腐肉漁りの冒険者
カレーを食べ終えた補給部隊の面々は各々くつろぎ始めました。
サイコロを持ち出し、ちょっとした賭け事に興じている人もいます。
「魔術可だけど、相手傷つけた時点で全員に責任払いな」
「はいはい」
「敏感肌にするのはアリ?」
「自分以外を対象に魔術使った時点で責任払い」
「へーい」
フェルグスさんなどは女性を二人も膝に乗せて侍らせ、髪を撫でたり愛の言葉を囁いていたりします。好色そうな雰囲気を醸し出しています。
一応、侍らせているのは複数人いる奥さんのうち二人です。二人共が子持ちですが、元々は冒険者やっていて現在も半ば冒険者稼業をやりつつクアルンゲ商会の仕事を手伝っているのです。
交代で見張りをこなしたりしなければいけませんが本日の業務は終了しているので、サイコロ賭博しようがカップルでイチャついていても問題ありません。
少なくともフェルグスさんの仕切りの下では問題ないです。
ただ、こうして遊んでいるのも「たるんでいる」「休むならしっかり就寝する」「無駄口を叩くな。魔物が来る」と言うタイプの冒険者もいます。
料理と同じく効率を追っているのです。
理屈のうえではまったくもって正しい事です。ただ、規律を厳しくしすぎて不和が生じ、そこから連携に支障が出るという事もあります。何事もバランスが大事。
セタンタ君もマーリンちゃんと雑談し、旧交を温めています。
「セタンタ、孤児院に全然戻ってないんでしょ? 薄情過ぎぃ」
「べ、別にいいだろ。確かに世話になったけど、その恩を返せと言われてるわけでもねーし、大体、金とか持っていっても受け取るタマじゃねえだろ」
「そうだけど、それならそれでやれる事はあるじゃん。まだ孤児院にいる子達の遊び相手になってあげたり、孤児院の外でも十分やってけてるよ~って元気な姿見せて、年少組の子達を安心させたげたりとかさ」
「ぐ……そういうお前は戻ったのかよ」
「戻ったよ、ガンガン戻ったよ。いや、仕事クビになってから暇でさー、一ヶ月ほどダラダラとタダ飯食って居座ってたら孤児院長がニッコリ怒ってホウキでお尻をぷすぷすつついてくるの。なんか目覚めそうになったよ!」
「ろくでもねえ……お前にはとやかく言われたくねーなぁ」
「なにおう!」
ぎゃあぎゃあとつかみ合いしてますが、旧交を温めているのです。喧嘩友達。
二人がお互いのほっぺたをつかみ合ってじゃれているところ、見張りをしていた冒険者が「何か来る」と皆に警告し、洞窟内に一時緊張が走りました。
ですが、やってきたのは魔物ではなく冒険者の一団でした。
「やぁ、参った参った。反吐が出る天気ですなぁ」
やってきた一団の先頭に立っていた人物がイライラした様子でそう口走り、ずぶ濡れの鎧から鬱陶しげに水を払い落としています。補給隊の見張りの人にまともに水が当たりましたが、知らんぷりしてます。
その人物だけではなく、やってきた一団は濡れ鼠のようになっている人々が少なくありませんでした。
殆どの人達が貧相な装備で、雨具すらまともに備えていない人もいます。冒険者の一団ではあるようですが、フェルグスさんが率いている方々とは見た目だけでも質の差が明確に現れているようです。
実際、彼らの練度は高くありません。
ただそれだけなら可愛げがあるのですが、多くの冒険者に蔑まれる行為を堂々とやっている集団でもありました。
一団の先頭に入ってきた人物は「おやおや、先客がいらっしゃったのですな!」とわざとらしく叫びましたが、実際は知っていました。
最初からフェルグスさん達の後をついてきていたのです。雷を発生させている魔物がいるので一時他所へ逃れていましたが、追いついてきたようですね。
その人物は「責任者はどなたかな?」と聞き、フェルグスさんがこの場の代表者である事を聞くとニマニマといやらしい笑みを浮かべつつ、近づいていきました。
「いや、まさか! かの有名なフェルグス殿にこんな辺鄙の地で会えるとは! 何たる偶然、数奇、運命的なものを感じますなぁ」
「失礼。どこかでお会いした事があったかな?」
「いえいえ! まさかまさか! 今日が初対面です」
そっと奥さん達を遠ざけたフェルグスさんは気さくに、あるいはズケズケと話しかけてくる冒険者に座るよう勧めました。
その冒険者はエルフでした。
顔立ちは美形といえば美形なのですが、姿勢が猫背気味で立ち振舞がしゃんとしていない所為か、美形というには残念な雰囲気がありました。
しかし、装備は立派なものでした。
少なくとも外見上は立派な高級品でした。
ただ、着込んでいる鎧は部位ごとに色合いや形がバラバラで、見るものにとっちらかっているツギハギを思わせるもので、これも容姿と同じく「良い」と言い切るには首をかしげたくなるコーディネーションです。
フェルグスさんが話を聞いてみると、彼は仲間の冒険者を率いてククルカン群峰の「魔物退治にやってきた」と語りました。
円卓会のように国から依頼を受けたわけでもなく、クアルンゲ商会のようにどこかの下請けとしてきているわけではなく、あくまで「善意やってきました!」と堂々と言い切りました。
「なんせ、バッカスの大事な水源地の危機ですからな! 数年のうちにどうこうなる危機ではないとはいえ、善良なバッカス国民として駆けつけた次第なのです」
「なるほど。それは立派だ」
フェルグスさんはそれがウソだと察してはいましたが、言ったところでどうこうなる問題ではないので、適当に聞き流し、話を切り上げようとしました。
「旦那! 我々と取引しませんかな?」
しかし、相手がそれを許してくれませんでした。
フェルグスさんがやや無表情に「取引、と言うと?」と言葉を返すと我が意を得たりといった様子でピシャッと膝を叩き、前のめりで話しかけてきました。
「実は我々、魔物解体の専門家なのです」
「ほう」
「その我々の見立てを言わせていただくと……旦那方の魔物解体の手際は、荒い。いや、勿体無いのです! 我々、解体には一家言持っておりまして、いやいや、ほんと、惜しいなぁ~……と思う次第でしてな?」
「それはそれは、見苦しいところを見せてしまいましたな」
「いやいや! 実際のところ、旦那方が悪いのではないのです!」
実際、フェルグスさん達には特に落ち度はありません。
此度の遠征でも魔物を倒していますが、その死体を解体して毛皮や肉を都市に持って帰ろうとしてません。勿体無いというのは事実です。
ただ、あくまで今回の遠征は「円卓会の兵站管理」が主な仕事であり、魔物の死体で副次収入を得ようとするのは余計な仕事です。
それどころか下手に解体の方へ時間取られますし、荷物が増えて肝心要の兵站管理に支障が生じる可能性すらあります。なのでまったく解体作業してないわけではありませんが、通常の遠征よりは積極的に魔物を捌いていませんでした。
「旦那方は好きにされるとよろしいと思います」
そう言いつつ、猫背のエルフの冒険者はフェルグスさんの機嫌をうかがうように、上目遣いで「お願い」をしてきました。
「旦那方が捨てられた死体……こちらで勝手に処分してよろしいですか?」
「…………」
バッカス冒険者には「腐肉漁り」と呼ばれる者達がいます。
いまフェルグスさんに話しかけてきているエルフが率いる一団が、それです。
彼らは自分達では戦わず、人が倒した魔物の死体を漁って日々の糧を得て生活しています。リスクを回避しているのです。
それは当然、他の誰かに寄生するやり方であるため真面目に自分の力で戦っている冒険者達からは腐肉漁り、禿鷹、ゴミ拾いなどの詐称で呼ばれ、蔑まれてもいます。賢いやり方だろうが、好かれるやり方では無いのです。
今回のような多数の冒険者や戦士が投入されている作戦は彼らにとって稼ぎ時です。後を追っていけばゴロゴロと魔物の死体が転がっていますからね。
寄生される方は直接的な被害無くても憤慨したくなりますが、かといって手を出して殺そうものなら自分達が犯罪者として捌かれかねません。
そのくせ相手は露骨な横取りなどの不法行為をしない限り、「捨てられた死体を漁ってるだけだから~」と言い逃れてくるのです。
その事実に苛立ち、集中力を欠いた真面目な冒険者が魔物に殺されるという事件も起こるほどですが、政府もいちいち規制しかねている行動でもあります。
猫背のエルフさんはフェルグスさん達に寄生したがっていました。
そのためにコソッと賄賂を差し出してくるほどでした。
フェルグスさんは賄賂こそ受け取りはしなかったものの、「こちらが捨てた死体なら好きにすればいい」と言い放ちました。
「ただ、あくまで我々が倒して捨てたものだけだ。この辺りなら円卓会が先行して魔物を狩っている。下手に揉め事を起こしたくないなら円卓会の総長にも確認を取っておくべきだろう」
「ええ、ええ、それは勿論!」
これも嘘です。
円卓会の総長であるアルトリウスさんは気難しい方で、猫背のエルフさんは「下手につつくと面倒くさい」とそっちに関しては確認とらないつもりでいます。
でもそれでフェルグスさんが「じゃあウチも許さん」と言われると少しだけ面倒なので、この場では適当な事を言っているのです。
「さすが、バルト士族の次期士族長。懐が深い! 実は私めもバルトの出身で」
「私は問題を起こし、追放された身だ。次期士族長などではないし、冗談であろうとその件を持ち出されるのは好まない。今後は止めてほしいな」
「ええ、ええ、それはもちろん。実は私めもバルトを追放された身でして」
猫背のエルフさんは媚を売るようにニコニコと、フェルグスさんもニコリと笑っています。後者は目はまったく笑っていませんでしたが、相手方は特に気づきませんでした。
気づいてゾッとしたのは奥さん達ぐらいで、セタンタ君とマーリンちゃんは……じゃれ合いから「ウノー!」とカード遊びに興じ始めて見てすらいませんね。
「重ねて言うが、我々が殺して捨てた魔物の死体は好きにすればいい。だが、こちらは大事な酒保業務の最中。戦闘中に飛び出して来られると大変な事になりかねない。お互いのために、距離を保ってもらってよろしいかな」
「ええ、ええ、それはもちろん!」
腐肉漁りが漁るのは魔物の死体ばかりではありません。
彼らは時に同じ人間の死体も漁ります。
人間の死体に関しては目的は血肉ではなく、身につけている装備である事が主です。財布持ってればそれをくすね、最終的にパンツまで取って全裸で死体放置するという事すらあるのです。
そうやって盗った装備やパンツは故買屋的な仕事をしている中古屋に売りつけられる事もあり、猫背のエルフさんがつけている装備など全て自分で拾ったリサイクル品です。
ゆえに高級品でも、バラバラな着こなしなのです。
使えるとこだけ使って、無駄に着飾っているだけなので。
幸い、フェルグスさんの後をついてくる事になった腐肉漁りの皆さんは「殺してでも奪い取る」といったタイプではありません。
魔物に襲われている冒険者は見殺しにして後でこっそり盗る、程度です。そんな事している関係もあって腐肉漁りと蔑まれるわけですね。
「だが、個人的には明日には帰る事を勧めたいな」
「ほうほう? それはなぜですかな?」
「失礼ながら、ふいに魔物に襲われようものなら全滅しかねない一団に見える。ククルカン群峰は天候も悪い。他所で地道に狩りをしていた方が、無難だろう」
腐肉漁りはリスクを排除していっていますが、漁る事になる死体の部位で高値で売れるようなものは既に狩った冒険者が取っている事が珍しくありません。
それでも出来るだけ稼ぐため、本来の実力に相応でない場所に「誰かに寄生するから大丈夫」と気安くやってきて、ふいの事故で死ぬのも珍しくありません。
それでも戦わず楽に稼げると信じ、腐肉を漁っています。
猫背のエルフさんも腐肉漁りの魅力に――時に実力不相応にドカンと稼げる時がある魅力に――憑かれており、フェルグスさんの忠告に「いやいや、ご心配なく!」と笑って取り合いませんでした。
遠からず死ぬかもしれませんね。
フェルグスさんにとって、目の前のエルフがどうなろうと知った事ではありません。問題は自分の妻や仲間を害為すかどうかです。
ただ、今日は相手方に対して心配する事もありました。
「しかし、やけに若い子供も連れているな」
「子供?」
「あそこの彼だ。キミが連れてきたのだろう?」
フェルグスさんが指し示したところには、髪の毛から水をたらしながら座り込み、寒そうに震えている少年の姿がありました。
年頃はセタンタ君と大差ありません。
セタンタ君達のように高級な加護を付与されておらず、粗末な雨具しか無いため悲惨な状態でした。必死に魔術で身体を温めているようなので、直ぐ死にはしないでしょうが、不憫な光景でした。
「ああ、パリスですか。アレがどうかしましたか?」
「まさか、無理やり連れてきたのではないだろうな」
「いやいや! まさか! アイツが自分で勝手についてきたのです。中々に見どころのある、金に汚い少年でしてな? むしろ寝首かかれないか私めが心配なぐらいですよ、いやいやホント!」
「……そうか」
フェルグスさんは顔をそむけ、自分では手を差し伸べませんでした。
下手に施せば、猫背のエルフさんに着け入れられかねません。
ただ、意を汲んでくれた奥さん達がパリスという少年に暖かいお茶を差し入れてくれました。体調をよくする薬もこっそり混ぜた、甘いお茶です。
パリス少年は無言でそれをひったくり、飲みました。
一言もお礼を言いませんでした。
ただ、うつむき加減に虚空の睨む瞳には「絶対に稼いでやる」と言いたげなギラギラとした野心をチロチロと炎の舌のように覗かせていました。