教導隊
「教導隊への参加? 私が、ですか……?」
「そうです。ガラハッド君、キミ達は選ばれたんですよ」
クアルンゲ商会の商館の隣。
フェルグス家の大邸宅の客間にて、ガラハッド君はそんな事を告げられました。
ほんの少し前まで、ガラハッド君はパリス少年と共に外で人に会っていました。
先日、首都地下で回収する事になった冒険者達の遺品をギルドに届けたところ、その遺族の方が謝礼を持って、感謝の意を伝えにきたのです。
少年二人は謝礼の受け取りを固辞し、緊張しながらも遺族の方々と見送り――見送った後、ガラハッド君は「ちょっとこちらへ」と邸宅の客間へと呼ばれました。
客間に来たガラハッド君が顔を合わせる事になったのは四人。
いつもと変わらぬ様子でソファに腰掛けるセタンタ君。
それをすごい膨れっ面で見つめているマーリンちゃん。
いつも稽古をつけてくださっているエレインさん。
最後の四人目はガラハッド君の知らない人物でした。
目深に被っていたローブを外したその人物の顔は、とても端正な顔つきの美女でしたが……声色は、ガラハッド君がギョッと驚くものでした。
「改めまして、私はアハスエルスという者です。エルス、とお呼びください」
「…………!?」
「あ、すみません、声色が爺で驚かれましたか……」
エルスさんは女性的な顔立ちに柔和な苦笑を浮かべつつ、「性別は一応、男なんですよ」と語りました。その声は嗄れた老爺の如き濁声でした。
「ちょっと薬を飲んで、声帯を定期的に壊しているんです。面食らわせてすみません。顔見なければ多少マシだと思いますので、室内で失礼ながらローブの方、被らせてください」
「い、いえ……すみません、こちらも、大げさに驚いてしまって」
「驚かせてしまっているのは私なので、お気になさらず」
エルスさんは最初と同じく、苦笑をしました。
苦笑しつつ、「さて」と前置きしてガラハッド君に切り出しました。
「私はバッカス政府からの依頼で権限を与えられ、ガラハッド君をバッカス政府主導の教導隊に勧誘したく、こちらを訪問させていただきました」
「は、はあ? えっと、すみません、そもそも教導隊というのは何ですか?」
初歩的な質問ですみません、とガラハッド君は言葉を返しました。
エルスさんはその問いに答えようとしましたが、それより早く膨れっ面でセタンタ君を見つめていたマーリンちゃんが教えてくれました。
「教導隊って言うのは、優秀な若手冒険者にツバつけときたい政府の謀略だよ」
「マーリン、お願いですから……もうちょっとこう、包んで……」
エルスさんがマーリンちゃんの説明に頭を抱え、それを見たマーリンちゃんは「しょうがないにゃあ」と言いながら言葉を続けました。
「教導隊って言うのは、優秀な若手冒険者を囲っておきたいバッカス政府がね? 若手冒険者の育成を口実に教導隊という一種の遠征部隊に集めて、訓練しつつ政府の都合よく動け~動け~と洗脳する集まりだよ」
エルスさんはさすがに、マーリンちゃんのほっぺたをつねりにいきました。
「いひゃい、いひゃい! ししょー、ひゃめへぇ!」
「まったく、この子は。不機嫌なのはわかりますが、その事でうら若き少年に言っちゃダメな真実を言わないように」
「わらひらって、うら若き乙女だもおおおおん!」
「ええっ……その股間で言うんですか……? それを……?」
エルスさんはちょっと引きました。
セタンタ君は我関せずという様子でお外を見て、エレインさんはマーリンちゃん達を見ながらガラハッド君に耳打ちしてきました。
「マーリンちゃんとエルス様は師弟関係にあるのですよ。魔術のね」
「へぇぇ……そうなんですか」
「多少の手ほどきをしただけなので、師匠と言われるほどでは……」
「そうそう、ボクの師匠の一人に過ぎないよ」
「また、この子はこういう事を言う。まあ、師匠と呼ばれないぐらいの方が気が楽なので、ぞんざいなのは望むところではあるのですが……」
「ふーんだ! 師匠、ボクいやがることするからキライっ!」
「まったく……いえ、色々と、すみませんね」
エルスさんは嘆息しつつ、気を取り直してガラハッド君に向き直りました。
「まあ正直、政府主導の教導隊は優秀な若手冒険者のエンクロージャー……もとい、囲い込みの意味も強いのです」
「悪い事ばかりでは無いですよ」
エレインさんも口を挟みつつ、ガラハッド君に話しかけていきました。
「教導隊に誘われるという事は、有望株として評価されてるという事です」
「私は冒険者になったばかりで、大した事もしてないんですが……?」
「戦闘訓練を始めたのがごく最近なのに、単騎討伐試験で目を見張る成績を残した事を評価させていただいているんです。その他にも、色々と」
「伸びしろを評価されているという事ですね?」
「はい。エレインさんの言う通りです」
「ちなみに、セタンタ君とマーリンも教導隊に誘いました。二人も参加します。友人二人が参加するので、ガラハッド君も気兼ねなく参加してください」
「セタンタ、なんで参加しちゃうかなぁ……!」
「先に参加したお前が言うな」
「ボクとセタンタとじゃ事情が違うでしょッ!」
マーリンちゃんが床を踏み鳴らしながら立ち上がりました。
立ち上がりながら浮遊し、「セタンタなんて知らないっ」とプリプリ怒って出ていきました。ほんのりと不安の入り混じった怒り顔で。
セタンタ君はそれを肩をすくめながら見送りました。
ガラハッド君が事情がわからず、戸惑い、セタンタ君に「追わなくていいのか?」と聞きましたが、セタンタ君は「いいんだよ」と返しました。
「教導隊の目的地が、俺の故郷近いから色々考えてくれてるんだよ、マーリンも」
「故郷?」
「赤蜜園に来る前は向こう……西方諸国で暮らしてたからな」
「目的地は西方諸国なのか」
「正確には西方諸国の沿岸をぐるり、と一周する遠征なんですよ」
エルスさんが補足説明を続けていきました。
「何箇所かで上陸しますが、今回は船旅です。主に海上及び船上で訓練をしながら取れたてピチピチの海鮮で舌鼓を打てる楽しい遠征ですよ」
「それまさか、海鮮は自分で調達とか言いませんよね?」
「よく気づきましたねぇ!」
エルスさんは爺声で嬉しげに言いました。
「まあ、訓練の一貫ですよ。大丈夫、死んでも蘇生魔術師同行しますから」
「ふ、不安すぎる……!」
「といっても冒険者稼業なんてこんなものですよ。政府としても囲い込みの思惑はあるとはいえ、冒険者稼業を続ける以上は仲良くしておいた方が稼げる相手です。バッカスの冒険者稼業はギルドとの縁は切っても切れませんからね」
「海での戦闘訓練を有事の際の護衛アリでやれるのは、ガラハッド君の糧になりますよ。お母さんともよく相談して、参加の是非を決めてください」
「いえ……いま返事します。参加させてください」
ガラハッド君は頷きつつ、そう言いました。
自分はもう立派……とまではいかずとも、一人の冒険者。
命がけの仕事である事をお母さんが心配してくれてはいるものの、お母さんの方もガラハッド君がやりたい事は支持して任せてくださっています。
お母さんを心配させないよう――父親を超えれるよう――強くなるためにガラハッド君は教導隊への参加を決めました。
エルスさんは色良い返事に機嫌よく頷きました。
「出発は一週間後です。しばらくバッカス王国に帰って来れなくなるので、気をつけください。こちら、教導隊のしおりです。お渡ししておきますね」
「こちらでは何を準備しておけば……」
「冒険者としての装備一式は用意しておいてください。教導隊でも予備の品は用意して貸し出しますが、使い慣れた物の方がいいでしょう?」
食料物資は現地調達以外は政府が用意する事を告げつつ、エルスさんは教導遠征についての説明を付け加えていきました。
「単に訓練目的だけではなく、報酬も出ます」
「え、訓練なのに?」
「要は会社の講習会ですからね。それも半日で済むものではなく、長期に渡るものなので……それを稽古つけるから無給! というのは酷でしょう?」
そう言いつつ、エルスさんは金袋を取り出しました。
「こちら前金……というか支度金です。装備の準備にでも使ってやってください」
「うわ、多っ! こんなに貰えるんですか……!?」
ガラハッド君はズシリと重い金袋を受け取りつつ、冷や汗流しました。
エルスさんは「それだけ期待されているという事です」と言って微笑みました。
「不明な点がありましたら、政府に……魔王様の居城にまで起こしください。もしくはマーリンに。彼女には私の助手的な事もして貰うので」
「わ、わかりました」
「エレインさんは、もう少しお時間よろしいですか?」
「構いませんよ。私からも話がありますので」
客間には大人二人が残りました。
ガラハッド君は降って湧いてきた栄達話に浮足立ちつつ、セタンタ君と一緒に客間を出て、そわそわした様子で話しかけました。
「ど、どうするセタンタ? どうすればいい?」
「普通の遠征より緩いヤツだから、そんな構えなくていいと思うぞ。大失敗犯しても周りが助けてくれるような旅だからな。死んでも保険代まで出る」
「そうか、そうなのか。それでも緊張してきたぞ……!」
「その辺は自分で何とか収めてくれ。ただまあ、一つ問題があるんだよな……」
「問題?」
「……パリスは、呼んでもらえなかったって事だよ」
「あっ……」
少年二人は、邸宅の廊下で気まずそうに顔を見合わせました。
見合わせ、パリス少年の姿を探し求めましたが……見つけられませんでした。