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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
一章:採油遠征と酒保商人
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豪雨への備え


「よし。これで全部だな」


 セタンタ君、本日はお買い物中です。


 お休みではありません。半ば仕事中なのです。


「おっ! アイス入りの揚げクレープあるじゃん。買い食いしてこ」


 仕事中です。


 バッカス冒険者が受ける依頼は都市郊外でのものが殆どですが、その手の依頼を果たすための事前準備や必要な物品の買い出しもまた仕事なのです。


「おっ、セタンタ。両手に揚げクレープとは良い御身分だな」


「ふへぇぷふはぁいでふぉひゃふぁふひわひぇひゃくひぇえ」


「すまん、食い終わってから喋ってくれ」


 仕事中……仕事中なのです。


 冒険者が使う消耗品は一度箱買い、買いだめしておけば何とかなるとは限らず、大体仕事を一つこなすごとに何かしらの買い物はしないといけません。


 名の知れたヤリチンのフェルグスさんが興したクアルンゲ商会などはそういった冒険者相手の商売をよくやっており、多様な消耗品一式を代理で買い集めて納品、という事もやってます。


 セタンタ君もよくクアルンゲ商会を利用しているのですが、いまやってる買い物は仕事に備えた食いだめと特殊な消耗品の買い出しです。


 実は明日、セタンタ君は数日がかりの遠征に旅立ちます。先日の採油遠征と同じような感じですね。取りに行くもの、行く場所は違う場所で、色々と事情は違うのですが遠征に行くという事に変わりはありません。


 ただ、今回の遠征は前回のものより厳しいものになるので、セタンタ君も気合を入れて入念に準備を進めているのです。


「…………」


「セタンタじゃない。何を悲しげに地面見つめて……アイス落としたのね」


 入念に準備を進めているのです……!


 買い物を終えたセタンタ君はひとまず寮に荷物を置きに行き、入れ替わりに明日の遠征に使う一部の荷物と装備一式を手にあるお店へと入っていきました。


 少しだけ路地に入っていったところにある人の出入りがあまり無いお店です。店内も外観も小奇麗で上品なもので、セタンタ君が呼び鈴を鳴らすと綺麗なお姉さんが出てきました。


 セタンタ君は「クアルンゲ商会が予約入れてくれてるはずなんですけど」と告げつつ、商会から預かった予約券を渡して受付てもらい、少し狭めの廊下を通って店の奥にある個室へと通してもらいました。


 脱衣所のようなところですね。


 セタンタ君は店員のお姉さんに促され、持ってきたものを籠に入れて預けつつ、服を脱ぎ始めました。ほのかにスケベな空気!


 ですが、ここは娼館でも風俗でもありません。


 ちゃんとした冒険者向けのお店なのです。


「セタンタ君、今回はまた凄いとこに行くのね」


「凄いとこって言うか、凄い面倒くさいとこだよ。でもオッサンが……クアルンゲ商会が必要なもんはしっかり揃えてくれるし、ここの予約もしてくれたから大丈夫。お姉さん、今日もよろしく」


「うん。無事に帰って来れるよう、しっかりお仕事させていただきます」


 二人はご近所さんのようにお話してます。馴染みの関係のようですね。


 セタンタ君が服を脱ぐのを見守る視線も弟を見守る姉のような……いえ、あれっ? なんでお姉さんはちょっと頬を赤らめ、モジモジしてるんですかね。


 服を脱いだセタンタ君は隣室への扉を開け、入っていきました。


 中にあるのは緑色の温かな液体が半ばまで入った大きな釜でした。五右衛門風呂のようなものです。実際、セタンタ君が来たのは一種のお風呂屋さんです。


 セタンタ君が訪れた湯屋・鎮守の杜屋もりやは特殊なサービスを取り扱っており、大衆浴場とは違って全ての個室風呂となってます。スケベなとこではないです。


 まずセタンタ君が入った大釜の風呂の中身は、微かに蠢いていました。


 スライム風呂です。


 人体の洗浄専門に調整されたスライムが釜の中に入れられており、浸かるとドクターフィッシュのように古い角質を食べつつ、お肌をつるつるにしてくれる美容にも良いお風呂なのです。あまり痛くはない垢すりです。


 希望すれば痛くないように毛の処理もしてくれるため、身体の手入れのために家に常設している方もいらっしゃいます。維持が大変なので金持ち趣味ですね。


 ただ、セタンタ君が今回入ったのは美容目的ではありません。


 桶を使って頭からスライムを浴び、毛先まで綺麗にしてもらったセタンタ君は店員のお姉さんに連れられ、裸のまま次のお風呂へと移動しました。


 お次は薬湯です。


 これも美容や健康のために使われるお風呂ですが、いまセタンタ君が浸かり始めたものは魔術的な調整も加えられており、スライム風呂で清められた身体にそれがじわじわと浸透していっています。


 お姉さんに飲み物のサービスを貰いつつ、薬湯から出たセタンタ君は身体を拭き、別室の寝台に身を横たえ、お姉さんと個室に二人きりになりました。スケベ展開が待っているのではありません。


「先に預かった仕事道具一式の加護はもう終わってるから、後で渡すね」


「へーい」


「今回、クアルンゲ商会のフェルグスさんから依頼されているのは基本のものと穢れ避け、超撥水、抗冷、抗雷の加護です。セタンタ君の方で追加しときたいものはあるかな? 簡単なものなら今からでも出来るよ」


「いや、オッサンがそれで良いって言ったんなら、それだけでいい」


「信頼してるんだねー」


「悔しいけど、年の功も経験も知識量も圧倒的に負けてるんだから、生き残るために信頼できる年長者は敬って従うよ」


「なるほど。あ、抗雷の加護は気休め程度だから過信しないでね」


「りょーかい」


 お姉さんは水差しから自分の手に精油を注ぎ、そのままセタンタ君の身体に触れ、油を塗り込むように全身を揉み始めました。オイルマッサージです。


 ただ、普通のオイルマッサージではありません。


 お姉さんは魔術を行使しながらセタンタ君の肌を揉んでいき、揉まれたセタンタ君の肌も微かに燐光を放っています。


 湯屋・鎮守の杜屋は特殊な風呂を取り扱いつつ、風呂で下準備をしたうえで魔術の加護エンチャントをお客さんの身体に施すお店です。


 言わば店員のお姉さんはエンチャンターなのです。


 一種の職人さんと言ってもいいかもしれません。


 加護エンチャントと言っても一時的なものではなく、鎮守の杜屋で施されているそれはスライム風呂で清められた人体に薬湯で加護魔術が上手く乗るよう調整されているので、今回のセタンタ君が受ける加護は三ヶ月は続きます。


 この店に限らず、バッカスには冒険者向けに身体の加護を長期間設定する店が営業していて、大抵どこも予約制ですが冒険者が身を投じる事になる環境や魔物に優位を取れるような加護が長く続くので遠征前に加護つけてもらうと大変便利です。


 ただ、お値段は少し高めです。


 お客さんや付加する加護によって色々と準備が必要なんです。しかもそれを一時的ではなく数日に渡って維持させるとなると施術を担当する魔術師も相応の腕前を要求されるので人件費もそれなりにかかっているのです。


 セタンタ君も毎回のようには使いません。


 今回はクアルンゲ商会が経費として出してくれたのですが、ちょっと郊外に日帰りで行くだけで毎回この手の店を使ってると採算取れません。


 その辺りの収支勘定をするのも冒険者には大事な事――なのですが、ドンブリ勘定の人が多い傾向にあります。その分、冒険者向けの会計士などの需要があったりする辺り、バッカス経済と雇用には大貢献しているのかもしれません。


 かくして、遠征に向けた加護を付与したセタンタ君はコーヒー牛乳を腰に手を添えてグイッと飲み干し、店を後にしました。


 そして翌日、遠征参加者達の待ち合わせ場所にいきました。




「では、往くぞ。


 先方は先行しているので、現地集合だ」



 フェルグスさんの号令に従い、セタンタ君達も街を出発です。


 向かうは雷鳴轟く嵐の山。


 地獄の山岳遠征スタートです。




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