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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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湖詠剣



 黒髪エルフと尾の無い人狼の対決は、一瞬の出来事でした。


 それはもう、対決とすら言い難いものでした。



 新手に対し人狼はゆらりと動きながら彼我の戦力差を考えていました。


 敵は双剣使いの細身のエルフ。


 一見すると軽く殴るだけで楽に倒せそうな相手なれども、相手の纏っている空気は彼が所属していたカンピドリオ士族の最強の戦士に似ていました。


 内心で戦慄しつつも、彼はパリス少年を人質に取る策を取りませんでした。


 昂ぶっていたのです、自身が望む戦いの幕開けに、胸踊らせて。


 対峙している相手は手練。


 対する自方は満身創痍――とは言い難い、ここ暫くで最高のコンディション。


 彼が望んで脱したカンピドリオ士族にて授けられた人狼が――彼にとっては皮肉にも――超再生によって全ての手傷を塞ぎ、一瞬で治していました。


 彼の中に、逃走の選択肢はありませんでした。


 戦って、戦って、ただ勝って、不甲斐ない部下達を連れて追走を再開。


 逃した幼女に追いつけそうにないなら、部下達を連れてバッカス王国を脱し、西方諸国にでも行って再起を図ってやろうと考えていました。


 そのような未来は、永遠に訪れない事を知らぬまま。


 決着は――既についていました。



「――――」


「さあ、殺しあ」



 人狼化した頭目が言い切るより早く、彼は全身から血を垂らしていました。


 一滴、二滴どころではありません。


 出血の一瞬前、頭目の全身に無数の――もはや数多すぎて黒ベタの如き――線が走り、同時に彼の身体が内側からザクロのように弾けていました。


 切断と破裂は頭目の身体をほぼくまなく覆い、弾け切れた肉はリアルタイムでミンチとしてこぼれ落ちていき、それは人狼の再生能力を大きく上回りました。



「薄汚い、騒乱者カス……私の弟子から、離れなさい……」


「ぁ、が……!?」



 身体の芯までバラバラになっていった頭目は崩れ落ち、倒れました。


 彼の脚はもはや、脚の形をしていない単なる砕骨入りのミンチ肉でした。


 黒髪エルフは倒れ伏した頭目を殺意に満ち溢れた眼で見下しつつ、その横を無造作に通り過ぎ、子を助ける母の如くパリス少年の治癒を開始しました。


 決着は一瞬。


 頭目は、自分が斬り砕かれた事は理解していました。


 ですが、いつ斬り砕かれたかは全く理解できませんでした。


 剣筋がまったく――これっぽっちも――視認出来ていませんでした。


 実際、エルフから振るわれた暴虐ものは高速という形容では足りないほどの速度で放たれていたのです。それも、双剣をまったく動かさずに。


 頭目が何とか即死せずに済んだのは、人狼の丈夫さと彼自身が咄嗟に使った自己治癒のための治癒魔術のおかげでした。


 人狼は、今なお再生の力を使っています。


 しかし、再生それは滝の如き猛威に今なお凌駕され続けていました。


 超再生能力があろうと屈指の武闘派であろうと、殆どのカンピドリオの人狼は元近衛騎士の彼女に対し――彼女のワザに対し、とてつもなく相性が悪いのです。


 人狼かれら戦型ありかたこそが最悪の相性を生じさせているのです。


 それこそ、正面から打ち勝てるのはカンピドリオ最強の戦士――ロムルスさんとレムスさんの母親――ぐらいであろうと言われるほどの強さを持ち合わせた女性エレインが、ここに来たのです。



「き、きいたことが、ある……」


「…………」


「瞳に映した相手を、眼光だけで殺す……剣鬼の如き、剣姫がいる、と……」


「私の事ですが、何か?」


「は、ハハ――生涯最後の立ち合いが……あ、アンタで、良かった……!」


「……立ち合い?」


 黒髪エルフは、ポツリと呟きました。


 笑みすら浮かべず、ただ無表情に頭目を見つめました。


「私の剣を血で汚す事すら出来ないゴミが……高尚な言葉を使いますね?」


「――――!」


「惨めに散りなさい。自分が一流の戦士だと粋がってる、路傍の石ころ」



 反論の言葉はありませんでした。


 呪詛を吐こうとした頭目の舌が真っ二つに裂け、全身が液状化するように真っ黒な肉として崩れ落ちていき――人狼化による超再生すら間に合わず、散りました。


 地下道の染みの如き存在が横たわり、死ぬだけとなりました。


 エレインさんはそんな頭目もの、最初から無かったかのように懸命に――額から冷や汗流しながら――少年の治療に専念し始めました。


 その甲斐あって、命を落とそうとしていた少年は何とか息を吹き返しました。


「かはっ……」


「パリス君……! 良かった、私ですよ、エレインさんですよー……」


「か、ぇ……ぇ、げ……」


「とりあえず脳と重要な臓器及び血管を治しましたが、他も直ぐに治します。とはいえ、私はそこまで治癒の専門家ではないので後で治療院行きましょうね」


「は……ぁ……ら……」


「無理して喋らなくていいですよ……自分を労ってあげてください」


 エレインさんはホッとした様子で、微笑しました。


 とりあえず一命は取りとめた少年に対し、膝枕を提供し、その頬をさすり撫でながら「頑張りましたね」と言い、治療を続けながら話しかけていきました。




「ライラちゃんとエルフの女の子は、ウチの商会長の隊が保護してくれたようです。先程、マーリンちゃんから交信魔術で連絡がありました」


「わ……わるい、やつら……」


「そちらはほぼ掃討済みです。概ね殺しましたが体内に棒でも入れた状態で蘇生し、バッカス政府に正式に引き渡します。色々と余罪が出てきそうな人達なので、全員まとめて収監でしょうね。最低でも石化刑でしょう」


「な、なんで……エレインさんが……ここに」


「ライラちゃんが地下に潜る前に、連絡を残していたのです」


「え……」


「冒険者証を残して、ね」


 エレインさんは持っていた物を少年に見せました。


 それはライラちゃんの冒険者証でした。


「ライラちゃんはパリス君を助けに地下に潜ったようですが、その地下に潜る前に料理店の中にある地下への階段の存在を魔王様に通報していたのですよ」


「冒険者証を、残して……?」


「そうです。無許可の首都地下の掘り下げは禁止ですから、魔王様はその取締のために人を動かしつつ、クアルンゲ商会にも知らせてくれたのです。まあ、穴を掘る以上の罪状がある事を当然に意識してるので……騎士も派遣してるようですね」


「商会に……」


「私達もちょうど、パリス君達がが中々帰って来ませんね……と皆で様子見に行こうとしてたとこで、連絡受けてそのまま地下にワラワラ潜ってきた次第です」


 潜り、犯罪者達の検挙にも助力する事になりました。


 それはクアルンゲ商会側が「パリス探すついでに協力する」と申し出た事もありますが、エレインさんが元々、王様の近衛騎士だった事もあって認められました。


「ライラちゃんはただ潜っただけではなく、そうやって応援も呼んでいたわけです。賢い子ですね。あとでいっぱい褒めてあげてください」


「うん……」


「パリス君の方も、私や皆で褒めてあげますね……よく頑張りました」


 エレインさんは、少年の無茶をひとまず脇に置いて褒めました。


 褒めてあげたいと強く思ったからこそ、褒めたものの――。



「オレは……なんも、できてねえ……」


「そんな事はありませんよ。悪い人達相手に、頑張って戦い、勝ったんです」


「勝ってねえ……」


「…………」


「ライラに、助けてもらって……いまも、エレインさんや……皆に助けられてるだけで……オレは……オレは、なにも、できてねえ……」


「そんなこと無いですよ……」


「そんなこと、ある」



 パリス少年は両目を覆い、唇を戦慄わななかせました。


 本当はそのような事はしたくありませんでした。


 今の自分の表情を、人に見せたくありませんでした。


 それでも、堪えきれないものが溢れてきてしまったのです。



「オレ……負けたんだ……また、負けた……」


「パリス君……」


「み、みんなみたいに……勝てなかったんだ……」


「…………」


「セタンタや、マーリンや……ガラハッドみたいな才能、なくて……それでもっ……みんなみたいに……カッコいい、冒険者になりたかった……」


「…………」


「オレ……おれも……つよく、なりてえよぉ……!」



 エレインさんは、ただ黙って少年の手を握り、上を見ました。


 傍にいてあげたいと思いはしても、顔を見てあげるのは酷だと思ったのです。



 それは、直ぐ近くの曲がり角で立ち止まった冒険者達も同じでした。


 大剣を持った老人オークは声を聞き、同行者を手で遮って止めました。


 槍使いの少年も、剣士の少年も、飛び出したいのを我慢して立ち止まりました。


 暫し、血まみれの地下道に一人の少年の嗚咽が響き続ける事となりました。


 それは少年が泣き疲れ、眠るまで、長く、小さく、続く事となりました。




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