退屈をもてあそぶ男
「ぎゃああああああああああ! いたいたいたいたいッ?!」
「おー? 二人と一匹、もう追いついてきたかぁ。えらいえらい」
首都82丁目の都市内転移ゲートがある場所に転移してきたセタンタ君達は、腐肉漁りのラカムさんが吊り上げられている光景を目撃する事になりました。
正確には顔面にアイアンクローを――いえ、頭を片手で掴み上げられ、握りつぶされる一歩手前のラカムさんを見る事になりました。
自分を掴み上げている巨体に対し、ラカムさんは必死に抵抗しています。引っ掻いたり、肌をつねったり、ナイフを突き立てようとしましたが全て失敗しました。
そんなラカムさんを掴んでいるのは、とある巨人さんでした。
「エイのオッサンじゃん!」
「エイ爺だ! 何で?」
「ん~? たまたまねぇ、ギルドの会議に参加してたらお前達が揉めているのがねぇ、たまたま見えてねぇ。たまたま歩いてたら、おしっこ漏らしそうな勢いでねぇ、慌ててる腐肉漁り君がいたから捕まえたんだよぉ」
白々しく肩をすくめた巨人さんの名はエイさん。
先日、セタンタ君が参加してライラプスちゃんと出会った遠征を率いていた人物で、冒険者クラン・カラティン所属の巨人さんです。
おおよその事情はギルド正門の上の方から聞き耳を立てていたらしく、二人が追いついてきた事で「ほれ」とラカムさんを離しました。
行き止まりの路地裏に向けて。
「わー! わー! 暴力反対! 暴力反対!」
「暴力なんて振るわないよぉ。心外だなー」
「こ、このクソ……どの口が……」
「んなー事より、オジサン関心しないなぁ……子供いびって楽しいかねぇ」
エイさんはあくびをしつつ、「返してあげればぁ?」と言いました。
ですがラカムさんは怯えつつも、その言葉に従う気は無いようです。
「はっ! こりゃあ、この指輪はわたしくめのですぜ? 煮ようが焼こうが鋳潰そうが好きにさせてもらいますし? バッカスの欠陥法律じゃあ、いま正義があるのはわたしくしめの方でさぁ」
「法的にはそうだねぇ」
「そうでしょう、そうでしょう」
「ただ、よく考えてみなよぅ……? その指輪が誰のものか」
エイさんは眠たげに建物の壁にズシリ……ともたれかかりつつ、無機質な片目で腐肉漁りを眺めながら言葉を続けました。
どうでもよさそうに、それでいて事実を述べるように言葉を続けました。
「この子達は確かに孤児だけどねぇ……赤蜜園っていうのは、本当に厄介なんだよぅ。優秀な子が多くて、多すぎて、色んなとこに顔が聞いちゃうんだよねぇ」
「…………」
「もう一つの士族みたいなものかなぁ。長がその気ないけど、まとめあげれば有力士族並みの勢力。まとまってないけど、それでいて家族のように同じ孤児をひいきにする子が多いからねぇ……」
「…………」
「法的に問題無かろうが、交渉ちらつかせて、セタンタに金積ませて、フィンにまで土下座させて……皆が、数千、数万の赤蜜園関係者が、揃ってひいきしたくなる相手が……お前と子供達のどっちかぐらい、わかるよなぁ?」
「ぐ……むぅ……」
「藪を突いて遊んだ以上、最後の最期までやりあう覚悟はあるかなぁ……?」
むしろ、楯突いてきてみろ、その方がおもしろい。
バッカス建国初期から冒険者を続けている巨人はそう言いたげに嗤いました。
ラカムさんは、感情論に動かされる赤蜜園関係者、あるいはその他の一般だけではなく、ただ「おもしろそうだから」と横やりを入れてくる存在や、「その方が得をしそうだから」と裏切ってくる腐肉漁り達の事を頭に思い浮かべました。
それよりも怖い存在の事も考え、ようやく思い至りました。
一時の優越感のために、今後の一切合財を捨ててしまう可能性に思い当たりました。指輪二つだけで王様気分になれる印籠になるわけではないと気づきました。
今更気づいたので笑顔を浮かべました。
その笑顔には、ダラダラとこぼれ落ちる冷や汗が付属したものでした。
「じょ、冗談ですよぅ……ちょ、ちょっとからかっただけで……あはは」
「チッ……」
「何で舌打ちするんですかね!?」
「いやあ、まあ、大して期待して無かったから……いっか」
エイさんは心底つまんなそうに首をかき、傍らの少年少女を見ました。
「お前らどうする? オジサンどっちでもいいよ」
「オッサン、嫌な意味で正直者過ぎるだろ……」
「ソンナコトナイヨ~」
「わ、私は指輪さえ返ってきて、セタンタ兄や皆に迷惑かからないなら……」
「だそうだけど、えーっと……腐肉漁り君? はどうする?」
「へへっ! まあ! わたしくめはね? そのっ」
「うんうん?」
「そこの少年から、金貰えれば――」
「…………おまえ、つまんねー足掻き見せんなや」
「――――」
巨人の浮かべた表情は腐肉漁りにだけ見えました。
巨人の吐いた深く重い溜息は皆が耳にしましたが、直視してしまった腐肉漁りだけは殊更顕著な反応を見せながら、ただただ固まりました。
「金せびるとかつまんねーかろ止めろ。中途半端に他人の足引っ張るしか脳の無いカスが。どうせなら殺す気で突っ込んでこいや……使えねえ……」
「――――」
「シラけた……。おウチ帰ってねるわ、僕」
再び舌打ちした巨人さんが路地裏から出ていこうとしました。
少女はそれをこわごわと見上げながら、巨人さんのズボンを軽く引きました。
「……エイ爺、怖い」
「そんなことないヨ~」
「んむぅ!? ね、ネコちゃんみたいにあごなでるの、やめろー! むぅぅ!」
「ははは、元気な子供はいいねぇ。オジサンつまんないから帰るけど、ここで単に帰ったらメーヴがウルサイからなぁ……うーん、あ、そうだ」
エイさんはニコニコ笑顔で少女を猫のように可愛がりつつ、興味を無くしてしまった腐肉漁りさんには視線も向けずに話しかけました。
「コイツらに金せびったらつまんねーから殺す。元々、その指輪拾ってきたの僕だから、捨てたらもっと殺す。ムカついたらとりあえず殺す。お前が腐肉漁りやってる以上、殺す機会なんていくらでもある。腐肉漁り以外の仕事も出来るような状態じゃないのは調べついてるから知ってるんだわぁ。西方諸国の回し者君」
「――――」
「でもま、少年に苦難与えるのはいいかな~? 郊外のどっか連れていくとかね。あんまりしつこい事やってるとムカつくかな~。あと、フィンはまあまだ未成年だから手を出したら殺す。これでいいかな? んじゃ、オジサン帰ろ~」
引っ掻き回して、脅迫して、巨人の冒険者さんはフラフラ帰っていきました。
残された少年少女はしばしその姿を見守っていましたが、「ぶはぁ!?」と腐肉漁りが漏らした吐息に視線を変えました。
腐肉漁りは冷や汗をさらに流し、ガタガタ震え、瞳孔を開いていましたが、恐れと怒りの入り混じった顔でセタンタ君を睨み始めました。
「き、聞いたな! 言質は取ったぞ!!」
「…………」
「し、仕方ねえから、指輪は返す方向で話すすめてやるが、それじゃあ俺のハラワタが煮えくり返って止まんねえ! クソッタレ! どいつもコイツも、お、俺をばっ、バカにしやがって……!」
「指輪を、返してくれ」
「返してやるよ! だが、お前が俺の言う事を聞いたら……だ!」
腐肉漁りは自身の根底に残った最後のプライドで奮い立ちました。
冷や汗を浮かべつつも、いやらしい笑みを顔いっぱいに広げました。
「大人の腹芸ってヤツを教えてやる。
クソガキ……指輪返して欲しけりゃ、俺と一緒に地下迷宮に来い」