豚
「ぶひ、ぶひぃ! ぶひひぃぃ!?」
「ぶひひぃひぃぃ……あぁぁぁ……ゆるして、ゆる……ぶひぃぃ……!」
「うふ……可愛い豚さん。ちゃんと自分で歩いて頂戴ね……?」
眠るパリス少年が地上に連れ帰られた頃。
一つの豪奢な邸宅に、二匹の丸々と太った豚と、妖艶な美女の姿がありました。
その美女はにこやかに微笑みつつ、くすくすと笑い、芋虫のように這って逃げようとする豚達の頭を撫で、その首に鎖を巻きつけていました。
その豚達にはまだ、人間であった頃の面影がほんの少しだけ残っていました。
その証拠にまだ微かに人語を話す事が出来ました。
「ゆるひて、ゆる、ぶひぃぃ!!」
「ぶひっ! ほんの、できごころで……!!」
「あら、あなた達は、ほんの出来心で……養女として引き取ったエルフの幼子を蹴り、殴り、焼きごてを突きつけ、手のひらと瞼を癒着させるのね……?」
「だま、だまされ、だまされぶひぃ!」
「ぶひ、ぐふっ! ぶひひぃ!」
豚達は必死に訴えました。
自分達を豚に変えた、修道女姿の妖艶な美女に必死に言い訳を並べました。
豚達の正体は、パリス少年が見つけ助けた幼女の養親達でした。
地下でライラちゃんと共に救出された幼女は一時、政府が保護する事となり、直ぐに彼女の処分を命じた養親達にも政府の手が届く事になりました。
彼らが青ざめ、許しを請おうとした時にはもう全てが遅く、屋敷全体に不可視の障壁による檻が形成され、その中に二人の人間が入ってきたのです。
一人は無表情に空中を漂い、屋敷内の状態を観測魔術で丸裸にしました。
もう一人はくすくす笑い、邪魔する者は全て豚にしてしまいました。
養親達はもう、完全に詰んでいました。
自分達も養子として幼女を売りつけに来た者達に――幼女の本当の両親に――魔術適正に関しての事を騙された被害者だと訴えかけました。
訴える声はもう完全に「ぶひぶひ」と豚そのものになり、彼らは豚ならぬ人間の眼から涙を流しました。仮にちゃんと喋れたところで、結果はかわりませんが。
悔いたところで改める機会を与えてくれるほど、目の前の楽しげに笑う美女は――眼だけガラス玉のように無感情な美女は――優しくありませんでした。
こと、子供に対する悪逆に対してはまったく容赦の無い、政府から差し向けられた使者、あるいは処刑人なのです。ただ、本業は別にある方でした。
「孤児院長、証拠品は概ね押さえたよ」
「あら、お疲れ様ね、マーリン」
「……その豚が、あのエルフの子に酷いことをしてた養親?」
「そうよ。あなたも蹴って遊んでいいのよ」
美女は這い回る豚の尻をぐりぐりと嬲り、猫系獣人の少女を誘いました。
少女は少し呆れながら首を横に振り、「ボクはいいよ」と言いました。
「それは、ボクの親じゃないから」
「あらそう。良い子ね……いいこ、いいこ」
美女は豚を蹴って部屋の隅に追いやり、穏やかに微笑んだまま楚々と少女に近づき、愛情を持って抱きしめて頭を撫でました。
少女は俯きつつもそれに甘え、しばし、美女の背中に手を回しました。
「さて……そこの豚さん達を、豚小屋に連れていきましょうか」
「屠殺場じゃなくて?」
「もちろん。こんな蛆虫のような死肉、子供が食べたら大変でしょう……?」
「まあ、確かに」
「でも、同じ犯罪者に食べさせるのは……いいかもしれないわね?」
美女の微笑は妖艶で、美しいものでした。
ただそれは、非人間的なものでした。