宝物庫漁り
「お前ら、何でついてくるんだよ……」
「オレ様達の行先がセタンタと一緒なだけだぞ」
「パリスはセタンタを心配しているんだよ」
「ちげーし!」
「うっせーーーぞーーー! このッ! クソガキ共ッ!」
シワを寄せて怒鳴るラカムさんの大声に釣られ、大ネズミが2匹やってきた事で、少年達はその対処を余儀なくされました。
その様子を鼻を鳴らし、「キリキリ働けカス共」と腕組みしてふんぞりかえっているラカムさんに少年達の厳しい視線が集まりましたが、ラカムさんの方はどこ吹く風といった様子で無視しています。
隻眼の巨人の介入もあり、腐肉漁りのラカムさんはお金を要求したり、指輪を捨てるのは止めましたが――代わりに、セタンタ君に一つ命令を下しました。
指輪返してほしければ、言うことを聞けと言いました。
「お前らは宝探しに行く俺の奴隷だ。しっかり働け」
「働いてるっつーの……」
「口答えかぁ! パリスぅっ!」
怒鳴られたパリス少年はワタワタと手を動かしつつ、消音魔術でラカムさんの怒鳴り声を消し、小声で「魔物来るから静かにしてくれよ……!」と言いました。
ラカムさんは少しだけ黙りましたが、苛立ったままで少年達を睨みました。
「はー、いいねぇ、赤蜜園の寄生虫君は。心配してくれる都合の良いオトモダチが二人も来てくれたんだからなぁ」
「グゥゥ」
「ひっ……も、もう一匹いましたねー……」
ライラちゃんに犬歯剥き出しで唸られたラカムさんは両手を胸部の前で小さくバンザイしつつ、そそくさと地下道を進んでいきました。
それを見つつ、セタンタ君は困惑気味にパリス少年とガラハッド君、ライラちゃんに向けて「お前ら、いいから帰れよ……」と言いました。
「ぜってー、あのオッサンろくな事しねーぞ。怪我するぞ」
「首都地下には今日も潜る予定だったじゃないか。手伝うよ」
「下手したら大赤字というか、死ぬぞ。くそぅ……エイのオッサンがもうちょい、追い込んでくれてたらなぁと思わずにはいられん……」
「ラカムのオッサンが……向こうがオレ様達もついてきていい、むしろついてこい、タダでコキ使ってやるって言ってんだから、いいじゃねーか……」
「パリス、お前はアイツと知り合いだから殊更嫌だろ。ついて来るの」
「私も、一応向こうを知っているんだが……」
「嫌だけど、勝手についていくぜ。危なくなったら見捨てろ。その……アレだ、セタンタに対する貸しとか、そういうの返す機会じゃねーか……」
「お前に貸し作った覚えがねえ」
「オレ様にはあるんだよっ。もーいいから、黙って手伝わせろ」
パリス少年はむず痒そうに、恥ずかしそうにそっぽを向き、そのまま周囲の索敵をしながらラカムさんのところに歩いていきました。
その足元には「ふんす」と鼻息を鳴らしたライラちゃんの姿があり、パリス少年がどこに向かって行こうが、トコトコとついていき、守るつもりのようです。
ガラハッド君も微笑してそれに続きましたが、自分の「面倒」に巻き込んでいると思っているセタンタ君は困った顔を浮かべずにはいられませんでした。
「……フィンは何とか連れて来ずに済んだだけ、マシなのかなぁ……」
くそぅ、と呟き、頭を掻き、悩みながらも進んでいきました。
首都地下迷宮の上層を歩き、進んでいきました。
ラカムさんは、自身のプライドを賭けてセタンタ君をコキ使う事にしました。
プライドというか、もう殆ど意地ですが本人としては頭煮えくり返っているためか細かい事はどうでもいいようです。
ラカムさんの目的地は首都地下迷宮の一角。
そこに向かうための護衛として、セタンタ君達をこき使っています。
「護衛ぐらいするけど、終わったら指輪。絶対に返してくれよ」
「敬語!」
「絶対に指輪を返してください」
「最初からしおらしくしてろ! バカ!!」
「頼むからもう少し静かにしてくれー……ヒヤヒヤと魔力消耗が止まんねー」
パリス少年が嫌そうな顔をする中、鼻を鳴らしたラカムさんが地図を取り出しました。現在位置の確認と、目的地の確認をしているようです。
少年達は揃ってその地図を覗き込もうとしましたが、ラカムさんは鋭敏に反応して、「イ~~~ッ!」と歯と歯茎を剥き出して威嚇してきました。
「覗き込むなスケベ!!」
「目的地ぐらい教えてくれてもいいじゃん。なあ?」
「首都地下迷宮のどの辺りまで行くんですか?」
「お前ら俺の目的が理解出来てないな? 簡潔に教えてやろう」
地図を大事そうに隠しつつラカムさんは、少し得意げに喋り始めました。
「俺は宝探しをしているんだよ」
「何かの比喩的な表現ですか?」
「いやいや、実際に宝はあるんだよ。具体的には宝物庫があるのさ」
「地下迷宮は魔物の巣窟なのに……魔物が宝物庫なんて作るのか?」
「学が無いな~~~! お前らは! まあガキなんて脳無しがフツーか」
「「むか」」
「首都地下の宝物庫ってなると……例えば、サッカラ士族の物とか?」
「おっ……赤蜜園の糞坊主は知ってるか……ますます油断ならん」
「その手の噂話なら聞いた事ある」
「チッ」
腐肉漁りのラカムさんは面白くなさそうな顔をしつつ、「俺はもうちょい進路確認したいから、ちょっと馬鹿共に説明しとけ」と言い、地図を見る作業へと戻っていきました。
セタンタ君は観測魔術で地図の内容を概ね察しましたが、目的地を知ったところで今は大した事が出来ないので、大人しく仲間に説明し始めました。
「サッカラ士族は、鉱夫やってたガラハッドは知ってるだろ」
「ああ。バッカス王国で十指に入る巨大勢力、有力士族の一つだな。士族の主幹産業は鉱業であり、バッカス王国の鉱石需要の多くはサッカラが掘り出したもので満たされている……と言っても過言ではないぐらい鉱業都市を持っている」
「この間、遠征で行ったアスティみたいな都市か」
「あそこは市街跡だが、まあそんな感じだ。私が冒険者になる前に鉱夫として働いていたところもサッカラ士族が採掘に関わっていた。海底資源採掘をブロセリアンド士族と共同で……いや、その辺の話は置いておこう」
「その鉱業やってる士族が、何で首都地下に関わってくるんだ?」
「元々、地下迷宮を掘ったのがサッカラ士族だからだよ」
セタンタ君がガラハッド君の説明を次ぎ、さらりと説明しました。
「えぇー……首都地下を掘って、魔物の巣にしちゃったのかよ……」
「まあ、今でこそ、その通りなんだが元々は採掘用に掘ってたんだよ。半分ぐらい『わ~い、穴掘りた~のし~い』ってノリだったらしいが」
「ひでぇ」
「一応、悪気は無かったんだよ。最終的に魔物を生み出してる神様が『おっ、首都地下に良い穴あるじゃん。魔物住ませたろっ!』ってイタズラしてきただけで」
「埋めればいいのに」
「何度も埋めようとしたんだよ。そのたびに神様が妨害してきたらしくてな。水で水没させた日にゃ、普段、地下迷宮にいるゴーレムや大ネズミじゃなくて、水棲の魔物がウジャウジャ出て来るようになったんだとか……」
「……つまり、こういう事か」
合点がいったパリス少年が、ピッと人差し指をあげました。
「ここ掘ったのがサッカラ士族。そのサッカラの宝物庫に行くって話か」
「そういう事みたいだなー」
「なるほどなぁ。何かワクワクしてきた……迷宮に宝物庫、か!」
「お前らの分け前はねえし、ちょろまかしたらブッ殺すぞ」
ワクワク顔のパリス少年に対し、ラカムさんが水を差すと少年は唇を尖らせて「へーい」とつまらなそうに応じました。
セタンタ君はその様子を見て苦笑しつつ、さらに言葉を続けました。
「そもそも、本当に宝物庫あるか怪しいと思うけどな。噂は聞いた事あるけど」
「なんで? ラカムのオッサンはそこ目指してんだろ?」
「サッカラ士族が首都地下を掘ったのはバッカス建国初期……つまり500年近く前の話だ。その頃には本当に、士族の隠し金庫でもあったかもだが」
「あー、昔過ぎて、もう回収されてる可能性大って事か」
「そゆこと」
「はーっ! お前らガキはバカでロマンが無いねぇ」
少年達の会話に、地図をぴしゃん! と畳んだラカムさんが混じってきました。
その表情はとても得意げで自信ありげなもの。
自身が目指している目的地に宝物庫があると信じて疑っていないようです。
「こりゃ確かな筋の情報なんだよ。故買屋の旦那の部下の従姉妹から博打で巻き上げた宝の地図なのさ。お前らガキには価値がわからんだろうが……」
「えぇー、その情報元は、ホントに大丈夫なのか……?」
「それはもう他人に近い相手なのでは?」
「はー、これだから物を知らんガキは。いいか? この地図にはサッカラ士族の印章まで押されているだ。確かなもんさ」
「昔の印章ぐらい、いくらでも偽造できそうだけど」
「どういう経緯でその従姉妹さん? のとこに転がり込んできたんだろ」
「ハッ! 地図はサッカラが地下に作っていた隠し宝物庫の場所を示すものなんだが、地下の魔物領域化のドサクサで紛失しちまってたんだろうさ」
「サッカラ士族は力のある有力士族ですよ? 地図一枚紛失したぐらいで、隠し宝物庫の存在を忘れてしまうでしょうか……? 地図無くても探し求めるのでは?」
「つい最近ならともかく、何十どころか何百年も前の話だしなぁ……」
「ラカムさん、掴まされたんじゃね?」
「そ、そんなワケあるかい!」
ラカムさんは自分でもちょっと心配しながら叫びました。
「ええっと、確か、アレだ……士族の隠し宝物庫って言っても、ほぼ個人の物だったんだよ。本人死んで諦めたんじゃねえか? 多分……?」
「こっちに聞かれても困る」
「えぇー……うぅーん……?」
「無駄足になる前に帰る?」
「敬語っ!」
「帰りますか?」
「進むに決まってんだろ! せっかく分け前とか要求されずにコキ使えるガキがいるんだ。使い潰す勢いでいくぞ。さあ行くぞ。黙って俺についてこーい!」
「「「…………」」」
少年達は色んな意味で心配になってきました。
セタンタ君はラカムさんに聞かれないよう、小声で告げました。
「ざっくり向こうの地図覗き見てみたんだが……そんなに深くには潜らないみたいだから、二人でも戦える魔物が出て来る筈だ」
「そりゃ良かった」
「けど、絶対とは言い切れないからな。大ネズミはゴロゴロ出て来るかもだが、普段は出てこない魔物が出て来る可能性もあるから、逃走経路は常に覚えとけ」
「わかった。数が出てきてもヤベエしな」
「無事に終わらせて、あの子の指輪を返して貰おう」
「おう。……悪いな、お前ら」
セタンタ君は仲間に頭を下げました。