星狩の地へ
闘技場での戦いの翌日。
レムスさんは郊外を駆けていました。
人狼化。それも四足歩行で背中に荷物と人を載せて走っていました。
「そういや、闘技場で吸われた魔力、もう戻ったの?」
「あたぼうよ。一晩寝て起きたらもう全快ビンビンよ」
「あ、そう」
「全快ビンビンだけど、多少いたわってくれるなら俺に乗るの止めろよ~」
レムスさんは軽快に走りつつ、背中に横乗りで腰掛けて楽をしながら林檎を齧っているアタランテさんに話しかけました。
「あら、乗られるの好きでしょ?」
「大好きだ! けどそりゃ前側の話よ! 楽すんな~!」
「私も単に昼食後の林檎楽しんでるわけじゃないのよ。ちゃ~んと全周警戒ぐらいはしてるわ。アンタは走る担当、私は索敵と攻撃担当でいいでしょ?」
「ホントかよ――おっ、そうこう言ってるうちに来たみたいだぜ」
「結構な団体さんね。行き掛けの駄賃に屠って行きましょうか」
「おう」
人狼が楽しげに駆け、獅子はその背に跨りながら弓を構え、たむろしていた魔物の群れに向けて騎射を敢行しました。
無数の魔矢が大地ごと魔物を爆撃のように吹き飛ばし、蹂躙し、行く先々で気安い様子で魔物を蹂躙していっています。
二人きりの行軍ですが、武闘派のカンピドリオ士族の中でも武に長じた若者二人は気軽な遠駆け感覚で都市郊外を進んでいきます。
新手の馬乗りデートというわけではなく、ちゃんと目的地がありました。
二人が向かっているのは「シュセイ」と呼ばれている野営地です。
冒険者達は都市郊外の遠征に向かった際、一晩野営した後、早朝出発して野営地を引き払っていくのがよくある遠征ですが、シュセイは基本的に移動しません。
一年を通して同じ場所に野営地として存在しており、都市として誰かが自治しているわけでもなく、複数の冒険者が入れ代わり立ち代わり訪れて滞在し、紳士協定を結んで冒険者達が寄り集まっている野営地なのです。
彼らの目的は隕石です。
正確には隕石の中に含まれる隕鉄の採取を目的としています。
シュセイの東側には隆起の激しい荒野が広がっており、その一帯は日に何度も隕石が落ちてくる異常地帯となっています。そこに落ちてくる隕石を確保し、地上には存在しない金属――隕鉄を手に入れているのです。
手間はかかるものの隕鉄は高値で売れるものも少なくなくありません。
隕鉄で作られた高級品の武器防具を使って戦う戦士もいます。単に希少性が尊ばれるだけではなく、ミスリルやアダマンタイトにも勝る品が出来上がる事もあるため、その事が隕鉄の買い取り価格を高めていっています。
高く買って貰えるという事は隕鉄を「飯の種」と定めて専業で隕鉄採取を行っている人達もおり、そういった方々がシュセイに集っているのです。
隕鉄のみならず、他のものを目的に固定の野営地が存在し、やってきた人達が紳士協定結んで共に寝起きしている場所は他にもあります。
この手の野営地の事を、バッカスでは「集合野営地」と読んでいます。
人狼と獅子はそんな集合野営地に向かっているのです。
ただ、二人の主目的は隕鉄採取――別名「星狩り」ではありませんでした。
「しっかし、シュセイ行くのって久しぶりだなぁ」
「近所までならこの間来たばっかだけどね」
「あぁ~、アスティ市街跡な」
アスティ市街跡とは、先日二人がクアルンゲ商会に雇われて――冒険者クラン・カラティン率いる――採掘遠征に行った都市の跡地です。
二人はアスティに向かった時と同じく、フランチャコルタという都市から出発し、アスティよりも北側に存在しているシュセイへと向かっています。
「シュセイも都市間転移ゲートがある都市が出来たら行くの楽なんだけどな」
「ゲートあるだけで人員や物資の輸送、採取した隕鉄の運搬も一瞬で終わるし、安全性の面でもゲートあるなしで全然違うからねー」
「まー、安全性って言ったら、シュセイは駄目か。隕石で野営地吹き飛ぶし」
シュセイに都市が出来ていない要因としては隕石事情もあります。
隕石地帯の玄関口に作られているシュセイは冒険者達が寄り集まって生活している事で、群れで攻めてくる魔物達に対しても全員で抵抗出来ます。常駐している兵力は普通の都市より多いほどです。
ただ、たまに、降ってきた隕石で野営地が吹き飛びます。
当然、人死が出ますがその辺は自己責任なり遠隔蘇生保険で何とかしたり、野営地に常駐している蘇生魔術の使い手が対応する事になります。
人の方はそのようにどうとでも――概ねどうとでも――なるのですが、家を建てても隕石で吹き飛ぶ事があるので、野営地内にはテントが立ち並んでいます。
「都市間転移ゲートが通じてればねー、魔王様が隕石に関しては止めてくれるんだけどね。魔物が都市内に入り込んでたら神様との協定の関係上、厳しいけど」
「シュセイの辺り、ゲート作るのに必要なレイラインがそんな無いんだっけ?」
「ほぼ無い。北側に一箇所あるけど、そこはタルタロス士族が独占してて士族外の人間の出入り禁じて、タルタロスだけぬくぬくした環境で星狩りしてるのよね。腹立つ。滅びろタルタロス士族」
「アタランテは過激な事を言うなぁ」
「大丈夫よ、いまこの辺、私達だけしかいないし」
「ホントだ。滅びろタルタロス士族~!」
「滅びろ~!」
カンピドリオ士族とタルタロス士族はかなり仲が悪いです。
もっともタルタロス士族は他所の士族に喧嘩を売る事が多いので――アイアースちゃんのお父さんはさておき――嫌っている士族は少なくありません。
ただ、他所の士族を力で吸収していっている事から勢力に関しては他の追随を許さないほどの巨大士族となっています。
カンピドリオ士族もバッカスで五指に入る規模の大武闘派士族ですが、カンピドリオの自治都市が10都市ほどなのに対し、タルタロス士族は100近い都市を自治しています。
「タルタロスはさておき、久しぶりのシュセイだ。俺らも星狩りして帰ろうぜ」
「手紙配達してからね」
「配達先はシュセイに滞在してる冒険者ってのはわかるけどよ。テントを一軒一軒回って配るのか? めんどくさそう」
「いやいや、さすがに現地の自治会に引き渡しよ」
シュセイは都市ではなく、野営地。
都市間転移ゲートがあれば気安く他所の都市と行き来が可能であるため、手紙を出すまでもなく歩いていけば遠い都市に住んでいる人も会えますが、シュセイに向かうには魔物うごめく都市郊外を突っ切っていかなければいけません。
常に一定数の人の行き来があり、平時は食料物資を運ぶ輸送隊にまとめて手紙を預けるのが常なのですが――今回は二人に白羽の矢が立つ事となりました。
「そもそも、何で俺らに手紙配達の依頼が来たんだ?」
「私、アンタにそれ二度も説明してやったんだけど」
「あ、わるい、忘れた。痛い!!」
アタランテさんは拳を人狼の背に打ち付け、仕方なさそうに口を開きました。
「いま、シュセイと最寄りの都市を結ぶ経路がどれも荒れてんのよ。そこかしこで魔物の群れがうじゃうじゃいるみたい。アタシらもここ来るまで五回は百以上の群れと遭遇したっしょ?」
「ああ、確か、それ対応するために討伐隊編成中なんだっけ?」
「うん。白狼会が帰ってくる頃合いには本格的に討伐始まるだろうけど、その討伐終わるまでは隊商もシュセイ行きを控えてんのよ」
「つまり、いま定期便が途絶えてるから、俺らが強行軍してるわけだな」
「そゆこと。家族や恋人からの手紙を待望してる冒険者もいるだろうから、ササッと届けてあげましょ。借金の督促状とかもあるんでしょうけどね」
「へ~い」
最寄り都市とのルートが荒れているとはいえ、完全に人の行き来が途絶えているわけではありません。レムスさん達のように強行軍している人達もいます。
確かに物資を運び入れている隊商は少なくなっており――逆にそこに商機を見出している商人も存在しています。
供給減少により物資不足になりかけのところに商品を運び込み、稼ごうとしている人達もいるのです。
ただ、冒険者にしろ商人にしろ、無理やり押し通ろうとするという事は危険な橋を渡る事になるという事で――。
「あ、何か血なまぐさい」
「誰か魔物と戦って――いや、こりゃ、追われてるくさいわねぇ」
強行軍を決行した事で、死に至る者もまた存在しているのです。
カンピドリオ士族の二人も窮地に陥っている人達と遭遇する事となりました。
「行き掛けの駄賃だ、助けていくか」
「まー、見捨てるのも寝覚め悪いしねー」