死合後の一休み
稽古で死んだセタンタ君は蘇生され、意識を取り戻しました。
戦闘思考が抜けず、咄嗟に飛び起きようとしましたが――無理でした。
起きた先にあった巨乳の弾力に跳ね返され、起き上がれなかったのです。
「うおっ!?」
「ん……起きましたか」
「ゲッ。エレインさんの胸じゃん」
「げ、とは何ですか、ゲッとは」
「約得だったなぁ、と。もっとじっくり味あわせてもらえば良かっ――ぐむっ」
「すけべえ君ですね」
エレインさんは気絶していた少年を膝枕してあげていました。
そこで少年が起き上がり、すけべえな事を言うので「お仕置きです」と言いながら上体を前屈みにし、巨乳とフトモモで少年をサンドイッチにしました。
「ぬぎゃあああ! フェルグスのオッサンに見られたら、浮気を疑われる」
「先ほどから隣にいるぞ」
「俺死んだ!」
「安心しろ、蘇生魔術で生き返らせて、治癒も終わっている」
フェルグスさんは自分の奥さんが少年の顔面に「たぷん」とオッパイを置いても微笑するばかりで、特に咎める事はありませんでした。
エレインさんも別段気にした様子も無く、少年を女体で挟みつつ、素知らぬ顔でお隣にいる旦那さんと手を繋いだまま、ゆるりとしています。
「私の弟子兼旦那様は寛容ですから、この程度のこと気にしませんよ」
「それ以上をしても構いませんよ、師匠殿。私はそれでも興奮するタチですので」
「フェルグスのすけべえ具合には困りますね」
「その辺、師匠達の性教育の影響もあるのですが?」
「そういえばそうですね……?」
ふぅ、と軽く息を吐いたエレインさんは上体を起こしましたが、膝枕している少年が起き上がらないよう、少年のおでこに手を置きました。
「我が師はな、セタンタ。お前の事がお気に入りなのだ」
「お気に入りですよ。フェルグスの若い頃から礼儀を取り払ったら、セタンタ君に似ているのでお気に入りです。好みの男の子ですね」
「オッサンに印象、重ねられてるわけね」
「いやですか?」
「いや……悪くない、かな?」
「何ならセタンタ、我が師を娶ってみるか?」
「は!?」
セタンタ君はさすがにビックリして起きようとしました。
が、エレインさんの手と巨乳に阻まれて膝枕に戻されました。
「娶るって、結婚だろ? エレインさんはオッサンの嫁じゃん。しかも子持ち!」
「双方が両思いなら、それも良かろう?」
「オッサンはスケベ通り越して変態だよなー……! 嫁さんは何人でも作るけど、浮気とか全然気にしないんだもん。皆に対してそうだろ?」
「未知の浮気は多少気にするぞ。公認の浮気はフツーに興奮するだけだ」
「エレインさん達も大変だ……」
「まあ、若い嫁達はともかく、フェルグスがスケベエ変態オークになったのは確かに、私のような古株の嫁衆が煽った責任もありますからね」
エレインさんはしみじみとした様子で「うんうん」と頷きました。
「まあ、フェルグスも真面目に考えてもいるのですよ」
「嫁さん寝取らせるのに真面目もクソもあんの……?」
「寿命の問題だ、セタンタ」
フェルグスさんは穏やかな声色のまま、言葉を続けていきました。
「私はもう150歳近い。ヒューマン種よりは長生きだが、オークの私では、もう長くて50年といったところだろう。まあ50年持つかも怪しいが」
「……50年とか、まだまだ先じゃん」
「そうでもない。あっという間さ」
「対して、私は長寿族の女です。細かい数字を言うのは嫌ですが、あと5、600年ほどは生きる事になるでしょう」
エレインさんの声色も穏やかなものでしたが、その表情には旦那さんとは違い、憂いと寂しさが混在したものでした。
「フェルグスはその辺、考えてくれているのです。自分の死後の事を」
「バッカスは多種族国家で、寿命も様々だ。お前はまだ馴染みが無いと思うが……種族による寿命さを計算に入れて、伴侶の婚活をするというのはそう珍しくない」
「エレインさん強えから、一人でも大丈夫じゃねえの……?」
「そのつもりでした。……ただ、自分の弟子に解きほぐされ、女としての人生と、母親としての人生を与えられてからは……何と言いますか、弱くなってしまいましてね……」
「俺から見たら、メチャクチャ強く見えるよ」
「そうでも無いですよ。精神的には結構脆いのです」
エレインさんは今の自分の有り様を「ヤドリギのようなものです」と自嘲気味に言いました。夫が死ねば諸共です、と笑いました。
「後追いで自殺するのも、まあ悪くないと思っているのですけどね」
「…………」
「ただ、それは止めてくださいと夫に土下座されているわけです。次男も可愛らしい双子ちゃんを娶って、やっと落ち着いてくれたので……子供達の方は大丈夫とはいえ、後追い自殺なんて未来はあってほしくないと泣かれたのです」
「さすがに泣いてはいませんよ、師匠殿」
「そういう事にしておいてあげましょう」
「やれやれ……。ウチの師匠の事は嫌いかな? セタンタ」
「セタンタ君、ここは上手く言葉を選んでくださいね。いくら私が年増の人妻エルフだと言っても、ババアに用は無いですと言われると傷つくのです。断るなら上手な言葉で断るのです。ヤな事を言うとオッパイで圧殺です」
「い、いや……嫌って事は、無いけどさ……」
セタンタ君は照れました。
普段は結構プレイボーイなのですが、今回ばかりは言葉を濁してモゴモゴと、顔が赤くならないように務めながら言葉を続けました。
「エレインさん、美人だし……ヒューマン種規準なら20歳そこらにしか見えねえよ。十分若く見えるし、おっぱい大きいし、オッサンが惚れるのもわかる」
「私はちょっと上機嫌になってきましたよ?」
「セタンタは我が師の事をよくわかってる」
「可愛い人だなぁ、って思うことも……正直あるよ。けどさ、オッサンと二人で『ウチに養子に来ませんか?』って誘ってくれた……母親というか、姉さんみたいな人をどうこうって言うのは……さすがに……なんつーか」
「いやですか……ざんねんです」
「セタンタは我が師の価値をまったくわかってない。は~~~、溜息が出る」
「嫌とかそういう話じゃ無くて! こっ、心の準備させろって話だよ!」
「何、師匠の艷やかな肢体を好き勝手出来るのに、準備などという余計なものを挟みたいのか? まるで童貞のような事を言う」
「う、うるせえ!」
「師匠殿は床でもホント、可愛らしいぞ。押し倒すと静かに恥じらって、『こんな昼間から……困った子ですね』と言いつつ、全て受け止めてくれるのだ。若い頃の私は自制が利かず、師匠の誘い受けにクラクラしっぱなしだった」
「落ち着きのある今も良いですが、ワンちゃんのように息を荒くして、青い欲望をぶつけてきていたフェルグスも可愛かったですね……。セタンタ君は床でどんな顔を見せてくれるのでしょう……?」
「茶化すな!」
「セタンタ君、おでこまでアツアツです。お姉さん、キュンと来ます」
「やはり照れているな、コイツぅ~」
「あーーーーー! もーーーーー! この人ら、苦手だ! 嫌いじゃねえけど、手玉に取られてる感じが……苦手だ! いっつも子供扱いしやがって」
セタンタ君はもう耐えきれず、逃げようとしました。
しかし二人が逃してくれないので、仕方なく顔だけ手で覆い隠しました。
まっかっかなのは知られていますが、せめてもの抵抗をしたかったのです。
「オッサンが寝取っていいって言うなら、俺が責任取ってやらあ! もうっ!」
「では、師匠はセタンタが予約という事で」
「若いツバメに、年甲斐も無くドキドキしてしまいそうですよ」
「でも50年先とか、ヒューマン種の俺だって爺みたいなもんじゃねえか! オッサン長生きすりゃ万事解決なんだ。エレインさん達を泣かせんなよ、ばか」
「それでもお前の方が長生きするし、私の限界はきっと来る。私も妻を任せる相手が誰でもいいわけでは無いのだぞ」
「もっと嫌がれよ、ちくしょう……嫌な話するなよ、くそじじい……」
「すまんすまん」
フェルグスさんは笑って少年の腹を軽く叩きました。
少年はそれで少しむせましたが、やがて気だるげに愚痴りました。
「あー……もう、寿命なんかさぁ、無くなって、みんな長生き出来ればいいのに」
「いずれはそうなるさ。ただそれは、世界を支配する神を排斥した後、この国の王――魔王様が新たな神となった後の話になるだろう」
「今直ぐ、そうなればいいんだ」
「そうだな」
「そうなったら俺、エレインさんの事は知らねえからな。オッサンが弱くした人なら、オッサンが責任取って永遠に添い遂げろよ」
「うむ……そうだな、もし寿命が無くなったら必ずそうする」
心中で「そう簡単にはいくまい」と呟きながら、フェルグスさんは頷きました。
エレインさんはその心中までは察する事は出来ませんでしたが、旦那さんが寿命の問題さえ解決すれば――と約束してくれた事には、頬をほころばせました。
「あ、そうだ。別にセタンタ君の子を孕んでも良いのですけど――」
「そういう生々しい話やめてくれぇ……いま俺、寝転がらされてるんだから!」
「すけべえなのは知ってるので、良いのですよ」
「ぬわーっ!」
セタンタ君は再び巨乳プレスを食らって悲鳴をあげました。
「責任取っていただいても私は本妻にはなりませんからね。愛人か側室希望です。料理と索敵魔術が得意な女の子を妹嫁に欲しいですが、まあ姉嫁でも構いません。私の方から姉様、と甘えます。甘えられてばかりなのでそういうのもいいですね」
「なんか具体的な……いや、何であえて本妻ヤダって指定すんの?」
バッカス王国は重婚可能です。
が、初めから重婚ありきな事をセタンタ君は訝しがりました。
「家族が沢山欲しいとか、そういうの?」
「いえ、私の最愛はフェルグスだからです。それだけは死んだ後だろうと死守します。キミの一番になれない以上、ふしだらな私を許してくださいね」
「許す許さないの話なのかー……」
「私の中ではそうなのですよ」
「ああ、それと、私も師匠に未練たらたらなので、私が死ぬまでは師匠に手を出し続けるぞ。セタンタも私が死ぬまで師匠に手出し出来んのは生殺しなので、今日から手を出して子供を作っても構わんぞ」
「オッサンの思考回路ヤベえな……」
「いえ、駄目ですよ。最低限、セタンタ君が本妻を迎えて世帯を持たない限り、子作りはダメです。愛人だけでフラフラというのは私は好みません」
「マジか」
「色んな女の子に手を出すのは構いませんよ? ただし、手を出すなら出すでちゃんと責任取って娶りなさい。それこそウチの夫のように、大家族になるのです」
「家族が多いのは楽しいぞぉ、セタンタ」
「むぅ……逆に言えば、本妻作らなきゃ、現状のままでいられるって事か……」
「セタンタ君……? いま、ヤリチンのクズのような事を考えましたね……?」
「ギャアアア! 痛い痛い!」
「女の子引っ掛けて遊んでばっかりいるんじゃありません。むしろ、引っ掛けてきて責任持った女の子を私にも愛でさせなさい」
「師匠は両刀使いですからな」
「その辺は、フェルグスの所為もあるのですからね」
「エレインさん面倒くさそうだ……」
「面倒な女ですよ、私は。まあ、よく考えたうえで決めてくださいな。そして、その気があるなら覚悟しておいてください」
溜息をついたセタンタ君の頬を愛でました。
「けどさ……俺は、今のまんまが一番いいよ。オッサンの代わりは光栄だけど、オッサンとエレインさんと……マーリンとか皆変わらず、誰も欠けずに、死人なんか出ずに、ずっとダラダラやれるのが一番好きだ」
「「…………」」
フェルグスさんとエレインさんは同意の言葉を吐きませんでした。
ただ、その代わり――自分達の息子にするように――同意代わりとして少年の頭を撫で回しました。相手が「やめろよ~!」と言うまで悶えさせました。
二人だって少年と同じ気持ちなのです。
ただ、即座に口にして同意出来るほど、青く純粋ではありませんでした。
そんなやり取りをして一休みした後、稽古再開となりました。
今度は殺し合いではなく、話し合いによる稽古ではありましたが。