クリュプテイア
「お、出てきた出てきた」
「結局、連れて帰るんだな……まあセタンタの決定に任せるが」
セタンタ君が「どっこらせ」とラカムさんを背負って崩落跡から出てきたところ、パリス少年達がそれを迎えました。
ジロジロと自分が見られている事を自覚したラカムさんは「見世物小屋じゃねえんだぞ!」とキレ、ブンブンと手を振りましたが自分で歩けない事もあり、大して威圧感はありませんでした。元々威圧感あったかはさておき。
「そんなこんなで、このオッサンも連れて帰る事になった」
『なるほどな~』
「な、何だこのガキ共……そんなこんなと言っただけで、細かい事は説明していないのに、それだけで理解してみせたのか……!?」
パリス少年とガラハッド君は戦慄したラカムさんに対し、鷹揚に頷きました。
実のところ、まったく何もわかっていないのですが、「まあセタンタが連れてきたって事はそういう事なんだろう」とわりと適当に頷いただけです。
「さて、長居するのも危ないし帰るか」
「待てセタンタ、キミがその男を背負って帰るのか?」
「引きずって帰る方が力いるしなぁ」
「私が背負おう。キミは護衛としてついてくれ」
「身体の方、もう大丈夫なのか? 大丈夫じゃねえだろ」
「なに、戦闘するよりはずっと楽だし、セタンタが背負う事になると手も塞がるだろう? 連れて帰るなら戦闘出来ない私が背負って帰る。いざとなれば捨てる」
「わかった。いざとなったら捨ててくれ」
「お、お前ら、捨てたらどんな目に合うのか分かってんのか!?」
『わかりませーん』
「馬鹿め! 俺を捨てたらな! ……特に何も起きないな?」
邪魔になったら捨てる、という事で満場一致となりました。
ラカムさんは「脚治せ! 自分で歩くぅ!」と喚きましたが、セタンタ君達は断りました。そんな治療出来たらガラハッド君の腕を先に治すでしょう。
「はーっ、お前らマジつかえねえなぁ」
「使えないものから仕分けしていきましょうか」
「やめて……」
「私は正直、あなたが治癒魔術使えないものかと期待してたんですが……」
「骨にヒビ程度ならともかく、ボッキリいってるのは無理」
「こういう時、マーリンがいてくれたら……」
「マーリンは色々出来るからな……」
「マーリンも色々忙しいんだ。いつも手伝ってくれるとは限らねえ」
セタンタ君は肩をすくめ、「それより帰ろう」と言いました。
「長居してたら何が来るかわからねえしな。味方ならまだいいんだが」
「まあ、ゴーレムもネズミも倒したから、もう何もいないだろう」
「そういう事を言ってるとマジ出て来るからヤメロ……」
「ケッ! 何か出てきてお前らなんて皆殺しにされればいいんだ」
「その場合、真っ先に死ぬのはオッサンだぞ」
「皆で生きて帰ろうねぇ……?」
「皆、これが大人の腹芸らしいぞ……」
『ワァ、勉強になるナー』
ハハハハ、と少年達は笑いながら帰路につきました。
ちゃんとした宝物庫など無く、物品としての収穫は人の落とし物だけではありましたが、それぞれ得るものがあっただけに満足げですらありました。
満足げに笑っていましたが、帰路で表情を変える事になりました。
大ネズミの巣があった場所まで戻ってきた時の事でした。
「……何だアレ」
「骨のように、見えるが」
一行は魔物の巣に――大量のネズミに隠されていた巣の床を見ていました。
そこには血と、肉と、ネズミの糞、そして死体のカスで形成された汚らしい空間でした。その中には無数の骨と金属製品がいくつか転がっていました。
骨に関しては槍使いの少年が手に取り、「人骨みたいだな」と呟き、金属製品は誰の目から見ても人間が持っていたであろうもの、という事は察しがつきました。
持ち主は……この中の人骨なのでしょう。
肉は大半がネズミ達にしゃぶり尽くされ原形を留めておらず、骨もバラバラのまま辺りに散乱しています。首都地下の場合、骨を材料に動いているゴーレムが打ち捨てられた骨を自分に取り込む事があったりするのですが、ここはあまりにもネズミが多すぎて回収されず終いだったようです。
槍持ちの少年はここで何が起きていたのか、完璧には把握し損ねました。
魔物が人の集団を襲って食い殺して巣にした――違う。
人間の集団がうっかり魔物の巣に踏み入って皆食い殺された――違う。
その二つの想像に「有りえん」と断定するだけの根拠がありました。
地面に転がっている人骨は、全て、刀剣によってバラバラになっていたのです。
少年は大ネズミが人間のように刀剣を使うなどという話、聞いた事がありませんでした。実際、それは大ネズミが振るった一閃の跡ではありませんでした。
「ネズミが先か、切断が先か……」
『当然、吾輩が先だ』
「――――」
少年は声の方向を突きました。
ろくに確認もせず――まったく気配を察する事が出来ず――出現してきた声の主がいる場所にノールック、最短モーションで突きました。攻撃しました。
突くのは穂先ではなく、石突。
疑わしきは罰せよの精神で、仲間とはまったく違う声の主を――この殺戮の主人と思しき相手を――重症を負わせる覚悟で突きました。
それほど警戒し、収監覚悟の一突きではありましたが。
『ふむ?』
「!?」
声の主は火の粉をはらうようにアッサリ、攻撃を打ち払いました。
セタンタ君が必中の確信を持って打った石突の一撃を楽に迎撃しました。
『危ない危ない。吾輩で無ければ当たっていたぞ、少年』
「お前ら逃げろ! 殿は俺がやる……!」
問答無用の槍使いの少年に対し、さすがにガラハッド君とパリス少年は浮足立ちましたが、ラカムさんが二人の頭を引っ叩いて「ばか! 走れ!」と叫びました。
それで混乱による金縛りが解けた少年達は――意外な事にこの場においては的確だった――ラカムさんの「お前らがいたら足手まといだ!」という指示を聞き、地上への道を走り出しました。
自分が助かりたいがための指示でしたが、的確でした。
少年はそれを「助かる」と思いつつ、仲間に指輪を投げ預けました。
「「セタンタ!」」
「大丈夫だから行け! 後で必ず追いつく! ライラ、二人を頼むぞ!」
『少年、いきなり殺す気で打ってくるのは酷くはないか? 最近の若者はキレやすいと言うが、蚊を叩くように手を出すのは短気が過ぎる』
「無害な人だったらスンマセン。けど、まったく気配を出さず、索敵魔術に引っかからず、飄々とした様子で間合い入って来られたら、さすがに警戒する!」
少年は「どっちだ」と言いたげに問いかけました。
善人、悪人のどちらであるかと問いました。
少年がそう問わずにいられないほど、相手は人とは呼べない異形でした。
一言で言えば、それは「骨人形」でした。
衣服を着させて遠目に見れば人間で通りそうではありましたが、間近で見るとその手足は骨のような細さであり、身体の素材は金属製のようでした。
頭の形は剥き出しの頭蓋。
ただ、眼窩――眼球が存在する穴がなく、ツルツルの頭部前面には口らしき部位と、ペイントされた単眼の印だけがありました。
そんな異形であるがゆえに、襤褸をかぶっている姿は人と言うよりも魔物と言う方が相応しい容姿をしていました。ただ、人語を吐いています。
異形はカタカタと口を動かし、笑っているようでした。
右に刀の如き曲刀、左に鈍器のような厚さの短刀を握って笑っています。
「アンタ、人間……なのか?」
『人間だとも。元人間と言った方がいいのかもしれんが……ううむ、人というのはそもそもなんだろうな? バッカスのような多様な人種が暮らす国の視点から見ると定義が様々であろうが――』
「悪い、質問が悪かった。それとさっきの攻撃はごめんなさい」
『気にするな、若人よ』
「謝罪した上で教えてくれ。アンタは敵か? 味方か?」
『喜べ、敵だ。貴様を殺しにきた邪悪な存在だ、狩人よ』
「そうか」
少年は息を吐きつつ、槍を構えたまま質問を続けました。
殿として、仲間を逃がす時間を稼ぐために質問を続けました。
「知り合いの冒険者が言っていた。いま地下に、辻斬りがいるっぽいって――」
『む。察しているものがいるとはな……? ただ、辻斬活動というよりは現在の身体の試験起動なのだ。その過程で何人か殺しているので結果的に大差無かろうが……うむ! その者が言う通り、吾輩は外道である』
「……その辺に転がっている人骨も、アンタが?」
『うむ。あくまで試験起動なので程よい駆け出し冒険者、あるいは中堅冒険者を狙っておったのだ。こちらとしてもまだ人目は避けたかったゆえ、死体が歩き回らないよう、バラバラにしてネズミのエサにしておった』
異形は細い腕の親指で、背後にある天井の穴を指差しました。
あそこから切り裂いた死体を捨て、証拠隠滅を行っていたようです。
『しばし、フラフラと歩き回っておったのだ。一人、テケテケと元気な少女を仕損じたので探しておったのだが……少年、知らんか? 始末しておきたい』
「どんな子かによる。女の子も色々だ」
『うーん。野犬の如き可憐な少女であった』
「知らん」
『ううむ……おそらく、難民の少女だと思うのだが……まあ、今は眼前の敵に集中しよう。確か、少年の名前は――セタンタと言ったか?』
「…………俺、名乗った覚えがねえんだけど」
『おう』
そういえばそうだった、といった様子で異形が声を上げ、ついで「ああ、あまり気にするな、事前に話を聞いていただけだ」と言いながら笑いました。
カラカラ、と人形のように笑いました。
『戦争屋が……吾輩の知人が語っていた戦士として、少年の名を聞いていたのだ』
「昔、どっかで会ったとか……そういうのじゃねえよな?」
『だと思うぞ? 今回は死体遺棄場所に最後の死体を捨てた後、ネズミ達がドンドコと騒いでおったので様子を見に来たのだ。地下からは引き上げるところだったのだが……どうせなら、最後に少年のような強者と戦いたかったのだ』
「俺は単なるクソ雑魚冒険者だよ」
『吾輩の知人はそうでは無いと評価していたよ。だから死合たい』
異形はとてもワクワクしていました。
その様子だけは人間らしいものでした。
今までは、単に武器を試し切りしていたようなもの。
勝てて当たり前の相手との戦闘を続け、死体を隠蔽するだけの作業。
それが終わった事で解放され、帰ろうとしていたところに偶然、獲物を――セタンタ君を見つけた事で「どうせだから戦ってみたい」と遊び感覚で来たのです。
遊び感覚のまま、蟻を殺すような気安さで、武器を構えてきました。
『さて、お喋りはこの辺りでよろしいかな? 緊張はほぐれただろうか?』
「土下座して許してもらえるなら帰らせてもらいたいな。一人ならまだ諦めがつくんだが、先に行かした仲間の方も心配なんだよ……」
『美しい友情だ。だが、いまはこちらに集中したまえ』
異形が手に持つ武装は、白銀の曲刀と黒塗りの短刀のみ。
何か隠し持っているかもしれませんが、表向きはその二つのみです。
曲刀を突きつける状態で半身で構え、短刀の方は自身の胸部近くで逆手に持ち、戦闘体勢に入る中、異形は自身の名を語りました。
『ニイヤド商会・屋号・墓石屋。
アリストメネスと申す。
犬に噛まれたと諦めて、一つ、吾輩と殺し合ってくれ』
「断る」
『そちらに選択の自由は無い。この刹那を楽しんでくれ』
「くそっ……! アンタ、モテなさそうだな!」
『ふはははは。痒い罵倒だ』
「女の子と会う前に爪も切らねえようなヤツだな!」
『何故、女人と会うのに爪を切る必要があるのだ……?』
斯くして、少年と異形の骸骨の戦いが始まっていきました。
罵倒こそ並べられたものの、立ち会い事体は静かな立ち上がりとなりました。




