フラウィウス闘技場にて
七章の予定だったんですが、間章になりました。七章は出来れば3月、遅くとも4月には公開できるように努力します。
ある晴れた昼下がり。
狼系獣人のレムスさんはとてもそわそわした様子でウロウロしていました。
「あ、アンニアのやつ……大丈夫かなぁ? 大丈夫かなぁ……?」
「大丈夫だって言ってるでしょ。コケてもチビ助だから皆笑ってくれるわよ」
「なんだと。ウチの可愛い妹を笑ったヤツは殺す……」
「アンタほんとに殺しそうね」
反射的に殺意を振りまいたレムスさんに対し、同行していた獅子系獣人のアタランテさんが呆れた様子で「いいから座りなさいよ」と向こう脛を軽く蹴りました。
「座ってられるか! 妹の晴れ舞台が間近に迫ってんだぞ!?」
「アンタ、自分が立ってウロウロしてる場所がどこかわかってる?」
「闘技場観客席の最前列!!」
「そこウロウロしてたら他のお客さんの邪魔でしょ」
「なるほどな。いやいや、皆さんすみませんねぇ」
レムスさんはヘコヘコと謝りつつ、ドカッと自分の席につきました。
隣の席にはアタランテさんと、膝に小型犬を乗せた少年の姿がありました。
少年は駆け出し冒険者のパリス少年。小型犬はライラちゃんです。
パリス少年はレムスさんのドスの利いた「殺す」発言に身を縮こまらせていましたが、直ぐにレムスさんとは別の意味でそわそわし始めました。
「もう直ぐ闘技が始まんの?」
「おう、その前に舞踏だけどな」
レムスさんは隣の少年とライラちゃんにポップコーンを「食え食え」と勧めつつ、「パリスは闘技場来んの初めてか?」と聞きました。
少年はその質問に対し首を振り、「二回目」と答えました。
「この間、ガラハッドとセタンタとマーリンと見に来た。それが初めて」
「ああ、ひょっとしてエレインさんの応援に来てたのか」
「うん。エレインさんは『仕事中の私は怖いと評判なので来ちゃダメですよ』って言ってたから、こっそり来て後でバレたんだけど、楽しかったぜ」
「エレインさんは人気の闘士だからな。美人で強いとか隙がねえ」
パリス少年達の師匠であるエレインさんは少年達に無料で指導を行っていますが、普段は闘技場で闘士として働いています。
夜は自宅でゴロゴロしたいがために昼間の興行にしか出場しないエレインさんですが、黒髪巨乳エルフの美貌と元近衛騎士としての腕っ節を遺憾なく発揮する事でファンも多く存在する人気闘士です。
ただ、現在は闘士稼業は休業中でした。
「今日はエレインさんいないけど、他の闘技も楽しみ。色々参考になりそうだし」
「あれ? 出てこないの?」
「教導隊の方に指導役で行ってるから、何か代理の人に仕事頼んでるんだって」
「へー。代理って誰?」
「エレインさんに聞いても教えてくれなかったんだー」
パリス少年はアタランテさんにそう答えつつ、首を傾げながら闘技場の入場チケットを見せました。
「入場券くれて、『代わりに応援してきてください』って言われたんだけど、具体的に誰がエレインさんの代理で出るかは教えてもらってなくて」
「ほー。知り合いにでも頼んだのかしらね?」
「そうなのかも?」
「ふっふっふ……俺は誰が出てくるか知ってるぞ」
不敵に笑いつつ、そう言ったのはレムスさんでした。
アタランテさんは元カレであるレムスさんの物言いに「こいつウザいな」と思いつつ、パリス少年が聞きたそうにしてるのを見て、代わりに問いました。
「誰が出て来るの?」
「秘密!!」
アタランテさんは無言で元カレをブン殴りました。
そんなやり取りがあった後、闘技場の司会が魔術で声を拡声しつつ来場者に向けて挨拶を行い、簡単に今日の闘技場興行のプログラムを説明しました。
その説明があった後、興行が始まっていきました。
ただ、最初の興行は闘技ではなく舞踏でした。
ゴゴン、と音を立ててせり上がった闘技の場の下から色鮮やかなヘソ出し衣装に身を包んだ踊り子達が跳ねながら踊りだす舞踏です。
踊り子達は様々な種族の成人女性でしたが――そんな方々の間をふわふわの白い尻尾をポンポンのように扱いながらよちよち歩きで楽しげに踊っている幼女の姿もありました。
「うおーーーーーーーーーーーーー! アンニアーーーーーーーーーーー!」
「うるさい」
『アンニア様ーーーーーーーーーーーーーー!』
「ホントうるさい、この人狼共……」
幼女はレムスさんの妹のアンニアちゃんでした。
レムスさんは腕を振り上げて大声で声援を飛ばし、他にも闘技場にやってきたカンピドリオ士族の方々がアンニアちゃんに黄色い声援を飛ばしました。女性の声援もありましたが、野太い男性の声が大半を占めていました。
パリス少年はレムスさん達の大声に鼓膜を破られそうになりつつ、少し呆れ顔で――楽しげながらも――よたよたと幼女らしい踊りをするアンニアちゃんを眺め、他の方々と共に手拍子を送りました。
そして、目を見張る事になりました。
「……カンピドリオのお嬢様、動きのキレが良くなってきてね?」
「あー、アンニア、普段は鈍くさいけど踊りは大得意なのよ」
「お遊戯でもないのに参加できるんだ……」
「いや、ここってカンピドリオ士族管轄の闘技場だから無理が利くのよ」
「へぇぇぇぇ!?」
パリス少年とアタランテさんが言葉交わすうちにも、本番前の通し稽古と本番だけしか参加していない幼女の踊りのキレは凄まじいものになりつつありました。踊り狂っています。
ただ単に小さな身体で盛んに動くだけではなく、周りの踊り子さんとの調和を大事にし、ノビノビと動きながらも――お姉さんの動きを真似る妹のような愛らしさで――動作を同調させ、集団と一体となっていきました。
最後は踊り子さんの中で特に力がありそうなお姉さんに目をつけ、お互い向き合って腰を振って踊りながら挨拶をし、お姉さんの手のひらからポーンとバレーボールのように高く高く、トスをしてもらい、空中で身体を丸めて尻尾ごと縦回転をしていきました。
トスをした踊り子さんが――思わずノセられた事もあり――踊りながらも慌てて落下地点で待ち構え、見事に身体強化魔術でキャッチしましたが、落ちたら首の骨を負って死んでしまう状況でも、幼女はキャッキャッと笑って踊りきりました。
踊りきった後、トテトテとレムスさんの方に向けて走ってきました。
「にいた~ん❤」
「アンニアアアアアアアアア!」
「にいた~ん❤」
「アンニアアアアアアアアア!!」
「ちょっと……パリス君、消音魔術でコイツ黙らせといて」
「う、うん……」
「にいた~ん❤」
「アン――――――――――」
レムスさんは無音で叫び続けました。
それはアンニアちゃんが「ちゅっ❤ ちゅっ❤」と投げキッスを送りながら舞台裏へ返っていくまで続く事になりました。
「はぁぁ……えがった……アンニア、かわいかったぞ……」
「コイツ、事後の時と同じようなことを……」
「事後?」
「……何でもない」
「あっ。あ~……なるほど」
「忘れなさい。私は何も言ってない。いいわね?」
「ハイ」
パリス少年がライラちゃんを膝に乗せたまま、怯えた様子でカクカクと首を縦に振る中、レムスさんは大変満足した様子で立ち上がりました。
「そんじゃ、俺帰るわ。アンニア見たし満足」
「えー、闘技場だから、これからが本番じゃねえの?」
「馬鹿野郎、アンニアが本番。あとは数合わせみてえなもんだ」
「そうなんだ……」
「どっちでもいいけど、アンタはこの後、闘士として出場じゃなかった?」
アタランテさんが軽く小突きつつ、パンパンと本日の興行内容が書かれたチラシを叩いて「早く控室行きなさい」と促しました。
「てか……よく見たらアンタの出番、この後じゃない!! なに油売ってんの」
「だってだって、アンニアの勇姿を特等席で見たかったから……」
「アホか!! もうここから飛び降りて死んでこい!!」
「ひぃぃ……ケツが割れる! 落ちる! あああぁぁぁ~~~~!」
「うわ、ホントに落とした……」
レムスさんは観客席から蹴り落とされ、落下していきました。
フザケつつも悠々とした様子で――無数の血を吸ってきた闘技場の場に――スタッと降り立ち、舞台袖でレムスさんの行方に頭を抱えていた方々から武器を受け取り、闘技場の中央へ進んでいきました。
受け取った武器は数打安物の剣二本。
双剣を手に首を鳴らしつつ――人狼化しつつ――闘士として戦場に立ちました。
「そんじゃま、とことん殺り合うか……早く始めてくれー!」
『はい若様! ご来場の皆々様、本日最初の闘士の紹介をさせていただきます!』
レムスさんに促され、司会進行の女性が観客に向け、叫び始めました。
『東軍として入りますは我らがカンピドリオ士族長家の次男・レムス様! 長男であるロムルス様の懐剣として数多くの戦場を渡り歩き、100を超える竜種と天魔を首級を上げてきた音に聞こえし黒狼系獣人の若様です!!』
「うわ、なんか照れる紹介だなぁ」
『現在、士族追放中の噂がありますが全く事実無根です! 単に兄であるロムルス様にベタベタと付き従い過ぎて自立心を養うために爪磨の儀として士族外に武者修行に出ている状態であり、腕っ節は次期最強候補として相応しいものです!』
「うわ、それ言うのやめて……」
『対する西軍は当闘技場最強の戦士であるエレイン様――――の、代理闘士!』
司会の女性が勢い良く袖を振り、鳴らし、指し示した先。
そこには西軍側の闘士として出てきた代理闘士の姿がありました。
それは大剣を携えた落ち着きある男性のようでした。
『今では冒険者業界に知らぬ人無しと言われるクアルンゲ商会を興し、その傍らで冒険者稼業を行い現在も現役冒険者の中でも十強の一人として讃えられ、数多の実績を残し続けている武才商才抜きん出たオークの戦士にお越し頂きました!!』
「本日はよろしくお願い致します、若殿」
「こっちもよろしく頼んます。ちぃと本気で胸貸して貰いますぜ、オッサン」
「さあ……本気を引き出せるかは若殿次第ですなぁ……」
「うわ、やな言い方――アンタみたいの倒すの大好きッ!」
片や双剣、片や大剣。
双方が構える中、司会進行の女性が火蓋を切って落としました。
『東軍、レムス様! 西軍、フェルグス卿! 死合、開始です!』