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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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あわれな冒険者



 取り囲んできたアイアースちゃんの取り巻きに対し、パリス少年は無言でいました。無言のままライラちゃんを抱っこして立ち去ろうとしました。


 学院時代からからかってくる彼らを「ボッコボコのけちょんけちょんにしてやりたい」という気持ちはありましたが、自制しました。


 血気盛んな者も少なくない冒険者同士の喧嘩であれば、多少は目溢しされるのがバッカス王国です。ただ、無抵抗な一般人を巻き込んだら捕まりますし、冒険者ギルドの考課にも響きます。


 多少は良いと甘えて、喧嘩ばかりするような冒険者の素行はしっかりとギルドに伝わり、段々と冒険者業界から干されていく事になります。


 パリス少年はその事を友達やフェルグスさんに教えられてきた事もあり、自重しました。グッとこらえて……いつか、冒険者の実績で見返してやると考えました。


 それに、喧嘩して困るのは自分だけではありません。


 少年はクアルンゲ商会に拾われた身。


 私闘で狼藉を働く事で、商会の看板に泥が塗られる事もありえます。


 クビになって家を追い出されても仕方がないと、少年は努めて冷静に考えながら俯き、唇を噛んでライラちゃんを抱っこして帰ろうとしました。


 ニヤニヤと笑みを浮かべた同級生達は、それを許してくれませんでした。



「おいおい、無視すんなよ」


「せっかく構ってやってんのによー」


「……帰るから、どけ」


「帰る? どこに?」


「アンタに帰る場所なんてないでしょ」


「…………」


「知ってるんだぞ、お前、泥棒の息子なんだろ?」


「他所の家に勝手に上がるのは、親子揃って大得意なんだなっ」


「バッカス王国に寄生してるクズ難民のくせに」


「……うるせー」


「あっ! 開き直ってる! さすがクズの息子!」


「開き、なおってねー……!」


 少年は同級生冒険者達を睨みました。


 多勢に無勢で、自分の実力で喧嘩を買えばどうなるかはわかりきっています。


 わざと挑発して、反撃されず一方的に殴られ、市街を警らしている王様の使い魔達に同級生達を叱ってもらう案が頭によぎっりました。


 でも、ライラちゃんを巻き込むのは嫌だったので、何とか穏便にこの場を乗り切ろうと必死に考えました。


 考えた結果、無視してこの場を切り抜けるのが一番だと思いました。


 しかし、同級生達は黙って帰すのを良しとしませんでした。


 少年を取り囲んで、肩を軽く手で押しながら逃がそうとしませんでした。


「お前……生意気なんだよ」


「腐肉漁りまでやってたクズのくせによぉ」


「あの大英雄、フェルグス様に上手く取り入りやがって……汚えヤツだ」


「ケツでも貸したんだろっ!」


「っ! 違う! フェルグスの旦那がそんな事するわけねえだろ!!」


「うっざ、反論してきやがった」


「ちびっこい犬連れて、使い魔なり眷属にでもするつもり――うわっ!」


「ガゥゥゥゥゥ!」


 ニヤニヤ笑って、ライラちゃんにちょっかいを出そうとしていた同級生の一人が危うくかじられそうになり、歯をむき出しにしたライラちゃんが唸りました。


 ライラちゃんは、取り囲んでくる「嫌な人間」を蹴散らし、颯爽とパリス少年と仲良く帰りたいと思っていました。が、少年の意志を尊重しました。


 それでも、一線を超えてきたら許さない。


 そう言いたげな犬の威嚇に対し、同級生達がたじろいた隙にパリス少年は走って包囲を突破しようとしました。そのまま走って帰ろうとしました。


 囲みを抜けた先で、足を引っ掛けられてなければ帰れたかもしれません。



「うわっ!」


「あら、御免遊ばせ」


 脚を出し、パリス少年を転ばせようとしたのは小さな女の子でした。


 羊系獣人の少女・アイアースちゃんです。


 ここまで少年を囲む事には参加せず、パーティーの皆と食事を取っていたテラスで事の成り行きを笑って見守っていたものの、出てきました。


 先日、保険屋で受けた個人的な鬱憤を晴らすためにも、八つ当たりに過ぎない事だとしても、恨み勇んでパリス少年にちょっかいを出しに来ました。


「貧乏冒険者1号、あなた、まーだ冒険者を続けていたんですのね?」


「っ……悪いかよ!」


 パリス少年は転びかけたものの、何とか体勢を立て直しました。


 ライラちゃんを抱っこしたまま言葉を返し、再び逃すまいと取り囲んできた同級生とアイアースちゃんを睨み返しました。


「悪いに決まっているでしょう……? あなたのような雑魚冒険者が蔓延る事は、バッカス全体に不幸を招くんですのよ?」


「意味わかんねえこと言いやがる」


「あなた、わたくし達が世界開拓事業という神殺しの儀の尖兵である自覚がありませんの? 無自覚な雑魚が粋がって、周りの脚を引っ張る事で、その大事で遠大な事業の完遂が遠のくんですのよ?」


 パリス少年は少しだけ言葉を詰まらせました。


 明日どう生きていくのか、自分がどう生きていくのか考えるのに精一杯で国家事業である世界開拓がどうこう……という事は、考えずにいたためです。


 ですが、多くの冒険者がそんなものです。


 アイアースちゃんですら本気で「世界のため」なんて事は考えておらず、その取り巻きの子達ですらパリス少年と大して変わらない思考なのですから。


「世界がどうのこうの言うなら……人手は多い方がいいだろーが……」


「あなた、雑魚冒険者のくせに本気でそう思っているんですの?」


「悪いかよ!」


「傲慢な男……。あなたは実際、周りの足を引っ張っているでしょう?」


「えっ……」


「下賤なあなたを哀れんだセタンタ様を雑魚冒険者の地平に引きずり降ろして、本来、あの御方がいるべき戦場から遠ざけているでしょう……?」


「…………」


 パリス少年は言葉を詰まらせ、黙りました。


 何か言おうとしたものの、言い返す事が出来ませんでした。


 彼にとって、それは避けようのない真実だったがために。


「わたくし、セタンタ様に魔物から助けられた後……あの御方が気になって、調べてみたんですのよ? わたくしと一つしか年が違わないのに、鍛え上げられた名槍の如し、あの御方の事を……」


「…………」


「セタンタ様は、とても偉大な冒険者の卵ですわ。才気に満ち溢れた戦闘の天才ですの。バッカスで十指に入るほどの強さを持つフェルグス様に背中を預けられ、共に戦場を駆け抜け、開拓戦線の第一線を走る腕利き達相手でも物怖じせず、自分の意見を手に食って掛かるような苛烈な方だったそうですわ」


「…………」


「口ばかりではなく、見事な戦闘技術で一流の冒険者達にも認められ、一度、戦場に解き放たれれば狂犬――いえ、鬼神の如き活躍で魔物達の首級を挙げ、将来を切望されていたような方なのに……あなたのような、雑魚冒険者の尻拭いをさせられて、立ち止まらされていたような……可哀想な方なのです」


「…………」


「去年の時点で、教導隊に誘われていたものの『時間の無駄』と断って竜種討伐遠征に走ったような意識の位階が高い人ですの。だと言うのに、今年は教導隊への参加を決めたそうですわね?」


「……………」


「それはおそらく、フェルグス様との付き合いで、あなたのような雑魚冒険者の面倒を見ないといけないのが……面倒でたまらないから、雑魚から離れるための口実として受けたんでしょうね。懸命な御方です」


 違う、そうじゃない――と、パリス少年は叫ぼうとしました。


 セタンタはそんな、婉曲なやり方しない。


 そう言いたかったものの……本来の強さに見合わない駆け出し冒険者の狩場に付き合わせている負い目があったからこそ、何も言えませんでした。


 言えず、俯き、同級生達の調子に油を注ぐ事になりました。


「この……寄生冒険者!」


「雑魚は雑魚らしく、都市の中でぬくぬくクソしてろよ」


「でしゃばんな」


「知らねえだろうから教えてやる。何と……アイアースは教導隊呼ばれてるんだぞ! お前は呼ばれてないだろ!? 力の差を思い知ったか!!」


「わたくしほどになると、セタンタ様と同じ領域に上がれるという事です」


 パリス少年とは対象的にアイアースちゃんは鼻高々な様子でした。


 小さな背を精一杯伸ばしつつ、上から目線で俯く少年を見つめ、勝ち誇りました。教導隊に参加出来た事は、それなりのステータスになるのです。


 もっとも彼女の場合は……実績と実力を買われたセタンタ君達とは事情が違いましたが、その事はパリス少年には知る余地がありませんでした。


「まあ、この機会にセタンタ様にはしっかりと忠告しておきますわ。あなたが犯罪者の息子で、腐肉漁りで、セタンタ様が付き合うに値しない雑魚だという事を」


「…………」


「馬鹿なあなたは、教導隊が戻ってきた後にまた寄生出来るとお考えかもしれませんけど……わたくしはそのような惰弱は許しません」


「…………」


「雑魚冒険者のあなたは、もうここで、彼とお別れなのです」


「…………」


「身の程を知りなさい」


 ライラちゃんを抱っこしたまま、パリス少年はもう完全に黙ってしまいました。


 アイアースちゃん達は自分達が勝ったと思い、有頂天になっていきました。


 パリス少年に罵倒の言葉を投げかけ続けました。


 王様の使い魔がその素行を静かに監視し、ギルドの考課にフィードバックしている事にすら気づかず、少年を馬鹿にし続けようとしました。



「くだらねえ事、やってんじゃねえよ」


 眉間にシワを寄せた少女が出てくるまで、少年を虚仮にしてました。


 金髪をざっくばらんなショートカットで切りそろえたボーイッシュな少女で、遠目には男の子のようにも見えるシルエットでした。胸の膨らみで女の子という事を察する事は出来ました、纏う空気は少女らしくないものでした。


 舌打ちしそうな顔つき、鋭い目つきで出てきた少女はアイアースちゃん達がいた店のカウンターで食事をしていたものの、外が騒がしい事に気づき、支払いを済ませ、心底ウンザリした様子で外に出てきました。


 そんな少女をアイアースちゃん達は親しげに迎えました。


「あ、メド」


「お前もパリスに言ってやってくれよー」


「コイツ、雑魚冒険者なのに粋がってるんだぜ」


「犯罪者の親がいるのに冒険者続けてるクズなのよ!」


「そうかよ」


 出てきた少女はアイアースちゃん達とパーティーを組んでいる冒険者でした。


 ただ、ヘラヘラと笑っている周りの者達とは雰囲気が違いました。


 違うものの、アイアースちゃんは空気を読まず、得意げな様子でその少女に「メドっ」と名前を呼びながら駆け寄り、パリス少年を指差し、言いました。


「メドも、身の程知らずのクズ冒険者に言ってやってくださいまし!」


「はあ?」


「貴女はわたくしと同じく、教導隊に参加する誉れある冒険者でしょう? そこの雑魚冒険者――いいえ! ゴミ冒険者をしつけてやってくださいまし! さあ!」


「おう」


 バシッ、と鋭く重い音が響きました。


 金髪ショートカットの少女は一切の表情を消し、身体強化魔術まで使って――ざっくりとした身体強度の計算も一応して――裏拳を飛ばしていました。


「あへっ!」


『えっ』


 羊角の少女、アイアースちゃんに裏拳を飛ばしていました。


 ぴょんぴょん飛び跳ねていた、ぷにぷにほっぺに裏拳を無防備に受けたアイアースちゃんは殴られた勢いに任さるままに空中で一回転し、錐揉みのように中空を舞い飛び、ビタンッ! と近くの店舗の壁に激突し、地面に落ちました。


 白目を剥いて少女の顔面に対し、アルパカの如きツバが「ベッ!」と飛んで追い打ちをかけましたが、気絶した少女はそれに気づきませんでした。


 裏拳とツバの連撃をした金髪の少女は絶句する周囲に構わず、「おい、俺はもう帰るからな」と言い、普通に……当たり前のように、帰ろうとしました。


 さすがに、アイアースの取り巻きの子供達に騒ぎ、止められましたが。


「めっ、めめめめ、メド! 何してんの!?」


「ゴミ冒険者をしつけただけだが、文句あんのか?」


「ないです……」


「い、いやっ、文句ってわけじゃないけど、相手わかってる!? アイちゃんってこれでもタルタロス士族の中枢に関わる偉いおウチの子なんだからね!?」


「えらいお嬢様なんだよ!?」


「知ってるよ。知ったこっちゃねえだけだ」


「考慮しよ? ウチらのパーティーの隊長でもあるんだよ!?」


「お前らはともかく、俺はたまに組んでるだけだろ」


 メドと呼ばれた少女は心底ウザったそうに眉間にシワを寄せ、詰め寄ってくる少年少女を睨み、眼光でたじろかせ、男性のような仕草で息を吐きました。


「俺は別に、アイアースと好き好んで組んでるわけじゃねえ。むしろ嫌いだ。キウィログの顔立てて、仕事の上では多少、協力してやってるだけだ」


「ふ、不遜すぎる……」


「不遜? 文句あるならやるか? やるなら先に殴ってこい、全員、殴ってきた後でこっちも一発殴る。それでチャラでいいだろ?」


「め、メドに殴られたら死んじゃうよぉ……」


「知るかよ。死んで頭の出来を治してもらってこい。つか、この間、無謀にも火葬竜クレマシオンに突っかかって大半死んだんだっけか……それで生き返ってコレなんだから、馬鹿は死んでも治らねえってのは、ホントなんだな……」


「ば……ばーか!」


「メドとなんて絶交してやるっ!」


「定期的に言われてる覚えがあるぞ、それ」


 アイアースちゃんの取り巻きの子達は「ひぃひぃ」と言いながらアイアースちゃんを引きずり、急ぎ逃げ去っていきました。


 白目をむいて気絶したアイアースちゃんの後頭部が石畳を擦れ、ブチブチブチと髪の毛が抜けましたが、それは治癒魔術で治される事となりました。


 バッカスの治癒魔術は概ね、頭にも効きます。



「お前も帰れよ」


「あ、うん……」


 パリス少年はぽつねんと取り残されていましたが、金髪ショートカットの子に促され、頷き、その場を去ろうとしました。


「おい」


 去ろうとしたものの、呼び止められました。呼び止めた金髪の少女が怖い顔でズカズカと近づいてきた事に、少し強張りましたが――。


「その犬……」


「えっ、なんだ? ライラの事か?」


「ブサ可愛いじゃねえか……」


 怖い顔のままライラちゃんに手指を伸ばしてきて、遠慮気味にライラちゃんの喉をこしょこしょと撫でてきた少女に敵意が無い事を知り、緊張を緩めました。


 ただ、「おい」とドスの利いた声で話しかけてきた事でまた固まりました。


「お前……つか、お前がいたパーティーがこの間、火葬竜に全滅に追い込まれそうになってたアイツらを助けたって風の噂で聞いたんだが」


「え? いや、アレはセタンタとレムスさんが――」


「一応、礼言っとく。あと……馬鹿共の野次は、無視しろ」


「オレ様だって無視してーよ……」


「ま……そうだろうな。アイツらから突っかかってきてるんだもんな」


「まあ、一応……」


 スマン、とポツリと言った少女は、もう少しだけ言葉を重ねました。


 手指は盛んにライラちゃんのアゴを撫でながら言いました。


「まあ……アイアースに関しては、近く、地獄見る事になるだろうよ」


「じごく? どういうことだ?」


「アイツが教導隊参加するのは確かだが……タルタロス士族の推薦枠の一つを使っての参加で……まあ、政治的なアレコレがあるんだよ」


「意味がわからん」


「説明すんのが面倒くせえ」


「そ、そっか……じゃあ、いい」


「ああ。じゃあな」


「おぅ……」


 パリス少年は気圧されつつも、少女を見送り、別れました。


 別れた後、一つの事件に遭遇する事になりました。


 それは……少年の傷んだ心を、さらに打ちのめす事件となりました。




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