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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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突破口



 パリス少年は、地下道内を音信が盛んに飛び交っているのを耳にしました。


 音の魔術には心得があるため、相手方が連絡しあってるのは理解出来るのですが――詳細な内容に関してはある程度、暗号化されているためわかりませんでした。


 ただ、それを解読するより先にやるべき事がありました。


「あぁぁぁ……どうしよ……どうしよ……!?」


「ら、ライラちゃん、だいじょうぶ……?」


「わ、わかんねえ……!」


「…………」


 矢で胴体を貫かれたライラちゃんは、もう虫の息でした。


 かろうじて生きてはいるようですが……長くは持たない状態です。


 少年は追跡者達を一時撒いた事で物陰に隠れ、必死に治療を開始しました。


 矢は引き抜かず、治療を開始したものの――少年の治癒魔術はライラちゃんが死の底へ落ちていくのを引き止める力はありませんでした。


「うぅぅぅ……ライラぁ……し、しっかりしてくれ……」


「ら……ライラちゃーん……」


 少年は治癒魔術をかけ続けました。


 幼女もライラちゃんの傷口を布で押さえつつ、一緒に治癒魔術をかけ続けていましたが……二人の実力では僅かな延命しか出来ていませんでした。


 少年は額からダラダラと冷や汗をかき、幼女もポロポロと涙を流しながらライラちゃんを見守っていましたが……やがて、幼女が言いました。


「ら、ライラちゃん……保険、かけてないの……?」


「遠隔蘇生の保険なら、かけてる……けどっ……ダメだ」


「何で……? お兄ちゃん達は、保険で……死んで逃げるのも、できるよ、ね」


 バッカスでは自決も一つの手段として戦術に盛り込まれています。


 遠隔蘇生によって魂だけは直ぐに首都に戻る事が出来るため、遠隔地で重要な作戦が行われている際、その作戦に参加している者達を首都で優先して蘇生し、重要な連絡を持ち帰らせるという事も必要に応じて行われています。


 ライラちゃんとパリス少年は、保険をかけています。


 早めに死んでおけば拷問は受けずに済むでしょう。


 しかし、少年はそんな逃走手段を良しとしませんでした。


 そうした理由は二つありました。


「お前は……保険かけてもらってないんだろっ」


「…………か、かけて、もらってるもん」


「ウソつかなくていい。オレ様達のために……ウソつかなくていい」


 少年は察していました。


 保険をかけているのであれば、幼女を地下に連れ去り、処分しようとしていた頭目達の行動は殆ど無意味になってしまいます。


 腹いせならともかく、彼らはビジネスで殺しをしようとしていたのですから。


「それに……遠隔蘇生は、寿命が削れる……!」


「で、でも……ちょっと、でしょ?」


「オレ達なら、ちょっとだけど……ライラの寿命じゃ、ちょっとじゃねえ」


 ライラちゃんはもう老犬です。


 そもそも、特殊な生き物ではなく小型犬なのでパリス少年のようなヒューマン種と比べると格段に寿命が短い存在なのです。


 再度保険をかけるお金の心配より、ライラちゃんの寿命と少女の安否に関してを心配したパリス少年は死ぬ事でこの場を切り抜けるのを良しとしませんでした。


「ライラ、もうちょっと……もうちょっと頑張ってくれ……! 痛いの長引かせてる事は、ごめん……! けど……頼むっ、頼むっ、頼む……!」


「も、もういいよぉ……! わたしが、あ、あの人達に……つかまれば」


「もうオレ様達も見られた! それに……約束した! お前と!」


「…………」


「お前を、無事に地上に連れ帰るって約束した……!」



 少年は恐怖に震え、涙ぐみつつも諦めませんでした。


 先を見据えていました。


 自分の先を行く仲間に追いつくために、まだ、諦めませんでした。



「オレは……オレは! ぜったい、スゲー冒険者になるんだ……!」


「…………」


「スゲー冒険者なら、こんぐらい……何とか、出来る」



 少年は剣を抜き放ちました。


 そして、それを仲間ライラを貫通した矢に当てました。



「ライラ、ごめん。今から矢じり取って、矢を引き抜く」


「…………」


「そんで、オレが出来る限りの治癒魔術かけて……お前を治す」


「わ……わたし、私にできること、ない!?」


「ある。一緒に治癒魔術かけてやってくれ」


 少年はエルフの子供を正面から見据えました。


「それと、諦めるな」


「…………」


「今はそれだけで、十分だ」


「……うんっ」


 二人は覚悟を決め、再び治療に挑み始めました。


 矢を引き抜けば一気に血が流れ、もう歯止めが効かなくなるかもしれません。


 少年の行動が仲間にトドメを刺すかもしれません。それでも、少年は仲間に再び立ち上がってもらうために、悪魔になる事を決めました。


 決めたからこそ、矢が引き抜かれる事となりました。


「治れ……!」


「治って……!」


「…………」


 犬の冒険者は、急速に死に近づいていきました。


 二人の治癒魔術はまったく、事足りていませんでした。


 ですが、それでも二人は諦めず、治療を続けました。



 バッカス王国の魔術は、想像イメージで動き出します。


 魔力と想いを燃料に不可能を可能とし、物理現象を捻じ曲げます。


 想いで動くからこそ――二人の想いは、それぞれの魔術に届きました。


 二人が本来使えていた治癒魔術を――過去最高の精度を凌駕しました。


 凌駕してなお……二人の魔術では、届きませんでした。



「ライラ……! 頼む……!」


「…………」


「お前任せで、悪い、けど……!」


「…………」


「お前の心臓……まだ、動いてるだろ……!」



 少年の魔術は、その鼓動おとを捉えていました。


 二人の魔術は完治には届きませんでした。


 ですが、ライラちゃんの意識は引き戻す事に成功していました。



「…………!」



 犬の冒険者は自分が瀕死である事を知覚しました。


 そして、それを誰かが治してくれている事も知覚し、自分も加わりました。


 自己に対し治癒魔術を使い、二人力を三人力へと引き上げていました。


 そうする事で、何とか、傷口は内臓含めて塞ぐ事に成功しました。



「わふ……」


「ライラっ」


「ライラちゃん……!」


 犬の冒険者はうつ伏せになり、残った血痰を吐きつつも少年達に息をしている姿を見せました。完治……というわけにはいきませんでしたが、復調しました。


「ライラが自分でも治癒魔術使ってくれたみたいだ」


「も、もう大丈夫なの……?」


「ライラ、どうだ?」


「…………」


 ライラちゃんは「余裕」と言いたげに立ち上がろうとしました。


 しかし、よろけて転びかけ、慌てた少年達に身体を支えられました。


「や、やっぱ、完全には厳しいか……」


「ど、どうしよ……」


「…………」


 ライラちゃんは「まだ戦える」と言いたげに、何とか立ちました。


 しかし、パリス少年は「もう戦えない」と思っていました。


 無理をさせた以上、これ以上は無理をさせられないと判断しました。


「大丈夫だ、こっからはオレが……オレ様が、何とかする」


「…………」


 少年とライラちゃんは見つめ合いました。


 ライラちゃんは少年の涙で潤んだ瞳を見て、その場に伏せて、任せました。


 少年は幼女に治癒魔術をかけ続けるよう頼みました。


「ライラの体調を少しでも回復させておきたい。戦ってもらうのは無理だとしても、多少、走れるぐらいまでは……頼む」


「う、うんっ……。わたしが抱っこして、走る……!」


「いざとなったらそれで頼む」


 少年は自分の衣服を切り取り、幼女に渡しました。


 靴代わりに足に巻くよう言いました。ただ、十分なものにはならないでしょう。


 少年は治癒を任せつつ、考えました。


 考えている余裕が無いのは理解しつつも、まずは考える事にしました。




「向こうはこっちを見失っている……少なくとも、今のところは……」


 嬲って遊んでいる可能性も少年は考えましたが、それは除外しました。


 そうなっている時点で、ほぼ詰みです。


「敵の数は……20人は超えてそうなぐらい……連絡が飛び交ってた」


 少年には追跡者達の音信は解読出来ませんでした。


 ただ、飛び交っていたという事実は把握し、音にもいくつかの特徴があったのは音質で大まかに察する事が出来ました。それは数の推測に繋がりました。


「いや、20人どころで済まないかも……」


 音の情報で考える事は出来たのは、あくまで推測。


 少年はそれを過信し過ぎるわけにはいかないと肝に銘じました。


「多分、さっきの連絡は包囲網とか、階段封鎖の指示……」


 音信の内容はわからずとも、状況からの推測は出来ました。


 広大な首都地下を全てカバーするのは難しいでしょう。


 ただ、少なくともライラちゃんが足跡を残した階段は使えず、それ以外の要所も確実に押さえられていると少年は考えました。逃げ道は限りなく少ない状態です。


 敵の方が全ての面で有利。


 地下の状況も、自分以上に把握しているだろうと少年は思いました。


 そう思って――ふと、突破口を見出しました。


 敵が知らず、自分が知る逃げ道がある可能性に気づきました。



「よし……行くぞ。ライラとオレの背中に乗れ」


「じ、自分で歩けるよ……」


「それはいざって時に温存してくれ」


「いざって時って……?」


「それはな――」



 パリス少年は作戦を説明しました。


 恐怖に震えつつも、幼女には不敵な笑みで語りかけました。


 そして、自分の冒険たたかいに向けて走り出しました。




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