養子
パリス少年が首都地下で戦い、倒れた翌日。
ガラハッド君はマーリンちゃんとセタンタ君と共に、フェルグスさんの家を訪れていました。パリス少年とライラちゃんを訪ねてきたようです。
三人とも声かけあって集まったわけではなく、負傷したパリス少年とライラちゃんの好きなものを買っていこうと寄ったお店でバッタリ出くわしたようです。
「まあ、重傷負ったもののエレイン様が直ぐに治癒した事もあって、手足が暫く動かせなくなるような事にはなってないだろうし……もう完治してるだろうけどね」
「そうか……」
「ガラハッドとセタンタは昨日、会わなかったの? 地下潜ったでしょ?」
「結局、昨日は……ちょっと、顔を合わせづらかったんだ」
「そっか」
ポツリと呟いたガラハッド君に対し、マーリンちゃんは短く返しました。
返しつつ、二人の後方をノロノロと歩いている少年に振り返りました。
「……むしろ、セタンタの方が重傷かも……」
「昨日から体調悪そうなのだが、アレは何なのだろうな?」
「エッチなヤツだよ。やーい、えっちえっち」
「人体に関わる事ではあるけどよぉ……えっちじゃねえからな……」
セタンタ君は青白い顔で応じました。
血の気の失せた顔は実際に血が抜かれた影響もあってのものですが、少年はそれを詳しく説明すると軽く吐きそうになるので、ポツリとだけ答えました。
お見舞いに行った後も治療師さん同伴で――徹夜テンションで制作に取り掛かっている――テセウスさんのところに行く事になるので暗澹とした様子です。
ただ、やむなき事情もあるので我慢するようです。
そんな少年を小首傾げて見守っていたマーリンちゃんでしたが、「んっ」と呟き、白い猫耳をピコピコ動かして魔術を起動しました。
「んー……? あー、ちょうど、パリスにお客さんが来てたみたいだねぇ」
「客? 私達と同じく、誰か見舞いに来たのか」
「うん。カンピドリオ士族のユリウス士族長が来てたみたい」
「カンピドリオの長とはまた、超大物が……」
「魔王様の使い魔同伴で来てたみたい」
「大物が大物の部下と来ていたとか、凄いな」
「うん、まあ、ユリウス士族長の場合は、アレだけどね……檻だけどね……」
マーリンちゃんは何とも言い難そうな表情を浮かべました。
カンピドリオ士族の現士族長は、ロムルスさんとレムスさん、そしてアンニアちゃんのお父さんが務めています。バッカスでも指折りの士族の長だけに、ガラハッド君が言う通り超大物がやってきていました。
他国であれば国内有数の大貴族、規模的には一国の王のような人物です。
ガラハッド君はそんな人物が足を運んでやってきた事を不思議そうにしていましたが、「まあ何かあれば言ってくれるだろう」とパリス少年に信を預けて根掘り葉掘り聞くのは控えたようです。
マーリンちゃんは、武闘派士族の長が来た理由を正確に知っていました。
士族長はエレインさんが仕留めた頭目がカンピドリオ士族の元関係者であったために、見舞いと謝罪に来ていました。頭目本人が勝手に出奔した者であっても世間体などあって本人に代わって謝罪に来たのです。
マーリンちゃんはそういう動きがある事を事前に知っていましたが、パリス少年に害が及ぶものでもないので、黙ったままでいました。
三人は黙ったまま――ほんの少しだけ早足になって――フェルグスさんの邸宅へと辿り着きました。辿り着きましたが、直ぐに少年に会う事は出来ませんでした。
「パリスとライラちゃんいませんかー?」
「パリス君なら今、ちょっと大事な話をしているわ」
クアルンゲ商会の酒保部門の長たるネスさんが――フェルグスさんの奥さんの一人が――そう答えつつ、少年少女に言葉を続けました。
「ライラちゃんなら裏庭の方で遊んでるけど、パリス君はエレインと夫とお話してるから……しばらく待ってもらう事になると思うわ」
「んー、なら、ライラちゃんのとこ行って待ってます」
「あー……今はちょっと、そっとしといてあげて欲しい、かな……?」
「ライラちゃん、まだ傷が……?」
マーリンちゃんの問いに対し、ネスさんは首を振りました。
傷は治癒魔術でほぼ完治したものの、別の要因があるようです。
ネスさんは数秒、どうしたものか困った様子でいましたが、「そっとついてきてね」と言って少年少女を連れて自宅の裏庭の方に向かっていきました。
「陰からそっと、覗き込んでね?」
「はい? 陰から……?」
少年少女は婦人の言葉に従いました。
従い、裏庭にいるライラちゃんの姿を見つけました。
ライラちゃんは一人の女の子に抱っこされていました。
その女の子はまだ幼女と呼べる年頃で、年齢も外見相応に幼い子供でした。その耳はバッカスによくいるヒューマン種のそれより長く尖ったものでした。
エルフの幼女です。
ライラちゃんはその幼女に抱っこされ、されるがままに撫でられていました。
幼女はライラちゃんを盛んに触っていましたが、少し怯えた様子がありました。
それは当然ライラちゃんに対するものではなく、周囲への怯えでした。
「ライラといる子、誰?」
「ライラちゃんがパリス君と一緒に、昨日助けた子よ」
「ああ、例の……」
「ウチで引き取る事になったの」
ネスさんは微笑みつつ、「私の息子の養女として引き取る事になったから、可愛い孫が増えるのよ」と心底嬉しそうに言いました。
嬉しそうに言った後、憂いながら息子の養女を見つめました。
「親御さんのところには戻れないし、最初は赤蜜園で引き取ってもらう予定だったんだけど……境遇が境遇だけに、知らないとこは不安がってね……」
「ここならパリスとライラちゃんもいるから安心、という事ですか」
「うん……本人も、ウチを選んでくれたわ。まあ……まだ、パリス君とライラちゃんにしか心を開いていないけど……そこは追々、ね?」
ネスさんは憂いを帯びつつも、新しい孫を心配する笑みを浮かべながら近所で買ってきたお菓子を手に、「今からちょっと行ってくるわ」と言いました。
そう言い、幼女がいつか他の皆にも心を開いたら、少年少女達も友達になってあげてほしいと言い、ゆっくりと裏庭に出ていきました。
ひょっとしたら、もう一人、親族が増えるかもしれない期待に胸膨らませつつ……幼女と仲良くなろうと着ぐるみを着て裏庭にやってきた自分の息子の歩き方があまりにも変質者チックだったため、走って息子に飛び膝蹴りをしにいきました。
幼女は飛び膝蹴りを見て、泣きました。
泣きましたが、やがて、家族になっていきました。