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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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出発の日



 そして迎えた教導隊出発の日。


 パリス少年は都市間転移ゲートを通り、首都サングリア南にある首都沿岸防衛の要となっている島にある都市にやってきていました。


 都市の名をパトリモニオ。


 ブロセリアンド士族というカンピドリオ士族に匹敵する武闘派士族としてバッカス王国で暮らす士族が自治する都市です。


 周囲が海に囲まれている孤島の都市で、海上から島を臨むと海に浮かぶ巨大な城のような威容を目にする事が出来るところです。


 パリス少年はそんな都市の港にやってきていました。


 そこに教導隊が乗る船がやってきているのです。



「うおおおお……でけえ!」


「デカいな……あまり船らしい形はしてないが」


「これ、氷山ってヤツじゃないのか!?」


「それに近いものらしいな。船体が氷で出来てるらしい」


「超デカいアイスゴーレムって感じなんだな」


 パリス少年はガラハッド君と並び、教導隊の船を見上げました。


 船の名をアワクム。


 船幅50m、高さ35m、全長300m越えの船は近づくとひんやりとした冷気を発しており、停泊中の今現在は海を微かに凍らせてもいました。


 パリス少年の言葉通り、巨大なアイスゴーレムのような船で、心臓部から魔術的に海水を掌握し、船体を形作って維持し、航行する船です。


 謂わば氷山空母のような船です。乗せるのは人と物資で飛行機械の類は特に乗りませんが、飛竜が余裕を持って離着陸可能な広い甲板も備えており、そこで訓練を行う事も可能となっています。


 さらに周囲の海水を取り込んで船体を現地改修する事も可能となっており、それによってさらに大きな船体を手に入れたり、魔物の攻勢により破損した船体を直ぐに修復しにかかる事も可能となっています。


「バッカスで作られた最初の氷船らしい。今は第一線からは退き、西方諸国に物資を運ぶ目的で主に使われているみたいだ。今回は教導隊が乗り合わせるものの、物資運搬も同時に行うそうだ。交易船のようなもの、だな」


「へええ……」


「これは船だが、最新鋭のものはもっと大型なものがあって……もうそれは氷の島といった感じなんだ。都市が一つ丸々動いてるようなものでな……」


「かき氷には事欠か無さそうだな」


「元は塩水だぞ」


「あぁー……」


 パリス少年は「塩氷はやだなぁ」と微笑しながら呟きました。


 ガラハッド君はその横顔を見つめた後、話題を変えました。



「エレインさんから持ちかけられた養子話……断ったそうだな」


「あ、なんだ、耳が早いなぁ」


「何で断ったんだ……?」


 少年剣士は断ってほしくなかったがために、そう問いました。


 問われた少年は微笑のまま、問いに答えました。


「オレには勿体なさすぎる話だから、断った」


「勿体無いなんて事はない。いや、確かに望外な話かもしれないが、色んな事を踏まえて考えたら、養子にして貰った方がいいだろう……?」


「まあ、そうなんだろうなぁ」


「過去にやった事を、まだ引きずってるのか」


「引きずるよ。だって、過去それもオレだもん」


 パリス少年の答えに対し、ガラハッド君は酷く悲しそうな顔も見せました。


 ただ、パリス少年は不敵に笑い、言葉を続けました。


「昔だろうが今だろうがオレはオレだ。恥とか負けばっかり積み上げてきた……他の誰でもないオレの事だ。その辺が嫌になるから、養子の話も断った」


「…………」


「けど、過去の自分に……弱い悪ガキの自分に、未来のオレが『おい、お前の借金は帳消しにしといてやったぞ』って……言えるような、強い自分になりてえんだ」


「未来のお前が……」


「うん。いや、帳消しは無理だな……。足し算引き算の問題じゃないもんな」


 少年は――仮定として――自分が人を殺す可能性を考えました。


 人を殺して、それよりもずっと多くの人間を救ったところでプラマイゼロにはならないだろうと思いました。人殺しは人殺し。現実は算数じゃないと思いました。


「けど……未来のオレと、今のオレが頑張ったら……帳消しは無理でも、大嫌いな過去を糧に頑張れると思うんだ。頑張って、強くなりたい」


「…………」


「強くなって、立派な冒険者になれたら……過去のオレに『お前はこんなスゲー人間になったぞ!』って誇れるようになったら……いいなぁって思ったんだ」


「…………」


「そしたら、少しは、自分の事が好きになれそうなんだ」


「……そうか」


「今のオレは、自分の事が嫌いだ。弱いし、成長してないし、将来は落ちぶれて飲んだくれのクズになってるかもしんねーぐらい、ダメダメなんだ」


「そんな事は――」


「そうなるかもしれないぐらい、未来の事ってわかんねーだろ?」


 パリス少年はそう言いつつ、「そうならないよう頑張る」と言いました。


「例え話だが、オレを商品と考えたら店に出せねえような粗悪品なんだよ」


「あまり良い例えとは思えないが……」


「まあ聞け! そういう、売り物未満で自分で誇れるような売りがねえのは自覚してるんだ。そういうろくでもねえゴミを、オレは……フェルグスの旦那やエレインさんに押し付けたくないんだよ……」


「…………」


 ガラハッド君は眉根を寄せて友達を見つめました。


 ちょっぴり怒っていましたが、友達が師匠達に遠慮する気持ちは……ほんの少しは理解出来たので、見つめるだけに留めました。


「だから養子話は断って、待ってもらう事にした」


「保留……という事か?」


「うん。オレ様が自分を誇れるようになったら、売り込みに行くよ。とりあえず今は住み込みで商会の仕事手伝ったり、冒険者して……自分を鍛える」


「鍛えて、誇れる技能なり実績を手に入れるまで保留……という事か」


「そういう事だ」


「うん、まあ……保留なら、いいのかなぁ……?」


 難しい顔で腕を組んで首を傾げているガラハッド君に対し、パリス少年はニヤニヤと笑みを浮かべて話しかけました。


「何だよ、心配してくれてたのかよー?」


「は? 悪いか?」


「わ、悪くねえけど、そんなキレ気味に言われると恥ずかしいもんがある」


「そんな恥ずかしさで狼狽えてるようでは、強くなれるか疑問だな?」


「うるせえ、恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよっ。養子話だって……よ、養子になったフェルグスの旦那の事を親父とか言ったり、エレインさんの事を、母さんとか呼ばなきゃダメなんだろ……? お前同じ立場になったら、耐えれるか?」


「うん、まあ、それは気恥ずかしそうだなぁ、確かに」


 少年達は顔を見合わせ、笑い合いました。


 笑い合い、港にやけに人狼が集まっている事に気づきました。


 中には少年達が知っている人もいて、旗を持った人狼達の中から「うおー! あにじゃー! おれもつれていってくれー!」「にいた~ん、おみあげ~! あんにゃにおみあげ~!」「ベオ兄~!」という声も聞こえてきています。


「何であんなにカンピドリオ士族の人達がいるんだろ……?」


「士族長家の、レムスさんのお兄さんが政務官として船に乗っているからだろう。見送りに来たんじゃないか? 士族の若者に慕われているみたいだから……」


「あぁ……なんか、密航しようとしてる人狼もいっぱいいる……」


 ロムルスさんが弓を手に取り、密航人狼達を無慈悲に撃ち落としています。人狼達は嬉しそうにワラワラと打ち落とされていきました。


 二人はしばし、その光景をドン引きしながら見守りました。



 そんな少年達を離れたところから指差し、見ている一団の姿がありました。


 アイアースちゃんと、その取り巻き達です。


 彼女達はパリス少年とガラハッド君の姿を見つけ、ちょっかいを出してやろうとニヤニヤと笑みを浮かべて近づいていこうとしました。


 近づいていこうとしましたが、にこやかに微笑んだ黒髪のエルフと、サングラスをかけたオークが「ウチのパリスがお世話になっています」と進路を阻んできて、揃って蛇に睨まれた蛙のようになりました。


 取り巻きの子供達はそこで近づくのを阻まれました。


 ただ、それとは別に少年達に近づく子供達の姿がありました。


 猫系獣人の女の子と、それに引きずられる槍使いの少年の姿がありました



「おーい、二人共ー」


「あ、マーリン」


「それとセタンタ。うん……? なんか、死にかけてねえか……?」


「全身を血をズンドコ絞られて、絞られすぎて実際一度死んだんだって」


「「えぇっ……」」


 少年二人はドン引きしましたが、マーリンちゃんは「大丈夫、蘇生してもらったから死んでないよ」とケロリとした様子で答えました。


 その後、セタンタ君はノロノロと起き上がり、幽鬼の如き表情でカクカクと震える腕を振り上げ、「がんばって逝ってくるぞー……」と宣言しました。


 再び死にそうな少年の安否を脂汗流して心配しかけたパリス少年達はライラちゃんがトコトコ走ってやってきたのを迎えて、気にしない事にしました。


 気にせず、そこで暫し色んな事を話していました。


 他愛のない雑談と、西方諸国に行ってからの事や、教導隊で行う訓練。魔物に襲われ船から落っこちないようにという注意や、激励の言葉も飛びました。


 それは教導隊出発を知らせる声が響くまで、続きました。


「おっ、集合時間みたいだぞ。お前ら早く行け」


「ああ、うん……」


「おう……」


「ああ……」


「何でそんな、何とも言い難そうな顔するんだよー」



 パリス少年は苦笑しつつ、少年少女達から離れました。


 ライラちゃんを伴い、離れました。



「お前らは教導隊あっち、オレ様とライラは……留守番だ」


「「「…………」」」


「さっさと行け。そんで……帰ってきたら、土産話とか、聞かせてくれよな!」



 少年は笑って、教導隊に行く少年少女を見送りました。


 見送って、笑顔のままフェルグスさんのところへ走りました。


 そこで指導役として教導隊に参加するエレインさんの事も笑顔で見送りました。


 皆が乗船した後、フェルグスさんは船を見上げたまま、隣に立った少年の背をポンポンと叩き、黙ったままその横に立ち続けました。




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