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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
一章:採油遠征と酒保商人
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刃物の手入れ



「はい、じゃあこっちがミスリル用で、こっちがナイフ用ね」


「うん、ありがと。金は先払いしてるから」


「聞いてるよー。あ、それとこっちは携行食の試供品。良かったら食べてみて」


「お、じゃあ帰りながら食べるよ」


「それでもいいけど、わざと不味く作ってるのだからね? その代わり栄養がドカンと摂取できるのだから、もしもの時に取っとくといいかも」


「もしもの時に大して効果無かったらどうすんだよー」


「……そういえばそうね!」


 セタンタ君、クアルンゲ商会の冒険者用品店にやってきているようです。注文していたモールリーゼ由来の刃物油などが出来たので取りにきたようですね。


 対応してくれたのはフェルグスさんの奥さんの一人です。家族経営なとこあるので、クアルンゲ商会に行くと結構いらっしゃいます。



買い物を終え、寮へ戻ったセタンタ君は買った油を使い、早速、寮で槍と普段冒険者稼業で使っているナイフを手入れする事にしました。


 郊外活動中、魔物を斬り殺した後は出来るだけ迅速に手入れをしないといけませんが、それは簡易的なものです。


 しっかりと手入れできるに越したことはないですが、そういう事もまた悠長にやってると他の魔物がやって来かねないので、そういう時はせめて簡易手入れ用の刃物油を染み込ませた布で拭き、軽く磨く程度です。


 しかし、いまからやるのは本格的な手入れとなります。


 冒険者の中にはズボラで簡易の手入れだけで事を終え、本格的な手入れをする分の時間を遊びに使ってしまう人もいますがあまり推奨できる行為ではありません。


 物が良ければそれでも長持ちしますが、ちゃんと手入れした方がより長持ちします。それは余程手入れの方法が下手くそじゃない限り、手入れ用の用品を多めに使っても武器の買い替えの方がお金かかるほどです。


 刃物であれば切れ味が落ちる事は当然あり、魔術で武器を強化しているバッカス冒険者の刃物でも切れ味の悪化は戦闘の勝敗にも響きます。


 また、ぞんざいな扱いをしていると摩耗、破損の兆候を察せず、戦っている途中にポッキリ折れて武器無しで戦う事を迫られる事もあります。魔物は待った無しなので、そちらも当然のように生死に絡んできます。


 もちろん、面倒くさい作業なので手入れ専門の職人もいます。


 例えば専門の研ぎ師などは素人に毛が生えた程度の冒険者がやった手入れなど、軽く超える手入れをしてくれます。


 自分でやるより当然料金割高となりますが、そこそこ稼げるようになった冒険者の中には手入れは委託する者も少なくありません。


 ただ、セタンタ君はフェルグスさんや別の師匠に「しばらくは自分で手入れを覚えた方がいい」と勧められ、そうしています。


 これは単にコストカットでやっているだけではなく、実際に武器を振るっている本人が損傷や摩耗を自分で見つける事で「ああいう振り方をすると壊しやすい」「こうした方が長持ち」とう事に自覚的になるからこそ勧めているようです。


 商売道具は大切に! 自分で手入れするのにも限界はありますけどね。



 その辺はさておき、セタンタ君による刃物手入れに戻りましょう。


 まずは汚れ落としです。


 ワックスがけをする前の床掃除の如く、刃についた油や汚れを取ります。一見すると綺麗に見えても油などは意外とついているものです。


 セタンタ君は油取り用の薬品を水に溶かし、それを柔らかな布に染み込ませ、こすこすと拭い取り、乾拭きしました。


 しつこい汚れがあれば綿棒や爪楊枝なども併用しましょう。刃に無駄な傷つけない自信あれば指と魔術使ってこすり取るのも手です。


 次に錆落としです。


 セタンタ君の愛槍はミスリル製なので錆びませんが他は槍に比べると安物なので錆びます。他といっても手入れするのは主に魔物解体用のナイフです。


 解体用のナイフは一つの獲物に何本も使わないといけない時もあるので、毎日のように魔物を狩っている冒険者にとって大抵は消耗品扱いです。


 自分の手入れでどうこうなるレベルを超えていたら買い替えか、鍛冶屋さん等に治してもらいます。セタンタ君が使っている解体用のナイフも「ここまでかな」と見切りをつけるものが出てきたようです。


「いままでありがとな。ご苦労様」


 孤児院を出た時から使ってたもののようですね。


 手入れせず捨て――ようとして止めて、このまま最後のお手入れをしてあげる事にしたようです。愛着があるがゆえに。


 セタンタ君の装備の中であえて主役を決めるとすれば、それはミスリル製の槍です。解体用のナイフは脇役もいいところです。


 でも、槍一本で何もかもできるわけではなく、それ以外の装備も無ければいまの彼は無かったのでしょう。


 錆取りの話に戻ります。


 セタンタ君は汚れ取りに使ったものとは別の軟膏を取り出し、それをぬりぬりし、取りやすくしたうえで取れにくいものは錆取り用のノミを当て、刃に傷がつかないよう注意しながら剥がし、布で軟膏を拭いました。


 錆取り用に魔術で作られた軟膏です。油を塗って数日置き、それからこそぎ落とす方法もありますが連日戦う事もある冒険者はこの手の特殊薬品も使います。


 錆取りが終わったら、次は肝心要の研磨作業に入ります。


 セタンタ君は研ぎ石を取り出しました。大きさは台所用のスポンジ程度のもので、肌触りと柔らかさもスポンジそのものです。


 これがバッカス王国で使われる研ぎに使われる道具の一種です。名前は軟性研ぎ石。そのまんますぎるネーミングですね。


 石と呼ぶには柔らかすぎるものですが、コツさえ掴めば早くて楽なので冒険者だけではなく研ぎ師でも使っている人がいるものです。


 使い方は錆取りまで終えた刃物を用意し、刃物油を染み込ませた軟性研ぎ石を皿洗い感覚で刃を挟み、あとは「キレッキレになぁれ! キレッキレになぁれ!」等と念じながら魔力も流し込むとアラ不思議、だいたい一回で綺麗に研げます。


 ものによりますが一時間ほどで定着するので、あとは余分な油拭き取って研磨の作業は終了となります。


 今回、刃物油はクアルンゲ商会で買ってきたもの使いました。


 単に研ぐ助けになっているだけではなく、「防錆」「刃こぼれ防止」「切れ味強化」などの簡易加護も同時に込める事が出来ています。


 防錆にしろ刃こぼれ防止にしろ100%保証されるものではありません。使ってたら取れていきますし。でも、無いより随分マシです。


 今回、セタンタ君がミスリルの槍とそれ以外で使い分けた油はシンプルなものですが、中には炎や冷気を一時的にまとわせる刃物油も存在しています。そういうのは剣や槍に限らず、矢じりに塗ってもいいですね。


 硬い研ぎ石を使う研磨方法もちゃんとあり、そっちはそっちで研ぎ師さんが「しっかり研ぐならこっち」と愛用してる事もあります。


 ただ、冒険者さん方が自分で手入れするのに使うのは軟性研ぎ石に流れ気味です。楽ですからね。普段使いはそれで、数ヶ月あるいは一年に一度ぐらいは専門の研ぎ師さんに任せたりなどはしています。


 こうして研磨作業が終わったら、刃部分以外の掃除です。槍やナイフであれば持ち手の掃除をして保管して終了。



 これにてお手入れ完了です。


 ただ、最後のお手入れをした使わなくなるナイフはまだ卓上に出てますね。


 セタンタ君は「どこ置いてたっけか」と呟きつつ、何か探しています。


「あったあった」


 そう言い、セタンタ君が納戸から持って出てきたのは金属製の箱でした。貰い物のお菓子が入っていたお菓子箱だったのですが、現在は空箱です。


 セタンタ君は使わなくなるナイフをその空箱に保管し、「箱一杯になったら鍛冶屋にでも持っていってみよう」などと呟いています。


 鋳潰して地金インゴットに戻すつもりのようですね。


 地金に戻したらまたナイフとして戻すのも手ですし、別のものも作れます。まとまった量があるなら剣や鎧も作れますね。金属はこういうとこ面白いです。


「フェルグスのオッサンが持ってるような杯もいいなぁ……」


 そう呟きつつ、セタンタ君はフェルグスさんの家で見たトロフィーの如き杯を思い出しました。フェルグスさんも使わなくなった刃物などを保管しておき、まとめて鋳潰して杯を作ってもらったりしているのです。


 ナイフとして新生させて再び共に冒険の旅に出るのもいいですし、共に戦った記念として杯を作るのも一興。セタンタ君は空では無くなった箱を抱えつつ、しばし使い道に思いを馳せました。



「セタンタ、いるか?」


「お?」


 フェルグスさんが訪ねてきたようです。


 セタンタ君が「飲みにでも誘いにきたのか?」と思いながら箱を抱えたまま応対したところ、どうもそうでは無いようでした。


「仕事を頼みたい。クアルンゲ商会の酒保事業絡みだ」


「遠征?」


「そうだ。ククルカン群峰の水質が悪化している件は知ってるか?」


「小耳ぐらいには挟んだ。なんか毒が流れてるんだっけ?」


「ああ。円卓会がそれ絡みの依頼に入札し、ギルドと請負契約を結んだのだ」


 フェルグスさんが興したクアルンゲ商会も円卓会という名の組織より依頼を受け、業務を請け負ったそうです。遠征が絡んでくる商会の業務を。


「出発は五日後。良かったらお前にも護衛でついてきてほしい」


「フェルグスのオッサンの仕切り?」


「ああ」


「じゃあ行く。何を準備しておけばいい?」


「詳細は明日にでも説明する。スマンが、いまお前と同じく助けを借りたい冒険者に声がけして予定を開けてもらっているところでな」


「手伝おうか?」


「いや、商会ウチの仕事だ」


 とりあえず寝て備えてくれと言い、フェルグスさんは去っていきました。


 セタンタ君は遠征に向け、出来るだけの準備をしておく事にしました。




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