隊商の夜
「はあ!? じゃあ、アンタらあそこまで半日で走ってきたのか!?」
「こっちは数日がかりだったのに……」
「二人だけだったし、全力疾走して来たからアレぐらい余裕だぜ」
隊商の護衛を引き受けたレムスさんとアタランテさんは魔物を蹴散らしつつ進み、現在は隊商の方々と焚き火を囲み、野営を行っていました。
周辺が岩がゴロゴロ転がっている窪地が今日の宿のようです。見張りを立てつつ窪地の一角で焚き火をし、その上方には黒い天幕を張っています。
天幕は上方に焚き火の光を出来るだけ漏らさないための処置で、火の粉程度では焦げ跡もつかないものを使っています。四方は岩や大地に包まれているため、ほんの少しの光しか漏れていません。魔物を寄せ付けない対策です。
逆に夜間でも盛んに火を焚き、人間の存在を示して灯に群がる虫の如くやってきた魔物を狩るという狩猟方法も存在していますが今回の目的はあくまで集合野営地に行く事。夜間行軍は避けつつ、不必要な交戦は避ける方針です。
時には焚き火すらせず、真っ暗な中で野営する事もあるほど、光は魔物を引きつける要因となります。ただの獣ならむしろ光を怖がる時もあるのですが、魔物は人を殺すよう創造主である神に設計されているため、炎すら中々恐れません。
「アンタらが最初からいてくれればなぁ……」
「いやー、こっちも別に仕事請け負ってるからな。都市に近い辺りで出会ってたらアタランテ護衛につけて帰らせて、俺一人でシュセイ行ってただろうなー」
「単独行とか無茶を……いや、カンピドリオ士族ならいけるのか」
「しかし、アンタらもこの辺りが荒れてる事は知ってただろ? 無茶するなぁ」
レムスさんが問うと、皆さん当たり前のように頷きました。
アタランテさんは「アンタは半ば忘れてたでしょ……」と思いましたが、話の腰を折らない方を優先し、黙ってパンをちぎり、少しずつ食べています。
「行けると、思ったんだけどな……」
「というか! そこの腐肉漁りが行けるって言うから……!」
「人の所為にするなって親に教わらなかったカナ~?」
「こいつ……」
「腐肉漁りだから、オレらを危ないとこに案内して、全滅した後で死体漁って……それを売りさばく腹積もりだったんじゃないか?」
「バーネットさんの運んでた荷物もあるし……良い鴨だったのか、オレ達」
「はあ? 難癖つけんのやめてくれねえかなぁ?」
「ああ……困ります、ケンカは止めてください……」
ラカムさんはイライラした様子で、他の冒険者さん達とも剣呑な様子です。
バーネットさんがオドオドした様子で止めないと殴り合いの喧嘩をした後、ラカムさんだけこの広い都市郊外に追い出されたかもしれません。
もっとも本人は強い冒険者の威を借り、狐のように立ち回って来た今までと同じく「上手くやってやる」という腹積もりでいるらしく、不貞腐れています。
本人も「今回は本当に単に案内役やって、自分の命を優先しただけなのに……」と不服そうにして、その事がさらに頑なにさせてしまっているようですが……その辺は日頃の行いの問題も過分にあるでしょう。
「皆さん、同じ人間なんですから仲良くしてください」
「バーネットさん、でもよ……」
「このオッサンいても便所紙以下の働きしかしねえぜ」
「あまり喧嘩ばかりしていると冒険者さんはギルドの考課に響くと聞きます。皆さんのため……と言うと傲慢ですが、お怒りを鎮めてください」
「まあ、アンタがそう言うなら……」
「やーいやーい、怒られてやんの」
「お前はガキか、腐肉漁り」
「あっち行ってろ」
「へっ! 言われなくとも」
焚き火から離れた場所に歩いていくラカムさんを嘆息しながら見送ったレムスさんでしたが、隊商の主であるバーネットさんがお酒を注ぎに来たので有難く一杯だけ貰う事にしました。
「どうもどうも、いやー、何か悪いな。それ確か、売りもんだろ?」
「売り物と言っても瓶が割れていたものなので。お口に合えば良いのですが」
「美味い美味い。しかし、バーネットさんよ」
「はい?」
「アンタもこの辺の魔物事情は知ってたみたいだけど、何でまたこんな時期にシュセイに向かってたんだ? 商会の上役の命令か?」
「ああ、いえ、私は一人で行商やってる者なので、あくまで自分の意志です」
「今が稼ぎ時と見て来たわけか」
「はい。まあ、欲をかいて失敗したわけですけどね……」
バーネットさんは恥ずかしそうに頭を掻きました。
レムスさんは「欲かいて無茶やる人柄には見えねえけど」と言いかけ、バーネットさんが頭の横の何もない空間を揉みそうになる仕草をまた見る事になりました。
「いま、シュセイは最盛期……隕鉄目当ての方が沢山来ているので。人が多いということは需要が沢山あるという事ですから、それも頼りにしていたんです」
「ああ、確か……いま隕石や隕鉄そのものがよく降ってきてるんだっけ?」
青年は先日、セタンタ君達と鷹狩りに行った際にエレインさんが言っていた言葉を反芻していました。
実際、シュセイ東の隕石地帯はちょっとしたバブルが来ています。大量の隕石が降っており、眠っていてもドゴン、ドゴンと隕石によって起こされた地鳴りが盛んに聞こえてきているほどです。
あまりにも多くの隕鉄が取れるので買い取り価格が若干下がっていますが――それでも希少で有用な素材となりうるので、沢山の冒険者が詰めかけています。
「いま何人ぐらい滞在してんのかな」
「少なくとも1000人越えみたいですね。右肩上がりで増えつつあるようです」
「もうちょっとした街だな。でも、そんだけ人が多いと揉め事も多そうだ」
「隕鉄の取り合いで皆さん気が立ってそうですね」
「気が立っているというか、もう殺し合いまで発展したそうよ」
何気ない様子で口を挟んだアタランテさんの言葉が皆を引かせました。
ですが、自分がやった事ではないので遠慮なく語り続けていきました。
「隕石が落ちてくるの確かに平時の2倍以上増えてるんだけど、落ちてくるとこを見てから取りに行くこと多いから……もう競争よ」
「隕鉄の取り合いが白熱して、喧嘩から殺し合いにまでなった……と」
「そゆこと。まー、今のところ4人、蘇生出来なかったぐらいらしいわ。行方不明者は10人以上出てるって聞くけど」
「恐ろしいですねぇ……」
「人増えてる影響は小競り合い以外にも野営地内の物資のやりくりにも響いてるみたい。持ち込めばいいけど、長期滞在となると、どうしてもねー」
星狩り目的で長期滞在している冒険者クランが商人が持ち込んできた食品の買い占めを行うという事も行われたようです。
単に自分のところで消費するだけならともかく、徹底的に買って競取り行為まで行い――買い占めた食品をさらに高く他の冒険者に売りつけたり――するという事件まで発生した、と事前に情報を仕入れてたアタランテさんは語りました。
「皆イラついてて治安悪化して、物資の問題もあって、シュセイ自治会は連日、自治会議開いて卓上で争ってるそうよ。人が寄り集まっても、単純に魔物に対する戦力が増強されるわけじゃないとか、ちょっと皮肉よね」
「ですねぇ」
「バーネットさん的には……商人的にはそういうの燃える? 成功しさえすれば良い商機だものね。残ってる商品も上手くやれば……赤字は消せる、かも?」
「燃えますね。赤字ぐらいは何とか出来ればいいですねぇ」
「出来るよう、祈ってるわ」
そう言ってニコリと笑いつつ、アタランテさんは残った商品を見つめました。
食品類は殆ど駄目になり――何とか食べれるものはいまタダで振る舞われていて――残っているのは日用品が主なものです。
それを見ながらアタランテさんは内心、首をひねらずにはいられませんでした。
確かに今現在のシュセイは商機が転がっています。
ですが、何でも売れるわけではありません。
シュセイにもシュセイなりの需要が存在しており、それらと照らし合わせると残った商品を売るのは厳しいかもしれない、とアタランテさんは思いました。
集合野営地・シュセイに持っていくと喜ばれるのは主に嗜好品です。
都市間転移ゲートは運送事情を劇的に変え、他所の都市のものが簡単に手に入るようになっていますがゲートの無いシュセイは事情が違います。
長期滞在中にふと、「タバコが欲しい」「お酒が欲しい」と思ってもゲートのある都市ほど気安くは買いにいけません。そのため行商人などが持ち込む品も手形などを使って取引されているのです。
他、食料品も需要があります。
肉に関しては野営地周辺の魔物を狩り、調達する事も可能で野営地内に肉専用の加工場もあるほど――ですが、どうしても食べられるものの幅は狭まります。
そのためシュセイ周辺では手に入りにくい野菜や果物、菓子類の需要があり、ものによっては都市で買ったものの2倍、3倍以上の値段で売れる事もあります。
調味料もよく消費されています。
肉はある程度現地調達出来るとはいえ、最低限、塩コショウで味付けしない限り何とも味気ない代物になってしまいます。
シュセイに滞在する目的の冒険者が行きは販売用の品も持って野営地入りし、それを現地で売りつつ帰りは隕鉄を運んで帰るという事も行われています。
当然、冒険者以外にも商人が同じような事をやっています。もはや商売というよりはちょっとした交易活動です。
バーネットさんが持ってきている日用品も、まったく需要が無いわけではありません。野営地でも紙製品、掃除用品、化粧品などは使われています。ただ嗜好品等と比べれば格段に需要が低いものばかり残っているようです。
残っているものが需要の低い日用品ばかり偏った――というわけではなく、魔物に駄目にされてその場に捨ててきた品は大半が鍋、フライパンという調理器具。あとはズタズタに引き裂かれてしまった衣類程度です。
アタランテさんの見立てでは、殆どが中古品。
いくら都市と比べると物が手に入りづらい野営地とはいえ、注文受けて持っていくわけでもなく、わざわざ強行軍で大きな需要がないものを持っていくのもどうなの――と獅子系獣人の女性は首をひねらずにはいられませんでした。
同時に「アンタ商売する気あるの?」と言いかけました。
ただそこまで言うのはお節介が過ぎる事もあり、流石に自重するようです。相手は他人であり、今更言ったところで詮無き話です。
疑問したい事はありましたが――彼女の関心事は、別のところへ向かいました。
拾い上げられた品の中に食指が動くものを見つけてしまったのです。
「ね、ねえ……バーネットさん」
「はい?」
「その、瓶にヒビが入ってるジャムも、売り物?」
「え? あ、はい、これはまだ別の容器にでも移そうかと……」
「それ、林檎のジャムよね?」
「はい」
「欲しい。売って」
彼女は大の林檎好きでした。
真顔で財布を取り出したアタランテさんに対し、バーネットさんは苦笑し、「それでは護衛のお礼という事で」とタダでジャムを贈ってくれました。
アタランテさんは行商人の商売気の無さに「わぁい!」と感謝しつつ、大瓶を急ぎ開けて指でほじくり、甘い林檎のジャムを一人で丸ごとぺろりと堪能しました。