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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
六章:お別れ
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ルーン織



「コイツだ」


 企画書と図面を取ってきた老婆は机にそれを広げ、椅子に座りました。


 セタンタ君はそれを食い入るように見始めましたが……。


「さて、坊主に図面それがわかるかい?」


「……いや、さっぱり」


 字や絵が汚いというわけではなく、モノ作りは門外漢ゆえに首をひねる事になり、薄く笑った老婆に「だろうね」と言われる結果となりました。


 ただ、それでも少年でも気づける事がありました。


「この図面……何枚あんの? スゲー重なってるけど、仕上がりは織物っぽく見える。いや、織物っつーか旗か」


「枚数はババア頭だから忘れたよ。確か100枚は超えてたと思うが」


「100……えっ、これ、そんな色々と描く事があんの?」


「ちょいと複雑で面倒くさい代物でねぇ。試しに一枚めくってみな」


 少年は言われた通り、ピタリと重ねられ、箱のようになっていた図面を一枚手にとってめくりました。めくるのに苦労する、とても薄い用紙でした。


 二枚目の図面には、一枚目とそう大差の無いもの――それどころか、まったく同じものがあるように見えましたが、少年は「あっ」と言って気づきました。


 二枚目ではなく、一枚目の図面を見て気づきました。


「あっ、これ透かし紙か!? しかもガラスみてえに反対側見える……」


「一応は紙だが、フィルムみたいなもんさね」


 図面は全て魔術的な加工が施されている透かし紙で、何も描かれていない部分は少年の言う通り、ガラスのように透き通って反対側が見えていました。


 一枚一枚に描かれている線が重なり合う事で上から見ると完成形の表面を見る事が出来るようでした。ただ、重なり合って完全に見えなくなっている部分もあるので、内部構造まで正確に把握するとなるとある程度めくる必要があります。


 要は、「織物の輪切り図の集合体」です。


「自分で引いといてなんだけど……途中で、描くの後悔したほどさ……それでも意地で何とか描ききってみせたけどねぇ……。思い出すと頭が痛くなってくる」


「これで作った完成品は?」


「面倒くさすぎて頭が痛くなるから作るのは止めたのさ。ただまあ、テセウスはこういうのチマチマ作るの得意だろうから一週間ぐらいあれば作れるだろう」


「んー……多分、そうだな。材料もアテがある」


 テセウスさんは企画書の概要に目を通し、微笑みながら頷き、少年に「出世払いでもいいぞ」と告げながら脳内で作成の算段をし始めました。


「あー、俺、あと一週間もしないうちに西方諸国行かないとなんだけど……」


「お、そうなのか? まあ間に合うようなら渡すし、間に合わなかったら帰ってきてから納品すればいいだろう? じゃあ今日から早速作成にとりかかるか!」


「仕事早いなー」


「こら、待ちな。先にコレがどういうもんか、坊主に説明しな」


 老婆は弟子の尻をペシンと叩き、説明を任せました。


 テセウスさんは師匠に任され事が嬉しいらしく、ニマニマと笑みを浮かべながらも「よしよし! 僕がキッチリ教えてやろう」と少年に話しかけていきました。



「この旗槍……正確には旗の部分の図面なんだが、コイツはセタンタ向けの品なんだ。間違いなくお前さんの魔術が上手い具合に乗るだろう」


「何で?」


「図面をよく見てみろ。複数のルーン文字が描かれてるだろう?」


「んー? あ、ホントだ、確かにルーン織って名付けられてるだけあって――」


 少年は何気ない様子で図面をチラ見しました。


 チラ見して、さらに意識して見て、素っ頓狂な叫びをあげました。


「……ん゛っ!? は!? なんだ、この……キチガイじみた作品……」


「言わんとする事はわかるが、もうちょい言葉選びな」


 言われ、ルーン文字の存在に気づいた少年は軽く絶句していきました。


 描かれているといっても表面にルーン文字の刺繍がビッシリとあるぐらいだろう――と思ってみたものの、それどころの話ではない事に気づいたのです。



「この旗に使われる糸は、全てルーン文字の形で織られてるんだよ」


「うそぉ……? 表面どころか中身も、全部がルーン文字で出来てんの?」


「その通り。全ての糸がルーン文字で織られ、結ばれている」


「あぁ……だから、ルーン織なのか……」


「単にルーン文字の形に織っただけではなく、魔力を通した時にそれぞれのルーンが干渉しあい、打ち消し合い――あるいは暴走しないような配置にもしている」


 その苦労はルーン魔術を扱う少年にも理解出来ました。


 魔術は想像イメージで動かすがゆえに、細かな操作は気配りは必要でないものも少なくありません。基本的な身体強化魔術は最たる例です。


 ですが、魔術同士で干渉し合う事があります。極端な例を挙げると火の魔術と水の魔術を同時起動すると、水が火を打ち消して不発に終わる事があるのです。


「謂わばコレは、超複雑な川渡り問題作品だ」


「川渡り問題って言うと……アレの事? 羊と狼と野菜を、船で向こう岸に運ばないといけないけど……船には1つずつしか乗せれず、特定の組み合わせになると残されたヤツが食べられるっていう……」


「そう、それだ。アラクネは複数のルーンを一小節どころか始まりから終端に至るまで干渉なく、矛盾なく成立させているんだよ。しかも旗の可変機能までついていて、厚さと引き換えに織物の長さを変化させながらさらに別の形態……別のルーンの組み合わせへと変化する」


「……お師匠さん、すげえ人なんだなぁ」


「ああ! バッカス一の紡屋さ」


 つむぎ屋とは、糸や布、服を扱う職人のバッカスにおける呼称です。


 元は魔術的な加工を施した糸を紡ぐ人を指す言葉だったのですが、巧みな糸捌きは他の職人の仕事を奪っていき、現在では糸や布関係の職人は総じて紡屋と呼ばれるようになっています。


 テセウスさんの師匠は、その頂点に上り詰めた人でした。


 職人として数多くの腕利き冒険者に作品を卸し、バッカス政府にも大枚を積まれて他の職人では作れないような逸品を納品していた事もあるほどです。


 テセウスさんは満面の笑みを浮かべ、その事実をとても誇らしげにしました。


 アラクネさんの方は恥ずかしがる事もなく、嘆息しているだけでしたが……。



「ホントすげえ、俺、これ使ってみたい」


「おうおう、僕が作ってやるから安心しろ。アラクネが頭を痛めながら作り上げた案を、僕が実際に形にするというのは……二人の愛の結晶だな!?」


「坊主、この気持ち悪いエルフをゴミ捨て場に捨ててきてくれないかい……?」


「ホントに気持ち悪そうにしてる」


「そ、そんな事ないよな? ないよなっ!?」


「…………」


 老婆の濁った瞳は糞の塊を見るような視線ものでした。


 テセウスさんがワンワンと泣き始める中、ルーン織に感嘆しつつ、実際に運用する時の事を考えていたセタンタ君は、ふと思った事を問いかけていました。


「アラクネさんは、どこでこんなもん作る着想アイデアを得たの?」


「とある巨人の冒険者から興味深い昔話を聞いてね……そこで筆が乗ったわけさ」


「とある巨人の冒険者……」


「冒険者クラン・カラティンのエイっていう巨人種さ。片目の……」


「ああ、なんだ、エイのオッサンか」


「おや、知り合いかい?」


 セタンタ君は自分の素性を告げました。


 赤蜜園育ちの彼は、赤蜜園と関わりの深いクラン・カラティンの冒険者の殆どと知り合いで、その中でもエイさんはよくおちょくりに来て、ついでに稽古もつけてくれていた事を話しました。


 つい先日も、腐肉漁りの暴虐を追い詰めるのを一応、手伝ってくれた事を思い出しながら、老婆にエイさんとの関係を告げました。


「オッサンの興味深い昔話って何?」


「知ってるかもしれないが、あの巨人は、結構な高齢でね。もう900歳は超えてて……バッカス建国以前から戦士として暴れまわっていた事は、知ってるかい?」


「チラリと聞いた覚えはある」


「その時に出会った相手が、ルーン織……というか、ルーン文字を書いた旗をつけた槍使いにあったそうなんだよ。ちょうど、バッカス建国の経緯となった戦争の時だったそうだよ」


 それはヒューマン種とそれ以外の種族の戦いでした。


 正確には西方諸国と、それに虐げられてきた者達の戦いです。


 バッカス王国はヒューマン種もそれ以外の種族も――比較的――手を取り合って生活出来ていますが、バッカス建国時はそれはもう酷いものでした。


 世界の覇権を握っていた西方諸国――それの主な構成員であるヒューマン種は自分達以外の種族を「亜人」と呼び、虐げ、奴隷として使役していました。


 その暴虐に対し、亜人と呼ばれた者達は抗いました。


 抵抗し、何度も潰されながら――ついに亜人の救世主を得たのです。


 救世主の名を「魔術王」と言いました。


 現在は、滑舌が微妙に悪いご本人が「まじゅぢゅ王」と噛む事があるので、縮めて「魔王」と呼ばれている存在です。バッカス王国の女王その人です。


「魔王が主攻を担った多種族連合と……神器の力で人を超越した勇者を要する西方諸国の戦いで、あの巨人は旗をつけた槍の使い手にあったらしくてね」


「その戦争なら知ってる。魔王様が勇者殺した戦争だろ?」


「ああ。その戦いで、あの巨人は……エイの爺は、片目を抉られて負けたんだ」


 槍で抉られ、敗北したそうです。


 老婆はエイさんが失った目と同じ右目のまぶたを叩きつつ、「そこで負けた戒めとして、目も治さずにいるらしいよ」と言いました。


 セタンタ君は「へぇ……」と言いつつも、疑問しました。


「その槍使いが、勇者?」


「いや、勇者じゃない」


「へ? 勇者じゃねえのに、よくエイのオッサン倒せたなぁ……」


「当時の西方諸国では勇者に次ぐ使い手だったそうだよ」


「へぇー」


「名をキュクレイン。アンタが入ってた赤蜜園の創始者さ」


「へ!?」


 少年の反応を少し面白そうに笑った老婆でしたが、直ぐにスッ……と目を細めて、少年に対して問いを投げかけていました。



「アンタ、エイの爺とは今も親しくしてるのかい?」


「言うほどでは無い、かな……? たまーに顔合わす程度」


「カラティンの冒険者から聞いたんだが、アイツ、いま行方知れずみたいでね」


「えっ……そうなの?」


「何か知らないかい?」


「いや……特には……?」


 少年は軽く、つい先日の事を語りました。


 腐肉漁りと揉め、助け船を出してもらった時の事を語りました。


 それ以外の事は知らず、行方不明になる兆候も特に察していなかったため、老婆に短く「そうかい。変なこと聞いたね」と話を打ち切られました。



「ま、あの爺の事は忘れるんだね」


「忘れろって……」


「それより、今はそこのエルフの事を心配するといい」


「は?」


 老婆に言われ、振り返ったセタンタ君の肩に手が置かれていました。手の主は、ニコニコと笑顔のテセウスさんでした。


「セタンタ、僕はさっそくアラクネと僕の愛の結晶を作りたい……」


「ああ、どうも……俺からもお願いします」


「気持ち悪いからさっさと出ていきな……」


「材料は概ねアテがある! 諸々の費用はとりあえず僕が持ってやろう! 我が最愛の師・アラクネとの共同制作という事で大興奮だから、何なら完成品を使ってみて気に入らないなら返品してくれてもいい!」


「ホントに気持ち悪い……」


 老婆はうんざりとした顔を浮かべ、セタンタ君は少し引きました。


 テセウスさんは大変上機嫌でしたが――。


「材料の調達はセタンタ、お前にも協力してもらう必要がある」


「魔物素材? 遠征控えてるから遠出できねえんだけど……」


「いや、材料はお前から取るんだ」


「はい?」


「最後の仕上げにお前の血液を使うから、ちょっと出してもらうぞ」


 バッカスの製品は魔術的な加工のため、生き血が使われる事があります。


 人間の肉体、特に魔術師本人の身体は最高の魔術媒体と成りえます。


 身体強化魔術が最たる例です。


 自身の身体を媒介にするからこそ、誰でも使いやすいという事情があるのです。他、女性は髪を伸ばしておいていざという時の魔術媒体として使う時もあります。


 ただ、他の人間が使う媒体としては流用しづらく、生き血を使った加工品は量の多少はあれど、ほぼ専用品マスターピースとなりがちです。


 そうなると転売はしづらく、誰かに貸して使ってもらう事もやりづらくなりますが、本人であれば自身の身体の一部に近い武装として使う事も可能です。


 もちろん、それだけの品が出来上がるかどうかは職人の腕にも左右されてくるのですが……その点、テセウスさんの腕前は十分な域に達していました。


 セタンタ君も「生き血の提供ぐらいなら……」と納得しました。


 一時は、納得しました。


「血ぐらいなら提供するよ。コップ一杯分で足りる?」


「いや、100リットルぐらいいる」


「なんだって?」


「100リットルぐらいいる」


「死ぬわ……」


「大丈夫だよ」


 テセウスさんは満面の笑みを浮かべながら、少年を捕まえました。


 師匠との共同制作をやりたい一心で、少年を犠牲にする事にしました。


「バッカスには治癒魔術があるから、100リットルぐらい、2、3日ほど管に繋がれながら治癒魔術かけつづければ余裕で搾り取れるぞ」


「ぜったいやばい」


「治療師も呼んでやろう。死んだら蘇生魔術もあるから安心だな?」


 少年は逃げようとしました。


 ですが、時既に遅く……元冒険者のエルフに連行されていく事になりました。




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