士魂8型・改
「ネズミの群れは俺で対処する! お前らでゴーレム足止めしてくれ!」
「倒さなくていいのか!?」
「倒せたらでいい。ネズミの方も正直対処しきれるか怪しい! 頼んだ!」
挟撃された事により、撤退は困難。
そこは共通認識であるために少年の言葉に反対する者はいませんでした。
腐肉漁りが消えていった壁の中が唯一の活路かもしれませんが、敵がいる状況で直ぐにどうこう出来るかは怪しいために、そこに関しては保留。
槍持ちの少年冒険者としては頑強なゴーレムを押さえてもらっている間に――後ろから迫ってくるネズミの大群との大乱戦にならないうちに――来た道を戻って、隘路で迎え撃つ腹積もりのようです。
ただ、彼の言う通り対処出来るか否かは、否の方に大きく天秤が傾いてしまっているように見えるからこそ、少年は小袋を投げて寄越しました。
「何だこれ!」
「自決用の毒薬! いざとなったら使え!」
「わーい……」
受け取ったパリス少年は素直に喜べず、しかし自分達が通ってきた道にいた大量のネズミに生きたまま全身を貪られる未来を想像し、身震いしました。
セタンタ君が全速力で――出来るだけ今いる大広間から遠くで――肉の群れに対処すべく駆けていく中、ゴーレムも駆動音を響かせて襲いかかってきました。
ストーンゴーレムの巨躯は全高5メートル。たくましい上半身に対して貧弱過ぎる短足の六脚で移動してくるものですが、腕は凶悪極まりない豪腕。大広間内でも石壁そのものが動いているような圧力がありました。
振りかぶり、突き出された豪腕は先端部を激しく回転させていました。採掘用のドリルのようです。人の胴体に当たれば血肉が辺りに撒き散らされながら凄惨な光景を作り上げるでしょう。
前に出たガラハッド君が囮になり――仲間に標的を変えられないよう――ギリギリまで引きつけて回転刺突を避けましたが、風圧が甲冑をガタガタと揺らすほどのものでした。
『xZto士族t@昼休憩時間を6知opdjr』
「――――ッ!」
少年剣士はゴーレムの声を聞きつつ、攻撃を回避しました。
そして、回避からすれ違いざまに剣を振りました。
身体強化、武器強化を全力で使った一撃はゴーレムの石壁の如き胴体――ではなく、巨体を支える六脚の関節部を斬りにいきましたが、その試みは失敗しました。
ゴーレムの胴体から、ショットガンのような礫が射出されたのです。
少年剣士は、攻撃の最中にマトモに礫を食らう事になりました。
「グッ……!」
『ej<昼休憩t@終0ljdq>職務を再開dwhq@xe』
「ガラハッド!」
「だ、大丈夫――ッ!」
少年剣士はしっかりと足取りで後退しつつ、ゴーレムの腕を回避しました。
まったく痛みを感じていないいないわけではありませんが、全身を覆っている甲冑と防御の魔術が全ての礫を弾いたようです。
「我慢出来る程度の痛みだが体勢を崩される! クソッ! 関節への攻撃に対処してくるとか……コイツ、対人用に改良されてるのか!?」
「このゴーレムの事、知ってんのか?」
「前の職場で見た士魂8型に似ている! 通常より大型だが、サッカラ士族の最新鋭ゴーレムだ! 基本は採掘用の重機だが、ある程度は戦闘も――こなすッ!」
胴体を360度回転させながら繰り出された回転ラリアットを屈んで交わした少年剣士の回避先に、ドパッと礫のショットガンが放たれました。
が、予想していたガラハッド君は盾で礫の大半を受けました。
受けつつも、舌を巻きました。
彼の知るサッカラ士族のゴーレム――士魂8型は採掘重機としての機能がメインで、戦闘機能はついでに付属した程度のもの。純戦闘用ゴーレムではありません。
戦闘をするにしても坑道内に魔物が湧き出た際に盾役として前に出て、大振りの一撃を突き出しつつ、肉薄してきた魔物には後ろに控えていた人間の戦士が「えいやっ」と槍を突き出して始末するのが基本でした。
対峙する事になった魔物が強力で、現行戦力で対処出来ない時は囮になります。
魔物に対して『ウワー!』と叫んで突撃していき、自身が破壊されていっても構わず組み付き、『ビビッ……ミナサン、逃ゲ、テ……』とお茶目に鉱夫達の感動を煽る機械音を鳴らし、逃走を勧める設定までされています。
慣れた鉱夫であれば「じゃあの」すら言わずにサッサと逃げますが、年若い鉱夫は士魂8型の献身に涙し、破壊され尽くしたゴーレムの破片を掻き抱いて皆で号泣し、「おこづかい全部出すので、コイツを直し……いえ、治してやってくださいッ!!」と自発的に修理費を払い、雇用者側が「修理費浮いた♪」と皆が喜ぶWin-Win仕様になっているのですが……今回は違うようです。
少年達が戦っているのは「士魂8型・対人改良仕様」といった感じです。
単騎での対人戦闘を想定し、地下迷宮に何者かが配備され、半分魔物としてガラハッド君達を目の敵として暴れ、殺そうとしています。
士魂8型の献身を知る若い鉱夫達が見ると「やめろ~!」と号泣してしまいそうな状態ですが、幸い、ガラハッド君は8型は知っていても悪辣な献身機能を知らないので躊躇わずに破壊、あるいは戦闘不能に追い込もうとしています。
礫の散弾射出機構を持つ士魂8型などガラハッド君は見たことは無く、それを使った連撃と弱点となる関節部への攻撃を妨害してくる対処など初見。
ゆえに舌巻きつつ、冷や汗を垂らして対処し始めました。
「パリス、ライラ、下がれ! 腕は避けれると思うが、礫はマズいぞ!」
「んなこと言っても……」
「遮蔽物に逃げろ!」
「わかった! あっ、この部屋、遮蔽物ねえわ!!」
遮蔽物が無い事に気づいたパリス少年は、音を聞きました。
士魂8型内にある散弾射出機構が駆動する音です。
ガラハッド君が二度撃たれた事で聞き及んでいた駆動音が、自分とライラちゃんに向けて来そうだなぁ――という事を音で察しました。
甲冑のあるガラハッド君ならともかく、パリス少年なら一撃で重症です。
迫る死に対し、少年は存外冷静でした。
「ライラ、行けるか」
「――――」
「相手の脚より少し上。多分、水平射撃……うん、そんな感じ」
ありがとな、と呟きつつ、パリス少年はライラちゃんを抱っこしてゴーレムの砲口に背中を向け、小型犬を庇う形で蹲りました。
ドパンッ、と放たれた礫の散弾は確かに水平射撃。
確かにライラちゃんとパリス少年に向けて放たれましたが――阻まれました。
「ッ! あぁ~……怖ぇ、怖ぇ……!」
礫回避後、少年射手は直ぐ様、得物の弩から矢を放ちました。
放たれた矢は砲口が締まり切る前に届き、砲口に入り込みました。
狙い通りの射撃ではありましたが、少年射手は苦々しげな顔を浮かべました。単に一つ砲口に入り込んだだけで、敵の動作はまったく止まらなかったためです。
「さすがに、そんな脆くねえかぁ……」
「クゥ~ン……」
「そっち! 追撃の刺突来るぞ!」
「わかってるー!」
パリス少年はライラちゃんと共にスタコラ逃げました。
少年達がいた場所には、遮蔽物がありましたが壊されました。
その遮蔽物――簡易な石壁は――地面の石畳で出来ており、礫の散弾が迫る中でガタガタと組み上がったものでしたが、刺突を止めれる程ではありませんでした。
壁を作ったのはライラちゃんの魔術です。
ストーンゴーレム作成用のゴーレムコアを使い、地下迷宮の石畳を一部掌握し、壁のゴーレムとして礫を防いでみせたようです。
ガラハッド君は、その魔術に期待を寄せました。
「ライラが向こうのゴーレム、乗っ取ったり出来ないか?」
「相手が余程弱くない限り無理ー! あと、同じぐらいの大きさのゴーレム作れるようなコアは持ってなーい! ライラが得意なのは土の掌握だしー!」
「となると、正面から攻撃通せるのは私だけか……」
「通るのかよ!? 相手硬えだろうにスゲエ」
「おそらく通す事だけは出来る。問題は、相手がゴーレムだから――っと、危なっ……! 一撃でコアを破壊しないと行動停止に追い込むのは難しい事だ!」
「となると、脚狙いで移動出来なくさせるのが良いのか」
「散弾が邪魔っ、しなければそれで……! あるいはっ、うおっ……! コアの位置さえわかって、剣が届くとこなら倒してみせるんだが……!」
「シッコ8型はどこにコアあるもんなんだ!?」
「士魂8型! コアは弱点だから下っ端の私は知らん! 知らんがおそらく胴体か脚か腕か頭か股間といったところだろう!」
「全部じゃねーか!! 絞り込んでくれよぅ」
「そして、おそらくはコアはそれなりに……小型化されてるだろうから、適当に突きを入れても当たらん! 手数で無理やり当てに行くにはっ! ふっ! ぬっ……! 剣が持つか怪しい! そして士魂8型には魔物の角にわざと刺されてぇっ! 受けて!! 胴体で握り押さえ込む機能も付きだ! ホッ!」
「回避で忙しいのにごめーん!」
「なんのっ! だが、これは――凌ぐだけなら何とかなりそうだな!」
連続回避して笑い声をあげるガラハッド君を見つつ、パリス少年は魔術でセタンタ君の方の様子を探りました。
既に向こうも戦闘が始まっているようです。まだ、戦闘音が響いているという事はセタンタ君も生存しているようですが……。
「あ、待てよ?」
パリス少年は慌てて周囲を確認しました。
確認してガラハッド君に提案しました。
「そのデカブツ、この大広間の外は追って来れないんじゃね!?」
「多分、追ってくる」
「何でぇ!? 広間の外の道を歩けるほど小さくねえじゃん」
「士魂8型は岩盤採掘用のゴーレムで……石や岩を掘り、掌握し、自分の身体に取り込む事に長けている……地下道も、削ってくる可能性は高い」
「あぁ……そっかぁ……」
パリス少年は皆でネズミの方に行く案を諦めました。
追ってこれなければ、全員で一丸となって戦う手立てを取ったのですが……。
「パリス、ライラ、こっちは私に任せてセタンタの方に行ってくれ」
「は? ガラハッドは!?」
「コイツを――ここに釘付けに、する」
「お前が!?」
「ああ。倒す事は難しいが、回避と防御に専念したら私一人でも凌げる」
「でも……」
「セタンタの方を手伝ってきてやってきてくれ。ネズミは倒す事は出来るが、数が問題だ。セタンタの指示通り、こっちは足止めの方向でこちらは動く」
「で、向こうを片付けたら、戻ってきてガラハッドを手伝うって事だな!?」
「それか撤退だな。その辺はセタンタの指示に従ってくれ」
「…………」
「迷うな。こっちは大丈夫だ! 行ってくれ!」
「わ……わかった! 絶対! 無理すんなよ!」
「ああ。無理するほどの相手でも無い……凌ぐだけなら、私でも出来る」
「危なくなったら叫べよ! 助けに戻る!」
「わかってる、問題ない、任せろ」
少年剣士は大ネズミの対処に向かった仲間を見送りました。
少年射手から自決用の薬を投げ受け取りつつ、敵と対峙ました。
そして「凌ぎ切る以前に、ヤツを倒す方法は無いか?」と思考しました。
思考するだけの余裕は十分あると思いました。
横合いから急に、石造りのハンマーで思い切り殴られるまでは。
「え――――」
『滑.足場ib@注意hq@xe』
ガンッ、と打ち付けられたハンマーの一撃は、とても重いものでした。
直撃の瞬間までハンマーの存在に気づかなかった少年剣士は無防備な身体に、思いっきりハンマーを打ち付けられ、球技の球のように飛びました。
大広間の壁にブツかって止まるまで飛び、正面と顔面を強かに打ち、口だけ開いて肺の空気を全て吐き出し、床にゴミのように落ちていきました。
落ちて、理解しました。
ストーンゴーレムが増えていたのです。
二体目のゴーレムの見た目は比較的小柄になった士魂8型・改。全高は2メートルほどで、一体目よりは小さなもの。
ただ、その腕にはガラハッド君を思い切り殴った石造りのハンマーが握られており、動きそのものも大型の方に比べて俊敏で――直ぐ様、追撃を加えてきました。
少年剣士は、自分が折れている事に気づきました。
自分の腕が折られた事に気づきました。
ハンマーが打ち付けられた左腕がピクリとも動かず、甲冑の中で骨まで露出させて打ち壊されている痛みに震えつつ、歯を食いしばってハンマーを回避しました。
それは、回避動作というにはあまりにもみっともなく、何とかギリギリ、飛びかかってきたハンマー持ちの士魂の攻撃を回避出来ただけというもの。
回避出来ただけで、少年は「良し」としました。
左腕は折れていましたが、右腕と両足は動きます。
動くからこそ、心折れずにまだ戦う事にしました。
痛みで泣き叫びたいのは、我慢しました。
仲間の援護に向かわせた仲間の足取りを鈍らせ――下手をすると戻って来させるかもしれないからこそ――悲鳴を押し殺して我慢しました。
「こ、来い……! お前らなど……私一人で、十分……だ……」
少年剣士は甲冑の下の表情を恐怖で染めつつ、強がりました。
ここは我慢のしどころだと、自分の心に言い聞かせました。