト士族から追放されたのよ」


「何でだ」


み子だからさ」


「忌み子……?」


「アンタみてえな若い連中は知らねえか……バーネットの旦那は?」


「いえ、知りません」


「そうかい。……話は代わるが、俺は何歳だと思う?」


 ラカムさんの質問にレムスさんは眉をひそめました。


 年齢より先に「忌み子とは何か」の質問を求めたくなりましたが、話をする上で必要な事なのだろうと思い直し――素直に答えました。



「100歳ぐらいか?」


「全然違う」


「んー……いや、長寿族エルフの年齢っていまいちわかんねえわ。あ、バーネットさんは何歳だと思う? このオッサン」


「さあ……? 年齢を当てるのは不得意なので……」


「正解は、500歳越えだよ」


「マジか。結構な高齢……って、500歳超え? それって、まさか……」


「ふん……この歳を聞けば、察しがつくか」


 レムスさんはバッカス王国の歴史を思い起こしていました。


 バッカスは西方諸国のヒューマン種の「亜人」に対する暴虐に対抗するために生まれた国家であり、直に建国500年を迎えようとしています。


 そんな時代に500歳越えという事は、目の前のエルフはバッカス王国が出来る以前に生まれた存在という事です。1000歳ほどまで生きる長寿のエルフなら十分に有り得る事ではあるのですが……。


 問題は「忌み子」という言葉にありました。



「アンタ、西方諸国生まれのエルフか……」


「包んで言うとその通り。ハッキリ言うと奴隷エルフの子さ」


 バッカス王国が出来るまで、ヒューマン種はその他の種族を虐げていました。


 西欧諸国に捕まった亜人は人間以下の扱いを受けました。オークは労働力及び戦奴として扱われ、ドワーフの男は鉱山で強制労働を強いられました。


 獣人は獣耳や獣尻尾以外はヒューマン種に特に似ている事から見世物の道具になったり、他と同じく労働力や性的な肉体奉仕にも供されました。


 エルフは比較的、重労働は課せられませんでした。


 ですが、ある意味では最も過酷な「家畜」としての生を強いられたのです。


「エルフは――俺が言うのも何だが――容姿整ってるヤツが多いからよぉ、メスエルフなんて性奴隷として大人気だったぜ。妻としてではなく、肉人形として愛玩用に飼われたりするわけさ」


「…………」


「俺みたいなオスのエルフは、どんな扱いを受けたと思う?」


「…………」


「……良いとこの若様は言いたくねえか」


「……農奴や男娼とか、だろ?」


「その通り。他には?」


「…………」


「遠慮すんな、言えよ。俺はまあ、こうして無事なわけだしさ」


「……不老不死の薬の材料」


「その通り。正解正解、100点をやろう」


 エルフは「亜人」の中でも特に長寿の種族です。


 健康無事に生きれば1000歳まで生き続ける事もあります。


 長くとも100歳程度で寿命が訪れるヒューマン種と違い、大変長命であり――比較的短命のヒューマン種から見れば――エルフとは不老地味た存在でした。


 長生きする凄い種族。


 その事は爪の垢を煎じて飲む以前に、あやかりたい存在として扱われました。


 エルフを虐げていたヒューマン種は奴隷以下の扱いをしつつ、長寿に憧れたのです。


「メスエルフは性奴隷としての需要が高かったが、男の方はメスよりはそういう需要低くてよ。そんで長寿のわりに身体もそんな強靭じゃなかったから……」


「…………」


「……ま、察してくれや」


 ラカムさんは当時をよく知るがゆえに、さすがにそこで言葉を切りました。


 彼は生き残りましたが、生き残れなかったエルフも大勢いたのです。


 男のエルフは労働力としての価値がそこまで高くなかった反面、長寿族という事は代わりが無かったため――時に、牛や羊のように解体されました。


 美しい髪の毛は織物の材料とされ、肌はなめされ、血と骨肉は「不老不死の薬の材料」として尊ばれました。奴隷以下の家畜扱いです。


 特に不老不死の薬の材料になるとされた血と肉と骨は高値で取引され、風呂桶いっぱいの血に浸かる者もいれば、畜肉として食卓に並ぶ事になりました。


 不老不死の薬効なんて本当はなかろうが、「ある」と信じられたのです。


 エルフがヒューマン種と同じく人間として扱われるバッカス王国では有り得ないどころか、おぞましい食人の歴史です。これほどおぞましいからこそ、ヒューマン種は下劣畜生として憎悪する者達が現れたのです。


 バッカスでは忌み嫌われています。


 ですが、バッカス王国と不倶戴天の敵と定め、ヒューマン種以外を亜人と定義してやまない西方諸国は現在でもそれが間違った歴史ではないと広く教えています。


 そんな諸国だからこそバッカス王国の過激派は「西方諸国など即刻滅ぼすべきだ」と主張していますが、バッカスの王は「同じ人間同士、相争う必要はありません」と干渉を控えています。


 長年、放置してきました。


 放置するこそが最大の罰であると言いたげに。


 それはある意味、大いに罰になっているものの……生かしていること事体が甘すぎるとバッカスの王を批判する者も少なくありません。



「そんな西方諸国せかいで俺は生を受けた。母親は知らねえ。まー、当時のエルフはマジで家畜扱いで家畜と同じく繁殖させられてたから、母親の方はひょっとするとヒューマン種の奴隷で、あくまでエルフの血が勝っただけかもしんねえ」


「少なくとも、親父さんはエルフか……」


「ああ。だが、ちぃと特殊な存在でな」


「特殊?」


親父ヤツはオスのエルフだが、男娼やってたわけでも農奴やってたわけでも、材料用に使われてたわけでもねえ。種付け役はしてたみたいだが、本業は別だ」


「ああ……ひょっとして、誘拐役か……」


「そう。まだ奴隷になってないエルフを捕まえるためのエルフだったのさ」


 西方諸国以外にもエルフは暮らしていました。


 それこそエルフの士族もいくつか存在しており、それらは西方諸国に抗いたくとも数で劣るため、森の奥で隠れ潜み、ほぞを噛んでいる状態でした。


 ラカムさんの父親は奴隷エルフながら、そういったところに旅人を装って訪れ、去った後に西方諸国の兵に集落の位置と周辺の地図を渡して攻め落とさせ、生き残りが奴隷として連れていかれる手伝いをしていました。


 旅人として訪れ、話術と容姿で現地の若いエルフの少女を口説き、旅に連れ出すフリをしてそのまま奴隷商人に引き渡す事さえありました。


 謂わば、エルフでありながらエルフ達への裏切りを行っていたのです。


 好き好んでやっていたかは、さておき……。


「親父も奴隷エルフの子だっただろうから、他に選べる道も無かったんだろうけどな。悲惨なもんだぜ、生まれた時から『お前は人間じゃない、家畜だ』って人間の言葉で言われて、人間の言葉で返事させられる生はよ」


「……体験したことない俺にはわかってやれないが、同情するよ……」


「ハッ! 可哀想に思ってやる俺様優しいなんて自分に酔ってんじゃねえよカス。お前みたいなボンボンに俺らの気持ちがわかるか。いいから黙って聞け」


「おう……」


 レムスさんは「その通りだ」と頷き、居住まいを正しました。


 ラカムさんはその様子に気まずそうに目を逸しつつ、すわった暗い瞳で語り続けました。それは恨み節に塗れた呪詛のようでした。


「俺が生まれたのは、おそらく親父に首輪をつけるためだ。家族を助けたい一心で頑張らせて、他の家族の絆を引き裂いていくわけだ」


「…………」


「親父は生き方は選べなかっただろうが、ま、甘い汁も多少は吸わせて貰ってたんじゃないかね。さらったメスエルフをちょいと使わせてもらったりとかな……」


「…………」


「どうあれ、世間一般としては俺の親父はド畜生だったわけだ」


 それが広く公表される時がやってきたのです。


 それは、よりにもよってラカムさんがバルト士族に迎えられた後でした。


「バルト士族はヒューマン種を嫌い、憎んでいる。だからヒューマン種に加担した俺の親父のような存在は許せなかったんだろうな」


「それで親父さんの事を理由に追放された、と」


「そういうこった。殺されなかっただけ、まだマシだったかもだが……」


「だが、親父さんの罪はあくまで親父さんの罪だろ」


「親の因果が子に報い、って奴さ。少なくともバッカス王国事体は、俺が裏切り者の子って事で国外追放とかはしなかった。だがバルト士族は親の罪を子に課した。フツーの罪ならそうじゃなかっただろうが、俺の罪はバルトの逆鱗だったのさ」


「……俺はその理屈、釈然としてねえ」


「お優しいねえ、育ちの良いボンボンは……。まー、カンピドリオ士族は早いうちから魔王に尻尾振ってバッカスに下った走狗だから、反ヒューマン思想はピンとこねえもんか……」


「そういうのは、あるかもしんねえなぁ」


「…………」


 レムスさんが釈然としなかろうが、ラカムさんは士族追放となりました。


 それこそレムスさんのように一時的に遠ざけられているわけではなく、永久追放です。商売でバルト士族の地を踏みに戻ってきたら、「命はないと思え」と脅されるほどの扱いでした。


 士族内で「処刑してしまえ」という話さえ、出たほどです。


「なあ……嫁さんと子供は、どうなったんだ」


「離婚して嫁はバルト士族に残った。まあ実家にさっさと帰ったとも」


「娘さんは一緒に追放か……」


「ああ。娘も俺と同じくエルフだったんだが、今度は祖父の因果が孫に報いって感じで……裏切りの忌み子として、俺達は追放されたんだ」


「…………」


「向こうから招いてきたくせに、笑えるだろ」


「笑えねえ」


「そうかい……ははは……いやいや、笑える笑える。まー、確かに俺もバレたらやべえって思って黙ってたけどよ、バラしやがったヤツはぶっ殺してえよ……ホントに……士族に迎え入れられた時は……何もかも順調だったんだ……」


「…………」


「士族追放後は、もう転がり落ちていくだけだった」


 士族の後ろ盾が無くなった事で、一介の行商人に逆戻り。


 それどころか「裏切り者の忌み子」としての悪評はバルト士族の外にまで漏れ出し、彼はもう商人として生きていく事すらままならなくなりました。


「同じ元バルト士族出身でも、フェルグスの旦那みてえに商才あったわけでも無かったが……俺は、昔の俺は……商人稼業、結構、気に入ってたんだよ」


「…………」


「客はクソばっかだが、頭ひねって需要考えて仕入れた品が、想定通りに売れるのは楽しかった。天職だって思ってたけど、それも全て親父の悪行で終わり、さ」


「…………」


「信じて貰えねえかもしれねえけど……それでも、士族追い出されて直ぐの頃は、真面目に頑張ろうとしてたんだよ。娘がいたからさ……ああ、この子だけは、何とか、守ってやんねえとって……必死になって……」


「いや、信じるよ」


「ケッ……良い人ぶりやがって」


「クソみてえに貶されるよりはマシだろ?」


「フン……ま、ともかく、当時の俺は娘のために、真面目に、必死に頑張った……頑張ったつもりだよ。その努力は何もかも、ぜーんぶ、意味なくなったけどな」


 商人としての道を閉ざされたラカムさんは、冒険者稼業を選びました。


 冒険者としての才能があったからなったわけではありません。


 他に選べる職業が無かったのです。


 それでも、悲嘆にくれず――魔物に対する恐怖に震えつつも――冒険者稼業にかじりついた親の罪を背負わされたエルフは、当時は真面目に仕事をしていました。


 腐肉漁り稼業なんか「やっちゃならねえ」とすら思っていました。



「俺の人生にトドメを刺したのは、娘だった」


「…………」


「あの、糞ボケカス……! 年頃のメスエルフになったら、今まで育ててやった恩を忘れて……好きになった男の家に転がり込むために、俺が邪魔だと抜かしやがった。父娘の縁を切ってくれって言ってきたんだよ」


「…………」


「俺は、だ~い好きな娘の願いを聞き届けてやったよ……ひひっ……だ~い嫌いになったから、娘が幸せな家庭を作ったところを見計らって……ドーン! とそいつがどんな家系の人間か、バラしてやったんだ!!」


「…………」


「我が身可愛さに父親おれを切り捨てた事もな! も~、笑えるほどメチャクチャになってたぜ~! そんでよぉ、俺はよぉ、娘を苦しめるために腐肉漁り稼業を始めたんだ。政府に捕まらないギリギリの境界線上を渡り歩き、祖父の因果どころか親父の因果で、あの恩知らずのカスを、苦しめてやってんだ」


「……それやってると、アンタ自身も救われねえだろ……」


「うるせえ!!」


 腐肉漁りは叫び、獣人の青年の顔を思い切り殴りました。


 青年は甘んじてそれを受け入れ、殴られて微かに微動した後も、真っ直ぐ――しかし何とも言い難そうに、エルフの腐肉漁りを見つめました。


「恵まれてるお前に、生まれながらの敗北者である俺の気持ちがわかるか!」


「わからん。だが、アンタの事を哀れんでいる。これは上から目線の卑怯な哀れみかもしれねえ……けどよ、現状のままだったらアンタが救われねえのは事実だろ」


「うるせえ……うるせえうるせえうるせえ……!」


「娘さんの事を許せねえ気持ちも、その道理はまったく理解できねえわけじゃねえ……。けど、アンタはもう、生き方を変えるべきだ」


「――――!」


 腐肉漁りは声にならない悲鳴をあげつつ、青年をまた殴りました。


 青年はまた、黙って受けました。


 努力した人間が回避しようのない境遇で不遇に陥った――その事にやるせなさを感じつつ、自分に出来る事がわからず、それなら責めて甘んじて拳ぐらいは受け止めてやるべきだと、思ったのです。


 彼は丈夫は人狼おとこでした。


 少なくとも身体はとても丈夫な男でした。



「バーネットさんも、俺と同じように思ってんじゃねえのか? だから父親に重ねて、アンタの事も考えて、救おうとしてくれてんじゃねえのか?」


「知るか、知らねえよ、カス共。ガキは大人の言うことを従ってりゃいいんだ、反抗すんじゃねえ、恩知らず共……死ね……皆、死んじまえ……!」


「…………」


 腐肉漁りのエルフは怒り、狂いました。


 人狼の青年は何とかしてやりたいと思いつつ、何も出来ませんでした。


 腐肉漁りの借金を肩代わりした商人は、ただ黙って話を聞いていました。


 黙って――真顔で――いつもの癖で手指を動かしていました。




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