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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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少年の敗北



「逃がすわけ、ねえだろうがッ!」


「ひっ……!」



 部下の血とうめき声に塗れた地下空間。


 犯罪者の頭目は双剣を振り抜きつつ、憤怒の表情で疾走しました。


 醜態を晒している部下達を全員抜き去り、質でも数でも圧倒的に劣っている筈の少年達に手こずらされている事実に苛立ちつつ、走りました。


 苛立ってもなお――幼少時から武闘派士族内で磨き抜かれてきた――武才は研ぎ澄まされていき、走るその姿は帰路を顧みぬ一筋の矢の如きものでした。


 走りながら、罠のスイッチを踏み抜きました。




「当たるかよ――こんなもん」


 頭目の疾走は、部下達の誰よりも素早いものでした。


 走り抜けた後、その背にかすることもなく槍の木立が空を切り、落とし穴は身体が僅かに落ち始めた時点で飛び避け、突き出てきた石柱も全回避。


 前方から飛んできた矢の雨は――少年が避けきれず一本身体に受ける中――迫るものは全て斬り飛ばし、前から飛び出てきた刃さえも斬り壊しました。


 超高速の岩砕機の如く前進は少年を震いあがらせるに十分な威圧で、少年が「頭目コイツには罠は効かない」と判断する十分な材料となりました。


「糞雑魚野郎が、逃げるだけか!!」


「…………」


 敵の煽りを少年は無視しました。


 無視しながら前を見ました。


 幼女はライラちゃんに導かれ走り、もう随分と先に行っています。


 彼女は振り返りつつも、泣きべそを浮かべつつも、少年の足手まといにならないよう、痛む脚を必死で動かし、必死で生きようとしていました。


 少年も、そんな彼女を守りたいと強く想いました。



 少年がまだ幼い難民だった頃。


 彼はバッカス王国に逃げる過程で、大事なものを無くしました。


 祖父母を故郷に置き去りにしました。


 一緒に行き、生きるはずの弟を目の前で亡くしました。


 生き延びた後も、母を無くし、父親も無くし、職も無くしてきました。


 後悔ばかりが積み上がってきた、敗北ばかりの旅路でした。



 それでも、敗北だけの人生ではありませんでした。


 手を差し伸べてくれた大人と、友達の存在が確かにありました。


 少年はそんな人達に強く憧れました。


 自分もそうなりたいと、強く想いました。



 今日知り合ったばかりの、ほぼ他人の幼女。


 助ける義理はそこまで持ち合わせていません。


 それでも、少年は彼女を助けたいと願いました。


 助けると約束しました。



 自分も皆のように、誰か助けることさえ出来れば……。


 変われず、成長しない自分を変える事が出来る。


 大嫌いな自分自身を、少しだけ好きになれると信じ、戦う事にしました。


 守りたいから、憧れているから、自分のためにも戦う事にしました。



「アアアアアアアア!」


「――――」



 反転し、立ち止まり、剣を思い切り投げました。


 それは頭目の剣に蝿のように打ち落とされました。


 それでもなお、少年は勝負は投げていませんでした。



「…………」


「雑魚が……」



 頭目にとってパリス少年は明らかに格下の相手でした。


 それが土壇場で武器を捨て、徒手空拳になった事は警戒を緩めさせました。


 コイツはもう、ただの無力な雑魚ガキ


 武器も無しでは手傷を負わせてくる事も出来ないだろう、と思考しました。


 脅威の判定が引き下げられたのは少年にとって好都合でした。


 顔を恐怖で青ざめさせつつも――得意な魔術を起動していきました。



「――――」


「あとでじっくり、殺してやる」



 使うべきは音の魔術。


 ただ、それは猿叫目的ではありませんでした。


 魔術を使いつつ、少年は片手の手のひらを見せながら突進しました。


 もう片方の手は、口元を覆いました。



「だから、ここに転が――」


かしらァ! 後ろ、避けてくだせえ!!』


「なに――――?」



 部下の声を聞いた頭目は微かに、後ろを省みました。


 ただ、そこには何もありませんでした。


 罠は起動していませんでした。


 部下の姿すらありませんでした。


 本当に、何もありませんでした。



 あったのは少年の魔術の起動痕。


 部下の声を真似、後ろから聞こえたように錯覚させる音送りの魔術でした。



「て、めぇ――!?」


「あああああああ!」



 少年は身体強化魔術を限界まで起動し、突っ込みました。


 相手を突き飛ばす目的で。


 自分は、もう逃げ切れないことを悟りながら。


 それでも、幼女と友達が逃げ切る時間を、少しでも稼ぐために。


 単に、相手を突き飛ばすだけのつもりでした。



「舐めんな!!」


「あっ」



 頭目の剣が閃いていました。


 それは少年の身体を引き裂いていました。


 ですが、真っ二つにはならず済みました。


 突き出されていた手は、間一髪で――頭目に届いていました。


 それはとても弱い力でした。


 力で完全に勝る頭目を突き飛ばし、転ばすにはまったく足りていませんでした。


 ほんの一歩、後退りさせる役割しか果たせませんでした。



 それだけで十分でした。


 退いた脚が、罠のスイッチを踏み抜いていました。


 それは、左右の壁から無数の槍を突き出す罠でした。



「は?」


「…………!」



 頭目は呆けつつ、一瞬で全身を串刺しにされていきました。


 立ったまま、両側から槍衾の餌食となっていきました。


 回避は不可能でした。


 致死量の血は噴き出ませんでしたが、滅多刺しの槍に傷を塞がれただけでした。



「か……かしらあああああぁぁぁ!?」


「…………」



 今度こそ、本当の部下の声が届きました。


 負傷しつつも必死で追いついてきた部下達が、頭目が物干し竿に干された服のように槍衾に貫かれ、ただ立っているだけ姿の目撃する事になりました。


 少年も槍衾の存在に驚きつつも、必死に立ち、逃げようとしました。


 最大の敵の排除に成功した喜びを手中に。


 そして、一人の人間を殺した手応えに恐怖しながら……。
























「だれが」



「えっ?」



「逃げデイいッデ、言っダ?」



 それは少年にとって聞こえるはずのない声でした。


 ただ、声の主にとっては違いました。


 それは獣の耳を持ちながら、尾を持たない獣人の声でした。


 それは――狼の耳を持つ、獣人バケモノの声でした。



「あやうく、意識、とびかけたじゃねえか……」


「えっ、あっ……?」



 少年の眼前で、槍衾が燃え上がりました。


 炎と槍衾の中で、何かが蠢きました。


 炎の正体は、再生の炎。


 武闘派士族・カンピドリオが世代を超えた肉体改造により手に入れた力。


 人狼変生の、暗いひかりでした。



「この人狼形態すがたは、嫌いなんだよ……」


「あ、あんた……カンピドリオ士族の、人狼……!?」


「その、糞士族の名を――」



 二足歩行の狼の脚が振られました。


 その身体にはまだ無数の槍が刺さっていました。


 ですが、その槍すら身体に取り込みながら、脚が高速で振られました。



「がっ――――」


おれが、とうの昔に抜けた士族の名を……無闇に出すんじゃねえ」


「あ、が……あ、あぁ……ひ、ぎゃ……」



 少年は蹴られ、横壁に叩きつけられていました。


 同時に全身の骨を折られ――背骨すら砕かれていました。


 少年は白目をむいて気絶しかけ――。



「あ……あ、が……ぎ、ぃ……ぅ……!」


「…………あん?」


「い……行かせ、ねえ……ぞっ……!」



 這って、人狼と化した頭目の脚にすがりつきました。


 足止めを果たすためにすがりつきました。



「ま……まもるんだ……こんどこそ、おれ」


「うぜえ」


「――――く、ぷっ」


「うぜえ、うぜえ、うぜえウゼえウゼえウゼえウゼえ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死にやがれ雑魚がアアアアアアア!!」


「――っ!? ――っ!! ――ァ」



 少年は球のように扱われました。


 蹴られ、手足を踏み砕かれ、本当に死ぬ一歩前まで追い込まれました。


 頭目は怒りに我を忘れ、いま追うべき相手の事すら忘れました。


 そんな彼を現実に引き戻した要因は、二つありました。


 一つは部下の声でした。



「か、かしら……」


「…………」


「に、にげて……くだ、せえ……」


「…………」



 部下の声は、あくまで一つの要因でした。


 もう一つの要因は、地上からやってきました。


 犬の冒険者が地上に残してきた冒険者証を手に、やってきました。



「…………誰だ、テメエは」


「あなたこそ、誰ですか」


「お前が先に名乗れ」



 やってきたのは双剣使いの黒髪巨乳のエルフ。


 名を、クアルンゲ商会のエレインと言いました。


 対峙する獣人とエルフ。


 両者は揃って双剣を手にしていました。


 そして、双方が――暗い殺意を胸中に抱いていました。




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