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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
五章:迷宮都市サングリア
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海獣の槍



 決着にあたって、少年が取り出したのは包帯のような布でした。


 戦闘の最中、速やかに槍の穂先に巻かれたそれには、血文字でルーン文字フサルクが描かれており、それを見た異形の剣士はその効果を理解しました。


『先程の地雷と同じ魔術ルーンだな。だが、威力は桁違いか』


「アンタの反応速度は異常だ。短刀の防御も、硬えったらありゃしねぇ」


『それで槍を強化するつもりか』


「そういうこった。一つで装甲抜けねえなら……まとめて食らわせてやる」


 一度、主人セタンタが指揮棒を振るえば連鎖爆発するルーンの巻き布。


 短刀で防がれようが、その上から砕く武装強化。



『地雷の時に使っていれば、吾輩の守りを抜けたものを』


「これほどわかりやすく強化してんのに、アンタは無警戒でいてくれるのか?」


『まさか! その時点で警戒し、地雷ルーンに関しても思い出していたとも。残念だったな少年。それ無しで十分な威力を出せれば勝てていたものを』


「……当てればいいんだろう?」


『然り。期待させてくれ』


 少年は走りました。


 腹から致命傷の血を流しつつも、魔術で速度を補いました。


 突撃に際し、少年は木彫りの投げナイフを投げました。


 火葬竜クレマシオン相手に振るったものと同じです。


 異形の剣士はナイフに書かれたルーン文字を見取り、炸裂を警戒しました。


 ただ、ナイフは異形の剣士に投げつけられはしませんでした。


 その周辺の地面に投げ落とされるだけで起爆もせず、捨て置かれました。仮にナイフが2、3本、周辺で爆発したところで異形の剣士の肌が少し焼けるだけ。


 ですが、少年の任意のタイミングで起爆する事が出来るそれを踏みつけ、体勢を崩される事をアリストメネスは嫌いました。


 嫌ったからこそ足場と逃げ場を絞り込まざるを得なくなりました。



『ナイフで地雷を敷設しつつ――正面から来るか!』


「――――」


 決着の時は近い、と異形の剣士は判断しました。


 これが最後の一合になりかねない、と警戒を強めました。


 ルーンの巻き布から放たれる爆砕は短刀で防ぎ切るには心許なく、ルーンのナイフが自由に踏める足場を閉ざし、正面からは突撃してくる少年の姿。


 槍に関しては下手に受けなければ良い。


 ナイフに関しては壊して無効化すれば良い。


 だが、少年の視線から決着が近いと判断しました。


 実際、槍使いの少年はこれで仕留めるつもりでした。


 長期戦は致命傷で不可能。


 切り札の一つであるルーンの巻き布は読まれているが、威力は十分。


 当てる事さえ出来れば決着――しかし、相手の反応速度は驚異的。


 それでも、少年は槍を振るいました。


 敵を殺すために、捧げるように、鋭く突き出しました。



『貴様の間合いは――とっくに見切っている』


「――――」


 既に十を超える打ち合いを経た今、少年の間合いは異形の剣士も把握済み。


 把握……しているつもりでした。


 少年もまた、相手の間合いを把握しているつもりでした。


 短刀での防御を控えた異形の剣士は、後方へと逃げ飛びました。


 後方へ飛翔し――突き出される槍を避けながら――曲刀を振るいました。


 投擲する形で振るいました。


 捨てたわけではありません。柄から異形の腕に密かに張られたワイヤーが伸びていく事で、たとえ外しても巻き戻して再度手中に収める事も可能。


 それにより、曲刀が一種の鎖鎌に変じました。



『これで終いだ……!』


「――――」



 少年は、曲刀それが自分を殺す事を悟りました。


 ですが、避ける努力を一切せず――相打ち狙いで槍を突き出しました。


 敵を穿つべく、突き出されていくミスリルの槍。


 その槍撃には今までとは違うものが二つありました。


 一つは威力強化のためのルーンの巻き布の存在。


 二つ目は、少年が槍を振るう姿勢フォームでした。


 槍は全身もねじ込むように振るわれ――尚且つ――最後は片手で放たれました。


 片手で振るう事でリーチを伸ばしたのです。


 槍そのものの威力は減じても、威力それは巻き布でカバーできる。


 当たりさえすれば、勝てるのです。



『それでは届かん』


「――――」


 異形の剣士は、片手槍撃を読んでいました。


 槍を振るう以上、そんな工夫は誰でも出来る。


 片手打ちによる間合いの伸びも、少年の体躯ではたかが知れている。


 人体の限界の間合いも折込済みで回避しつつ、曲刀投擲で勝負を決める。


 斯くして、アリストメネスの敗北する事になりました。


 届かないギリギリを読みすぎてしまったがゆえに、負けるのです。


 なまじ優れた反応速度を持つがゆえに、グレーゾーンに踏み込み過ぎました。


 迫るが遠く、届かぬはずの眼前の槍。


 そこに巻かれた槍が、ふわりと広がり、少年の手元が見えなくなりました。


 その不可視の手元こそが決着をつける切り札を振るったのです。


 届かぬはずの間合いを埋める一打と変じました。




魔槍ゲイ――」


 少年の間合いは、異形の想像を超えました。


「――掌撃槍ボルグ


 魔術詠唱の共に、空気切り裂き、超えました。




『な――――!?』


 少年は掌底により、槍を押し込みました。


『バカな』


 ですが、それだけでは足りません。


『ありえぬ……ッ!』


 足りないからこそ、槍そのものを伸ばしました。 




 決着はほぼ同時。


 此処ここに、初見殺しは成りました。


 異形の曲刀が、少年の首を半ばまで斬る一撃。


 届かない筈の槍が――槍本来の2倍の長さまで――伸びる一撃。


 届いた槍の一撃を受けた短刀ごと敵を爆砕の魔術で吹き飛ばした時。


 少年は槍を握ったまま、曲刀に首を斬られ、倒れました。


 勝負そのものは相打ちで終わりましたが――。



『しょ――勝負あった! 吾輩の負けだ!! 早く少年を治療しろ!!』


「おう」


『急いでくれ!!』


 相打ちで終わる事を嫌った異形が叫び、レムスさん達に助けを求めました。


 首を半ばまで切り裂かれたセタンタ君でしたが、直ぐに治癒魔術がかけられた事で何とか命まで断たれずに済みました。


 槍と爆砕の一撃を受け――胴体を吹き飛ばされ――真っ二つになって転がっていたアリストメネスは少年が何とか生存した事に安堵しました。


 殺すつもりで曲刀を振るい、実際に殺す寸前までいきました。


 だというのに、生かそうとしたのは――。


「いいのか? 俺が言うのも何だが、殺す好機じゃねえか」


『吾輩は殺せれば何でも良いわけではない。見事に槍で砕かれ、戦闘不能に追い込まれた以上、それを成した者の命が失われるのは……惜しい、と思ったのだ』


「死んでも保険があるけどな。だがアンタ、紳士だな」


『否。無辜むこの命を奪った者は、何を成そうがただの外道よ』


 アリストメネスはレムスさんの言葉を、勝負の場に――自分が殺し、大ネズミに食べさせた死体が転がった場所に――仰向けに倒れながら、賞賛を否定しました。


 否定しつつ、再起した少年に聞きました。



『少年、教えてくれ。貴様……先程、何をした』


「アンタの目なら見えてた……わけじゃないか」


『見えていなかった。勝敗を決めた最後の一押しは少年の手元で起こったものだろう……だが、吾輩の視界からでは……巻き布が邪魔で見えなかった』



 アリストメネスの眼は、いわば全天球の視界です。


 上下左右全方位を自分の身体にすら邪魔されず見る事が出来る無尽の視界。


 ですが、千里眼の類ではありません。


 壁向こうは通常の視界だけでは見る事が出来ず、少年が威力強化のために巻いた巻き布が――視覚阻害のためにも巻いた巻き布が――肝心なところは隠しました。


 隠され、見えなかったがゆえに反応が遅れたのです。



『少年の口から吾輩が負けた理由を聞きたい』


「……俺が使ったのは、魔槍の魔術だよ」



 少年は血痰を吐きつつ、自身の愛槍を見せました。


 ただ、それは常時の二倍ほどの大きさに延長されていました。


 フェルグスさんに振るった時と同じく、魔槍魔術で延長したのです。


 ですが、少し工夫を凝らしていました。



「魔槍で穂先を伸ばしても……砕かれると思った。アンタの反応速度ならな」


『ルーンの巻き布も穂先に残ったままだろう。その方法を行っていたら』


「ああ……だから、石づきの方を伸ばした」



 フェルグスさんの時とは、逆の事をしたのです。


 穂先ではなく、持ち手を延長して間合いを伸ばしたのです。 


 掌底にて押し込んだのは光り輝く魔槍の根本。


 銀槍そのものはそのままに、魔槍で後部を継ぎ足して伸ばしたのです。


 手元にある持ち手部分であれば、強度もそこまで重視せずに済む工夫です。



「工夫……って言っても、子供だましの工夫だけどな」


『だが、吾輩はそれで負けた。誇ってくれ』


「俺もアンタに殺されかけて、負けたんだが」


『それでも、少年の工夫の方が美しかった。吾輩はそれを尊びたい』


「そりゃどうも……」



 少年は頬を掻いて少し恥じらいつつも、異形に槍を突きつけました。



「情けかけてもらって悪いけど、アンタは政府ギルドに突き出させてもらう」


『構わんよ。無辜の冒険者を大量に殺したわけだからな……』


「……悔やんでるのか?」


『いや? 突き出せるものなら突き出してみろ、と思っていただけだ』


「なに……?」


『さらばだ少年冒険者。機会があれば、次の戦場で会おうぞ』



 そう言ったきり、異形の剣士はピクリとも動かなくなりました。


 後には人形の身体が残るだけでした。




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