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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
五章:迷宮都市サングリア
122/379

魔槍



 あるところに元孤児の少年がいました。


 少年は大柄の男性と――オークと殺し合いをしていました。


 少年の名はセタンタ。


 男性オークの名はフェルグス、と名乗っていました。


 セタンタ君は愛用のミスリル槍で連続突きを見舞い、フェルグスさんは身の丈と同じほど大きな大剣を盾のように使い、少年の連撃を捌いていました。


 どちらの得物も、刃は剥き出し。


 当たれば肉を斬りますし、当たりどころが悪ければ死にます。



 攻め立てているのはセタンタ君。


 槍を両手で掴んで突き出す重い突き、片手だけで押し、もう片方の手の親指と人差し指の間を――魔術で加速術式添えつつ――滑らせる素早い牽制の突き。


 その連撃を受けたフェルグスさんの大剣の表面で火花が散り、銃の乱射の如き槍の刺突が続いていますが……少年の額にはダラダラと汗が流れ落ちていました。


 表情も焦り顔。


 攻め立てているのに、少しずつ後退させられているのです。


 それを強いているフェルグスさんは汗一つかいていない悠然としたもの。


 最小限の動作だけで大剣を動かし、槍の連撃を大剣の腹で受け止め、微かにでも連撃が止まるとズイッ……と大きく踏み込み、距離を詰めてきています。


 余裕綽々といった様子のフェルグスさんに対し、セタンタ君は叫びました。



「あああああああああああああああああ! くそおおおおおおおおおお! 全然当たんねえええええええええええええええええええ!?」


「コラコラ、余計な叫びに対応力リソースを割く――なッ!」


 フェルグスさんは穏やかな声色のまま、怒りました。


 大剣で受けると見せかけ、半身になって刺突を紙一重で避け、透かしました。


 無意識に、大剣による防御による跳ね返りも込みで槍を引き戻すつもりだったセタンタ君は、何も捉えなかった槍に引っ張られる形でつんのめりかけました。


 フェルグスさんは容赦なく――大剣による目隠しの裏で僅かに溜めていた拳を――回避と同時にカウンター気味に少年の顔面に放ちました。


 鐘突の丸太の如き、重い一撃パンチ


 少年はそれを顔面に受けながら後方に殴り飛ばされ、飛ばされながら地面に片手をついて素早く体勢を整え、再び槍を構えました。


 痛え! とか、鼻血出た! とか叫びたいのをガマンして応戦の姿勢を整えましたが、脳が揺れた事で思わず片膝をついてしまいました。


 フェルグスさんはそれを黙って見守りました。


 追撃のチャンスではありましたが、大剣を肩に担いで「やれやれ」と苦笑しながら少年に言葉を投げかけました。



「ほら見ろ、大きな隙になった。いまのは死んでいたぞ、セタンタ」


「ぐ……ふぅ……! そ……それ以前に、オッサンなら、俺がギャアギャア叫ぶ以前にズバッとブッた斬れただろうが……舐めやがって……!」


「それでは稽古にならん」


「俺はガチな立ち会いがいいの! いっそ殺せーーー!」


 セタンタ君は子供のように地面に転がり、ジタバタと暴れました。


 フェルグスさんは苦笑を通り越して呆れ顔です。


 サングラスの下にある口をフニャッと曲げ、少年を見守りました。


「軽々しく殺せと言うな、馬鹿者。どうせ蘇生魔術で生き返らせてもらえるから良いや、という小賢しい計算をしているのだろう?」


「うん」


「うんじゃないわ、ウンコたれ。若者の肉体離れも深刻という事か……」


「後でスーッと戻ってくるから、魂が。最悪、新しい身体に保険で戻るから」


「セタンタ」


「……わかってるよ、以後、気をつけます」


 少しだけ硬い声色になったフェルグスさんの諫言よびかけに対し、セタンタ君は膨れっ面で応じました。手に槍を持ち、隙を伺いながら。


「なぜ、私が必殺の機会を逃し続け、戦っているか理解出来るか?」


「オッサンにとっては単なる稽古おあそびだから」


「違う」


「……俺が弱いから」


「そうだな。他には?」


「……弱い俺が直ぐ殺されてたら稽古にならないから、俺が何とか倒せるギリギリぐらいの領域まで上から目線で下りてきて、俺の戦闘の問題点を洗い出して指摘しようとしてくれてるんでしょ。くそっ、舐めやがって」


「そう、その通り。私は上から目線でお前を見ているぞ」


「気に入らねー!」


「フフフ……悔しければ強くなって、私を上から見下ろせる領域まで生きなさい」


「くそっ……!」


 セタンタ君はムッとした顔のまま、僅かに腰を落として槍を構えました。


 構え始めはムッとした不機嫌顔でしたが、直ぐにスッ……と表情を消していきました。強敵と戦うに当たり、余計な感情ものを削ぎ落としたのです。


 フェルグスさんはそれを見て、機嫌良さそうに笑みを浮かべました。


 ただ、セタンタ君と違って直ぐには戦闘態勢に移行しませんでした。


「先ほどの連撃についてだが、こちらが大剣を持つ手指を狙いつつ、牽制打で顔も狙いつつ、私が受ける手を上へ上へと誘導したのは良かったぞ」


「直ぐに、何度も位置取りで修正してきたくせに……」


「努力を認めているのだ。魔術は様々な事を可能とするとはいえ、根底にあるのは人の身だ。受ける大剣を眼前に誘導すれば視覚による刺突の確認はしづらくなり、手を上へ持ち上げていくと腕は伸び切っていき、開く動作で斬りに行くにあたって溜めの動作が必要になる。視界と人体の限界を突くのは頑張っていたな」


「さっきは勝ち筋がドンドン消されていくから、正直メッチャ苛ついて注意散漫になった。俺、どうすれば勝ててたのかな?」


「この場は撤退するというのも手だ」


「それはさすがにわかってるよ……。死ななきゃ安い、逃げる事を恥じるな、過程より結果を大事にしろ……だろ?」


 セタンタ君は静かに答えつつ、言葉を続けました。


「でも、今は稽古だから撤退出来ない仮定でやりたい」


「それはもちろん構わん。正面から打ち勝つ事が出来る実力を身につけるのは、一時撤退した後に勝つうえでも役に立つからな」


「仲間に頼るのも一つの手、とか?」


「それも一つの手だ。仲間がいる事で戦略は無限に広がる。だが、今は稽古中ゆえ仲間は計算に入れない方法でやりたい――と、言うか?」


「うん。オッサンに正面から勝ちてえ。……鮭飛びが使えればな」


「アレは、ある意味では対人向きではないからな――今回は使わせん」


 鮭飛びとは、セタンタ君が得意とする魔術です。


 短距離転移魔術の一種で、空間を点と点を一気に移動する移動用の魔術です。連続性無く、空間をぴょん、と一足に移動出来るのは戦闘でも非常に役に立ちます。


 攻めに良し、逃げに良し、防衛戦に良し。


 敷設の手間があるものの、セタンタ君の切り札なのですが……。


「使ってくる事さえ知っていれば、解呪ディスペルはそう難しくない」


 フェルグスさんは解呪魔術――魔術を消すための魔術――を行使し、セタンタ君が苦労して密かに敷設してきていた鮭飛びの仕込みを消しました。


「知能乏しい魔物ケモノ相手であれば、このように解呪されずに術式完成まで持っていける。だが、お前の鮭飛びはまだまだ甘い。ほんの少しだけ術式を壊されるだけで、たちまち機能不全に追い込まれる」


「くっそー……わかってるけど、オッサン倒す可能性がある数少ない手段だから、試さずにはいられなかったんだよ」


「確かに、私も完成した鮭飛びの陣内で戦うと三割方敗北を喫するだろう」


「三割? 俺は、五割方……相打ち込みで行けると思ったんだけど」


「お前がこちらの一撃をギリギリまで引きつけたうえで転移で空振りさせ、首を取れた場合の戦術だ。単に死角に転移するだけなら――必ず捉える」


 フェルグスさんはサングラスを取り、自身の眼球を露出しました。


 眼球の色は黒と金色でした。


 瞳は金色。それを囲むのは白ではなく、真黒の異形の眼球。


 後天的な改造で得た一種の義眼――魔眼です。


 魔術が戦闘に用いられるバッカス王国では魔術的に人体改造を施し、戦闘能力を飛躍的に向上させるという施術も執り行われています。


 どちらかと言うと忌避感を感じられがちな行為のため、専業の冒険者でもそう多くは戦闘用の人体改造は行っていませんが、中には手足を増やす人もいます。


「オッサンの魔眼そのめは、観測魔術の強化だったっけか……転移が一瞬だろうと、転移先への魔力の流れを読み切ってブッた斬って来るって事だよな」


「その通り。まあ、他にも機能はあるが、そういう事だ。魔術的に観測する事が出来る不意打ちに関しては使い所を考えろ」


「オッサンぐらい強いヤツ相手だと無用の長物状態だなー、鮭飛び」


「そんな事は無い。お前がもっと腕を磨けば、私でも転移先を全く捉えられない状態まで上達するさ。だが、それは今ではない……稽古を続けるぞ」


「応……!」


 再開の知らせを聞いたセタンタ君は、一足に飛びました。


 話をしながらも足裏に密かに敷設していた跳躍の術式で飛び、一瞬でフェルグスさんの懐に潜り込む――筈でした。


「甘い」


「――――ッ!」


 セタンタ君が飛ぶより、ほんの一瞬早く――コンマ以下のタイミングで――事前に迎撃する腹積もりで動いていたフェルグスさんの攻撃が命中したのです。


 それは大剣の腹で激突してくる槍の矛先を後方へ逸しつつ、飛び込んできたセタンタ君の顔面をブチ抜く飛び膝蹴りでした。


「今のはよくやった! 跳躍の術式を私が気づかないギリギリの出力に調整して使ってみせたな! だがこちらが魔術的ではなく、戦略的な先読みをしてくる事に関しても忘れるなッ! お互い、手の内と思考は解り切っているだろうが!!」


「お――ゴッ――!?」


 少年は眼球を砕かれ、右目使用不可に追い込まれました。脳の表面に頭蓋の骨が突き刺さる状況まで追い込まれ、呻き、吐きました。


 フェルグスさんの方も迎撃を悟らえないよう、ギリギリまで迎撃用の魔術の使用を控えていたとはいえ、命中した飛び膝蹴りの威力は少年の命を刈り取るのに十分なものでした。


 即死しなかったのは、激突の瞬間に「相打ちにすら持ち込めない」と少年が攻撃を諦め、片手で膝を受け止めにいったおかげでした。


 それでも止めきれるものではなく、受け止めた右手は膝と顔面にサンドイッチにされてバキバキに砕けましたが、それでも即死はしませんでした。


 砕かれた右手も、魔術で無理やり動かす事も可能です。


 ただ、右目は完全に潰されました。


 死んだ方がマシなぐらいの痛みかもしれません。


 死んだところで蘇生魔術をかけてもらえるでしょう。


 ですが、少年はそれを承知で重症の方を選びました。



「まだ、行けるな?」


「ぐ……ぉ、応ッ……!」


「ならば来い。立て、勝利をもぎ取りに来い」


「――――ッ!」


 満身創痍の少年は大剣持ちのオークに再び挑みかかっていきました。


 負傷により槍捌きの精度が落ちた事は本人も承知。


 最初に比べれば精彩を欠いた動きで、師の一人であるオークが潰れた目により出来た死角から攻め立ててくるのも承知で挑みました。


 常に立ち位置を変え、オークの振るう大剣が届きにくい位置取りを心がけ動き回りましたが――振るわれる大剣の太刀筋の変化、振るう腕の変化スイッチに先回りされ、目論見通りには行きませんでした。


「――――」


「――――!」


 そして、殺すつもりで振られた大剣が首元に迫りました。


 少年は、刹那の中で対応を迫られました。



 槍で受ける――受けきれず死亡


 死亡覚悟で相打ち狙い――相手に届く前に首が飛んで犬死。


 身体を逸し、スウェーで回避――続く蹴りで体勢崩されて連撃で死亡。


 後ろに飛んで回避――空振った大剣の重みで振られた右上段蹴りで死亡。


 上空への回避――跳躍術式でギリギリ成功、勝敗は未知……!



「――――!」


「――――」



 セタンタ君は飛びました。


 僅かに飛び、後ろに下半身を逃しつつ、槍は投げて口で掴み、開いた両手は大剣の腹を押さえつつ――跳び箱を前転しながら飛ぶように二段跳躍しました。


 避けた先は死地。


 足場の無い空っぽの空。


 互いの得物が届かない距離まで飛べましたが、断頭は時間の問題。


 落ちた先で、首どころか胴体を真っ二つ、かもしれません。


 フェルグスさんは迎撃体勢。


 セタンタ君は――届かぬはずの間合いで――槍を振りました。


 フェルグスさんも、その刺突は振るに性急と判断しました。


 長い槍でも、間合いには限界があります。


 限界があるのに振った事に意味があると――オークは思考しました。


 少年が無駄な手を打たないと信じ、過去の戦闘経験から反射的に動きました。



 少年冒険者の愛槍は、穿つべく敵に届きました。


 本来届かない相手に届かせたのは、一つの魔術行使。


 起こった現象はただ一つ。


 槍の穂先が光り――伸びたのです。


 本来の長さの二倍にまで一足に伸びていきました。


 少年が勝利を確信して振るった槍は、確かに師に届きました。


 大剣を捨て、上空に向けて突き出された右ストレートに届きました。


 そして、刺さる事も無く拳に砕かれる結果となりました。



「マジか」


「惜しいわ馬鹿者」



 起死回生の一撃を砕かれ、地に落ちてきた少年。


 彼は返しの一撃で地に足を下ろす前に死ぬ事になりました。


 フェルグス家の庭に少年の死体が転がり、稽古は終了となりました。



「ハハ、殺してしまった。誰かー、蘇生してやってくれ」


「はーい」




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