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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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猿叫



 少年はライラちゃんと幼女と目的地へと向かい、走りました。


 索敵魔術を起動し、自分の足音は消音魔術で消し、身体強化魔術で走りました。


 幼女は少年の作戦に従い、背負われながらもライラちゃんの治療を続けました。


 ライラちゃんも少年を信じ、索敵魔術を使いながら自分を治療しつつ、少しでも体調を戻すために努力していきました。


 そんな中、少年達は敵に遭遇する事になりました。


「――――!」


「くそっ、見つからねえ……!」


「なあ……顔見られたのは、頭目達だけだろ? なら、俺ら逃げれば良くね?」


「捕まった頭目達が拷問されて、全部吐いた時はどうするんだよ」


 地下迷宮の十字路の曲がり角の先に、敵の一味の存在を察知しました。


 幸い、先んじて感知し、少年は「口ぶりからするにオレ達の顔は知らないヤツのはず」と思い、素知らぬ顔で進もうかとも思いましたが、止めました。


 代わりに曲がり角に隠れ、指を弾いて音の魔術を起動しました。


「おっ……!」


「おい、いまあっちから足音!」


「向こうか!?」


 追跡者二名が元きた道を戻っていきました。


 彼らの耳には、自分達が通ってきたところを横切る形で足音が聞こえたのです。


 少年が音の魔術……音送りの魔術で、遠隔で鳴らしたものでした。


 その隙に目的地に向かい、走り出したのですが……。


 全ての敵をやり過ごす事は、出来ませんでした。


「いたぞ! あのガキだろ!?」


「頭に連絡する、先に追え!」


「おう! 任せろ、殺してやる!」


「うっ……!」


 少年は目的地まであと少し、というところで見つかる事になりました。


 相手は2人。


 捜索班として頭目が命令を下していた2人でしたが、うち1人が音信で仲間に「目標発見」と連絡を取った事で、捜索班が一気に殺到して来る事になりました。


 その連絡は当然、頭目の耳にも届いていました。



「向こうか……!」


 連絡を待っていた頭目が動き出しました。


 地図を懐に入れ、両手に双剣を抜き放ち、暗闇の中を疾駆していきました。


 飛びかかってきた大ネズミは蹴り殺しつつ、骨の槍を突き出してきたボーンゴーレムは鎧袖一触。とにかく最短経路を猛進していきます。


 時折、壁の中すら突っ切りました。


「行けるな――」


 壁に向かってロの字を描くように剣を四閃。


 斬った壁を蹴り飛ばし、突破していきました。


 全ての壁を突破出来てわけではありませんが、地図を記憶して「行ける」と判断した壁は斬り、蹴飛ばし、移動中の仲間に驚かれても無視して進みました。


 ただ、石壁よりも硬い相手が立ちはだかる事となりました。


「アイアンゴーレム、だと……!?」


『――――』


「深層のヤツか! 悪運の強えガキだな!」


 頭目の進路に鉄のゴーレムが姿を現していました。


 動きは素早いとは言い難いものですが、窮屈そうに地下道をノロノロと進み、頭目が辿ろうとしていた最短経路を塞ぐ形で地下を進んでいました。


 進路を変え、交戦を避けるのは容易でした。


 ですが、


「失せろッ!!」


 鉄の壁ですら、彼の直進は止められませんでした。


 ほんの一瞬だけ止まった頭目は素早く双剣を閃かせ、周囲の石壁に切断痕を残しながらゴーレムをメッタ斬りにし、そのまま突撃タックル


 鉄の残骸を跳ね飛ばしながらパリス少年達との距離を急速に詰めつつありました。それは純粋なかけっこであれば、とても撒き切れないものでした。



「ハッ……! ハッ……! ハッ……!」


 パリス少年は頭目の接近よりも先に対応すべき事がありました。


 直ぐ後ろに迫りつつある追跡者2名から逃げ切れていないのです。


 索敵魔術で相手の位置だけ把握しながら振り向かず走っているおかげで、2名のうち先行している1名が満面の笑みを浮かべている事は見ずに済みました。


 少年は走りながら背中の幼女と、幼女が抱っこしているライラちゃんを自分の身体の前に抱え直しつつ――矢の餌食にさせないために気をつけつつ、走りました。


 幸い、いま後ろに迫りつつある相手は弓矢や弩は持っていませんでしたが――。


「待てやコラッ!」


「ぐっ……!」


 少年の背中に、トスン、とナイフが突き立っていました。


 痛みで絶叫し、転びそうになるのを堪えつつ、少年は走りました。


 目的地はもう、目と鼻の先でした。


「オイオイオイオイ! そこ、行き止まりだぞバーーーーカ!」


「勝手に、勝ち誇ってろ……!」


 少年は壁などに構わず突き進みました。


 突き進み、壁の中へと消えていきました。


 追跡者は追い詰めた筈の少年が壁の中へ――稼働し、隙間の開いた壁の中へと消えていくのに驚愕しつつ、慌てて手を隙間に差し入れましたが届きませんでした。


「か、隠し部屋……!?」


「…………」


 少年は完全に開ききっていない壁に阻まれ、一時止まった追跡者の言葉を訂正しませんでした。実際は隠し部屋などではなく、隠し通路なのです。


 それも、追跡者が知らない隠し通路でした。


 ギルドが発布している地下迷宮の地図にもまだ記されていない領域の入り口。


 しかしそこは、少年にとっては既知の領域の入り口でした。


「おい、ガキどこに行きやがった!」


「この中だ! クソッ、早く開きやがれ……!」


「こんなとこあったのか……!?」


「先行する! 頭にしっかり場所知らせてくれ! 念のため!」


「わかってる! 痕跡マーキングもやってるよ!」


 男達は壁も稼働する壁の隙間が十分になると中に身体を滑り込ませて、走りました。そして先行する少年が少しだけ立ち止まったのを目撃しました。


「来たぞ――走れるな?」


「うん……!」


「よしっ、ライラ、先行してくれ! 殿しんがりはオレがやる!」


 立ち止まった少年は幼女と小型犬を下ろしていました。


 下ろし、先を行かせていました。


 そして、何も無い筈の通路で追跡者達に向き直りました。


「来い! 来い! や、やっつけてやるからなぁ~~~!」


「ははっ、声……裏返ってんぞ」


 先行する追跡者の一人は、少年をあざ笑いました。その後ろで連絡を担当している一人も、少年のへっぴり腰っぷりに安堵しました。


 二人揃って、少年の演技を見抜く事が出来ませんでした。


「わああああああああ! ……くらえ」


「当たるか、バ――」


 少年がふいに、剣を大ぶりしました。


 男は笑いながらそれを避け、足を止めていました。


 そして、足元のスイッチを踏んでいました。


「――――おっ?」


「じゃあな……!」


 少年の剣を避けた男がふらつきました、


 ふらついた本人より、後ろにいた仲間の方がふらついた理由に気づき――ふらついた男も、直ぐに理由を知る事になりました。身を持って知りました。


 横の壁から突き出された槍が、男の胴体に深々と刺さっていたのです。


「う、うああああああああ……!?」


「お、おいっ!?」


 クジラに刺すような銛の如き槍は男の無防備な横腹に突き刺さり、先端の返しで肉を引っ掛け、男の身体を引きずりながら壁の中に戻っていこうとしました。


「いでえええええ!? た、たすけっ……!」


「っ……後で助けてやる! 待ってろ!!」


「ま、待ってくれ……! ひ、イギッ……!?」


 その「後」は、永遠に来ませんでした。


 仲間を捨て置きつつも、もう一人の追跡者は――冷や汗を流しつつも――やる事はやって再び逃げ出した少年へと肉薄していきました。


「待っ――」


「ッ……!」


 伸ばした手の先で、少年が横に飛ぶのを見た次の瞬間。


 その追跡者の足に――少年の身体に遮られながら――正面の曲がり角から飛んできた太い矢が深々と突き刺さり、倒れ、顔面を強かに打ちました。


 先程の槍と同じく、罠のスイッチを踏んでいたのです。


「な……なんだ、このトラップ地帯……!?」


「…………」


 少年は敵の疑問に答えず、ひた走りました。


 疑問の答えを持っていても、敵に教える義理は持ち合わせませんでした。



 この道は、ほんの数日前まで少年にとって未知の領域でした。


 しかし、とあるきっかけで既知の領域となり――彼はこの道を歩いたのです。


 それは、同じ少年冒険者達とライラちゃんも同道した道でした。


 そして、とある腐肉漁りが先導した道でした。



「おい! なに寝てんだ!?」


「わ、罠だ……! この先にも、多分、罠がある! ガキはこの先だ……!」


 足に太矢が突き刺さった追跡者は追いついてきた別の追跡者達に危険を知らせつつ、矢を抜こうとしましたが、ここで完全に追跡から脱落する事になりました。


 脱落しつつ、仲間を無意識に地獄へと送り込みました。


 少年が突破口に選んだ道。


 それはつい先日、腐肉漁りのラカムさんの先導で踏み込んだ宝物庫がある――はずだった――場所に至るための道でした。


 パリス少年は自分達以外と、事後に報告した冒険者ギルドの人達以外にまだ広く知られていないこの道を――このトラップ地帯を決戦の場に選びました。


 上手く逃げ込む事が出来れば、そのままここで隠れ潜むつもりでしたが、追跡者に見つかった以上は罠と悪意に満ちた道を利用する事を決意しました。


 その甲斐あって、追跡者達は次々と罠に引っかかりました。


「ぐ、ぁ……!?」


「お、おい! ちょ、待っ――!」


「あああああああ! てめ、くそっ、お、オレは起動させてねえぞ!?」


「へ、下手に動くな! 誰かが踏んだ罠で死ぬぞ!?」


「馬鹿っ、追わねえと追いつけねえだろ……!」


「でも、ひっ、ギャッ」


 彼らの追走は、正しく地獄絵図と化していきました。


 首都のいくつかの店の中にある地下に通じる違法な階段を使い、何度も地下に「いらないもの」を捨て、処分しにきていた彼らでさえ知らなかった道。


 そこを進む事で罠を仕掛けた者が手を叩いて喜びかねないほど、追跡者側の犠牲だけが積み上がっていきました。


 少年は敵の悲鳴を背後に聞きつつ、祈りました。


 冷や汗を流しながら、自分達が罠を踏まない事を祈りました。


 少年とライラちゃんは初見の道ではなく、微かに残る罠を避け通るための経路の痕跡を追いながら走っているとはいえ……その痕跡も一週間以上前の事。


 魔術的な痕跡マーキングは既に薄れ、消えかかっていました。


 だから先行して幼女を導いているライラちゃんですら、おぼろげな記憶を辿りながらいくらかは運の要素に頼らざるを得ませんでした。


 それでも、完全に未知の領域に踏み込んだ追跡者達よりはマシ。


 少年はその可能性に賭けました。


 正面切っては勝てないからこそトラップ地帯を走り抜け――かつて大ネズミの大群がいた部屋に進み――その天井にある穴から他所へ脱出するつもりでした。


 少年は必死に逃げ、戦いました。


 敵方もまた、必死でした。



「逃、が、す、かあああああああああ!」


「――――ッ!」


 追跡者の一人が罠でボロボロになりながらも飛び込んできました。


 腕に三矢、頭部に一矢、胴体に五矢を受け、横腹を槍で抉られてもなお直ぐ傍まで追いすがってきた敵に対し、パリス少年は素早く向き直り、飛び込みました。


 相手方は満身創痍。


 しかし、それでもなお、少年の剣より素早く剣を振り下ろしました。


 その剣よりも早く、少年の一撃が届きました。


 その一撃は、彼の口より発せられました。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


「――――」


 少年の口より発せられた声は敵をひるませました。


 一瞬、視界が霞み、肌が泡立つような音響兵器となりました。


 さながら猿叫えんきょう


 ですが、少年の叫びは――音は、彼自身の魔術で増幅され、至近にまで近づいてきた敵の感覚を大きく揺らし、一閃を空振らせていました。


 それは少年は反撃するのに十分な隙となりました。


「――っ、アアアッ!」


「ァ、ガガッ……!?」


 突き出された少年の剣は敵の片目を抉り――脳にこそ到達しなかったものの――剣先で片目を奪って打撃として相手を弾き倒していました。


 相手が背中から倒れ、のたうち回るのには構わず、再び走りました。




 いける。


 逃げ切れる。


 痛いけど、怖いけど、守りきれる。


 オレは、今度こそ――守りたいヤツを、守ることができる。


 少年は暗闇の中、そんな希望を見出していました。



「逃がすと、思うか」


「――――」



 希望の中、心臓を締め付けるような低い声が届きました。


 それは追跡者達の頭目から発せられたものでした。


 獣の耳を持ちながらも、尾を持たない獣人の言葉でした。


 双剣使いの頭目はもう、直ぐそこに迫りつつありました。




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