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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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いらない子



「ぅ…………」


「おっ、目が覚めたか?」


 昏倒していたパリス少年は固い床の上で目を覚ましました。


 少年を揺さぶり、起こした男はそれを満足そうに見つめながら話しかけました。


 それは獣人の男性でした。


「大丈夫か? お前、悪いヤツらに頭を殴られて、気絶してたんだぞ」


「あ、アンタは……?」


「俺が助けてあげたのさ」


「…………ウソだ、お前、俺を殴った男だろ……」


「チッ。ま、さすがに気づくか」


 男は不機嫌そうに顔を歪め、パリス少年の頭を耳から踏みつけました。


 少年は軽くであっても踏みつけられる痛みに顔を歪め、必死に身体を揺すってそれから逃れようとしましたが、縛られている事もあって逃れられませんでした。


「ここがどこかわかるか?」


「……首都地下」


「おっ、正解」


 踏みつけられつつも、石の壁と嗅ぎ覚えのある臭いからどこにいるのか当てたパリス少年でしたが、自分が首都地下のどこにいるかは判断がつきませんでした。


 元より、壁に書かれた目印等を確認しないと遭難しかねない迷宮地帯で、地下ゆえに遠くに目印となるものがあるわけでもありません。


 ゆえに少年は正確な位置を知るために周囲を確認しようとしました。踏まれながらも周りを見て確認しましたが、確かめられるものは何もありませんでした。


 どうも、地下の一角にある少し広めの石室の中にいるようです。


「っ……誰か! 助けてくれーーーー!」


「無駄だ、その手の声は届かないよう、音を遮断する法陣を書いてるからな」


 少年を踏みつけている男がそう言い、それとは別の太っちょの男が自慢げな笑みを浮かべてその言葉に首肯しました。どうやらその人が術師のようです。


 男達は複数人いました。


 少年の近くにいるだけでも6人おり、それぞれが武装しています。


 対してパリス少年は丸腰どころか縛られて地面に転がされており、主導権は完全に男達側にあるようでした。それは、双方共が理解していました。


「アンタら、何なんだ……! さっきの女の子はどこ行った!?」


「コイツの事か?」


「あっ……!」


「…………」


 少年の直ぐ前に、白い貫頭衣だけを着せられた幼児が転がされました。


 貫頭衣から覗く肌は白いクリーム色の綺麗なものでしたが、表情は青ざめたまま気絶しており、生来は綺麗なはずの金髪を泥や血で汚していました。


 幼児の耳は少年より長く、どうやらエルフ種の幼女のようでした。


 長寿ゆえ殊更年齢がわかりにくいエルフですが、地面に転がされた彼女は確かに年端もいかない幼児のようです。


 少年は男達は意識の無い幼女を縛りもせず転がしている事に驚きましたが――男達が幼児の髪をかき上げ、見せた首元を見つめ、目を見開きました。


 首元そこに、焼けただれた火傷痕があったのです。


「お前ら、その子に何をした!!」


「いや、ちょっと薬で眠ってもらってるだけだよ」


「ああ、身体の傷か? こりゃ、俺達がつけたもんじゃねえよ」


「むしろ、こっちは治してやったぐらいだ。顔とか酷い状態だったからな。まー、傷の下が綺麗なお顔で良かったよ。エルフはホント、容姿に恵まれてるよな」


「ど……どういう事だ? お前らじゃなけりゃ、誰が……」


「おっと、そこは契約で言えなくてねぇ」


 男の一人がニヤつきつつ、「そもそも、綺麗に見える身体の下には何十、何百という傷の記憶が埋まってるんだよ」と意味深な事を言いましたが、少年はその言葉の意味を察する事は出来ませんでした。


 少年の友達の、猫系獣人の女の子なら察する事が出来たでしょう。


「さて、こっちの幼女は置いといて、少年に質問だ」


「置いといてってなんだ、その子を解放しろ!」


「うるせえ」


「ぐむぅ……!」


 踏まれた少年が呻く中、獣人の男が言葉を続けました。


「このクソガキ、お前さんは遠隔蘇生の保険かけてるクチか?」


「……かけてない」


「正直に言った方がいいぞ」


「…………」


「おい、やれ、そっちの幼女の方」


「えっ、俺がぁ?」


 パリス少年を足蹴にしていた男が仲間に指示し、それを受けた仲間の男が嫌そうな顔をしつつも幼女に近づき、その小さな手指を――。


「やめろ! 折るな!」


「お前の態度次第さ。それにまあ、折ってもクソ痛いだけで、治癒魔術で何とでもなる。バッカスの魔術は色々と便利だからなぁ……」


「保険ならかけてる! だから、もうやめろ! お前らの顔はもう覚えたぞ! 保険屋で蘇生された後で、王様に言いつけて――」


「その間に、この幼女がどうなるかわかるか?」


 少年は男の問いかけに言葉を詰まらせました。


 保険をかけていれば一度死んでも蘇生してもらえるものの、直ぐ様ではありません。多少は順番待ちする事になり、仮に順番を先に回してもらっても直ぐにこの場に戻ってこれるわけでもありません。


 戻るべき場所が首都地下のどこかなのかすら、わからない状況です。


 少年の命は助かるかもしれませんが、幼女の身の安全は――。


「下手に拷問して死なれると困るからなぁ。とりあえず、幼児こっち使って脅させてもらうわ。お前、どこの人間だ? 何やって暮らしてる?」


「冒険者、だ」


「仲間は?」


「いまは、いない……今日は単に買い物行っただけで、別れたから……」


 少年はそう言いつつ、歯噛みしました。


 こんな事ならライラを先に帰さなければ良かった――と後悔しました。


「オレ一人だ」


「政府の人間が探り入れてたわけじゃあ無いんだな。まあ、お前みたいな間抜けなガキを政府が使うわけもねえだろうなぁ……一生、有り得ん話だ」


「…………」


「さて、お前これからどうしたい?」


「……それは、お前らが決める事なんだろ?」


 少年の返答に男達は少し満足げに笑いました。


「そう、その通り。俺らの顔を見られた以上、お前はこのまま帰すわけにはいかん。今日あった事は全て忘れてくれるなら帰してやらん事もないが――」


「忘れるよ。だから、その子と一緒に帰してくれ」


「く・だ・さ・い、だ」


「ぐぅぅ……」


「最近の糞ガキは敬語の一つも満足に使えないのか、アァン!?」


 男は縛って抵抗できない少年に靴のかかとをねじ込みつつ、凄みました。


 強く押し込まれたがゆえに、少年は頭蓋がミシミシと鳴る音を聞かされる事になり、歯を食いしばって恐怖に打ち震える事になりました。。


 少年はずっと逃げる算段をしていましたが……魔術が上手く使えない事に気づきました。男達も、少年が魔術それを頼みの綱にしている事には気づいていました。


「身体強化魔術すら、上手く使えないだろ」


「薬か、何かか……!」


「そ、薬で魔術行使を妨害してんだよ。この国の魔術は便利だが、便利過ぎて面倒だからなぁ……まあ、死ぬほどの毒薬じゃないから気にするな」


「……それほどの効果は無い、粗悪品って事か……」


「粗悪品で殆ど魔術が使えなくなるような身は可哀想だねぇ」


「…………」


「さて、お前の今後についてだが、奴隷として誰かに買ってもらうって案がある」


「バッカスじゃ、人身売買は違法なんだぞ……」


「俺達がそれを守ると思うか?」


「……その子も、オレ様と同じく売り飛ばすつもりか?」


「いや、こっちは殺処分だよ」


「何で……!」


「……そういう仕事だ、仕方ねえだろ」


 それはおかしい、と少年は戸惑いつつ、憤りました。


 バッカス王国は建国以前、ヒューマン種以外の種族は西方諸国で奴隷として盛んに売買されていました。家畜のように交配させられ、生まれた子供が小さいうちから取引されていたほどです。


 特に、エルフの女児は非常に高値で売れました。


 種族的に容姿端麗な子が多い事もあり、エルフの女児というだけで尊ばれ、調度品や装飾品と同じように大事に――身体は大事に心は酷使されていました。


 長寿族ゆえに、男のエルフですら「生き血が美容に効く」と果肉のように絞られ、血が高値で取引されていたほどで、少年の直ぐ側に転がされているエルフの女児などは貫頭衣の下の火傷痕、打撲痕等を治せばそのまま高値で売れるでしょう。


 現在でもバッカスの法で禁止されているだけで、裏では取引している者も根絶やしには出来ていない状態です。需要があるのです。


 それでもなお、男達は「殺処分」すると言い放ちました。


 眉根を寄せた者もいましたが、「仕方ない」で済ませました。


 それが理解出来ない少年が戸惑っているのを見て、男の一人がニヤついた笑みを浮かべながら、とっておきの笑い話を披露するように話しかけました。


「この子はな、いらない子なんだよ」


「おい、やめろ。余計なことまで言わなくていい」


「いいじゃないっすか……どうせ、この坊主もお先真っ暗なんだし……。そんで、そんでかしら、そろそろ……な? この幼女で、楽しいんでいい?」


 男の一人は、指を汚らしくしゃぶりながら聞きました。


 周りの男達もさすがにその振る舞いには引きましたが――。


「……後でちゃんと殺せよ」


「わかってる、わかってるってぇ。つか、ボクだけ楽しんでいいの? いやまあ、最初はボクが使わせてもらうのが当然として? 他の皆はいいの?」


「さすがに幼女でヤるのはキツいわ。常識疑う。お前も死んでいいぞ」


「犯罪者が何、良い子ちゃんぶってんだよ」


「む……」


「俺、後学のために参加。まあ、二番目でいいわ」


「つか、ここでやんの? 何か敷くもの無かったかなぁ……?」


「お前ら止め――!」


 パリス少年は必死に暴れ、止めようとしました。


 止めようとして、ある事に気づきました。


 そして、男達が幼女に注目している中、狂ったように叫びました。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


「うお……なんだコイツ」


「はは、頭おかしくなっ――」


「――――後ろだ避けろッ!!」


 指をしゃぶり、幼女に手をかけようとしていた男が「ボク?」と言いたげに集団の長である、獣人の叫びに驚いた顔で見返しました。


 見返しましたが、対応は何も出来ませんでした。


「いたっ――?」


 自分のアキレス腱周りに、小型犬が噛み付いた事に気づきませんでした。


「えっ、なに……!?」


 思い切り、容赦なく噛み付いた小型犬は身体強化魔術を起動。


 自分より遥かに大きな男の身体を噛み付いたまま浮かし、片足立ち気味にぐるり、と横薙ぎに――鎖付き鉄球のように振り回しました。


「おァっ!?」


「うごっ……!?」


 成人男性一人分をぶつけられた犯罪者二人がぶつかってきたそれを受け止めるような状態で後ろ向きに倒れていき、一時行動不能に。


 残った三人は各々の武装に手をかけつつ、「こいつ魔物か!?」「おい、索敵法陣敷設してただろ!!」と正体不明の敵に対して叫びました。


 ですが、パリス少年には「敵」の正体がわかっていました。


 敵どころか、味方である事もわかっていたからこそ、叫んで陽動したのです。


 少年を追跡してきたところで、索敵法陣の存在を察知し、救出のための段取りを密かに進めた後――隠形魔術で索敵を潜り抜けてきた小型犬を援護したのです。


 少年は、その味方の名を叫びました。




「ライラプス!」


「――――!」


 犬冒険者の彼女ライラは、少年の呼びかけに鼻息で応えました。


 応えつつ、まだ倒れていない男から突き出された槍を素早く回避し、倒れている男達を遮蔽にすべく、その陰に走ったのですが――。


「オラッ!」


「ぎゃひんっ!!」


「ぐ、ぉ……テメ、ボクごと……」


 槍持ちの男が仲間の身体に槍を突き入れ、ライラちゃんを仕留めにかかりました。刺された男もライラちゃんも、その槍の一撃に対して叫びました。


 ただ、ライラちゃんは肉壁の裏で刺されたわけではありませんでした。


 無表情に、それっぽい叫びを上げただけでした。


「安心しろ、後で治し――」


「うぼ、ぇっ……!?」


「はっ――――!?」


 やられたフリの叫びを上げた犬冒険者は、槍に刺された男を蹴りました。


 犬冒険者の断末魔っぽい叫びを聞いて、緊張を緩めた男は自身の手元に至るまで――犬冒険者の後ろ脚で蹴り上げられた仲間が――ずっぽりと槍を貫通する光景を見ながら、ズシリと重くなった槍を持って呆けました。


 呆けているうちに、素早く陰を走ってきた小型犬に脚を掴まれ、引きずり倒され、放り投げられました。


 ライラちゃんはそのまま、他を相手取ろうとしましたが……。


「おっと、そこまでだ!」


「あっ……!」


 ライラちゃんの快進撃が、ピタリと止められました。


 男達の頭目が微かに笑みを浮かべつつ、自分の足元に転がした少年に向けて剣を突きつけ、ライラちゃんを呼び止めたのです。


 ライラちゃんも少年の身を案じ、動きを止め、男の思惑通りに振る舞いました。



「ふっ……中々に賢い犬だな。糞ガキ、お前の飼い犬か」


「ライラはオレ様の仲間だ! く、くそぉ……! ライラ、オレに構うな!!」


「下手な真似をするなよ? 下手な動きをしたらコイツを殺す。苦しめて殺す」


「おい、お前らさっさと起き上がれ!」


「い、いでぇよぉ……」


「くっそ……ど、どきやがれ……」


 槍で刺されている者以外が再起しようとしていました。


 ライラちゃんはその事を把握しつつも直ぐには動けず……その場に寝転がり、「ハッハッ」と息吐きながらお腹を見せて小さな尻尾をピコピコ振りました。


 男達はそれを見て、思わず笑いました。


 服従のポーズだと思ったのです。


 ただの陽動だという事に気付かず、笑い、反撃されました。


 まず、少年を足蹴にしていた頭目が後ろから思い切り殴り飛ばされました。


 頭目は「新手か」などという考えなど抱く余裕もないほどの痛みを後頭部に受け、頭蓋が砕かれ、一瞬で気絶に追い込まれていました。


 頭目以外は、頭目がいた背後の空間を見つめました。


 そこに、異形の人形の存在を見つけたのです。


 人形の身体は石で出来ていました。



 その正体はストーンゴーレム。


 コアの銘を拳狼3型・改。


 バッカスで市販されている石岩掌握ストーン人形ゴーレムのコアをライラちゃんがベロベロ舐めて調整し、自分用に改造したものです。


 形態は様々なものを取れますが、いま現在は2メートルほどの人型。ただ胴体部分はウミガメのような形をしており、頭も首の無い無骨なものでした。


 男達がパリス少年と話しているうちに急いで地下通路の石を掌握し、組み上げたもので、唸る石腕と足元を走り回る小型犬に対し、男達は無力でした。


 無力で、後の勝負はもう一方的なものとなりました。




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