故買屋の視線
「うーん……結局、今日は収穫無しか」
「明日も探そうぜ」
「ああ、私達も手伝う。ちょうどいい仕事にも訓練にもなるからな」
「すまーん、助かる」
セタンタ君達は夜まで地下にいたのですが、指輪は見つかりませんでした。
広大な地下迷宮と比べると、指輪二つは砂場から砂糖を摘み上げるようなもの。
セタンタ君も直ぐ見つかるとは思っていませんでしたが、ニコニコ笑顔のフィンちゃんの表情がションボリと曇る事を考えると、偲びないようです。
「ギルドの依頼の方はそこそこ上手く行ったし、メシでも食いに行こう。もちろん、全員分、ライラの分まで俺の奢りだ」
「やったぜ」
「あ、私はちょっと母に外食してくると伝えてくる。悪いが先に行ってくれ。店だけ決めてくれれば後で直ぐに合流する」
「あいよー」
「お母さん連れてきていいんだぜ~。食卓が華やぐ」
「セタンタ、お前、まさか……ウチの母を狙ってないだろうな……?」
「えぇ~、そんな事ないでゴザルよ~」
セタンタ君はしらばっくれました。
セタンタ君は基本、年上好きです。色んなとこでコナかけています。
ガラハッド君がプリプリ怒ったのでお母さんをお招きし、セタンタ君がお持ち帰りするような事にはなりませんでしたが、夕食の面子は増える事になりました。
「おっ! セタンタ、パリス、ガラハッド、ライラちゃんじゃねえか」
「おこんばんわー」
地下に潜っていたレムスさんとアタランテさんと出くわし、二人も加えて夕食を食べる事になりました。
もう一人、レムスさんの友人の徒手空拳の冒険者さんもいましたが、そちらは「先約がある。すまない」と会釈して去っていきました。
「よしよし、お前ら、俺が好きなもん奢ってやる」
「…………」
「アタランテの『この糞野郎、少しは節制しなさいよ』って視線で頭がパァッン! と砕けそうなので、三人で一品だけ奢ってやる。ピッツァとかどうだ?」
「尻に敷かれてる」
「おっと、ライラちゃんは女の子だから特別に俺がまるごと奢ってやろう。代わりに俺の隣か膝においで~」
「確かにライラプスは女ですが、節操なさすぎでは……?」
「いや、コイツ、こういう子を手懐けておくとアンニアに『にぃたんしゅごぉぉい! あんにゃにもなでなでさせて~』って喜ばれるって下心なのよ」
「いまの声真似、結構似てたな……」
「アタランテもアンニアみたいに甘々トロトロな声で媚びてくれればな~、俺めっちゃくちゃキュンと来るんだけどな~。こいつそういう声ガマンすっから。ウチの兄者相手なら強がりつつも、ドロッドロに乱れさせられたりもするんだが」
「こいつ、ぶっころしてやろっかな?」
「いたぁい。小指が手の甲にめり込んじゃったじゃん。こわ~い」
「食事の席だからそれで済ませてやったのよ。感謝しなさい」
「お前全然デレ見せてくれねえからなぁ」
レムスさんは180度近く曲がっていた小指を治しながら口を尖らせました。
「そうツンツンしてたらモテねえぞ? まあそこそこモテてんのは知ってるし、カワイイとこあるのも知ってるけど、もうちょっとこう……媚びないとイたぁい、中指がネジみたいになっちゃった」
このように夕食会は和やかな雰囲気で進んでいきました。
また、どちらのパーティーも地下迷宮に明日以降も潜る予定という事もあって、食事しながら情報交換も行っていくようです。
「ほー、赤蜜園が指輪探ししてるのは知ってたから、こっちのついでに探してあげようとは思ってたが、無くしたのは女の子だったのか」
「うん」
「可愛い子かな……? レムスさんいま彼女募集中なんだぜ……?」
「コイツ、肉体関係だけの女友達はゴロゴロいるから、そういうの許容してくれるような大らかな子だけ紹介してあげてね」
「フィンは、うーん……まあ……大らかの方かも……?」
「可愛い?」
「可愛くて綺麗系かなぁ」
「輝くような金髪の持ち主の、可憐な少女でしたよ」
「おっぱいは?」
「アタランテさんと同じぐら――ガアアアアアアッ!?」
ガラハッド君の身体がしなりました。
しならせたアタランテさんはヘラヘラ笑いながら「身体的な特徴で異性をからかっているとまったくモテなくなるわよ~」と言っています。
レムスさんは「やめてやれよ~」と言いつつ、フォローし始めました。
「アタランテは隠れ巨乳だぞ。隠れって言うか、元は胸が順調に成長してたのに、『邪魔』って言ってミボシ診療所で胸取って貰ったんだよ。惜しいことする」
「なぜ、そのような……! ご無体な事を……!?」
「そりゃあ、弓引くのに邪魔だもん。戦闘全般に邪魔だもん。アンタらもその無駄にブラブラ揺れてる股間のものを切除してもらってきたら? 邪魔でしょ?」
『いやです』
アタランテさんは皆の反応を鼻で笑いつつ、隣でちょこん、と行儀よく座っていたライラちゃんに野菜スティックを食べさせてあげました。
「まあ、私も野郎の落とし物より、可愛くて飼いたくなる女の子の大事な物を探してあげる方がやる気出るわ。貴重な情報をありがとう」
「そちらの探し人は見つかりそうですか?」
「死体も見つからないのよねぇ……そのくせ、死体は出てる気がするんだけど」
「うん……? どういう事ですか?」
「人間の血臭が平時の地下より多い、ような気がするのよ」
まあ、気がする程度の話だけどな、とレムスさんが付け加えました。
獣人の二人は他の人種より嗅覚が優れています。
その嗅覚で感じ取ったゆえの所管ですが、地下迷宮に入り浸っているわけでは無いので、「前に来た時と比べた時の所感」だそうです。
「死体が見つからないのは……大ネズミが食べてるのでは?」
「そうかもな。ただ、アイツらだって何でもかんでも食べるわけじゃねえ。流石に金属の類はペッ! するさ。そういうのが残ってそうなもんなんだが」
「アンデッド化してるんじゃないんですか? 私達が死んで魂が抜け落ちちゃったら、残った身体が魔物になっちゃうじゃないですか? そしたらフラフラ~って歩いていけるし、歩いていったから消えたとか?」
「…………」
「あー、それはあるな。けど、アンデッドはアンデッドで全然いないんだよな。いてもボーンゴーレムぐらいさ。ありゃ正確にはアンデッドじゃねえけど」
「私達はまったくの気の所為か、辻斬りの仕業じゃないの、って推測してるわ」
「辻斬り? そんなの出るんですか?」
ガラハッド君の問いに対し、アタランテさんは気安い様子で頷きました。
「出る出る。首都地下に限らず、都市郊外とか魔物いる領域は魔王様の監視の目とかも無いからね。たまに頭おかしい人斬りが出たりするもんよ」
「そいつが自分の犯行隠すために、死体隠してるんじゃねえかって説を考えたのさ。俺らの気の所為の確率が高いけど、お前らも一応気をつけとけよー」
「はい」
「へーい」
「はーい」
「あと、探し人に関しては故買屋の線も追ってるんだが――」
「故買屋というと……?」
「ざっくり言うと、盗品の売買まで扱う中古屋だよ」
ガラハッド君の疑問に対し、パリス少年が答えました。
「盗品と言っても、犯罪して盗んだ品だと騎士団が怒鳴り込んで来て即捕まる。そういうガチな盗品扱ってる人も多分いるんだろうけど……レムスさんの言う故買屋は、郊外で拾った遺失物の売買までやっちゃう故買屋の事、だよな?」
「おう、その通りだ」
レムスさんはニヤッと口角を釣り上げながら、パリス少年達に「食べる手が止まってんぞー」と食べ物をよそいつつ、言葉を続けました。
「遺失物、落とし物の取得は郊外に関しちゃ自由って話は知ってるな?」
「冒険者ギルドに行く前に教えて貰いました」
「なるほど……既に誰かが拾って、故買屋に売られてたら見つかるかもって事か」
セタンタ君があごを撫でながら呟くと、レムスさんが頷き、言葉を続けました。
「野ざらしになって捨て置かれてる死体から剥ぎ取ったもんを転売するみたいにな。人間相手の戦争とか長らくしてねえバッカス王国じゃ馴染みねえかもだが、戦場跡に行って金目のもんをかっぱらって売ってるヤツもいたらしいなー」
「死体から盗ったものを使うなど、生理的に嫌な感じがしますが……需要はあるんですか? 綺麗に拭き取られてたらわからないかもしれませんが」
「そういうもん取り扱うだけに、痕跡消すのは無駄に上手えヤツはいるんだよ。ま、血の跡残っていようが欲しがるヤツもいるんだよ。今回はその線で追ってる」
「…………?」
「ガラハッド、レムスさんが言ってるのは――」
「あー、パリス、お前はその辺は説明せんでいい」
レムスさんはパリス少年の口に食卓のパンを突っ込み、喋らせまいとしました。
「今度、もっと楽しい事を説明させてやろう。んで、話の続きだが、生理的な問題とか別に欲しがるヤツって言うのは、死者の親族や恋人とかだよ」
「親族……あっ! 遺品として欲しい、という事ですか」
「そう。バッカスじゃ遠隔蘇生してくれる保険あるから、郊外で死んでも本人は首都で生き返るって事はあるんだが、全員が全員、保険かけてるわけじゃねえ」
「今回、私が探してる女の子もお金無いから保険はかけてないのよ。もしこれで死んでたら……まあ、家族としては遺品ぐらい欲しい……という心情に対して足元見て、遺品を高額で売りつけるヤツもいるわけ」
「故買屋にはそういう品も持ち込まれる。親族としては、それが数少ない遺品だったら……もう、是が非でも欲しくなったりしちゃうのさ」
そして、故買屋に足元を見られるのです。
バッカス王国では法を悪用したグレーな商売を行う方々も少なからず存在し、故買屋などは腐肉漁りと組んでその手の事をよく行っています。
ただ、大衆からは後ろ指をさされる稼業です。
灰色の商売ばかりしていては、まともなお客さんは来なくなり、いくらお金を積んでも「お前のとことは商売せん」と他所の商会に発注すら出来なくなる事もあります。それでもなお、無くなっていない灰色稼業です。
「お前らの方の探し物も、ついでだから聞いとくよ」
「ありがとう、レムスの兄ちゃん」
「故買屋以外にもね。その手の店に遺失物持ち込む腐肉漁りの方も、伝手を辿って探してるんだけど……手がかり無しよ、こっちも」
「そっちも見つかるといいね」
「まあ、故買屋に持って行かれる前に確保出来るが二番目に良いな。腐肉漁りも自分で直売する事あるから、そういう奴らに持ってかれる前に確保するのも二番だ」
「一番は……本人が無事に救出できる事、ですね」
「そゆ事。最後に目撃された場所から色々辿ったんだが、全然見つかってねえけどな! 知り合いの探し屋にも頼ったんだが、『わーお! 魔物の血だらけでグッチャグチャじゃん! わかんねーっすわ!』って匙投げられた」
「マーリンに手伝えてもらえたら良かったんだけど、あの子も別の仕事がね……」
「まあ……見つかって無いって事は、無事って可能性もあるって事じゃないですか。大丈夫ですよ、きっと」
「ガラハッドは精子力学的な事を言うなぁ」
「コイツ、いま難しい事を言おうとして盛大に間違ったから皆笑ってあげて」
皆で笑って、楽しく飲み食いして、今夜は解散となりました。
行方不明の女の子にしろ、フィンちゃんの指輪にしろ――少なくともセタンタ君達の知る限りでは――どうなっているのかは確定していません。
どんな結果になるかはわからず、悪い結果になる事は重々承知で皆笑って、寝て、明日からの捜索に備える事にしました。