魔物を使った殺人
腐肉漁りの冒険者達がうろつき始めたものの、猫背のエルフさんはある意味でやり手なのか表立っての衝突は起こりませんでした。
フェルグスさん率いるクアルンゲ商会の兵站管理は予定通りに運行。道標や先導役を残した円卓会と街の間を行き来し、物資を必要に応じて運び込んでいます。
腐肉漁りに関しても、一応は円卓会に報告しました。
何か問題起こされて「お前らグルか」と言われたら大変なので「こんな奴らがいて、妨害されるのは勘弁なので適当に相手しておきました」といった感じに。
円卓会は総長さんの性格はともかく、そこそこ実力派の冒険者クランであるため、腐肉漁りにはあまりいい顔をしません。
中には「視界に入ったら剣で撫でてやる」と言う人達もいましたが、猫背のエルフさんが率いる集団は巧みに円卓会には近づかないようにしてるらしく、血気盛んな円卓会メンバーの中にはじれったい様子を見せる人もいました。
「仮に出てくるとしたら、水質調査が終わった後でしょう」
「あー、確かに。アレを横から掻っ攫う気かもしれませんね」
フェルグスさんと円卓会の担当者さんがそんな言葉を交わしました。
円卓会が今回着手している依頼は水質調査だけではないのです。
調査をしつつ、ついでに群峰の中心部にある山に薬の材料を取りに行こうとしているのです。政府も水質調査の方がつつがなく進みさせすれば二重に依頼を受けていようが目くじら立てたりはしません。
円卓会はその辺しっかりしているので、調査の方も問題なく進んでいます。
ただ、調査結果の方はどれも良い結果とは言いづらいものでした。
どうも水質悪化の原因は群峰内にヒュドラという猛毒を持つ魔物が出没し始めた事が原因らしく、大分薄められてはいるものの水質がヒュドラ毒で汚染されていっているようなのです。
単に他所から流れてきたヒュドラなら討伐部隊編成して殺せば概ね解決です。
が、群峰に出没し始めたヒュドラは繁殖や移住以前に魔物を創り出している神様が水質汚染目的で適当に創造したもののようなので、倒したところでまたどこからともなく沸いてくるイタチごっこになりかねません。
定期的に討伐するのは群峰の厳しい環境やヒュドラの強さを鑑みると難しく、政府の人達は「これはもう放置しかないかも」などと考え始めているほどです。
群峰周辺の環境汚染だけで済まないなら是が非でも何とかしなければなりませんがそこまでの事では無いらしく、どうしても水源地として確保したい場合は「麓に浄化施設を整備すればいいかなぁ」という考えみたいですね。
その辺、検討するのは政府の偉い人達のお仕事です。
冒険者であるセタンタ君達はとりあえず、言われた通り戦うだけです。
「ヒャッハー! 野生のステゴサウルスだぁ~!」
「へへ、落雷誘導のルーン書いて放置してやろ」
マーリンちゃんとセタンタ君が凄い邪悪な顔を浮かべながら魔物をイジメてますが、こういう子達が実働部隊にいないといけない時があるのです。多分。
「コラコラ、あまり遊びを入れるんじゃない」
フェルグスさんが二人をたしなめるように大剣をブンッと振り下ろし、魔物は死にました。この後、死体は腐肉漁りの皆さんが美味しく頂きました。
クアルンゲ商会の兵站管理はとても順調です。
この手の仕事に慣れている事もありますが、今回の仕事が順調に進んでいるのは優秀な索敵魔術の使い手がいるという事もあります。
「一キロ先の岩。うん、そうそう、アレね。アレは擬態してる魔物。色合いは似てるけど周辺の岩質とは別物だよん。ボクの目はごまかせないのさ! 硬度は同じぐらいだけど、フェルグスのオジ様なら撫で斬り出来るぐらい。あ、それとそこ曲がったとこから50メートル級のゴーレムがのそのそと来てるよ」
『それを先に言え……!』
皆が急ぎ後退していく殿をキャッキャと言いながら楽しげに飛んでいる猫系獣人・マーリンちゃんが件の優秀な索敵魔術使いです。
マーリンちゃんは類稀なる魔術の才があります。
特に得意としているのが索敵や観測の魔術であり、よほど隠密に優れた魔物でなければポンポン見つけ出し、天候の変化すら早期に察知してくれます。
それを活かして行軍速度を調整したり、フェルグスさんを連れてサクッと不意打ちに行ったり、無駄な戦闘もガンガン避けて常に主導権を握っていっています。
全身が岩で出来た蜘蛛型の大型ゴーレムが察知出来ないところに皆を誘導し、上手くやり過ごしたら「もういいよー」とお気楽な声で皆に合図しました。
「マーリンちゃん大活躍ちゅう!」
「自分で言うな」
「おやぁ~!? セタンタ君、今日は特に何もしてないからひがんでるのカナ?」
「ムカッ!」
魔術師として優秀なのはマーリンちゃんですが、セタンタ君も戦士としては負けてません。正面からやりあえばセタンタ君が勝ちますが、いまはマーリンちゃんの得意分野が活かされているので独壇場です。
セタンタ君も索敵の魔術は使えます。そこまで不得意ではありません。
ただ、索敵においてはルーンの加護を施した道具をせっせと敷設したセタンタ君の索敵範囲をマーリンちゃんは鼻歌交じりで超えてきます。
護衛しながら行軍する今回のような遠征では大活躍出来る人材で、おそらくは今後も一切戦わずとも索敵手として名を馳せていく事になるでしょう。
セタンタ君はやや不満顔ですけどね。
「大丈夫、セタンタにもどこかで……多分? 活躍の場があるかもしれないよ。メゲちゃだめだよ! いやー、ボクが比較対象だと厳しいだけだからね? ぷっ」
「うるせえなオラッ! ルーンで感度3000倍にしてやろうか!」
「や、やめろよ~♡」
「あ、セタンタがマーリンちゃんとイチャついてる」
「イチャついてない!」
「クッソうらやましい……なあ、彼女ってどこの用品店に売ってんの……?」
「娼館か飲み屋にでも行け」
「貢ぎ続けているうちは彼氏ヅラ出来るぞ」
そんな会話が交わされる最中、マーリンちゃんは「やばいよぉ♡」と切なげな声をもらしました。男性陣はセタンタ君以外ガン見しました。
「大丈夫!?」
「ぼ、ボクは大丈夫だけど、後ろついてきてた人達がヤバそうなんだよぅ」
マーリンちゃんがそう言った直後、離れた場所で轟音が上がりました。
次いで、豪雨の中で微かに悲鳴も聞こえてきました。
どうも先程の蜘蛛型ゴーレムが腐肉漁りの皆さんと出くわした様子です。マーリンちゃん曰く、「運良く位置取り良くて山越しに撒けそうだけど、向こうの集団はバラバラになりそうだね」との事。
寄生して日々の糧を得ている方々なので、戦闘能力はそう高くありません。
群峰内はただでさえ危険な場所なので、魔物から逃げるのに夢中になるあまり集団から単騎にバラけていくと、待っているのは悲惨な最期かもしれません。
運も味方してすぐさま誰かが死ぬ事はありませんでしたが、セタンタ君達が次に腐肉漁りの集まりを見かけた時には半分近くまで数を減らしていました。
フェルグスさんが親切心半分、何かやらかしそうで邪魔と思う心半分で「もう帰った方がいいんじゃないか」と勧めていましたが、猫背のエルフさんはヘラヘラ笑って言う事を聞きませんでした。
幸いと言うべきなのか、腐肉漁りの集団の中にはセタンタ君と同じ年頃のパリス少年の姿がまだありました。
まだギラギラとした目つきでいます。
それどころか、良からぬ事も考えているらしく、フェルグスさん達が持つ値打ち物の装備もチラチラと見てもいました。
セタンタ君は、孤児院を追い出される時に餞別として渡されたミスリル製の大事な槍を岩壁に立てかけず、食事の時も抱いて警戒していました。
そんなこんなで遠征七日目の夜がやってきました。
その夜、ちょっとした事件が起こりました。
フェルグスさん達、補給部隊には疲れの色は見えません。
疲労は死に繋がる危険な要因であるため治癒の魔術や薬で取り除いているので、夕食後の休憩も楽しげに雑談したり、元気にカード遊びに興じています。
対照的に腐肉漁りの皆さんはひどく疲れた様子です。
猫背のエルフさんもヘラヘラとした笑みを引っ込め、自分の荷物を誰かに取られてたまるかと言いたげなポーズで武器を軽く構えたまま死んだように眠ってます。
フェルグスさん達ほど疲労へのケアが完璧ではなく、昼間はまったく止む気配の無い大雨に打たれ、魔物の存在にも神経すり減らさないといけないため疲労困憊もやむなしです。
遠からず、崖から足を踏み外して死ぬ人も出てくるかもしれません。
セタンタ君はちゃんと体調管理もしているので尾を引く疲れはありませんが、今日は早めに寝る事にしました。早朝の見張りを担当する事になっているのです。
ただ、その前にちょっと……
「ションベン行こ」
寝る前におトイレです。
「あらあら、セタンタ君おちっこ?」
「寝小便垂れてもいけないしねぇ」
「一人で出来るの?」
「うっせ、見張りしてろ」
セタンタ君が「まったく」と眉をひそめつつ、見張りの方々の横を通って洞窟の外に出て、布で洞窟内から見えないように仕切ったトイレに行きました。
先客がいます。
「げ、マーリン」
「なんだ、セタンタか」
マーリンちゃんが「ふいーっ」と言いつつ、立ったままトイレを切り上げました。セタンタ君はその光景を嫌そうに見ています。
「お前まだチ●コつけてたのかよ。女のくせに」
「セタンタ、それは差別だよ……実際問題として、こっちの方が手早く済ませる事が出来るから便利だもん。男の子だけが独占してるのはずるいよぅ」
マーリンちゃんは女の子です。
女の子ですが、バッカス王国の魔術はこういう整形も出来るのです。
逆もしかりで、腕を無数に増やすとか人間に無い器官を増設する事が出来ます。ただ、無いものを動かそうとしてもセタンタ君が腕を怪我した時のように認識が追いつかなかったりしますけどね。
マーリンちゃんは使いこなしていますが、セタンタ君は呆れ顔です。
「それ、そもそも孤児院でのイタズラのおしおきに対してつけられたもんだろ」
「フッフッフッ……それすらも利用するボクが恐ろしい」
もう元通りにしてもらえるのですが、マーリンちゃんは「便利だからいいや」と断ったりしているようです。
セタンタ君は「どれどれ」と言いながら見物しようとしてくるマーリンちゃんを追い払い、トイレに立ちました。
「セタンタはどう思う?」
「何がだ。しょんべんしてるとこに話しかけてくんなっ」
「ボクらについて回ってる腐肉漁りの人達、そろそろ仕掛けてくるかな?」
「どうだろうなぁ……」
都市郊外は、特に人の目が届きにくい領域です。
魔物という危険もうろついていますが、そればかりに気を取られず、時には同じ人間同士で疑い合わなければならない時があります。
腐肉漁りの冒険者達は特に疑わしい存在であり、実際、他の冒険者の装備やお金を盗むために殺人を犯したという事例もあります。
単に真っ向から襲ってくるならまだ可愛いものですが、暗殺や闇討ちといった手段を使ってこないとも限りません。もっとも面倒なのが、魔物を刺激してけしかけ、魔物が暴虐を振るった後に死体漁りに来るような者達です。
そういう事故死に見せかけた殺人は生き残りがいても立証が難しいものです。
そういう事情もあるからこそ「いるよりいない方がいい」と嫌われていますが、かといって善良な冒険者の方から「疑わしきは罰せ」と手を出せば逆に政府やギルドに訴えられる結果となりかねません。
「まあ、お前がいれば大丈夫だろう」
セタンタ君はマーリンちゃんがやや苦手ですが、嫌いなわけではないです。
むしろ仲間として強く信頼しており、特にマーリンちゃんの観測・索敵魔術を頼りにしています。
「奴等がもし、怪しい動きしたら俺に言え」
「それ聞いてどうすんの」
「まあ……適当に追っ払うさ」
マーリンちゃんは大雨を降らしている空を見上げつつ、セタンタ君に聞こえないように嘆息しつつ、「まあ、先にフェルグスのオジ様に言うよ」と言いました。
「セタンタよりずっと上手く事を収めてくれるだろうしね」
「こんにゃろう、反論しづらい正論言いやがって」
「へへっ。……寝首もかかれないように注意しなきゃ、かもだね」
「だな……。あいつら、かなり消耗している。もう帰った方がいいのに」
「窮鼠、ボクを噛むというコトワザもあるしね」
「ネコだよ」
そう言い、セタンタ君はマーリンちゃんと一緒に郊外を征く事で数を減らし、生き残りも疲労している腐肉漁りの一団をそっと眺めました。
二人はそんな懸念もしていましたが、水質調査は無事進行。
円卓会とクアルンゲ商会に死者は出ず、水質調査は終わりました。
しかし、遠征はまだ終わりませんでした。
死人が出るほどの問題が発生したのです。
腐肉漁り達が起こした問題の渦中に、少年冒険者は身を投じる事となりました。