親知らず、子供嫌い
「あ~、ギルドの方に聞いたんですがねぇ。
そちらのお嬢さん、ご両親の指輪を探してるとかなんとか……」
そう言って話しかけてきた猫背のエルフさんは、セタンタ君が知る人物でした。
少年にとっては毒水を垂れ流すようになってしまった水源地・ククルカン群峰からの因縁で、その後もチラチラと存在を感じていた人物。
グレーゾーンの石橋を慣れた様子で鼻歌交じりで走っていく冒険者――もとい、腐肉漁りのエルフさんです。
「アンタ、パリスをこき使ってた腐肉漁りの……」
「おっと、フェルグスの旦那の太鼓持ちじゃあないか。偶然ダナー」
「確か……ラカムって名前の」
「そう、皆大好きラカムさんダヨ~」
猫背のエルフ――ラカムさんはそう言っておどけました。
一般的なエルフの方と同じく、美形――のようでいて、猫背で歯並びの悪いニヤケ顔はエルフの偽物のように見える風体の悪さを持っています。
政府に捕まっている犯罪者というわけではありませんが、セタンタ君は今までの事もあり、警戒した様子でフィンちゃんとライラちゃんを背中に庇いました。
「何か用かよ」
「おうおうおう? 目上相手にな~? その態度は無いだろ~~~?」
「何か御用ですか」
「そうそう、目上ってだけじゃなくて、助けてもらいたいならな? へりくだっていかなきゃいけないんだぜ? これ、世の中の常識な?」
「…………」
「それとなぁ、パリスがなんだって? 俺にコキ使われてた? ちょっとチミ~、アイツが自分の手下になったからって大目に見すぎじゃないかね~? パリスはねぇ、おおむね自分の意思で腐肉漁りになったんだからよぉ。パリスの罪を俺になすりつけようとするなよ」
「パリスは俺の手下じゃねえ。友達で仲間だ」
「ほー。アイツもよくたらしこんだね~」
ヘラヘラと笑うラカムさんを見ながら、セタンタ君は眉間にシワを寄せました。
「だけど罪云々に関しては確かに、アンタの言う通りだよ」
「だろ?」
「けど、アンタは自分がまったく……一つも、パリスを上手く手のひらで転がすために都合の良い言葉を吹き込んだりして無かったと言い切れるのか?」
「へへっ! どうでござんしょね~!? 純朴で必死で、追い詰められてるガキってぇのは、扱いやすいナァ~と思いますがね? 人生経験豊富な大人としては!」
「…………」
「おいおい、キレんなよ? こっちはねぇ? 助けてあげようと思ってきたのさ」
助けに来たにしては、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているラカムさん。
セタンタ君は強く警戒しつつも、無視しきれない理由がありました。
「さっき、指輪がどうとか言ってたよな」
「助けて欲しい相手には敬語~」
「指輪がどうとか言ってませんでしたか」
「おう、コレの事かな?」
ニカッと笑ったラカムさんが右手を閃かせました。
一瞬のうちに、手品のように、その手に指輪が現れたのです。
それが誰のものなのかは、目を見開いた少女の様子でよくわかりました。
「ぱ、パパとママの指輪!」
「おやぁ、アタリかい? 俺はねぇ、目がいいからねぇ……色んな人の落とし物を拾っちゃってたりもするんだ……他にもいっぱいある。魔術で目を凝らして、指輪の内側に書かれた……パパとママの名前も見てごらぁん?」
「……! あ、ほ、ホンモノ……あれ、ホントに……」
「間違いないか?」
「うんっ! 絶対!」
もう返って来ないかもしれないとも、思ってしまった大事な品。
それが直ぐ目の前に現れてくれた喜びから、フィンちゃんはキラキラした笑顔でお父さんとお母さんの指輪に向かって駆け寄っていきました。
ですが、指輪が一瞬で隠された事で、笑顔が消えていく事になりました。
「おっとぉ? 誰もタダで返してあげるなんて言ってないよ~ん?」
「えっ……」
「おい、オッサン……」
「う~ん、見たとこ結婚指輪か何かかねぇ? けどこりゃ、単に金属で輪っか作ったようなゴミクズだなぁ。こんなもん、オモチャ以下で買値もつかねえ」
「っ……」
「普通ならつかねえけど、そういうゴミを価値あるもんに転がしていくのがデキる商売人ってもんさぁ。お前ら、この指輪にいくら出せる?」
「わ、私の全部――」
「俺が出す。現金で2000万までなら用意出来る」
セタンタ君がフィンちゃんの口を塞ぎつつ告げた値段に対し、ラカムさんもさすがに驚き、それでも平静を保とうとした口笛を吹きましたが、かすれた音でした。
「お、おおぅ……おやおや、フェルグスの旦那に寄生したら、相当稼げるんだねぇ。お前みたいな15かそこらの、ガキでも……恵まれてんな……クソが」
「何とでも言ってくれ」
「けどなぁ、お前さん、交渉が下手だねぇ。限度いっぱい出しちゃうとは」
「腹芸が下手糞って言われたばっかだよ。勉強させてくれねえかな」
「せ、セタンタ兄、だめだよ……そんないっぱい、お金……」
フィンちゃんが今にも泣いてしまいそうな顔でセタンタ君にすがりつきましたが、セタンタ君は不敵な笑顔を浮かべました。
「お前への投資だよ、投資。まだ冒険者なってねえけど、俺がいた時からお前はメチャクチャ優秀だったからな。俺はここで貸し作ろうとする、悪いヤツだぜ」
「で、でもぉ……」
「何より、お前が笑ってないのが最高につまんねー。お前が親御さんに貰った綺麗な金髪と一緒で、お前が笑ってると場が華やぐんだ。黙って投資されてくれ」
「う……うー……」
「多少は回収させてもらうけどな。お前、長寿のエルフだから1000年分割払いでいいわ。金利とか良くわかんねえからイラネ」
「1000年先なんてっ! セタンタ兄、いなくなってるじゃん……!」
「へへ、墓があったら貯金箱付きに改築しといてくれ。死後の楽しみだ」
笑うセタンタ君と対照的に、フィンちゃんは怒りました。
「ぅ……うぅ~~~! ばかぁ~~~! ばかぁ~~~!」
「痛え! 痛えよ、ポカポカ殴るなよ~、も~、肩こりがとれるぞ」
「あ~はいはい、お二人さん楽しそうデスネー」
二人に対し、ラカムさん憎々しげな表情で睨み、口を挟みました。
セタンタ君はその声を聞き、フィンちゃんを下げ――槍を預け――ラカムさんに向かってズカズカと肩をいからせて歩いていきました。
「な、なんだ? や、やるってぇのか?」
「フィンの親御さんの指輪を返してください。お願いします。この通り……」
少年は腐肉漁りの前で跪き、石畳に頭をこすりつけました。
手のひらを頭の前に差し出し、自分は何の武器も持っていないと示し、相手に踏みつけられれば避けようの無い低姿勢で懇願しました。
「俺には本当に、腹芸とかそういうのはわからねえ……いや、わかりません。粋がってるだけのガキで、いざって時に、助けてやりてえ仲間に助けてくれって頼まれても、肝心なとこで何も出来ない無力なガキです」
「…………」
「けど……けどっ! お願いだから、お願いですから、その指輪返してくれ……返してください! 親が、本人がいたらそっちに甘えりゃいいけどよ!? それが出来ねえ孤児だっているんだよ! どうしようもなく不安な時に、すがれる形見ぐらい、返してやってくれよ……!」
「お……お願いしますっ! パパとママの結婚指輪、か、返してくださぃ……」
少女も少年に続き、地に頭をつけた事で衆目がさらに集まり、訝しげに見ていた人達も「返してやれよ!」「良い大人が子供いじめんな」と野次を飛ばしました。
ラカムさんは、少年少女を見つめていました。
とてもとても、憎々しげな表情で見つめていました。
「お前らは、親の事を慕ってんだなぁ……羨ましいなぁ……」
「…………」
「…………」
「一つ、良いことを教えておいてやる。俺はお前ら、赤蜜園のガキ共が大嫌いだ」
腐肉漁りは少年少女を助けようと近寄ってきた人達を、人殺しのような目つきで睨み退け、口早に言葉を重ねていきました。
「お前らみたいに恵まれた子供が大嫌いだ。孤児のくせに苦労知らずヌクヌク育てて貰えて良かったな。娼婦の孤児院長に養われて、きれいな着物を貰って、あったかい寝床と食事、孤児のくせに英才教育で約束された未来。親がどんなヤツだろうが、裏社会すら掌握してる孤児院長の後ろ盾を得て安全な暮らし……」
「…………」
「…………」
「俺はお前らが嫌いだ。子供そのものが嫌いだ。……けど、まぁ……」
「…………」
「…………」
「今日は、その子供共のおかげで……良いもん見れたぜ~~~!!」
腐肉漁りは笑いました。
快活どころか、狂ったように笑って、無理に笑ってツバを吐き散らしました。
「お前ら揃って馬鹿だなぁ~~~? お前らが赤蜜園の前途有望で明るい未来しか待ってないような糞ってだけで、俺の憎悪の対象なんだよ……! そんな糞共に俺が譲歩なんてしてやるわけが、ねえだろうがッ!!」
腐肉漁りは、衆目にお構いなしに蹴りを入れました。
頭を下げたままの、少女に向けて。
「ッ……!」
それは魔術で相手の動きを見ていた少年が代わりに受けましたが、咄嗟の事で完全には受け損ね、自分の頭を思い切り蹴られる結果に終わりました。
「ぐ……」
「セタンタ兄!?」
「ハッ! ばぁ~~かぁ~~がぁ~~! 大人に逆らッ?! でぇっ!?」
「グウウゥゥゥ! ガウゥゥゥ!!」
突然の痛みに思わず鼻水を垂らした腐肉漁り。
その脚に、小型犬が思い切り噛み付いていました。
相手は拾い物の鉄板入りの靴を穿いていましたが、自身の牙を魔術で強化したライラプスの一撃は防ぎきれませんでした。
防具が無ければ一瞬で噛み砕かれていましたが、防具のおかげで何とかそれを避けた腐肉漁りは「ひぃ! ひぃっ!?」と恐怖に青ざめつつ、脚を振りました。
思い切り、冒険者ギルドの壁に向かって振りました。
小型犬は、その壁に向かって打ち付けられる軌道で飛び――。
「――――!」
身体強化魔術を使ったライラプスは、壁に着地。
脚を軽く曲げて投げつけれた衝撃を完全に受け流し、発条仕掛けの兵器の如く、着地した壁から自身の身を再び、腐肉漁りに飛ばしました。
「いっ!? てええええええええええ!!??」
「――――!」
その動きを追いきれなかった腐肉漁りは、それでも咄嗟に避けようとしましたが空中でひねりをつけて振るわれた犬の爪でザックリと頬を引き裂かれました。
小型犬と言っても、そんじょそこらの小型犬では無いのです。
ゴーレム使いの飼い主に魔術の手ほどきを受け、槍使いの主人と共に死線をくぐってきた、冒険者ギルドにも認められた小型犬の冒険者なのです。
もう老犬と言っても良い年齢ですが、身体の衰えを実戦で磨かれた魔術でカバーし――爪撃から華麗に着地し、さらに追撃を加えようとしました。
「止めろ! ライラプス……!」
「ッ――――」
「お前が……ぐっ……つ、捕まるだろうが……!」
頭への蹴りによる鈍い痛みにフラつきつつ、立ち上がろうとしている少年が慌てて止めた事で犬歯剥き出しの厳しい顔つきのまま、追撃を止めていました。
その隙に、腐肉漁りのラカムは「ひぃぃぃ……!?」と狼狽え、周囲の人を突き飛ばして逃げていきました。慌て怯えつつも、するすると逃げていきました。
「あっ、くそ、待て……!」
「あぶないっ」
少年冒険者は腐肉漁りを追おうとしましたが、蹴りで脳を揺らされた影響がまだ抜けず、フラついて倒れそうになり、フィンちゃんに支えられました。
支えきれずフィンちゃんを下敷きにして倒れかけ、何とか手をつっかえ棒に少女を潰す事は避け、「悪い……!」と謝って腐肉漁りの走った方向を見ました。
ですが相手はもう逃げた後で、遠目にすら確認できませんでした。
「ああ、くそっ……ダセえな、俺……!」
少年は歯噛みし、槍を支えに立ち上がりました。
立ち上がり、腐肉漁りに追いすがる事を決意しました。