少年冒険者の生活
教導隊が出発していった三日後の朝。
パリス少年はフェルグスさんのおウチでいつものように早起きし、他の家人を起こさないよう、消音魔術で足音を消して家を出ていきました。
早朝の訓練に行くのです。
彼と同じように訓練目的で起きてきた家人と小声で朝の挨拶を交わし、皆で都市内転移ゲートを使って首都外縁の市壁上へと移動していきました。
そこで皆それぞれのペースでランニングを始めていきました。
「どしたのパリス兄ちゃーん!?」
「置いてっちゃうよ~?」
「ええい、一々言わんでいいわいっ!」
少年は怒ったフリをして年下のオークの子供達を先行させ、自分のペースで少し荒い息を吐きつつ、前を見据えて走り続けました。
身体強化魔術無しで走っています。
魔術無しの地力を鍛え、魔術に依存しすぎない体づくりをする事で豊富とはいえない魔力を節約しようとしているようです。
魔術を使っていないがゆえに彼はドンドン抜かされていきましたが、それでも自分のペースを守り、最後は魔術有りの走行でスパートをかけ、市壁を下りました。
他のフェルグス家の人達と談笑しながら汗をシャワーで流し、食事の配膳を手伝い、家主であるフェルグスさんの掛け声で皆で朝食を食べ始めました。
ライラちゃんもモグモグパクパクと朝食を食べています。
そして、そんなライラちゃんとパリス少年の直ぐ側にはエルフの幼女の姿もあり――まだ養女になって間もない事もあってぎこちない様子ですが――少年達と一緒に朝食を食べるため、頑張って食卓につきにきたようです。
「パリスおにぃちゃ……パリス兄は、今日は、お仕事なの?」
「うん。午前中、商会の仕事手伝った後、午後はギルド行ってくるよ」
「そうなんだー」
「そっちは今日から学院か?」
「んー……」
「キツかったら休んでいいって皆言ってるんだから、まだ休んでていいと思うぞ? ゆっくりでいいんだよ、ゆっくりで……」
「んっ、でも、がんばぅ……」
「そっか」
少年は笑みを浮かべ――それでもちょっと心配なので――ライラちゃんに行きだけでもついていってあげて欲しいと、頼む事にしました。
ライラちゃんはもとよりそのつもりで、朝食を食べた後、少年は幼女とライラちゃんと、幼女の養母達を見送った後、商会の仕事を手伝いに行きました。
午前中のお仕事が終わった後、彼は帰ってきたライラちゃんと共に昼食に舌鼓を打ち、家の皿洗いが終わった後に冒険者らしい装いに着替えました。
着替え、出かけようとしたところで、フェルグスさんと鉢合わせしました。
「あ、旦那。ちょっとギルド行ってきますっ」
「ああ、気をつけて行ってきなさい。……募集の方、上手くいくといいな」
「上手くいかねえかも」
少年は苦笑しつつ、言葉を続けました。
「でも、やるだけやってみるよ」
「その意気だ。何なら、一緒についていってやろうか?」
「一人で大丈夫だよ! オレ様だって、冒険者だ」
「うん……そうだな。まあ、カンピドリオの若殿から誘われた仕事までの間に、商会の方でも仕事があるから……何なら、こっちを冒険者として手伝いなさい」
「うん。でも、あと二日だけ……粘ってみる」
「そうか。頑張りなさい」
「うんっ! 行ってきます!」
「野生のロリババアに引かれんようになー」
フェルグスさんは少年が駆けて行くのを、少し眩しそうに見送りました。
少年の後ろをトコトコとライラちゃんがついていくのを見て、「まあ、大丈夫か……」と呟き、自分は自分でやるべき事をするべく、出かけていきました。
冒険者稼業以外にも、色々と忙しいのです。
老人オークに見送られた少年は冒険者ギルドへと辿り着きました。
本人としては家に置いてくるつもりだったライラちゃんが「ふんすふんす」と鼻息荒くついてきてしまった事に、困り顔を浮かべながらギルドの門を潜りました。
「正直さぁ……ライラは冒険者、そろそろ引退すべきじゃね……?」
「…………」
「いや、ライラの方が冒険者としてオレより先輩で、強えってのはわきまえてるよ? けどさ、寿命というか年齢的なもんでさぁ……?」
ライラちゃんは少年の言葉をツンと無視しました。
何を言われようが、勝手にお前についていくぞ、という構えです。
少年としてはフェルグス家の養女となった幼女の傍にでもいてもらい、日向ぼっこでもしながら日がな一日ノンビリ過ごして欲しいのですが……ライラちゃんがまだまだ冒険者を続けるつもりのようなので、困り顔です。
先にギルドの中を進んでいくライラちゃんのプリケツを見ながら、「何か引退してもらう良い方法ないかな……」と思案しました。
思案しつつ、自分がギルドに来た目的を果たす事にしました。
「さて……ええっと、パーティーの募集の応募は……」
「…………」
「うーん……来て、ねえなぁ……」
パリス少年がガッカリしながら自分の出した募集要項を見つめました。
ガラハッド君達が教導遠征でいなくなった事もあり、自分でパーティーの募集をかける事にしたのですが……まだ誰も応募してきていないようです。
子沢山のフェルグスさんの親族にも冒険者は少なからずおり、そういった方々からも「ウチのパーティーなりクランに来るか?」と誘ってもらっていたのですが、少年はお礼を言って首を振り、それらの誘いを断わりました。
独り立ちするため、自分で仲間を探す事にしたのです。
冒険者ギルドでパーティー募集の掲示をお願いする場合、「どんな目的のパーティーか」「どういう冒険者を募集しているか」「どの程度の期間活動する事になるか」などを募集要項に書いて提出する事になります。
今回のパリス少年の場合、「日帰りで森蜥蜴・森狼の駆除」「初心者歓迎」「3週間」といった内容でひとまず募集をかけていました。
内容としては駆け出し冒険者パーティーならよくある普通のもので、大儲けは出来ませんが……少年の身の丈にあったしっかりとした計画が記されていました。
ひとまず自分で書いて、おウチでフェルグスさんに見てもらい、他の家人の人達も「あーだこーだ」と口を挟んできて練り上げた冒険計画を掲示していました。
少年自身の嘘偽り無い技能経歴書も添えていました。
それでも一通の応募がない事に、少年は思わず苦笑いしました。
「……これじゃ、セタンタ達に笑われるな」
「…………」
「うん、わかってる。笑ったりしねえよなぁ……でも、心配はされるかも……」
心配させないためにも、少年は自分の力で冒険がしたいと思いました。
友達が教導遠征から帰ってきた時、「オレ様はこんな事をしてたぞ」と自分の身の丈にあった……それでも、一生懸命頑張ったありきたりな冒険譚を少しでも用意出来ていればなぁ、と希望を抱いていました。
ライラちゃんはそんな少年が立てた冒険計画に参加させてくれるよう、ギルドの職員さんに手伝ってもらい、応募していました。
ただ、パリス少年はそれを既に断っていました。
理由はライラちゃんが心配という事で――その事を説明されたライラちゃんはとても不服そうに少年の手を甘噛しましたが、少年はそれでも断わりました。
「お前に助けてもらってばっかりじゃ、オレも成長できねえよ」
「…………」
「強くなりてえんだ。まあ……危なくないとこをちょっとウロウロするぐらいなら……居てくれると心強いけどよ? でも、誰も募集に来てくれないとこで……お前に頼るのは、ちょっと、な……? ヘコむ」
「…………」
「もー、噛むなよぉ」
「すみませーん、パーティーの募集見て来たんですけどぉ」
「えっ!」
少年はパッと表情を明るくして、声の方向を見ました。
そこには沢山の冒険者がいました。
それはパリス少年の知り合いでした。
タルタロス士族のアイアースちゃんの、取り巻きの冒険者達でした。
明らかに冷やかし目的の様子なので、少年はガッカリして嫌な顔を浮かべましたが……取り巻きの子供達はニヤニヤと笑みを浮かべて近づいてきました。
「おいぃ、パリスぅ、お前、自分でパーティー募集してんのぉ?」
「なんだよ……邪魔すんならあっちいけよ」
パリス少年はイジメっ子達に飛びつきそうなライラちゃんを抱っこしました。
ライラちゃんは抱えられ、ジタバタと暴れました。
それを見た取り巻きの子供達は一層、ニヤニヤと笑いました。
「まーだ森狼狩って消耗してんの?」
「森狼とか雑魚じゃん。俺っちなんか森狼一撃で倒せるよ?」
「森狼は一匹一匹は弱いけど、数揃うと危ないんだぞ……駆除するの、大事だ」
「ハッ! まあ、駆け出しの雑魚にはちょうどいい相手かもしれないな?」
「まあな。オレ様もそう思う」
パリス少年は静かにそう呟き、相手方の顔を眺めました。
誰も彼も嫌な顔をしています。
ただ、それほど強そうな顔つきではありませんでした。
悪意を持っていても、ちょっとしたちょっかいを出してくる程度でしょう。
少なくとも首都地下で彼が戦う事になった犯罪者達のように嫌らしく、時に激怒混じりの必死の表情で疾走して追いすがってきたりはしないでしょう。
彼は目の前の少年少女達の事を「コイツら嫌いだ」と思いました。
思いましたが、「あの人狼の頭目と比べたら全然怖くねえ」とも考えました。
だから一人ひとりの瞳を真っ向から見返しながら、口を開きました。
「オレ様はマジで弱い。お前らの言う通り、金魚の糞みたいに寄生してた」
「おっ、身の程わかってんねえ」
「けど、こっから強くなるぞ。お前らが馬鹿やってるうちに訓練して、魔物も倒して、勉強して……冒険者として、どんどん強くなってみせるからな」
「ハハッ、お前みたいな難民の雑魚が、強くなれるかよ」
「そんなこと無いって、オレ様がオレ自身の功績で証明してやる」
少年は精一杯胸を張りながら、取り巻き組の中心的な人物の前に進み出ました。
ズン、と地面を踏み鳴らすような勢いで一歩前に出ました。
「だから……勝負だ!」
「しょ……勝負ぅ?」
「決闘でもふっかけてこようってのかよぅ」
「パリスのくせに!」
「決闘じゃねえよ。一年後、技能経歴書を見せあいっこしようぜ」
「はあ? そんなもん見せ合ってどうするんだよ」
「けいれきしょってなに?」
「技能経歴書はギルドに審査頼めば、ギルドが『コイツはちゃんこういう依頼こなしてきた』って証明してくれる。だから、お互いの冒険経歴を比べられるんだ」
少年はそれで勝負しよう、と言いました。
最初はガラハッド君のように真面目な表情で、そして、相手方が仲間同士で視線を交わし合って戸惑っているところに、セタンタ君のような不敵な笑みで話しかけ、挑発していきました。
「公式の記録を比べ合うのが、怖いのか?」
「こ、怖いわけねえだろ……」
「パリスのくせに!」
「いいぜ、その勝負……乗った!」
「こてんぱんにしてやる」
「こっちがこてんぱんにしてやる! 冒険者としてなっ」
「ふんっ! けど、お前はまずパーティー結成しなきゃだろ」
「雑魚のお前のとこになんて、誰もこねーだろーけどなー!」
「む……」
「あら、冒険者同士で喧嘩中?」
言い合いをしていた一同のもとに一人の女性がやってきました。
ギルドの職員であるギネヴィアさんです。
ギネヴィアさんは「喧嘩しちゃ駄目よ」と言ってニッコリ笑い、笑ったまま「考課に響いていいなら存分に殺し合いなさい……」と言い、子供達を脅しました。
アイアースちゃんの取り巻きの子供達も、さすがにギルドの職員の人の前で騒ぐ勇気もなく、そそくさと去っていきました。
それに軽く手を振って見送ったギネヴィアさんはパリス少年に話しかけました。
「余計な事をしちゃったかしら?」
「ううん、ありがとう、ギルドのお姉さん」
「お姉さん! 素敵な響きね、もっと言って!!」
「う、うん……」
「あ、それよりパリス君にお客様よ」
「客?」
「パーティーの募集、出してたでしょ?」
「…………!」
ちょうどつい先程、応募が届いたようです。
少年はライラちゃんと顔を見合わせ、ライラちゃんは少年の顔をペロペロと舐めました。そして、応募してきた冒険者さんと顔合わせしました。
それは少年より少し年上の男性でした。
「こんにちわ」
「こ、こんちわ……」
パリス少年は手を差し伸べてきた年上の冒険者と、おずおずと握手しました。
てっきり自分と同い年ぐらいの駆け出し冒険者が来ると思っていたものの、年上なうえに身なりも自分より冒険者らしい相手なので、少し戸惑いました。
「え、えっと、オレまだ駆け出しなんだけど、別の募集と間違えてない?」
「日帰りで森蜥蜴と森狼の駆除をするんだろう?」
「う、うん」
「なら間違えていない。あ、これ、僕の技能経歴書だ」
「は、拝見します……」
少年はチラリと渡されたものを眺めました。
軽く眺めただけで相手が中堅以上の冒険者と窺い知れる事になり、自分が思っていたよりもずっと立派な冒険者が来た事に驚きました。
それと、「どこかで見た覚えがある顔の人だ」とも思いましたが、どこで会ったかは直ぐには思い出す事が出来ませんでした。
それはお兄さん冒険者さんの方も同じでしたが、お互いに直ぐには気づけず、ひとまずは少年が募集しているパーティー絡みの話をする事にしました。
「お兄さん、パーティーの隊長も経験した事あるんだ……」
「うん。つい最近までね。ただ、それほど大した冒険はしていないよ」
「そ、それじゃあ……オレなんかのとこに来るより、自分でパーティー募集した方が、良くない? 金も多分きっと、そっちの方が儲かるよ……?」
「正直、僕もそう思う」
お兄さん冒険者は微笑みつつ、頷いて肯定しました。
ただ、「今はちょっと初心に戻りたいんだよ」と言いました。
「キミぐらい駆け出しの冒険者と行動して初心を取り戻したいんだ。最近……色々と、心に来る出来事が多くて、精神的に弱っていてね……」
「そうなんだ。じゃあ、お兄さんが隊長やる……?」
「いや、しばらく隊長もやりたくない……」
お兄さんは少しだけ渋面を浮かべながら目を閉じ、ポツポツと語りだしました。
「僕は、僕が率いていたパーティーに所属していた女の子に好意を抱いていたんだが……その……紆余曲折を経て、失恋してしまったんだ……」
「失恋……」
「今にして思えば冒険者として活動していく中で、驕りのあった僕はその子にカッコイイところを見せたいと思うあまり、パーティーの仲間を危険に晒してしまって……森狼の群れに襲われ、全滅しかけたんだ……」
「……その、好きだった人は、ひょっとして」
「僕と同じく森狼に襲われた。彼女が、一番酷い状態になった」
「あぁ……」
少年は悲しい失恋話に目を伏せました。
多分、好きだった相手が亡くなったんだろうと思いました。
「森狼に襲われ、彼女は都市郊外で僕達とはぐれてしまってね……」
「…………」
「一人で魔物の巣に、触手が棲まう穴に落ちてしまったんだ」
「んっ?」
「僕は親切で強い少年と少女に助けを借り、その子を救いにいったんだ。幸い、命に別状は無かったんだが、彼女は触手の魅力に取り憑かれてしまってね……」
「んんんっ?」
「以来、触手専門娼館にドハマりしてしまった淫らな彼女を、何とかまともに戻そうと奮闘したんだが、結局、最終的には! カンピドリオ士族の人狼が僕から彼女を寝取ってきてね!! 昨日、一妻多夫で挙式をあげてたんだ!! ひんっ!!」
「そ、そっかぁ」
パリス少年は結婚を祝福しかけて、さすがに黙りました。
「パーティーの隊長も辞めて正式に解散してきた! もうなんかこう嫌になった! けど、働かなければ生きていけない辛い世の中に放り出された僕は、歯を食いしばって冒険者稼業を続けねばならず……キミのような駆け出し冒険者と一緒に行動したら、ちょっとは初心を取り戻せるだろうと、期待してるんだ! 大いに!」
「そっかぁ、うん、無理かもだから断」
「期間限定だからいいだろ!?」
「え、えぇっ……」
「さっそく今日から森狼共をブッ殺しに行くか!? ア゛ァ゛!? 狼を殺すのは好きだ!! 憎きカンピドリオ士族の人狼を倒す気分を味わえる!! クソがッ! ちょっとイチモツがデカいからって調子に乗りやがってあの野郎共!!!!」
ギネヴィアさんがやむなく、当て身を食らわせ、気絶させる事になりました。
お兄さん冒険者は目を見開いた状態で気絶していき、パリス少年はライラちゃんと共にちょっと避難しましたが、ギネヴィアさんに呼び止められた。
「それじゃ、この子とパリス君でパーティー結成ね」
「ええっ……オレ、もっと普通の人がいいです……」
「その辺、募集要項に書いた?」
「書いてないです……」
「なら問題ないから結成ね?」
「ええっ……。だ、だれか……まともな人、他に来てっ……」
その時、ふしぎな事が起りました。
なんと、新たな冒険者が仲間になりたそうに現れたのです。
少年の祈りが通じたのでしょう。
その新たな冒険者は女の子で、両刃の長剣を持っていました。
「あっ! あはは! パリスお兄さんじゃないですか!!」
「げえっ! お前は……この間、ガリアで会ったばかりの……」
「ジャンヌですよ!! お兄さん、パーティーの仲間探してるんですか!? 奇遇ですね!! 私も同好の士を探しているところだったんですよ!!?」
ジャンヌちゃんは嗤いながらススッと、近づいてきました。
近づいてきて、上機嫌で長剣の鞘でパリス少年のほっぺたをグリグリと触り、少年に「やめてぇ」と言われると素直に止めてその周りを高速で周回し始めました。
その移動速度はスリ足ながら非常に早く、ライラちゃんですら「きゃひん!?」と鳴いてパリス少年の足に抱きつくほどでした。
「私も仲間に入れてください!!!」
「ヤダァ! お前ぜったいやばい!!」
「マアマアマアマア! パーティー組んで活動してないと、ベオ兄が教導隊から帰ってきた時に怒られるんですよぅ!! というかベオ兄がせっかく紹介してくれた冒険者パーティーが行方不明になっちゃったりしたんですよぅ!!」
「えっ、それヤバイんじゃね?」
「あっ、大丈夫です、皆してお部屋にこもってガタガタ震えてただけです。何か、血まみれで長剣ブン回しながら嗤う少女の姿をした悪鬼が来ると怯えてました」
「別の意味でヤバイ」
「私が剣でズババババァ! ビィィィィィンビィィィィン!とお部屋の扉をこじ開けると、皆さん元気な声でお返事してくれましたので無事です!!」
「無事じゃねえ」
「無事だったのですが、音楽性の違いでパーティー解散となったのです……」
ジャンヌちゃんはションボリと俯きました。
パリス少年は、その姿に少し同情しました。
一応は彼女も自分と同じ駆け出し冒険者。それが経緯はどうあれ、一人ぼっちでパーティーを組めずにいる姿に自分の境遇を重ねました。
「ま、まあ……お前がいいなら、来るか? 期間限定だけど」
「誰を殺しにいきますか?」
「森蜥蜴とか、森狼」
「いいですねえ!!」
少女はニコニコ嗤って手を差し出してきました。少年は「あ、やべ、これしくじってねえか?」と思いましたが手を握り返しました。
「これからよろしくデスね!!」
「うん……いま、オレ様は凄い後悔してるぞっ……」
「おめでとう、パリス君。これで三人パーティーね」
「そうか……二人も、キちまったか……」
少年は自分の前途に色々不安を感じました。
邪悪な笑みで嗤う少女と、目を見開いて気絶しているお兄さん冒険者をチラッと見て、色々ショックのあまり両手で両目を覆いました。
「なんか、こう……違う!」
「何がですか!?」
「オレが思ってたような冒険者パーティーと、違う気がする……」
「理想と現実の狭間で苦しんでいるんですね!? 頭開いて治療しますか!?」
パリス少年は、再び両手で両目を覆いました。
そうして呻いている少年の肩を、一人の男性が優しく叩きました。
「パリス君」
「え? あっ……」
パリス少年の肩を叩いたのは、少年の知る人物でした。
その人物はドワーフの老人で、目がどこにあるのかわからないほど顔中が白いヒゲと髪の毛に覆われているような物腰柔らかな方でした。
「ケパロスさん!」
「今日も元気に、立派に冒険者をしているようだね」
ライラちゃんと行動を共にしていた山師兼冒険者の老人ドワーフは少年に語りかけつつ、長剣を持った少女と目を見開いて気絶している冒険者を見つめました。
「フェルグスさんに、キミがパーティーを作ろうとしているという事を聞いて様子を見に来たのだが……うん、良き仲間がやってきたようだね」
「う、うん……一応、募集した甲斐あったの、かも?」
「いま何人パーティーかな?」
「三人。この子、ジャンヌと、寝取られお兄さん」
「寝取られお兄さん」
「うん、寝取られお兄さん……」
「ライラプスは、一緒に行かないのかい?」
「うーん……いてくれると、心強いんだけど」
少年はケパロスさんがやってきた事で、自分の後ろに隠れてしまったライラちゃんがカリカリと自分の足を軽くかいている事に気づきました。
連れてけ連れてけと、おねだりされているのです。
「ライラ、もう老犬ってぐらいの年齢、でしょ?」
「まあ、そうだな」
「保険はケパロスさんがかけてくれてるけど、あんまり、危ないことさせて……死んじゃったら、蘇生されても寿命がさらに短くなるから……」
「それが怖い、か」
「うん……」
ケパロスさんは自分のヒゲと髪を手で弄びました。
弄びながら言葉を探し、少年に告げました。
「キミの懸念は正しい」
「…………」
「だが、ライラプスだって自分の寿命の事は理解している。賢い子だ」
「…………」
「理解してなお、キミについていくような……そんな子だよ」
ライラちゃんは少年の後ろ足を前足で揉みつつ、ズボンを甘噛して軽く首を振って引っ張り、少年の気を引こうとしました。
少年は迷った様子でしたが、結局、ライラちゃんを抱き上げました。
抱き上げて、見つめ合って語りかけました。
「ホントに、危ないんだぞ……」
「…………」
「お前がいなくなったら、オレ、ぜったい寂しいからな……」
「…………」
「お前、オレ様をびーびー泣かせたいのかよ……」
「…………」
ライラちゃんは少年の顔を舐めました。
ペロペロ舐めて、よだれまみれにして、笑わせました。
「もうっ……仕方なくて、頼りになるヤツだなぁ……」
「…………」
「じゃあオレ、ライラのためにも強くなるよ。強くなってお前の事を守れるようになって、安心して一緒に戦えるようになって……絶対泣かない冒険者になる」
「…………」
「そうなれるよう、お前は自分の命優先で、見守っててくれ」
こうして、ライラちゃんは再びパリス少年と冒険する事になりました。
いずれ、別れる事になる一匹と一人でしたが、今はまだ同じ時を過ごす事が出来ていました。それは、少年にとって大事な宝物となりました。
ケパロスさんはそんな少年とライラちゃんの姿を腕を組んで見守り――少しホッとした様子を見せた後――少年に声をかけてきました。
「それで、パリス君」
「うん?」
「良かったら、私もキミのパーティーに入れてもらえないだろうか?」
「ケパロスさんも!? えっ、それは、心強いし、もう一人ぐらいいるといいなぁと思ってたんだけど……いいの……?」
「私は仲間に入れてほしい。……いつまでも、何もせず、家でボンヤリとしているばかりでは……駄目、だからな……。少しは仕事をしようと思う」
「…………」
「キミを見ていると、なおのこと、そう思うんだ……」
ケパロスさんはヒゲごと頬を掻きました。
そして、ちょっと遠慮がちにライラちゃんを見つめました。
「その……ライラプスが反対しなければ、の話なのだが……」
「ライラ」
少年の呼びかけに対し、ライラちゃんは少し唸り、ケパロスさんから顔を背け、強く鼻息を鳴らして不機嫌そうにしました。
ですが、ライラちゃんを抱っこした少年がケパロスさんに近づくと、パッとケパロスさんのヒゲに顔を近づき、甘噛してよだれまみれにしてしまいました。
「ライラもいいって!」
「そうか。ああ……うん……よろしく、頼む」
「でも、オレ達のパーティー……森狼とか森蜥蜴とか、駆け出しでも倒しやすい魔物を駆除しにいくだけだから、ケパロスさん、退屈にならない?」
「退屈になったりはしないさ。一緒に戦いつつ……そうだな、例えば、戦い方なり山師稼業のやり方とかは、教えてあげられるかもしれない」
「ホント!? オレ、強くなりたいから戦い方とか色々教えてほしい」
「うん……私で良ければ、今まで培った技術を教えよう」
ケパロスさんは微笑し、「槍投げとか教えられる」と言いました。
それと一つの提案をしました。
「あと、魔物の駆除もいいのだが……良ければ明日か明後日にでも、採掘に行ってみるのはどうだろう? 一つ、寝かせたままの採掘計画があるんだ」
「え、いいの? それ、ケパロスさんの商売の種なんじゃ……?」
「それほど大量に採掘できるものじゃない。日帰りで気楽に行って帰れるところだから、長期の遠征になるわけでもない距離だ」
「そんな都市から近いとこだと、普通は鉱石取り尽くされてない?」
「普通はそうだね。ただ、それは特殊な鉱石なんだ」
「へぇぇ……」
「まあ、荷運び専門の冒険者クラン辺りに、1人か2人ほど運び屋を派遣してもらう必要はあるかな? 運んでいる間の護衛は、我々でするという事で」
その辺の段取りはこちらでしようと言いつつ、ケパロスさんは少年と、少年が新しく組む事になった仲間達を誘いました。
少年は新しい仲間に「どうしよう?」と聞き、ジャンヌちゃんは快く「征きましょう!」と返し、お兄さん冒険者は静かに瞳を見開いたままでいました。
満場一致で日帰り採掘に行く事が決まりました。
「よし、それじゃあ明日出発!」
「うん、今日のところは準備という事にしてもらえると助かる」
「血しぶきが出るといいですねぇ!」
「――――」
「ヘッヘッヘ……」
「準備に関しても、色々と教えたい事がある。パリス君はこの後、予定なければ私に同行してもらって運び屋の手配を手伝って貰えるかな?」
「うん!」
「キミがこのパーティーの隊長だ。これから色々、苦労する事になると思うが……いまキミにとって先達の者達も、同じように苦労してきた。そして、彼らは皆、人間だった。キミと同じ、一人の人間だった」
「…………」
「同じ人間がやる事なんだ。それはキミにも、やれぬ道理はない」
「……うんっ!」
少年は笑顔で、「よぉし!」と意気込みました。
この先、その意気込みをくじくような出来事が待っているでしょう。
未来を知らない少年でも、その可能性を予感していました。
それでも、彼は前へと進む事を決めました。
こうして、少年の新たな冒険が始まる事になったのです。
出会いと別れを繰り返し、少年は少しずつ、強くなっていきました。