正面突破
「――って感じで行こうと思うんだが、皆どうだ?」
「出来るのかねぇ……」
「正面からやりあうよりは楽だ。まったく危険無いわけではないから、俺はここで帰る方が好ましいんだけど」
「けっ! ……仕方ねえ、ちょいと働いてやるか」
ラカムさんが最終的なゴーサインを出した事で、皆動き始めました。
まず、セタンタ君がルーン文字を皆の身体に施し、それを媒体に臭気操作の魔術を起動する事で全員の臭いを魔術的に消臭しました。
「あくまで一時的なもんだが、これで大ネズミに気づかれにくくなる筈だ」
「お前、大人の俺だけ臭うようにしてないだろうなぁ……?」
「そうなったら俺達も全滅しかねないからしねーよ。一蓮托生なんだから少しは信じろよ。次はオッサンが働く番だぜ?」
「チッ……そん代わり、お前が先行しろよ」
「わかってるよ。あ、行くのは俺とオッサンだけな。危ないから」
「…………」
セタンタ君は埃を払って、道具を手にしました。
鞄に入れて持ち歩いている小さな杭とワイヤーです。
それを手にした少年はコッソリと大ネズミの巣の中へ――巣の中の天井へと登っていき、強度を確かめながら天井を身体強化魔術で掴んで進んでいきました。
同時に後続のために杭を天井に打ち、ワイヤーも通しています。
全力で引っ張ると抜けてしまいそうですが、ルーン文字で強化された道具達は主の命令に従い、しっかりと役目を果たしました。
天井を進んでいくセタンタ君の援護には、後続の二人が動きました。
パリス少年の消音魔術による音消し。
そして、ラカムさんの魔術による大鏡の空気投影です。
大鏡は二枚が投影され、床で蠢いている魔物達を正面から映すのではなく、二枚を傾けて部屋の横の壁を映し出していました。
それがセタンタ君が天井を前進していくのに合わせて移動し、少年の存在を視覚的にも隠しています。魔物達の視覚、聴覚、嗅覚を誤魔化し、進んでいます。
その甲斐あって、少年は巣の隣の部屋に辿り着きました。
宝物庫はその先にある、と地図には示されています。
「…………」
「…………!」
大ネズミに見つからないよう気をつけつつ、ハンドサインで「こっちは大丈夫」と指し示したセタンタ君を見たラカムさんが嬉しげに後に続きました。
魔術による欺瞞を忘れてしまいそうな勢いでホイホイと進んでいき、セタンタ君の後に辿り着きました。
「おぉし……!」
「宝物庫はもうそこだろ? オッサンだけ確認してきてくれ」
「んー……どうせだから皆で行こうぜ?」
「はあ? 話が違うぞ?」
「向こうのガキ……パリス達にはそう言っといた! せっかくここまで来たんだ……お前らにも見せてやって、まあ、ちょっとはお駄賃をやろう」
ラカムさんは上機嫌です。
上機嫌で、戸惑った様子のパリス少年とライラちゃんを抱えたガラハッド君がやってくるのも魔術で隠し、急かし、大喜びで手招きしました。
そうこうしているうちに一行は反対側に到達。ラカムさんは鼻をぷっくり広げ、とても上機嫌そうに「よーしよしよし、皆よく頑張ったなぁ」と労いました。
「皆のおかげでここまで来れたよ……ありがとなー」
「急に殊勝になって気持ち悪い……」
「そう言うなよセタンタちゃぁん……! 俺はね? お前らの事をね? 買ってるんだよ? 中々役に立つじゃないの。今後も俺と組むか?」
「その手の話はいいから、宝物庫どうするんだよ」
「おっといけね。んー……ここの地下道を、もうちょい進まねえと」
ルンルンとスキップし、ラカムさんは先に進んでいきました。
少年達も仕方なく進み――段々とラカムさんの歩幅が早くなり、少年達も小走りになり――ラカムさんが全力で走り出す光景を見る事になりました。
「ひゃっほーーーい! お宝だあっ!」
「おっ、オイ待てオッサン! 先に行ってアンタ死んだら、フィンの指輪どうする――ってか、オイッ! 罠大丈夫なのか!?」
「大丈夫、大丈夫――ほら、大丈夫」
大広間に出た腐肉漁りが、何かを踏みました。
それは「カチリ」と音を立てて床に沈み、作動しました。
罠です。二重の意味で罠が動き始めました。
「…………! 止まれ……い、いや走れ! ひとまず走れ!」
「マジか……!」
「後ろの巣! 騒がしくなってきてないか……!?」
「前も騒がしいがラカムのオッサンと同じとこに逃げ……! ああっ!?」
少年達は走りましたが、間に合いませんでした。
ラカムさんが罠を起動させた広間の横の壁から巨大な石像が姿を現し、その先で上機嫌のラカムさんが「バイバ~イ」と手を振って下階に降りていったのです。
腐肉漁りを下階に降ろしていったのは石造りの昇降機。
そのエレベーターがあった場所は「ガタン、ゴトン」と音を立てて壁が閉じていき、同時にそこを隠す形で現れた巨大な石像が少年達の前に立ちふさがりました。
「デケえのが来たぁ!」
「止まれ止まれ!」
「ぬおっ……!」
「きゃひん……!?」
少年達の前に出てきたのは全身が石で覆われた大型のゴーレム。
それは迷宮中に響き渡りそうなほどの巨大な起動音を上げました。咆哮でビリビリと震える空気の中、少年達は耳を塞ぎました。うち一人の少年は消音魔術で小型犬の耳を守りました。
音は、当然の事ながら大ネズミの巣に届きました。
それはネズミ達を呼ぶには十分過ぎる働きをしました。
「前にいるのは、ストーンゴーレムか!?」
「ヤバイヤバイ……! ネズミもこっち来るぞ! 一斉に!!」
「み、皆すまん……! あのクソ野郎の罠だ……!」
「乗ってしまったのは全員だ! それより、来るぞ……!」
前門のストーンゴーレム。
後門の大ネズミの大群に挟まれた少年達は、一気に窮地に立たされました。
「セタンタ指示してくれ! オレ様達じゃ判断つかん!」
「ああっ! 今はお前がこの隊長だ!」
「ガゥッ!」
「…………! わかった! 最悪、俺が保険代全部出すからな!? 行くぞ!」
立たされてなお、生存を諦めず戦い始めました。
三人と一匹の力で抗う事を決めました。
一方、その頃。
地下迷宮の一角で、少女を猫のようにつまみ上げている女性がいました。
その方は獅子系獣人の女性で、隣には徒手空拳の男性冒険者と、つまみ上げられた少女をあやしている狼系獣人の男性冒険者の姿もありました。
獣人二人は遠くから届いてきた音に、ピクリ、と耳を動かしました。
「ねえ、聞こえた?」
「ああ、聞こえた」
「首都地下じゃ聞きなれない咆哮だわ。ゴーレムの起動音にも聞こえたけど」
「士魂8型の起動音に似てたな。ホレ、サッカラの最新鋭ゴーレムの」
「ああ……岩盤掘削兼、閉鎖空間戦闘用のヤツだっけ?」
「そそ。通常の起動音より遥かに爆音だったけどなぁ。迷惑な」
「何でまた、そんなもんが首都地下に……」
「知らねえ。お前知ってる?」
「知るわけないでしょ。まあ……こっちは片付いたし、行ってみましょうか」
「だな。なんか……へへっ、おもしれえ事になってる臭いがするぜぇ」
「やあねえ、この戦闘狂。ヨダレ垂らしてんじゃないわよ」




