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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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養子ビジネスの闇



「ライラぁ、助けてくれてありがとなー」


「…………」


 パリス少年にブニッとした顔を撫で回されるライラちゃんはおすまししておすわりしていましたが、尻尾はピコピコと振って上機嫌な様子でした。


「あれっ、お前、冒険者証どこやったんだ? 落としたのか?」


「…………」


「ていうか、何でここわかったんだ?」


「…………」


「あっ……ひょっとして、帰れって言った後も、心配して見ててくれたのか?」


「…………」


 ライラちゃんはバツが悪そうに首肯しました。


 心配して、少年にバレないように距離を置いて追いかけてきていたのです。


 少年が料理屋の裏口に連れ込まれた時は閉じられた扉をカリカリ引っかき、困った様子を見せたものの直ぐに潜り込む場所を見つけました。


 そして料理屋の中に首都地下に繋がる通路を見つけたのです。


 見つけた後、地下に潜る前に近くにいた王様の使い魔に吠え、その前に冒険者証ドッグタグを置き、チョコチョコ走って必死に少年の後を追い、少年が捕まっているのを見つけると――直ぐに飛び出さず、突入のための準備を整えたのです。


 少年は心配された事に気恥ずかしさを感じつつも、ライラちゃんがバツが悪そうにシュンとしているのを見て、「ありがとなー」と言って頭を撫でました。


 ライラちゃんにやられた男達は、それを憮然とした様子で見つめていました。


 頭目以外は負傷したままのものの、まだ死人は出ていないようです。


 全員のされて、今は少し特殊な方法で拘束されていました。


「おい、ガキ……ここから出たら、覚えとけよ……」


「床から頭だけ出して凄まれても、困る」


 男達はライラちゃんに――ライラちゃんの使うゴーレムに石畳の下へと身体を埋められ、生首だけ晒されているような状態で放置されていました。


 頭目の男は――獣人の男は――凄んでいますが、獣耳をピクピク動かしながら首から上だけで睨んできているため、威圧感は半減していました。


「さっきは不意打ちされたから、不覚を取ったが……月夜ばかりと思うなよ」


「法律と常識に縛られない俺達の悪逆非道な手管に震えろ」


「ウチのかしらは、頭に不意打ちされてなきゃメチャ強いんだぞ!」


「痛いよぉぉ……」


「今なら、土下座してやる」


「後で殺す」


「その前に、自分達の心配すべきだと思う……」


『えっ』


「ここ、首都地下じゃん? 魔物出るんじゃね?」


「…………」


「アンタらの格好とか、大ネズミが食べるのに絶好の位置じゃね?」


『…………』


 頭目以外は生きたままネズミの歯に頭だけ食べられる未来を想像し、おしっこ漏らしましたが、幸い、首から下は埋められているので助かりました。


 その辺のメンタルケアは各々が個別に行い、現状を再認識して媚びた笑顔を浮かべながら少年に対して話しかけ始めました。



「俺達が悪かったよ。だから助けてけろ?」


「もうぜったいわるいことしないよ」


「絶対悪さするだろうから、先にオレ達だけで帰って、政府に通報して、それから迎えに来るよ。そんな深いとこじゃなけりゃ……まあ、遅くても1日待ってもらえば何とかなるんじゃねえかな?」


「それまで待てと」


「ふざけんなてめえ、何様のつもりだ」


「オレ様に文句言われても困る。自業自得だろ……っと」


 パリス少年は犯罪者達から視線を切り、微かな衣擦れの音の方向を見ました。


 少年の視線の先には男達の荷物を枕に寝かされていた幼女の姿がありました。


「あっ、目が覚めたか?」


「ひっ……!!」


「おぉっ……?」


 幼女は目覚めたものの、驚き恐れ、その場で頭を抱えて蹲りました。


 パリス少年は状況が状況だけに怖がるのも無理はない――と思いましたが、幼女の様子には、人さらいにさらわれ、殺されかけた以上の感情を感じました。


「やぁぁぁ……もぅ……やだぁ……も……ぶ、ぶたないでぇ……!」


「だ、大丈夫だぞ、助けに来たんだぞ?」


「いやああぁぁぁ……! いやっ! いやっ! 引っ付けるのやだああああ!!」


「お、おい……」


 幼女は頭を抱え丸まっていたものの、少年に触られると悲鳴をあげて逃げ――石室の外に出ていこうとして転びました。


 少年は慌てて助け起こそうとしましたが、幼女が触られる事に強い恐怖心を抱いている様子を見て、その前でためらい、立ち止まる事になりました。


 戸惑う少年に対し、男達の頭目が話しかけました。


「無駄だ……そいつは、助けたお前すら、駄目なんだよ」


「あ、アンタら、この子がここまで怖がる事したのかっ!?」


「言ったろ? 俺達はむしろ、そいつの傷を治してやったぐらいなんだ。どっちにせよ俺達も殺処分するつもりだったけど、そもそも……そいつをそんな状態にしたのは俺らの雇い主だからな」


「雇い主……?」


「そのエルフの子供の、父親だよ」


「えっ……」


「虐待されてたってわけだ。治癒魔術も使って巧妙にな」


 バッカスの治癒魔術は病も怪我も跡形もなく治します。


 跡形もなく治し過ぎて、虐待を受けた痕すら翌朝には治ってしまうほどです。


 パリス少年とライラちゃんが助けた幼女も、虐待を受けても朝には傷跡を消されていましたが……今回は男達に処分させるから、「もう治さなくていいだろう」という事で治癒せず引き渡されたようです。


「ちぃと苦労したぜ。そいつ、引き渡された時は可愛いお顔がボッコボコでな。それどころか治癒魔術を悪用されて、自分の肌と肌を癒着させられて――」


「やめろ!」


 少年は叫びました。


 憎々しげな顔で、「言わなくていい」と告げました。


 言われた頭目は不機嫌そうに舌打ちしつつ、ひとまず黙りました。


「……要は、悪いのはこの子の父親だな?」


「まあ、そうなるかね」


「アンタらはその父親に言われて、この子を……ここに連れてきたんだな?」


「ああ。念のため教えておいてやるが、暴力振るってたのは父親だけみたいだが、母親の方もツバ吐きかけたりと大概だったぜ」


「何で……何で自分の子供に、そんな酷いことするんだ……」


「自分の子供じゃねえからさ」


「…………」


「そのエルフのガキは、浮遊魔術とか希少な魔術がぎっしり詰まった高い魔術適正を持つって触れ込みで、実の親に売られたのさ。だが、実の親が嘘つきで、そいつには特殊な魔術適正は無かったらしいぜ?」


「…………」


「俺達の雇い主は養子商売で詐欺られたって事だな。そんでクソむかつくから、そのエルフのガキに暴力振るって――果てには殺処分しようとしたわけだ」


「…………」


「実親にも養親にも、誰にも必要にされてない哀れな、いらない子って事だ」


 希少魔術の適正が尊ばれるバッカス王国において、適正の高い子を養子ビジネスの商材として取引する事は、数多くは無くとも行われているのが実態です。


 事が事だけにバッカス政府も取り締まってはいるものの、買う側も売る側も巧妙に金銭の授受、あるいは別の方法で利益をやり取りする事があります。


 ただ、あまり露骨にやると政府に捕まりかねないリスクと将来の利益を考えると、養子として迎えた側も商材を大事に扱い、家庭環境的には裕福で恵まれた子になる事もあります。


 全員が全員、そうなるとは限りません。


 経緯に詐欺行為の混ざるやり取りは、特に……。



「…………」


「うっ……ひっぐ……ひぅぅ……」


 パリス少年は、幼女の前で立ち尽くしました。


 実の両親に商品として売られ、売られた先では望む商品では無かったと怒鳴られ、さらには拷問と大差ない虐待を受けた幼女。


 その心の傷は治癒魔術では何とも出来ないものでしょう。


 まだ大人とは言い難い少年では、うずくまる幼女を直ぐに笑顔に出来る言葉をかけてあげる事は出来ませんでした。大人であっても難しいでしょう。


 そんな状況だからこそ、進み出ていった子がいました。


 小型犬の冒険者、ライラプスちゃんです。


「ひぅぅ……?」


「ヘッヘッ……」


「わ、ワンちゃん……? ひぅっ!? く、くしゅぐったいよぉ……?」


 コロッとした小型犬のライラちゃんはトコトコ歩き、幼女の前で大股開きで仰向けになったり、舐めたりしながら敵意が無い事を知らせました。


 幼女はプニプニとした犬の身体におずおずと触り、ライラちゃんが怒る様子が無い事を見て取ると、しばし、泣くのを忘れて撫でるのに夢中になりました。


 パリス少年はそれを少しホッとした様子で見守りつつ――これだけではいけない――と考え、幼女から少し離れた場所にライラちゃんを挟さむ形で座り、ゆっくりと話しかけはじめました。


「そいつの名前、ライラプスって言うんだ」


「ひぅっ……らいらぷしゅ……」


「可愛いだろ?」


「ん……んー……」


 幼女は少しだけ落ち着きを取り戻し、パリス少年をチラチラと見ました。


「おにいちゃん……わたちが、箱詰めされるとき、外にいた……」


「ああ、うん、助けるつもりだったんだけど……直ぐ捕まってさぁ」


「…………」


「でも、そこにいるライラがオレ様達を助けてくれたんだ。ライラは可愛くて賢くて強くて、ゴーレム使えて、冒険者やってるんだぞ?」


「ふぇぇ……」


「ライラがオレ様達を守ってくれるから、こっから逃げよう」


「…………」


「こっから地上に逃げたら、オレ様が美味しいもん奢ってやる。バッカスはたっくさん! 美味しいものがあるからな! 飲水も沢山あるし、いいとこだ」


「…………」


「…………」


「…………で、でもぉ……」


「うん……」


「わたし……いらない子、だからぁ……」


 幼女ちゃんは、恐怖とは別の感情でポロポロ泣きました。


 まだ幼くても、自分がどんな経緯を辿って、虐待される事になったかは痛いほど……精神的にも肉体的にも痛いほどわかっていたのです。


 自分には行き場なんて無いと思っていました。


「……親のとこには、戻りたくないよな、そりゃ」


「…………」


 幼女は恐怖に振るえました。


 ライラちゃんは幼女の身体に前足をつきつつ、涙に濡れた顔をペロペロ舐め、幼女にぬいぐるみのように抱っこされてもされるがままになりました。


「まあ、そんなら親のとこには戻らなくていいだろ。別のとこ紹介してやる」


「ひっく……べつの……とこぉ……?」


「孤児院だ。赤蜜園ってとこなんだけど……知ってるか?」


「んーん……」


「オレの友達もそこ出身のヤツいるんだけどさ、今は元気に冒険者してるんだ。しかも……そんじょそこらのヤツらより、スゲー強え冒険者なんだ」


「…………」


「孤児院で色々教えてもらったらしいぜ。んで、赤蜜園は冒険者以外の仕事も教えてもらえるらしいんだ。むしろ、孤児院長さんは冒険者以外の仕事に就かせたがるらしい。いいところみたいだぜ」


「…………」


「直ぐ入らないにしても、ちょっと見学行ってみるか?」


「……そこは、たべもの、あるの……?」


「あるぞ、もちろん。三食お菓子付きらしい。お小遣いも貰えて、仕事覚えること兼ねて御手伝いとかいったら、そこでお駄賃も貰えるらしいぜ」


「ね、ねころがれるとこ、ある?」


「あるぞ」


「だ、だれも……ぶったり、いたいこと、しない……?」


「しない。そういう怖いとこじゃないのは保証する」


「…………」


「とりあえず、オレ様達と、見に行ってみないか?」


「…………」


「気に入らなかったら……そん時は、そうだな……オレがフェルグスの旦那にお願いして、旦那のとこで寝泊まり出来るようにしてやる。お前が独り立ちできるまで、オレが稼いで、食わしてやるぞ」


「…………」


「ま、まあ、オレ様の稼ぎなんてたかがしれてるけど……」


 パリス少年はちょっと申し訳なさそうに頭をかきました。


「すげー美味いものは、ちと厳しいかもだけど……ちゃんと三食食べさせるよ。でも、安心しろ、直ぐに美味いもの食わせられるぐらい稼いでやる」


「いまお金ないのに、稼げるようになるの……?」


「おう。オレは……オレは! ぜったい、スゲー冒険者になるからなっ!」


 少年は笑って、幼女に手を差し伸べました。


 幼女はまだ怯えた様子でしたが……ライラちゃんがその腕から抜け出して、パリス少年の脚にスリスリ身を寄せる光景に勇気づけられました。


 勇気づけられ、少年におんぶしてもらって、地上を目指す事になりました。


 帰るところなど、無いかもしれません。


 少なくとも帰りたいと思える場所などありませんでした。


 けれども、帰れるところを探すため、少年達と共に行く事を決めました。



「…………」



 その様子を、犯罪者の男達は憎そうに見つめました。


 そして、少年達が立ち去ると、「まだかよ」と一人が呟きました。


 6人全員が、別の誰かを待っていたのです。




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